最悪の状況
高速ヘリ内部。
既に離陸し、▽町へ向かっている道中。
非常に苛立ち、憤慨している鹿島。
怒って当然ではある。
自分の恋人たちが敗北し連絡さえない状況で、それを自分にも知らされていない状況だ。
不機嫌になっても仕方ない。
しかし相手はスーパーヒロイン。
桁違いの魔力を持つ桁違いの実力者。
神の如き存在なのに、人と同じように憤慨している。
正直に言ってとても怖い。
だがだからこそ、パイロットも広も勝利は確信していた。
彼女の恋人たちを魅了している、あるいは殺してしまった怪物に同情してしまう。
こんな恐るべきスーパーヒロインを敵に回してしまったことを。
どうやれば彼女が負けるのか。この女傑が負ける姿を想像できない。
同格である土屋香が入院していることを知ったうえで、敗北を疑うことができない。
彼女が▽町に突入したが最後、一分とたたずに事態が解決するのではないかと思うほどだ。
「そろそろ▽町の上空です! 後部ハッチを開きますので、どうかご武運を!」
「はい、ありがとうございます」
パイロットの言葉に応えたのは広ではなく鹿島だった。
開いていく後部ハッチ、吹き荒れる気流の中を、巨人のように進んでいく。
勝利への前進という他ない迫力に、後ろから続く広も言葉が出ない。
そして二人は上空から躍り出る。
その瞬間、広だけではなく鹿島も驚いていた。
一か所だけだが『戦闘の跡』が見えたのである。
学校の敷地一つ分ほどの建物が吹き飛んでおり、広が体験した二つの封鎖区画とは異なる様相を見せていた。
つまり……。
相手にはヒロインと戦えるだけの物理ないし魔法戦闘能力があり、そのうえで洗脳が得意ということになる。
どういうことだろう、と考えている広だが、落下のさなかで鹿島が推理を披露していた。
「高い物理戦闘能力を持っているうえで、弱めの魅了能力を持っているんだろう。それなら彼女たちのバリアを打ち破ったうえで長時間拘束し、魅了状態へ持ち込める」
「相手が一人ならともかく、部隊を相手にそんな悠長な真似ができますか?」
「そうとしか考えられない。それに悠長だって? そもそも僕がここにいる時点で考察する意味もない。倒しておしまいだ」
やはり彼女もまたスーパーヒロインであろう。
自尊心、というよりも実力と自負が釣り合っている。
まったく恐れることなく、勇猛に地面へ着地していた。
広も数秒遅れて着地するが、彼女は広の方向を見もしない。
「悪いけど、君は私の傍を離れてくれ」
普通は私の傍を離れないでくれと言うところだが、彼女は自分の傍が危険だと言い切った。
広は無言で頷くと、強化されている脚力で大きく離れた。コンビニの屋根の上に乗り身を潜める。
ヒーローというよりもネズミのような振る舞いだったが、間違った行動ではないとすぐにわかる。
先ほどまで広が立っていた場所に向かって、家よりも大きな怪物が前進していた。
大きさにして5mほどだろうか。その両手に指はなく金づちのような形をしていた。ゴリラのようにナックルウォーキングをしており、二足歩行と四足歩行の中間の骨格をしている。
一目見るだけで身体能力特化型だとわかるフォルムである。
悔しいと思う余裕すらなく、自分では絶対に勝てないと思い知らされていた。
重機のように建物を粉砕しながら進む怪物の傍に、正気を失った顔のヒロインたちが随伴している。
さながら爆撃機の護衛機か、あるいは王の側室たちか。
わかっていたことではあったが残酷な光景である。
そして想定通りにスーパーヒロインは激憤していた。
「僕は……こうなることを予測してここにいる。魅了されているみんなを助ける覚悟がある。だから言うが……まさか、この状況で僕が動けないとでも?」
遠くに隠れていた広をして、目で追えない光景だった。
この世のすべてを蹂躙するかに見えたフィジカル特化の怪物が、一瞬で吹き飛んだのである。
広の動体視力をはるかに越えた突撃であり、漫画風に言えばページを読み飛ばしたかのように一瞬で吹き飛んでいた。
「強い!」
広は一般人目線で感嘆することしかできない。
ただひたすら純粋に、彼女は度を越えて強かった。
魅了されたヒロインたちが盾になる間もなく、
恋人たちを人質に取られてなお、スーパーヒロインにとって障害にはなりえないのだ。
「……妙だな」
しかし肝心の鹿島は、殴った感触に違和感を覚えているようだった。
今の一撃で仕留めるつもりだったのだが、怪物はゆっくりと起き上がってくる。
今起きていることはそれだけだった。だが一撃を浴びせただけなのに、もうすでに十軒以上の建物が破壊されている。
