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初めての共同作戦

 研究棟へ緊急連絡が入った。

 普通なら研究棟に緊急連絡など入らないが、広が入ってからはその限りではない。

 彼はドクター不知火と共に人口島の最奥、秘密の総指令室に入った。


 いつもながら、とても慌てて落ち込んでいる顔の総司令と対面する。

 広の出動はこれで三回目なのだが、今までと比べても相当に焦っていた。


「一等技官不知火衣です」

「三等ヒーロー李広です」


「お二人とも、よく来てくださいました。このように醜い姿の前にお呼びしたのは他でもありません……事故ではなく、非常事態が発生しました。万が一にも外へ漏らさぬように、こうしてお二人を直接お呼びした次第です」


 事故ではなく非常事態が発生、という言葉に広もドクター不知火も驚愕する。

 総司令官自ら、直接会って話さなければならぬ非常事態とはいったい。


「まさか、怪奇現象(・・・・)が発生したのですか!?」

「可能性はあります。といいますのも……先ほど▽町で怪物の出現が報告されました。それも……精神系状態異常、魅了を操る怪物です」


 広が投入された作戦ではどのような怪物が敵なのかわからなかった。

 しかし常にそのような状態というわけではない。

 被害状況によっては怪人の数や怪物の質が分かることもある。


 もちろんどのような怪物が相手なのかわかっていれば対策がとれる。

 まして直接的な戦闘能力が低いとわかっていればなおさらである。


「私たちは一等ヒロインである(ぬま)さんを隊長とした部隊を投入しました。彼女たちは相手が精神的状態異常に優れていること、市民を魅了していることを把握しているうえで▽町に向かいました。そのうえで……未帰還です」

「それは……ヤバいですね」


 ドクター不知火は端的にヤバいと言った。

 確かに良い条件とは言えないが、それでもわかっているのなら成功して当然なのだ。


 どんな能力なのかわからない怪物と戦って事故が起きた……ではない。

 どんな能力なのかわかっている怪物と戦って負けた、というのは非常事態である。


「こうなっては魅了が完全に効かない貴方を投入するほかありません」

(こういうネタも久しぶりだな……)


 無理な要件だったが、広は懐かしさすら覚えていた。


 元より広は『対策をぶち抜くほどの異常攻撃手段』を持つ敵と戦う専門家。

 いたちごっこの最先端。状態異常対策をした相手すら状態異常に陥らせる敵の更なる天敵。

 任務を聞いても不安には思わなかった。


「……総司令官。少々よろしいでしょうか。確かに重大事項ですが、通信でも十分伝えられたはずです。なぜわざわざ総指令室で直接の命令を?」


 ドクター不知火は少々いぶかし気だった。

 通信で指示してもいいであろうに、わざわざ呼び出す意味が分からない。


「……確かにそうです。ここで問題なのは、投入されたヒロインが沼さんを隊長としたヒロイン部隊だということです」

「一等ヒロイン、沼……沼……あ、あああ!!」


 ドクター不知火は猛烈に動揺した。

 一等ヒロイン沼なる女性にどのような秘密があるのだろうか。


「最悪じゃないですか!」

「そうなのです! なので早急に出動し、事態の解決を……」

(え、なに?)


