#7 【首の無い死体】
アニセカ小説大賞応募作品です。
悠希と亜夢は、バイクで本日最後の回収先へ向かっていた。
「今日は結構件数こなしたから、疲れたろ?」
道中、悠希がそう問い掛けると、亜夢は軽く首を振った。
「ううん、全然大丈夫。悠希こそ疲れたんじゃない?」
悠希は笑い飛ばして、
「ウチは小せぇ会社だからな、これぐらいの量で疲れてたら仕事になんねえよ」
南部の繁華街に入り、最後の回収先に到着した悠希は、駐輪場にバイクを停めると、ポータブル端末をチェックしながら亜夢と共に入口へと向かった。
「よし、ラスト一件、ここは精霊石三つだったな……ん?」
入口を塞ぐ形で黒いミニバンが停車している。
「あん? 何だよこの車ァ、こんな場所に駐車しやがって」
悠希はミニバンのフロントに回り込んだ。フロントガラスとワイパーの間に駐車違反の通知書が挟まれていた。
「罰金と点数か。御愁傷様だな」
中を覗き込むが、車内に人の気配はなかった。
ひとしきり車を見て回った悠希は、「……もしかして」と呟いた後、フロントバンパーの前でしゃがみ込み、ナンバープレートを確認した。よく見るとナンバーには改ざんした痕跡があった。
「この車、盗難車だ。ギャングの連中が乗ってきた可能性が高い」
「ギャング?」
南部にはギャング集団が多く、事務所が強盗や窃盗の被害に遭うのは日常茶飯事だと、悠希は説明した。
「え……じゃあここも?」
「あぁ、絶賛襲撃中かもな」
「どうするのよ」
「どんな状況下であれ、回収しねーことには帰れねぇ。とはいえ、さてどうしたものか」
「襲撃してたらやっつければいいことでしょ? おなか空いたし、さっさと終わらせましょうよ」
亜夢の提案に悠希は笑みを溢し、
「お前の言う通りだ。さっさと回収して旨いもんでも食うか」
悠希と亜夢は、事務所がある二階へと続く階段を一歩づつ慎重に上がった。
二階へ到達すると、事務所のドアが半開きになっていた。この事務所は普段からセキュリティが掛けられており、事務員が中からドアを開けるまで、外部の人間は入室出来ないシステムになっている。
悠希は亜夢を階段で待たせてドアに近付いた。強い力でネジ切ったように破壊されているドアノブが視界に入った。
「……」
息を殺し、入口から事務所内を覗き込むが、人の気配は無い。しかし、悠希は事務所内に得も言われぬ重苦しい空気が漂っているのを肌で感じていた。
足音を立てぬように、摺り足で通路を抜け、応接室へと向かう。そして、ゆっくりと応接室のドアを開けると、目の前に衝撃的な光景が広がった。
「……マジか。夕飯前だってのにエグすぎんだろ」
複数の死体が応接室に横たわっていた。床には所々血溜まりが出来ており、全ての死体には『首』が無かった。
直視出来ない程、死屍累々とした凄惨な応接室には、血なまぐさい空気が立ち込めている。
悠希は死体に共通する特徴に気付いた。それは全ての首無し死体が黄色のセットアップを着用していることだった。以前、コルクのヘルメットに因縁を付けてきたギャングチーム『ブラッズ』の連中だ。
悠希は一旦亜夢の元へ戻ろうと、後ずさりした。その時、ロッカーの中からカタリと物音がした。万が一に備え全身の細胞を活性化させ、ロッカーの前に立ち様子を伺った。
中に誰かいる――
そう確信した悠希は、取っ手に指を掛けると、勢いよく開いた。
「――ひっ!」
ロッカーの中には事務服を来た若い女性が入っていた。いつも受付をしている事務員だ。手首を粘着テープでぐるぐる巻きにされ、完全に怯え切っている。
「あ、どーも。お疲れ様です」