異常防御に特化した広では立ち入ることもできない超ハイレベルな戦いに思えた。
「少しでも魅了能力に振っているのなら、僕の攻撃に耐えられるわけがない。なぜ魅了能力と物理防御力を両立できる?」
スーパーヒロインである鹿島の打撃に耐えられるということは、物理戦闘特化型の中でもタフネスを極めている個体以外にあり得ない。
実際そうした見た目をしているのだが、ならば魅了能力はどうなっているのか。
「だが問題は無いな。それでも僕に傷一つ負わせることはできない!」
それでも彼女の勝利への確信は揺るがなかった。
恋人たちに囲まれ、リボルバー式やカードリッジ式の拳銃で射撃を受けても。
立ち上がった怪物により攻撃を受けても、それでもなお彼女のバリアは軋むことすらない。
怪物は当然ながら、他のヒロインたちも弱いわけではないのだ。
広と同じ装備であろうリボルバーやカートリッジであっても、その威力は段違いである。
仮に真っ向から撃ち合った場合一瞬で力負けしてしまうだろう。
「すごい……」
広と土屋はある意味共闘したが、彼女はほぼ戦闘不能になっていた。
今回の鹿島は万全の戦闘状態である。
彼女を魅了するにはバリアを突破するしかないが、この場の全員が全力で攻撃しても彼女のバリアを破ることができない。それならばどうあっても負けることは無いだろう。
そう思っていた時、である。
まったく意識していなかった方向から、超水圧の魔法攻撃が発射されてきた。
周囲からの攻撃を受け止めていた鹿島に直撃し、そのバリアを一気に軋ませる。
「なんだ!?」
この場の全員を相手にしても勝てる算段だった彼女だが、更なる乱入者に当惑する。
それでもなお彼女のバリアは持ちこたえていたが、次の一撃には耐えられなかった。
物理戦闘特化型の中でもスピードに秀でているであろう怪人が、やはり別方向から突撃を仕掛けてきた。
ただでさえ軋んでいたスーパーヒロインのバリアを貫かんと押し込んでくる。
「こ、この……!」
バリアは強い物理攻撃によって破壊される。
それでもなお持ちこたえていた彼女はとんでもないのだろう。
だがそれも限界を迎えた。
堅牢なバリアは崩壊し、受け止めていたすべての攻撃が本体へ直撃する。
観測していた広をしてこれはもう、と諦めていた。
しかし攻撃の余波が収まった時、そこに彼女は立っていた。
スーパーヒロイン本人は、自らのバリア以上に堅牢な肉体を持っているのである。
「……あは」
しかしそれでもなお、彼女は魅了されていた。正気を失った顔をして、他のヒロインたちと仲良く合流している。
怪物と戦うことは無く仲間のように接していた。
バリアが割れた一瞬で彼女は魅了されてしまった。
一瞬あればバリアを再構築し魅了攻撃から脱せるはずだった彼女は、しかしそれすらできなかった。
そして今目の前には、二体のフィジカル特化型怪物とスーパーヒロイン、そしてヒロイン部隊が並んでいる。
もしも自分を発見すれば、そのまま一瞬で殺してしまうだろう。
愛する怪物のために、いかなる非道も犯す。それが魅了という精神状態だ。
「……なるほどな」
潜んでいる広はこの地で何が起きているのか把握した。
現在この地には、最低四体の怪物が潜んでいる。
※
今回の主犯たる怪物の名前は『インフェルエン』とでも呼ぶとしよう。
▽町の中央にある公園に立つ彼は、恋の炎を意匠とする骨で形成されていた。
精神的状態異常特化型であり、魅了を特に得意としている個体である。
その能力通りに貧弱な体をしており、物理的にも魔法的にも戦闘能力は皆無である。
多くの一般人をまとめて一瞬で魅了することもできるが、逆にいってバリアで身を守っているヒロインを魅了することはできない。
一瞬でもバリアを突破できれば魅了できるのだか、その一瞬を作る手段をインフェルエンは持っていないのだ。
だがこのインフェルエンは、既に三体の怪物を魅了し傘下に収めていた。
それぞれが高い戦闘能力を持ち、並のヒロインのバリアを突破できる。
この三体とヒロイン部隊が協力すれば、スーパーヒロインのバリアすら突破可能だった。
彼は己の無敵に酔っていた。
自分の能力が完璧にかみ合っていることへ快感すら覚えていた。
自分のすぐそばに控えさせている、先程水属性の魔法を放った射撃特化型の怪物を見てニヤついている。
もう誰も自分を止めることはできない。
残る二人のスーパーヒロインが投入されても、万全の情報をもたらされていても、それでもなお自分が勝利すると確信していた。
「少し、手間取ったが……準備は終わった。お前を退治しに来たぞ」
