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#5 【フィクサー】

アニセカ小説大賞応募作品です。

 エデンシティ北部(ノース)中心街――

 幹線道路を走行する大衆車の中、一際目を引く黒光りのイギリス製高級セダンが優雅に走る。  

 その車内、ブリティッシュスタイルのオーダーメイドスーツを身にまとう男がレザーシートに身を沈める。

「ミスター、間もなく到着します」

 着いたのはタワーマンションがところ狭しと立ち並ぶエデンヒルズ、エデンシステムズの本社だ。

「一時間ほどで戻る」

「かしこまりました」

 運転手が後部座席に周り、観音開きのドアを開けると、鏡のように磨き込まれた艶のある革靴が地面を踏みしめた。

 彼の名は、エドワード・ナイト。

 エデンシステムズの特別専属顧問として契約を結ぶナイトだが、それは表向きの肩書きである。その実体はエデンシティで暗躍するフィクサーだ。 

 入り口で屈強な肉体のボディーガード二人と合流し、エントランスを通り抜けた。そして、【onlyVIP】のプレートが掲げられた専用通路を通って、最上階である七十階への直通エレベーターに乗り込むと、僅か十秒程で、CEOルームに到着した。   

 ボディーガードの一人が扉を開け、そのまま待機する。ナイトはもう一人のボディーガードと共に入室した。

 全面ガラス張りのCEOルーム。アークシティを一望できる展望室のようなパノラマビューが目の前に広がる。まさに覇権を手にした頂点の勝者が君臨するにふさわしい部屋だ。 

 入室したナイトの姿を見るなり、若い男が声を上げた。

「これはこれはミスターナイト、どうなされました?」

 綾瀬(あやせ)喜一郎(きいちろう)。エデンシステムズの三代目CEOである。

「突然申し訳ありません。被検体『エンジェル』が脱走を謀った件についてお聞きしたくて参りました」

「なっ! なぜその話を……い、いやぁ、参りましたなぁ。この件については内々で処理する手筈だったのですよ。貴方の手を煩らわせることではありませんしね」

「なるほど、その口振りから判断すると、捕獲は既に完了したようですね。取り越し苦労でしたか」

 ナイトの言葉に、綾瀬は目を泳がせた。

「あ……あ~。その、捕獲はまだでして」

「まだ?」

 ナイトは鋭い視線を突き刺した。綾瀬は大袈裟な作り笑いで誤魔化し、

「心配は無用です、目撃情報も得ていますし、時間の問題ですよ!」

「ほぉ……時間の問題ですか」

「そうです! あんな小娘が我々の手から逃げ切れる訳が無い! ガキの使いで充分こと足ります」

「私に黙ってシャドウを動かしておいて、ガキの使いとはね。彼らも見くびられたものですな」

「うっ! ごほっごほっ! いや、どうしてそれを……」

「シャドウを少しでも動かせば、私の耳に入る。あなたが一番わかっているはずですが?」

 綾瀬の狼狽ぶりにナイトは苛立ちを覚えた。

(カスが。目も当てられんな。既に失態を犯しているにもかかわらず、隠蔽体質が『最重要機密事項』にまで及んでいる)

「と、とにかく、早急にエンジェルを回収することが最優先です。そのためには手段など選んでられないのですよ」

 ナイトは「そうですか」と、その言葉を軽く受け流した。

(只でさえ、クロノスに後手を取っているというのに、この失態……コイツはもう切り捨てた方が賢明か)

