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反骨心の終わり

 とある田舎町の大きな建物。とてもシンプルな構造をしており、内部に入れば逆に驚くだろう。

 内部には壁も仕切りもなく、大きなテントのような空間があるだけだった。

 中央にはホーリーシンボルらしき一本の柱が立っている。壁や天井を支えているわけではないので、建築物としての柱ではないことはあきらかだ。

 しかしその柱は、形状としては貧相と言わざるを得ない。枯れかけた樹の枝をすべて切り落として、幹だけ残したようなシルエットである。

 色は金、ではある。だがくすんでおり、手入れをしているようにも見えない。

 建物の外観は田舎町の中で最高のものであるだけに、御神体に相当する柱がこれでは少々拍子抜けするだろう。



 刻限は夕方。

 そのような建物の内部に四人だけがいた。

 建物の広さのわりに人数が少ない、外が暗くなり始めていることもあって、急かされるような寂しさがあった。


「なあおい、俺たちはここに来る前に話し合ったよな? もうどうするか決めていたよな? なのになんで、勝手なことをするんだ」

「いや、だってよお……」

「なんだ」

「……さっきよ、武器屋に寄ったじゃねえか。狩の報酬で、いい武器を買ったじゃねえか。新品の片手斧だよ」

「ああ、一緒に行ったから知っているよ」

「この斧がだよ、どうせなら強い男に使われたいと言っているんだよ。それを聞かないのは、男が廃るじゃねえか」


 怒られている側は、斧と盾を持った青年である。少年といってもギリギリ通るような、幼さの残る青年である。

 怒っている側も同じ年齢の男子である。彼は盾と剣を持っていた。


「で?」

「だ、だからよお……そりゃあな、事前の話し合いは覚えているんだぜ? 俺は今回の奉納で、HPの最大値を上げるパッシブスキルを取る予定だったよ」

「予定じゃない、決定だ!」

「でもさあ……ほら、斧を買ったらさ、気持ちが変わったっていうか……高威力のアクティブスキルを取らないか? そうした方が気持ちよく……」

「お前の気持ちよさなんてどうでもいいんだよ!」


 剣を持っている男子は冷静になろうとしていたが、もう我慢の限界である。


「みんなで話し合ったよな! 俺もお前も、奉納ではHPの最大値上昇をとるって! 狩の報酬ではお前の斧を新調するって! それがセットだったよな! パーティーのためだからって、お前の武器を最優先に強くしたんだぞ! お前のためじゃない! HPの最大値を上げるのが嫌なら、その斧を返品しろ!」

「え、ええ~~、イヤだよお~~! コイツはもう、俺の子なんだよ~~」

「だったら!」

「でもコイツですっぱり敵を切ってやっつけたいんだよぉおおお! それが俺の今の夢なんだよ~~!」

「俺たちの金で買った斧だろうが!」

「そんなことを言わないでくれよ~~!」


 斧を持っている男子は泣いているが、自分の意見を撤回する様子はない。

 このままでは喧嘩に発展しそうである。


「あの、すみません……長々時間を使ってしまって……本当にすみません」

「はっはっは! いいんですよ、ああいう時間が楽しいのは私もよくわかっています。というよりも、ああいう話を聞くのが私の楽しみでしてねえ。コレのために仕事をしていると言っても過言ではありません」

(貴方から止めてほしいんだけどなあ)