「レ、レガリアの方、ですか?」
「ええ。あの、一体何があったんすか?」
悠希は女性事務員をロッカーから出し、粘着テープを剥がすと、少し落ち着かせてから事情を訊いた。
他の事務員が早退したため、一人で勤務をしていた彼女は、突然ナイフを手にして押し入ってきた男達五人に直ぐ様拘束され、事務室のロッカーに押し込められたという。
その後、五人が事務所内を荒している様子を聞いていたのだが、暫くすると異変が起きた。次々と男達の悲鳴が聞こえ、やがて物音一つしなくなったのだ。そして、ロッカーの前をブーツらしきゴツゴツとした足音が通り過ぎていった。
経緯を聞いた悠希は、事務員の女性に死体を見せぬよう革ジャンを被せ、階段で待機する亜夢のところまで連れて行き、介抱するよう頼んだ。
再び応接室へ戻り、首無し死体の状態を確認した。その時、頭の中に拓斗の言葉が過った。
『最近首無し死体が発見されて――』
携帯電話で拓斗に連絡し、経緯を説明した。
「コイツらを殺した奴が気になるんだ」
『繁華街で発生した殺人事件に関係している可能性が高いですね。警察に通報しときますので、悠希さん達は早急に帰ってきてください』
拓斗の指示通り、悠希は亜夢と共に速やかに事務所を出た。
***
時刻は午後二十時、悠希は首無し死体の考察をしながらバイクを走らせた。
ブラッズが強盗目的であの事務所を襲ったのは悠希にも理解が出来た。だが、そのブラッズを襲った奴の動機は何だろうか? 疑問はそこだった。偶々出くわしてトラブルになったとは考えにくい。
それに――
凶行がレガリアの顧客先で起きたのは偶然だろうか? 仮にだが、あれがシャドウフェイスの仕業だとしたらどうだろうか? 事務所を訪ねる自分たちに対する警告を意味しないだろうか? もしかしたら、亜夢の居場所はもう奴らに特定されているのかもしれない。
そして、あの首無し死体――悠希は更に考察した。
あれは刃物で斬った切り口ではなかった。まるでとてつもなく強い力で引きちぎられたような……というよりも、咬みちぎられたと表現した方がしっくりくる断面だった。
悠希は近くに猛獣が潜んでいるかのような脅威を、直感的にその肌で感じ取った。
バイクは住宅街を抜けて、河川敷へさしかかった。
日が落ちて真っ暗になった河川敷沿いの舗装路を走りながら川の対岸に目をやると、家々の灯りや工場を照らすオレンジ色の街灯がまばらに見えた。ヘルメット内部に入り込む風が、一段と冷たさを増した。
「――暖かいよね」
亜夢は悠希の背中に身体を密着させた。
「あん?」
「悠希の背中さ、とても暖かいわ」
「……そーかい」
火の精霊による副作用で、悠希の体温は常人よりも高くなっている。亜夢にとっては湯タンポ代わりなのだろう。
寒空の下、二人を乗せたバイクは河川敷を走り抜け、入り組んだ住宅地を進み、やがて幹線道路へ合流した。走行車両がまばらな直線道路を走っていると、悠希はバックミラー内に映る違和感に気付いた。
(この車、さっきからずっと付かず離れずだ)
悠希は目視や周囲を確認したが、先行車も後続車も少ないようだ。にもかかわらず、一定の距離間を保ちながら追走を続けてくる車両を警戒した。
「亜夢、妙な車がついてきてやがる。撒くからもっとしっかりつかまってろ」
「うん、わかった」
次の瞬間、バイクは地面スレスレの傾斜角度で、左側の脇道に滑り込んだ。
亜夢は振り落とされないように、悠希の腰に回した手に渾身の力を込めた。
悠希はチーズを削ぐナイフのように車体を傾けたまま進み、地面スレスレのライディングでカーブを走り抜けると、そのまま小道に入り車体を立て直した。