ざう、と。バリアを一切展開していない男、ヒーローである広が現れても確信は揺るがなかった。
奇しくも先程の鹿島と同じく、不審には思うが負けるとは思っていなかった。
びぃい……という音を発する。
それは集合しろという呼び声であった。
魅了されている者たちはこの声を聴くと、愛する者から助けを求められていると解釈する。
凄絶な表情で集合し、インフェルエンの元へ参じるのだろう。
まあもっとも、この場にいる魔法特化の怪物一体でどうとでもなるだろうがな。
そのように笑いながら、インフェルエンは余裕の笑いを崩さなかった。
「魅了は確かに強力な精神的状態異常だ。だがその強力さが仇になることもある」
だがぺらり、と彼が持ち出した『紙』を見て驚愕に変わっていた。
その紙には自分の姿が印刷されていたのである。
「ちょうどコンビニがあったんでな。お前の姿を遠くから撮影して印刷した」
ぺらぺらと、うっすっぺらいコピー用紙を揺らめかせている。
広はそれをぽいっと、風に乗せて放った。
インフェルエンの傍に控えていた魔法攻撃特化型の怪物は、愛しい人が描かれた紙を追いかけて離れてしまう。
インフェルエンは一気に劣勢に立たされた。
コイツ一体で十分と思っていたはずだが、戦う前から戦いを放棄してしまった。
こうなれば既に呼んだ他の者たちを待つしかない。それまでなんとか持ちこたえなければ……。
「一応言っておくが他の奴らもこないぞ。印刷したって言っただろ? それはもう大量に印刷して町中にばらまいてやった。汚れている紙を見つけて自分の恋人が死んだみたいに大騒ぎしている怪物もいたよ。だからお前が呼んでも助けに来ない。お前に魅了されているからな」
古典的な手段ではあるが、魅了に対して完全耐性を誇る広だからこその一手である。
場合によっては見ることで魅了されてしまう可能性もあり、印刷している間に完全な魅了に陥る可能性もなくはないからだ。
「さて、長引くと総司令が不安に思うからな。速攻で終わらせる」
リンポを手に、一気に間合いを詰める。
インフェルエンは抵抗しようとしたが、魅了に全能力を振っているためまともな抵抗もできず……。
リンポの一撃によって頭部をカチ割られて死亡した。
広にはまったくわからないことだが、インフェルエンの発していた魅了の異常攻撃は完全に消滅した。
精神的な状態異常は、よほど深刻で長期に及ばない限り一瞬で効果が消える。
つまり先程まで無力化されていた、魔法攻撃特化型の怪物がフリーになることを意味していた。
正気に戻ったその怪物は、自分が大事そうに抱きしめていた薄い紙を見てしばし呆然としていた。
それを放り捨てると、正常に人間を襲おうとし始める。
目の前にいる李広を標的に定めていた。
「こうなるのはわかっていたさ、さすがにそこまで間抜けじゃない。お前に勝てないこともわかっているさ」
冷や汗をかきながら盾とリンポを構える。
目の前の水属性魔法特化型怪物は、先の物理戦闘特化型に比べて貧弱そうに見えた。
このまま普通に殴れば勝てそうにも見える。
だがその体から大量に放出される水は、そのような期待を吹き飛ばすものだった。
「……こいよ」
こいよ、とは言ったが回避を選択していた。
盾を構えながら横跳びすると、彼が立っていた場所を猛烈な水流が吹き飛ばしていった。
直撃すれば骨も残らないと確信させる水圧。壁や家屋を貫き、その奥へと突っ込んでいった。
水属性の殺傷能力が相対的に低いことなど、気休めにならない魔法攻撃力である。
「……これも特化型の悲哀だな! まったく!」
苦し紛れにカートリッジ式拳銃でフルオート射撃を行う。
それなりの威力があるはずだが、当たってなおまったく効いていなかった。
「俺ごときの魔法攻撃が魔法戦闘特化型に効くわけないか……くそ!」
魔法攻撃特化型の怪物は大技に出た。
大量の水を一気に押し出し、波として広範囲攻撃を浴びせてきたのである。
有効範囲から脱する機動力も、相殺する魔法攻撃力もない。
広にできたことは、盾を構えて防御に徹することだけだった。
全身がバラバラになりそうな水の質量攻撃。
一瞬で力負けし、波の中で人形のように手足が曲がっていく。
数時間にも思える攻撃は、しかし一瞬で終わっていた。
水が引いた時、多くの瓦礫の上で広は倒れていた。
既に再生は始まっているが、一瞬で全快するほどではない。
しょせんパッシブスキルの再生能力なんてこんなもの。自嘲しながら、自分にとどめを刺そうとする怪物を見上げていた。
「今回の怪物は強敵だった。お前を含めて、俺一人じゃどうにもならなかった。だから……一人で来なくて正解だったよ」