 二人のケンカにうんざりしているのは、男子二人と同じ年齢の女子である。

 もう一人はとても年上で、老齢と言って差し支えなかった。


「それではお嬢さんから奉納をいたしますか?」

「お願いします……」


 このままではらちが明かない。せめて自分だけでも『奉納』を済ませようと、彼女は柱の前に供物を捧げた。

 それはモンスターの部位である。角や目玉などであり、各モンスターの体の中で特に強い力を持つ部位であった。

 人によっては野蛮とののしるかもしれないが、彼女はいたって真面目にそれを捧げ、膝をついて祈る。


 直後であった。

 貧相だったはずの柱から、枝が生え葉が生え花が咲いた。

 枯れ木の残骸のようであった柱が、みずみずしくも神々しい木へと変化したのである。


「それでは……今回貴方が望むスキルはなんですか?」

「治癒スキルの効果が向上するパッシブスキルをお願いします」

「わかりました……供物は十分です。それでは祈りなさい」


 その木の根元に捧げられていたモンスターの部位は、光へと変化し輝く木へと吸い込まれていく。

 ほどなくして、その木にリンゴのような実が生った。下の方に一つだけ、異質に実ったのである。

 老齢の男性がそれをもぐと、可笑しなことに実があった枝に新しく花が咲いたのである。

 順番から言えば逆のはずだが、この木にとって普通のことであった。


「さあ、どうぞ」

「ありがとうございます」


 神官から手渡された果実を食べた彼女の体は、一時的に光を放った。

 もしも彼女の状態を正確に把握する術があれば、彼女が『治癒効果向上』のパッシブスキルを獲得したことがわかるだろう。


スキル(・・・)ツリー(・・・)への奉納は終わりました。これであなたは新しい力を授かったのです」

「ありがとうございます」


 この木こそ、文字通りのスキルツリー。

 この世界にはスキルツリーが実物、装置として実在し、信仰の対象にもなっている。


 スキルツリーは普段こそ貧相な枯れ木の様相をしているが、人が祈りを捧げるとその者に合わせて自らの形を変える。


 人には生まれながら『クラス』があり、スキルツリーに奉納をすることでスキルを習得していくのだ。

 このクラスは不変であり、後天的に変わることは決してない。またスキルのふり直しも不可能である。なにより限界値が存在しており、すべてのスキルを獲得することは不可能である。

 だからこそ、同じクラスであっても人によってはスキルビルドの型が異なっており、それによって戦い方も多少は異なってくる。

 とはいえ、何事にも例外はある。

 今しがたスキルを獲得した彼女は治癒師(ヒーラー)なのだが、コレについては型がほぼ決まっている。


「ほら、私は終わったよ! アンタたちも終わらせなさいよ!」

「コイツが悪いんだよ、コイツが!」

「うるせえ! スキルは一生もんなんだぞ!? いくら仲間だからって、勝手に決めるなよ!」

「二人ともうるさい! 最大HP上昇のパッシブスキルをとっても、高威力のアクティブスキルを取っても、たいして変わらないでしょ!」

「そんなことはない!」

「そうだぞ、そんなことないぞ。お前みたいな治癒師(ヒーラー)と違って、普通のクラスはスキルビルドで悩むもんだ」

「わ、私だって、どの順番でとるかは考えてるわよ!」


 まずヒーラーは、文字通りの純回復職である。

 ヒールという回復系アクティブスキルとその発展形を専門とする、さほど珍しくないありふれたクラスである。

 珍しくないのだが、パーティーにとっては要と言っていい。

 初心者、中級者、上級者のいずれのパーティーでも一人は求められる、非常に需要の高いクラスだ。


 ヒールというアクティブスキルを習得するクラスは他にもある。

 イメージ通りそこまで珍しいスキルではないため、他の後衛職、あるいは万能職、一部の前衛職すら使用可能ではある。

 しかしヒーラーは専門家である。


 初心者であっても、ヒールの使用できる回数が多い。

 中級者であれば、遠距離治療や広範囲治療が可能となる。

 上級者ともなれば……毒などの肉体的な状態異常、混乱などの精神的な状態異常、筋力低下などの数値的状態異常、そして石化などの幻想的な状態異常さえも治療が可能になる。そして全種の状態異常を治療できるのはこの治癒師だけなのだ。