アクセル部分に配置されているボタンを押した瞬間、猛烈な加速Gが発生した。
そのままアクセルを全開にする悠希は、速度を保ったまま蛇行運転を始め、高速スラロームを続けながら後方をチラリと見た。
二つの光が後方に見えた。
(まだ追ってくるな)
猛追してくる車両を振り切るため、悠希は再びアクセル付近のボタンを押し、速度を上げた。
車両を引き離して小道を走り続けていると、いつの間にか沿線沿いの寂れた倉庫街に入り込んでいた。
前方に一台の車が道を塞ぐ形で停車していることに気付いて、悠希は反射的に急ブレーキをかけた。バイクの車体は斜行して、タイヤがアスファルトに白煙を上げながら食い込んだ。そのままスライドしたバイクは、車との衝突をギリギリで回避した。
悠希は車体のスタンドを立て、素早くヘルメットを脱いだ。続いて亜夢もヘルメットを脱ぎ、白い息を吐いた。
「大丈夫だったか?」
「うん、結構スリルあって楽しかった」
前方を塞いでいたのは、物々しい存在感を放つ黒塗りのセダンだった。月光が反射し、車体に浮かび上がる深い影が、その異様さを更に引き立てているように見えた。
しばらく様子を伺っていると、後方から車両も追い付き、悠希達を挟み込むようにして停車した。
前方の黒いセダンから降りてきた怪しい人物がアスファルトに足を着けた瞬間、手にしているサーチライトが強力な光を放ち、辺りを照らした。
周囲の影が踊り出し、怪しい人物の外見が浮かび上がってきた。それは漆黒のコートに身を包み、髪全体をツンツンに尖らせたパンキッシュなベリーショートの男だった。
厳かな表情で、男は静かな一歩を踏み出した。街灯の明かりが背後で輝き、輪郭がより一層鮮明になった瞬間、男が銃を携えているのがわかった。
(この棘頭……シャドウだな。後ろの車も仲間か)
悠希が警戒しながら動向を注視していると、棘頭はサーチライトの光を一点に絞り、視界を遮ってきた。
そして次の瞬間、ダンダン! と、銃声が路地裏に鳴り響いた。
棘頭はバイクに歩み寄りながら更に発砲を続ける。
「――プレキシガラスかよ! 弾の無駄使いしちまったじゃねーか!」
棘頭はそう言い捨てると、子供が飽きたおもちゃを放り投げるように拳銃を手放し、サーチライトの光源を絶った。
悠希はデリバリーバイクから降り、フロントシールドの状態を確認した。
悠希に続いてバイクを降りた亜夢は、無傷のフロントシールドに驚きの声を上げた。
「凄いねコレ、割れてないんだ」
回収に使うバイクは横取り専門のハイエナに狙われることが多く、それを想定して防弾仕様にしてある。悠希は亜夢に説明しながら、
「ちっ……傷がついたじゃねーか」
と呟いた。
「いい度胸してるな、オマエ。こりゃ追っ手来た甲斐があったなぁ」
棘頭が舌を出して不気味な笑いを浮かべると、後方の車両からも男が出てきた。
「あれ? アイツ、この間、お前に瞬殺された蛇頭じゃねーか?」
「そうみたいね。しつこい男は大嫌いよ」
「棘頭に蛇頭か。まぁ、こうなった以上、話し合いじゃ済まなさそうだし、お前どっちの相手する?」
「そんなの、どっちでもいいわよ」
前方にパンキッシュな刺頭の男、後方にドレッドヘアの男。挟まれた悠希達に退路はない。
「んじゃあ、俺は大切なバイクを傷つけやがった、この棘頭をボコるからよ。お前はまた蛇頭を瞬殺してこい」
「そうね。おなか空いたし、さっさと片付けましょう」
悠希と亜夢は、背合わせで男達と対峙する。
喧騒から離れた倉庫街は、まるで闇の力が漂ったような不穏な空気が漂っていた。