 何があっても余計な情報を漏らすわけにはいかず、なおかつ早急な事態の解決を要する。

 広は何が何だかわからない様子だったが……。


 その回答は、総指令室のドアがぶち破られたことで判明する。



「総司令官! 沼ちゃんたちが負けたっていうのは本当ですか!」



 人工島の最重要機密である総指令室。

 むりやり力づくで押し入って来たのは、まさにスーパーな女であった。 


 背は高く、男子のブレザーに似た服を着る女性。

 活動的という印象を受ける一方で切羽詰まった雰囲気の女性こそ、土屋香と同じスーパーヒロインの一人。


鹿島(かしま)さん……知られてしまいましたか。ではわかっていますね、今回の件は三等ヒーロー李広さんに任せます」

「なぜですか! 僕が行きます!」

「相手は魅了能力を持っているのですよ? 貴方が魅了されたらどうするんですか」


 食ってかかられた総司令官は、冷静に彼女を諭す。

 通常の状態異常ならば彼女が負けても彼女が死ぬだけだが、魅了や洗脳の場合は彼女が人類の敵になりかねない。

 そんな最悪の事態だけは絶対に回避しなければならなかった。


「そんなことはどうでもいいじゃないですか!」


 だがスーパーヒロインに道理は通らない。

 熱い魂で無理を通そうとしている。


 しかしその熱が普通の熱ではないことなど、日本の誰もが知っている。


「あの、ドクター不知火。鹿島さんは、その、噂通りの人なんですか?」

「噂どころか、公言している通りの人物だよ」


 現代のスーパーヒロイン、鹿島(かしま)(しい)

 彼女は男尊女卑的な思想を持っているわけではないし、女尊男卑的な思想を持っているわけでもないし、男女平等でもない。


 男性に興味がない同性愛者として知られている。


「沼さんたちは! 僕の恋人たちなんですよ!」


 恋人を一人に絞らない、同性愛者のハーレムを形成している女傑である。

 またその構成員は全員がヒロインであった。


「恋人を助けに行かなくて、何が恋人ですか!」

「気持ちはわかるのよ。でもね、貴方もスーパーヒロインとしての立場を考えて頂戴。そもそも沼さんたちをはじめとした貴方の恋人たちは、みんなが優秀でしょう。その皆さんが負けたという事実を想えば、貴方でも危ういのよ」

「それでも行きます! だって僕は……愛しているんですから!」


 なるほど、恐るべき事態であった。

 スーパーヒロイン、その恋人たち、魅了する怪物。

 すべてがかみ合って最悪の事態に発展している。


「ああ……こんなことなら沼さんたちに任せなければよかったわ……」

「それは、ちょっと違いますよ! 沼さんたちは立派なヒロインです! 相手がどんな能力を持っていても任務を断ったりしません! 僕もそんな彼女たちを尊敬し、愛しているんです! だからこそ! 魅了してくる怪物を相手に彼女たちを投入したこと自体は怒っていません! 僕に知らせず、他の人へ任せることを怒っているんです!」


 ぎゅっると姿勢を変えて、広を睨み接近する。


「僕と代わってくれ!」


 彼女にその気はまったくないのだろうが、異性愛者である広からすれば女性に距離を詰められるのは非常に困る行為であった。

 しかしそれでも彼女はぐいぐい近づいてくる。


「君のことは香ちゃんから聞いている。君はとても強く熟練したヒーローだとね。その点は疑っていないし、君が行っても事件は解決するだろう! だが! それでも僕に譲ってくれ! 頼む! 頼む! 頼む~~! この後どんなお願いでも聞くから~~!」


 熱血と泣き落としの併用で、物理的にも迫ってくるスーパーな女傑。

 広はもはや、リアクションする余裕すらなかった。


「ほら! 君にはどうしてもなんとかしたい幼馴染がいるだろう!? 彼女の話が僕の元に届いたら全面的に協力するからさあ!」

「!!」


 しかしりんぽのことを持ち出されては断れない。

 広は一瞬目を見開くと考え始めてしまう。


(俺もアイツのことを他の人に解決してほしくない……気持ちはわかる。方向性は違うけども)


 他の人はともかく、自分としてはそれもアリかと思っていたが……。


「総司令官。もうこの際二人とも送り込みませんか? 事件の規模から言って不自然ではないでしょう」

「……そうね。それならこれ以上揉めることもないでしょうし」


 ドクター不知火と総司令官は二人とも送り込む、という決断を下していた。

 彼女らとて鹿島の気持ちもわかる。知られてしまった以上、次善の策を選ぶしかなかった。



 かくて李広は、初めてヒロインとの共同作戦に臨むのであった。

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― 新着の感想 ―
いたちごっこの最先端。こういう何気なく表現する文章に感嘆する。 同性愛者のヒロイン……一周回ってスタンダードになってる属性や。知られるのが最悪ってこうやって参戦するからなのね……
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