 どの段階であってもヒーラーが重要であることはわかるだろう。


 だがだからこそ、ヒーラーのスキルビルドは型が決まっている。

 基本となるヒールを習得し、その発展形の上等なアクティブスキルを獲得しつつ、それらを補強するパッシブスキルを獲得。

 これらを修めれば限界に達するため、他の型になる余地がないのだ。役目がしっかりしているからこそ、合理的なビルドが一択となる。


 普通は、そうなのだ。


「はっはっは! 確かにヒーラーのスキルビルドは全員同じですな。しかし私は一人だけ例外を知っていますよ」


「ん……あ、あの人ですか。有名人ですよね。俺のオヤジとかが良く話してました」

「俺は子供のころ見かけたことがあります。今は遠くに行ったとか……」

「私は、その……ヒーラーだとわかった時に、あの人のマネだけはするなって言われました」


 この田舎町でモンスターを狩り、このスキルツリーへ奉納し、ヒーラーとしてのスキルビルドを極めた男が一人いた。

 非合理の極みのようなスキルビルドを行い、世界中に名をとどろかせるほどの武勲を挙げた者である。


 悪い手本というわけではないが、真似をしてはいけない好例であった。


「ええ。周囲の者は最初こそ逆張りのスキルビルドを見て呆れていましたが、今や評価は逆転しています。そのうえで後を追う者がいないというのは、なんともロマンがある……私の人生で、彼ほど印象に残った者はいません」


 各地に存在するスキルツリーは、ゲーム的なスキルツリーではある。

 しかし文章で丁寧に説明してくれるわけではない。

 初めて祈る者には『この木の形は戦士(ファイター)ですね』と教え、スキルを捧げる際には『貴方は現在このスキルを習得できます』や『このスキルにはこのような効果があります』と教える役職が存在する。


 神官。これはクラスとは違い、純粋に知識として学んだ者が就く職業。

 老人は熟年の神官であった。

 多くのスキル獲得者を見てきた彼をして、『例の男』ほど偏屈な者はいなかった。


「彼の噂が届くたびに、私は……おや?」


 もう日が沈んでいたのだが、スキルツリーの聖堂の扉をノックし入ってくる者がいた。

 彼は奇妙なほど覇気がなく、しかし異様な存在感を放っていた。


「ヒロシ君、ではありませんか」

「お久しぶりです」


「え、この人が噂の!?」

「え、ええ!?」

「噂をすれば影が差すって本当だったんだ……」


「その、まだ仕事中でしたか?」

「いえいえ、お気になさらず。彼らはまだまだスキルビルドで悩んでいる様子でしたし、他にもう利用者はいらっしゃません。なにより……」


 少し照れた顔で、老人はヒロシという男性に微笑んでいた。


「私は今日で仕事納めですから、明日の予定も何もないのですよ」

「引退、なさるんですか?」

「見ての通りの年齢ですからね。引き際という奴です。そんな日の終わりに、貴方に会えるとは……これもスキルツリーのお導きかもしれませんね」

「……そうかもしれません」


 偏屈で知られていたヒロシだが、今はとても穏やかであった。

 スキルツリーの導きという曖昧な言葉を素直に受け止めている。


「俺も今日来たのは、最後の挨拶みたいなものでして……モンスター退治を引退して、故郷に帰るつもりなんです」

「おや、貴方はまだお若いでしょう? それなのに引退とはもったいない」

「……頑張る気が失せたんですよ」


 仕事をやり切った老人に対して恥じていたが、ヒロシはそれでも引退を表明していた。


「貴方も知っているでしょうが、俺の故郷は女尊男卑の強い国でしてね。そこが嫌だったものですから、誰かのサポート……特に女のサポートなんて絶対したくなかったんですよ」