「……さて、てめぇの相手は俺だ。いきなり拳銃ぶっ放してくるようなサイコ野郎には手加減しねーぞコラ」
悠希は手の中に炎の渦を形成し、その渦を高速で回転させる。
「おいおいおい! マジかオマエェェ、殺る気満々じゃねぇ?」
棘頭は薄気味の悪い笑顔を浮かべていた。
炎の塊は渦を描きながら悠希の手から放たれた――棘頭が右手で空間を指すと、その場所から冷気が放たれ、氷の結晶が風に舞った。
炎の塊と氷の結晶が交差し、衝突した瞬間、倉庫街は一瞬にして熱と冷気に包まれ、煙と霧が舞い上がった。
一瞬の混沌の中で、二人の姿は見えなくなった。
暫くの間、静寂が続いたが、煙と霧が一掃されたその中から、悠希と棘頭が姿を現した。
悠希の周りには炎がまだ残り、棘頭の足元には凍結した氷が広がっている。
悠希は棘頭を睨みつけて、
「ちっ、違法精霊石なんか使いやがって、このクソ野郎が」
再び右手に炎の渦を形成した。対する棘頭は氷の刃を投げつけた。
悠希は瞬時に反応して身体を躍動させると、炎で包み込まれた拳による素早い連続打撃で氷の刃を迎撃した。
「あの小娘を生け捕れば懸賞金はガッポリ……だからよぉ、それを邪魔するオマエはぶっ殺さねぇとなぁ!」
距離を詰めてきた棘頭は、更に巨大な氷の刃を右手で形成した。その刃は冷気と共に悠希の頭上に振り下ろされ、空気を切り裂きながら迫る。
悠希は巧妙に身をかわしながら、右腕に炎の盾を形成して斬撃を防いだ。
棘頭はニヤけ顔で悠希を眺めた。
「殺り甲斐があるなぁ、オマエ」
「殺れるもんなら殺ってみろよ」
炎と氷の攻防は激しさを増し、路地裏は激しい音と光の連続で満たされる。
一方、蛇頭と対峙する亜夢は劣勢を強いられていた。
「こん……のぉ!」
亜夢は軍用格闘技で身に付けた体術を駆使して蹴り技を繰り出し、蛇頭の頭部、胸部、腹部にヒットさせていく。その蹴り技は風を切り裂き、打撃音が夜空に響き渡った。
しかし、ダメージを受けている様子は見られない蛇頭は、パンチとキックで反撃に出る。
スウェーで攻撃を回避した亜夢は、バックステップで一旦距離を取った。
「どうした? 『この間は一撃で倒せたのに』って面してるな」
蛇頭は不敵な笑みを浮かべ、「コイツはいい。効果絶大だ」
亜夢の高い戦闘能力に対抗するため、蛇頭は土属性の魔力防御を使っていた。
その効果は、大地の魔力を肉体に取り込んで身体を強靭化させることで、堅固な防御力を一時的に得ることが出来る。
「しつこくてねちっこい奴が更に厄介になったわね」
蛇頭の変化に気付いた亜夢は、息を深く吸い込んで素早く近づくと、蹴り技、掌打を駆使したコンビネーションを繰り出した。
「はああああああ!」
亜夢のスピードと技術は蛇頭を圧倒、反撃の余地すら与えない。しかし、防御力を強化している蛇頭にダメージの形跡は見られない。
そして、徐々にコンビネーションのスピードが落ちてきたその時――
「効かねぇんだよ、オラァ!」
「うぐっ!」
一瞬の隙をつかれ、蛇頭の右フックが亜夢の臀部に命中した。苦痛が身体を貫き、一時的にバランスを崩したものの、亜夢はすぐに体勢を整えて蛇頭に向き直った。
「痛ったぁ~……」
(しかし固いな。手足も痛くなってきたし、ちょっとやり方変えようかな)
蛇頭は間髪入れずに両腕を頭上に挙げて、空中に巨大な岩石を造り出し、亜夢に目掛けて投げつけた。
「うわっ⁉」
「コイツは避けれねえだろ!」
亜夢は向かってくる岩石を見据えながら、右腕を背面へ引き、掌で空気を前方に勢い良く押し出すと、岩石は蛇頭のほうへ押し戻された。
「なに⁉」
