幽霊探偵と消えたプリン
「犯人は、この中にいる!」
そう叫んだのは、幽霊探偵こと田所慎二だ。いや、正確には幽霊探偵を名乗る幽霊である。彼は生前、町のしがない探偵だったが、ある事件に巻き込まれ命を落とした。そのまま成仏せずに事務所に居座り続けている。
「田所さん、あんたさっきから何言ってるんですか?」
そうツッコむのは、唯一彼の姿が見える助手の山本春香だ。
「いいか、春香。今、我々が直面している事件は、極めて巧妙な犯行なんだ!」
「いや、単なるプリンの盗難事件ですよね?」
「……バカ者! どんな些細な事件でも真相を突き止めるのが探偵というものだ!」
そう、事件は今朝、春香が冷蔵庫に入れておいた高級プリンが忽然と消えたことに始まる。事務所には彼女の他に、依頼人として訪れていた三名がいた。
第一容疑者:佐藤陽介。35歳、会社員。妻の浮気調査を依頼してきた。
第二容疑者:井上美咲。28歳、OL。会社の金がなくなった件で相談に来た。
第三容疑者:大西健太。40歳、自称小説家。編集者に締め切りを迫られ逃げてきた。
「では、改めて証言を聞こう!」
田所は机の上をバンッと叩く(もちろん幽霊なので音はしないが、春香が適当にフォローする)。
「まず、佐藤さん。あなたは朝9時に事務所に来ましたね?」
「あ、はい。妻のことで相談に……」
「その時、冷蔵庫は見ましたか?」
「いえ、全く。プリンの存在すら知りませんでした」
「ふむ……では井上さん。あなたは?」
「私は9時半頃に来ましたけど、冷蔵庫なんて開けませんでしたよ!」
「怪しい……。では、大西さん、あなたは?」
「俺がプリンを盗むわけないじゃないか! 俺は甘いものが苦手なんだ!」
「ほう……。では、この事務所にいたのはこの三人と春香だけ。となると……」
田所は意味ありげにうなずく。
「犯人は……この中にいる!」
「いや、だから誰なんですか?」
春香が再度ツッコむ。田所はにやりと笑い、宙を指さした。
「犯人は――」
一瞬の沈黙。全員がごくりと息をのむ。
「お前だ、春香!」
「は?」
「……いや、普通に考えて、犯人はお前しかいないんだよ」
「ちょっと待ってくださいよ! 私がプリンを盗むわけないじゃないですか!」
「じゃあ聞くが、今朝、確かにプリンを冷蔵庫に入れたんだな?」
「もちろんです!」
「しかし、お前は今日の朝、何か食べたか?」
「え? ……あれ?」
春香は思い出した。今朝、慌ただしく出勤準備をする中で、小腹が空いた彼女は「ちょっとだけ」と思い、冷蔵庫を開けた。そして……
「……食べた……かも?」
「そう、犯人はお前だ! 寝ぼけていたのか、疲れていたのか知らんが、お前は自分でプリンを食べたことを忘れていたんだ!」
「ええええ!?」
「つまり、事件は未然に防げなかったものの、無事解決したということだな」
田所がドヤ顔で言うと、春香はぐったりとうなだれた。
「何この事件……私が自分で食べてたとか……最悪……」
佐藤、井上、大西の三人は、呆れながらも微笑んでいた。
「まあ、でも解決してよかったですね」
「なんだか、可愛らしい事件だったな」
「いいネタをもらったよ! これで短編小説を書こう!」
そして、春香はふと思った。
「……そういえば田所さん、なんで幽霊なのに食べ物のことに詳しいんですか?」
「バカ者! 探偵とは、どんな些細な違和感も見逃さないものなのだ!」
その瞬間、春香の目が冷たく光った。
「まさか……田所さんが食べたんじゃ……?」
「な、何を言ってるんだ! 俺は幽霊だぞ!? 食べ物なんて食べられ――」
「……なら、どうしてプリンがどこのメーカーのものかまで言い当てられたんです?」
「ぐぬぬ……!」
事務所に笑い声が響く中、田所慎二の幽霊は密かに誓った。
(次こそ、バレずに食べてやる……!)
――幽霊探偵とプリンの戦いは、まだまだ続く。