「何度も聞かされましたよ。『だから俺は一人でやっていくんだ』と意固地になっていましたね」


「今更ながらバカな話です。おかげでずいぶん苦労しました……あははは! まあ、それが俺の原動力でしたね」


 ヒロシと神官の話を聞いている若者三人は、思わず生唾を呑んだ。

 ヒーラーが一人で戦う、ということがどれだけ無謀なのかわかっているからだ。


 ヒーラーに限らないことだが、後衛職は非常に打たれ弱い。

 そのうえヒーラーは回復の専門家であるため、攻撃スキルを一切持たない。

 そんなヒーラーがソロでモンスターと戦うなど、自殺行為以外の何物でもない。


 そんな自殺行為という究極の非合理を極めた男が、目の前のヒロシなのだ。


「コンプレックスのおかげで、俺は世界中にとどろくほどの実力を得ました。その名声を聞きつけて『あの子』も俺を仲間にしたいと勧誘しに来たほどです」

「……スキルツリーに勇者と認められた彼女ですな」

「ええ。死ぬほど嫌だったので何度も断ったのですが、結局押し切られて……初めて仲間を持って、色々と学びました」


 ヒロシの故郷では、女が戦う者であり男には機会など巡ってこなかった。

 対してこの世界のスキルツリーは、男であれ女であれ力を与えてくれる。

 だからこそヒロシは自ら戦うことにこだわっていたが、女勇者と共に戦ううちに拘りはなくなっていった。


「意地を張っていたのがバカみたいです。男とか女とか些細なことでしたよ」

「その一念で強くなったのですから、悪いことではないと思いますが?」

「その一念が無くなったんで、戦う気もなくなったんです」

「……それでは仕方ないですね」


 以前のヒロシを知るからこそ、老齢の神官は引き留められなかった。


 奉納すれば力を授かれるとしても、スキルツリーの限界値まで捧げるものは少ない。

 そこまでしなくても、それなりに稼げるようになるからだ。

 だからこそ、スキルツリーを極める者にはなにがしかの執着心がある。

 それが無くなれば戦う力があっても心が戦えなくなるのだ。


「では最後に、スキルツリーに祈りませんか?」

「へ? 俺はもうとっくに限界に達していますよ。それに供物も持ってきてない」

「これが最後の機会だからですよ。貴方を強くしてくれたスキルツリーに祈るのに、これ以上の理由は必要ないはずです」

「……そうですね」


 三人の若者が見守る中、ヒロシはスキルツリーの前で祈りを捧げた。

 自分の望むクラスを与えてくれなかった木ではあった、それを呪い続けてもいた。

 だが今は、ただ感謝している。自分の日々は悪い物ではなかったと思えるのだ。


 スキルツリーは祈りに応えて、彼のスキルを自ら表現する。

 先ほどの少女の時とは段違いに輝き、多くの花を開かせていた。


 だがその花が咲いている場所は、明らかに偏っている。

 左側には上から下まで花が咲いているが、右側には全く咲いていないのだ。


「本当だったんだ……アクティブスキルを一切覚えてないなんて……!」


 スキルツリーの形状からして、ヒロシはヒーラーとしてのアクティブスキルを一切覚えていない。

 つまりヒールやその発展形を一切使用できないのだ。

 ヒールが使えないヒーラービルドを極めた証を見て、三人の若者はあらためてヒロシの頭がおかしいことを確信する。

 それを止めなかった老齢の神官もたいがいであった。


「もう……意味のない話さ。俺の故郷も少しは物騒だが、この世界ほどじゃない。帰ったらのんびり暮らすとするよ。この街にもお世話になったが……これで最後だ」


 別れを惜しむことはなく、自分の成果、スキルビルドに背を向けてヒロシは去っていく。

 人生を無駄にしたなどと思っていない、さわやかな背中であった。

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>スキルツリーへの奉納は終わりました 読者の認識と作品世界の言葉をうまく融和させてる所が好き
パッシブだけ取って他人を回復できないヒーラー……需要が無いのに極めたスキルビルドや。頭のおかしい扱いも残当。 それでも女勇者の仲間になってコンプレックスが払拭された。この話だけでも一人の男の一幕として…
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