蛇頭は屈んで岩石を回避、後方に飛んでいった岩石は、倉庫のトタンを突き破った。
「女の子に岩石投げつけるなんてサイテーね」
亜夢は右手の五指をゴキリと鳴らし、「ムカついたから、顔がパンパンに腫れ上がるまでボコボコにしてあげるわ」
「上等だ……やってみろよコラァ!」
拳銃を模した棘頭の指先から、細長い水流が勢い良く射出された。
悠希は攻撃をかわしながら炎の塊を投げつけるが、放たれる水流が全て消火する。
(コイツ、完全に炎使い対策してきてやがんな)
棘頭が放つ水流は言わば単なる鉄砲水だが、直撃すれば骨折するほどの威力があり、決してあなどることは出来ない。
「オラオラァ!」
間髪入れずに放たれる鉄砲水。悠希は前傾姿勢で右足を大きく踏み込ませると同時に、それをかわして接近する。
間合いに侵入、炎に包まれた悠希の右拳が打ち放たれた。それは魔力と打撃の融合から生み出された渾身の右ストレートだった。
「ぶべっ!」
顔面に激しい一撃が炸裂し、棘頭は悶絶の表情を浮かべて後退した。悠希は更に追撃する。
「熱っちぃな、オラァ!」
棘頭は苦悶しながらも至近距離で鉄砲水を放つ。
悠希はトリッキーな動きで身体を仰け反らせてそれを回避すると、一旦後方に下がり、体勢を整えて炎の衝撃波を放った。しかし、アスファルトから分厚い氷壁が勢い良く飛び出して攻撃を防いだ。
棘頭は高笑いし、
「やるじゃねーか、赤髪のにぃちゃんよぉ!」
棘頭は顔面を焼かれたにもかかわらず、平然と狡猾な笑みを浮かべて見せた。
悠希は立て続けに魔力攻撃を繰り出してくる棘頭が、かなり危険な違法精霊石を使っていると推測した。南部に蔓延する違法精霊石は、規定を大幅に超えた魔力が封入されているため、一時的にはクラスC以上の精霊石と同等のスペックを持つ。
「オマエをぶち殺すために魔力パンパンの違法精霊石を選んできてやったんだ。もっと楽しませてくれよなぁ!」
これが武闘派マフィアの闘い方か、と悠希は思った。ギャングの少年達など可愛く思えるほどの圧力がある。
「水鉄砲も飽きてきたからよ、コレなんかどうだぁ?」
棘頭は悠希に向けて右手を開いた。その瞬間、おびただしい数の氷の針が射出された。
悠希は右腕にまとわせた炎の盾で向かってくる氷の針を防ぐ。
棘頭はペロリと舌を出し、
「へっ……炎と氷の喧嘩は泥仕合だなぁ。ち~っとばかし、『味変』でもするか」
「あン? てめぇさっきから何をゴタゴタと……」
棘頭は右手で悠希に氷の針を射出し続けたまま左手を開くと、亜夢の背中に向けて、氷の針を射出した。
「なっ――亜夢っ!」
悠希の叫び声に反応した亜夢は咄嗟に身を屈めた。幾千もの氷の針は対峙していた蛇頭に直撃した。
「おい! お前なにやってんだ! 魔法防御使ってなかったら即死だったぞ!」
「あ~わりぃわりぃ、小娘の反射速度が想定外だったわ。てゆーか、何だよそのツラ? ダッセぇなぁ」
蛇頭の顔面はまるで葡萄のように腫れ上がっている。
「仕方ねーだろ! このクソガキ、顔面ばっか狙ってきやがんだよ!」
それは亜夢の宣言通りだった。
いくら耐久性を向上させる魔力防御でも、全ての部位に効果がある訳ではない。亜夢は本能でそれを察知して、蛇頭の頭部へ集中砲火を喰らわせたのだ。
そんな腫れ上がった蛇頭を見ながら、棘頭は下品に高笑う。
「情けねー野郎だな! 防戦一方じゃ、せっかくの違法魔封石も宝の持ち腐れじゃねーか」
蛇頭と会話を続ける棘頭に対して、悠希は「……おい」と、怒気のこもった声を発した。
「あぁ?」
棘頭は振り返った。
「何やってんだ? てめぇの相手は俺だろうが」