一点集中の高水圧攻撃が迫る。
もはや抵抗する力もない彼にはオーバーキルもいいところだった。
それでもこうして最強の攻撃を撃つのは、魅了から解き放ってくれたことへの敬意なのか。
ばしゃん。
それは水玉のように弾かれた。
とても残酷で、しかし頼もしいことに。
スーパーヒロインが登場する。
「ごめん……君はこうなることを覚悟して、僕たちを助けてくれたんだね」
正気に戻ったスーパーヒロイン、鹿島強が広を守るように立ち塞がっていた。
魔法攻撃特化型の超高水圧攻撃を片手で受け止めた彼女は、広へ敬意の視線を向けた。
遠くで戦闘音が始まった。
他の二体の怪物たちとヒロイン部隊が、正気に戻ったことで戦闘を再開したのである。
恋人たちの勝利を確信し、まっさきにここへ来た鹿島は改めて深く頭を下げた。
「ここから先は僕に任せてくれ。すぐに終わらせる」
彼女が話している間に、怪物は魔法のチャージをしていた。
限界をはるかに越える高威力の水塊を、超高速で叩き込もうとする。
「はあああああ!」
拳が一閃する。
物理攻撃の余波でしかないはずの風圧で水の塊は粉砕され、更にその奥にいた怪物をミンチに変える。
まさにスーパーヒロインとしか言えない力による解決を終えていた。
また別の個所で起きていた二つの戦いも終わったようで、封鎖区画は静けさを取り戻している。
投入されたヒロイン部隊が本来の実力を発揮すれば、この結果も当然であった。
そんな彼女らを立たせたのは、やはり……。
「広君。君は本当にスーパーヒーローだよ」
「ご冗談を。貴方たちと同格なんて……思い上がれるものじゃない」
瓦礫の上で横になっていた広は、苦痛に耐えながら立ち上がろうとする。
格上相手の戦闘であれば気休めにしかならない能力も、長い目で見れば負傷期間を無くす強能力である。
先日の香よりも深刻なダメージを負っていたが、数時間もあれば完治するだろう。
もうこの時点で傷みに耐えれば立ち上がれるほど治っていた。
「シィ~~! 終わったわよ! そっちは間に合った!?」
「少し手間取ってしまいました! すみません!」
「うわ~~! バキバキに折れてる! アーマーが砕けまくってる!」
「たしか彼のアーマーはバリア機能を排除している分、素の防御力は私たちのアーマーより高いはず。それでもここまでのダメージを受けるなら、肉体にも深刻な影響が及んでいるはず」
「もう治り始めているけど、すっごい痛そう……え、本当に大丈夫!? 病院行かないとヤバくない!? 立って平気なの!?」
「ご、ごめんなさい! 私たちでなんとかできる相手だったのに……実際何とか出来ているのに! 貴方がこんなにボロボロにならなくてもいいのに!」
そして二体の怪人を倒してきたであろうヒロイン部隊も健在であった。
彼女らも戦闘中にバリアを破られたうえで魅了されたはずなので、相応にダメージを負っているべきなのだが広よりケガが軽い。
彼女らが優秀な一等ヒロイン、二等ヒロインである証明であり広との実力差が確かにあった。
こみあげてくる劣等感は肉体のダメージより深刻だった。
だがその劣等感を広は笑い飛ばす。その手の妄執はすでに乗り越えていた。
だからこそ『こうあるべき』を実践できる。
「いえいえ。俺もヒーローですから、傷を負うなんて平気ですよ」
自分でも安陳腐だとわかる、先ほどばらまいた印刷物と変わらないペラペラな言葉だった。
「君は、本当に強いね」
謙遜しつつ自嘲する広の体を鹿島は支える。
あれほど助けたいと言っていた恋人たちの前で密着していた。
「あの、他意がないのはわかるんですが、恋人の皆さんが見てますよ?」
「やれやれ、よく見てごらん。僕の恋人たちは君のことをちゃんと認めている。こうして密着しても怒ったりしないさ。それに他意はしっかりある」
極めて唐突に顔が近づいてくる。
柔らかい感触が顔に当たっていた。
「君のことは尊敬できる! 僕の新しい恋人になってくれ!」
「お~~! 今度は男の子か~~!」
「ここまで格好いいところを見せられると、認めざるを得ないよね!」
「よろしく! 広君!」
「スモモちゃんって呼んでいいかしら~~!」
広は絶句した。
このスーパーヒロインが単なるレズだと思っていたことを、彼女の恋人たちのことを。
(思った以上にフルオープンだ)
スーパーヒロイン鹿島強とその恋人たちは、噂に聞く以上の異常者たちだった。
もしや彼女らは、スーパーヒロインはスーパーヒロインでも、別の惑星からきた系のヒロインではなかろうか。
などと考える異世界から帰ってきた系ヒーローであった。