「おいおい、何か勘違いしてんな赤髪のにぃちゃんよぉ。俺は別にオマエとタイマン張ってる訳じゃねーんだよ。俺の目的は小娘を捕獲して報酬を得ることなんだからよ」
棘頭は手にブーメラン型の氷刃を造り出して話を続ける。
「お……いいこと思い付いた。コイツで手足をぶった斬ってから、傷口を焼いてダルマにするのもアリだなぁ。そっちの方が運びやすいしな……」
棘頭が視線を戻すと、悠希が眼前にいた。
棘頭は「は?」と声を発したまま棒立ちになった。
「目的を果たすためなら不意討ちだろうがエグいことだろうが何でもやる……てめぇの持論は否定しねぇし、むしろ肯定してやんよ。けどな、アイツはモノじゃねぇ」
「なっ……オマエいつの間に」
悠希は高速ハイキックを繰り出し、棘頭の即頭部に炸裂させた。ゴキン、という鈍い音がして、棘頭はアスファルトに叩きつけられた。
悠希は白目を剥いて横たわる棘頭を見下ろしながら、
「女に向かってデリカシーの無ぇこと言ってんじゃねーよ」
そう吐き捨てると、亜夢の元へ歩みを進めた。
改めて蛇頭を見ると、両腕をだらりと足らし、疲労困憊でもはや戦意を喪失している。
「……こいつはスゲーな、原型留めてねーぞ」
「ちょっとやり過ぎたかもって、反省はしてるわ。少しだけね」
「気にすんな。悪いのはコイツだからよ。さてと……」
悠希は蛇頭に近づき、「棘頭に訊こうと思ったけどあのザマだ。つーことで」
蛇頭のみぞおちにボディブローを見舞った。
蛇頭は「ぐぼっ!」と声を上げると、その場で膝まづいた。
「質問だ。エデンとシャドウの繋がりについてアンタが知ってることを教えろ。やつらは亜夢を連れ戻して何をしようとしてるんだ?」
「し……知らねぇ。そいつを捕獲すれば金が貰えるって、アイツに誘われただけだ」
悠希は苦痛で顔を歪める蛇頭を見下ろして考える。
(なるほど……下っ端に訊いても何も出てこないか)
「質問の仕方が悪かったな」
蛇頭の髪を鷲掴み、拳銃に見立てた人差し指を右目の瞳ギリギリに突き立てた。
「目ン玉焼かれたくなかったら、お前が知ってるシャドウの情報を言え。誰ならさっきの質問に答えられるんだ?」
「だから、俺は知らねぇって……」
「そうか」
悠希は指先を加熱した。
「熱っ!」
その熱さに蛇頭は咄嗟に目を瞑り、仰け反った。
「おいおい、まだ全然低温だぜ?」
悠希は更に温度を上げた。
「ぐあっ! 熱っ! ちょ……止めてくれ!」
「目ぇ開けろコラァ!」
鷲掴むドレッドヘアを強引に引っ張ると、指先を瞼に押し付けた。
「ひぎゃあああ!」
瞼を焦がされた蛇頭は、悠希の指先を回避しようと必死に首を横に振る。
「おいおい、こんな程度の火傷でわめいてたら、この先もたねぇぞ? 左目を焼いたら次は右目。両目を焼いたら今度は両耳、鼻、口だ。その後は、舌でも焼くか……喋らねー舌なら、あってもなくても同じだろ?」
「教える!」
「あン?」
「シャドウのことを教える! だからもうやめてくれ! 頼む……お願いします、やめてくださいっ!」
悠希は鷲掴む髪から手を離した。
蛇頭は自分が知りうる限りのシャドウフェイスに関する情報を喋った。その中でも悠希の興味を惹いたのは組織図についてだった。
シャドウフェイスはボスを筆頭に、アンダーボス、カポと呼ばれるキャプテン、構成員から成る。そして、この組織図の裏に暗殺専門の精鋭が存在するという。
「これが、俺の知りうる限りの情報だ。頼む、もう勘弁してくれ」
「そうか。じゃあ、暫くの間眠ってな」
ゴキン!
悠希は蛇頭の顔面に右ストレートをお見舞いして意識を絶つと、デリバリーバイクに亜夢を乗せて倉庫街を後にした。