「ところで綾瀬氏、話は変わりますが、エンジェルを担当していた教師……いいや、女スパイの行方は?」

「うっ……そちらもまだ現在捜索中でして」

「エンジェルの存在と、エクストレジアが公の場に知られれば、エデンシステムズは終わりです。今回の件が非常事態であることを肝に命じて頂きたい」

「それはもう、十分承知してます」

 綾瀬は流れる額の汗をハンカチで拭った。

「話は以上です。それでは」


***


 エデンンシティ南部サウス、日が落ちた繁華街のネオン煌めく盛り場。その路地裏で、二人組の若者がサラリーマンに詰め寄っていた。

「なぁ、もういい加減にしてくれないか? 仕事が立て込んでて、明日早いんだよ」

 サラリーマンはうんざりした様子で腕時計を見ていった。

「は? 仕事? アンタが僕の彼女を無理矢理ホテルに連れこんで売春を強要したってのに、なに言ってんの?」

「だから……さっきから何度も言ってるけど、それはあの女も同意の上だろ? 言いがかりも大概にしろよ」

 語気を強めると、若い男は怯むことなく前に出た。

「同意も何も、あの子まだ未成年っすよ? おじさんがシャワー浴びてる時、僕らに助けを求める電話をして、偶々、運良く、僕らがこの辺りで遊んでたからよかったけどさ。もしも僕らが来なかったら、彼女は一生消えないトラウマを背負う事になってたんすよ?」

 このおっさん、金はありそうだ、と若い男は本日の『カモ』を見定めながら思った。これでとりあえず、今月のシノギは上納出来るか。それにしてもブラッズはタチが悪い。この間も精霊石オリジン専門店を襲ったのに、分け前はスズメの涙……これじゃ全然割りに合わないぜ。

 入るチーム、間違えたか――

「まぁ、彼女も無事だった事だしぃ? 今回は慰謝料払ってくれたらケーサツには通報しないから」

 慰謝料という言葉にサラリーマンの目の色が変わった。

「ちっ……大人しくしてればツケ上がりやがって、このクソガキ共が。ふざけんじゃねーぞ! 最初から恐喝目的の美人局つつもたせじゃねーか!」

 声を荒げると、サラリーマンはガッチリとしたその身体を誇示するように、若い男に迫った。

「オレはな、格闘技の経験者だ。お前らみたいなガキ共が束になろうと、屁でもねーんだよ」

 そう言い放つと、若い男の襟首を掴んで顔を近づけた。「総入れ歯になりたくなけりゃ、さっさとこの場から消えろ」

 格闘技経験者ねぇ、おっさん手が震えてるよ? 若い男は冷静にサラリーマンを見据えた。ハッタリ下手すぎだっつーの。

 二人組の若者は南部サウスで悪名高いブラッズの末端メンバー。暗黒街を生きていくために、シノギと称される上納金のノルマを達成するため、詐欺や恐喝、強盗などの犯罪を繰り返す日々を送っている。

「あ~あ。このダッフルコート、お気に入りなのに酷いなぁ」

 若い男がそう呟いた直後、サラリーマンの右側頭部に銃口が突き付けられた。

「なっ!」

「……ソイツから手ぇ、離せ」

 右手にいたキャップに白いパーカー、迷彩柄のパンツを履いた若者がそう促すと、サラリーマンは即座に襟首から手を離した。

「あらら、襟が伸びちゃったね。ダッフルコートの弁償代も上乗せしていいよね?」

 サラリーマンは青ざめながら両手を上げた。

「ま、待ってくれ。今、財布出すから」

 チョロいな、と思いながら、若い男はサラリーマンを見つめた。こういうハッタリ野郎は銃見せればイチコロだ。さて、どれぐらい絞り取ってやろうか?

「最初からそう言ってくれれば、僕らも無駄な時間を使わなくて済んだのに。じゃあ、全部でこれくらいかな」

 若い男はサラリーマンに指を三本立てて見せた。

「さ、三万か。確かまだ小遣いが残ってたはず……」

 サラリーマンはそう言って、財布を覗き込んだ。

「はぁ? 何寝ぼけたこと言ってんのおじさん。三〇〇万だよ」

「さ、三〇〇万? そんな金があるわけないだろ!」

「……なら、こめかみに穴が開くだけだね。ちなみにコイツさぁ、ネグレストの報復で親を殺しかけた奴だから、躊躇なく引き金弾くよ」

 サラリーマンは銃口を突き付けている男に再び視線を合わせた。深々と被ったキャップから覗くその冷徹な目を見た瞬間、顔から血の気が引いた。

 二本はブラッズに上納、一本は俺らで折半てとこかな。若い男は算段を立てた。仕事が終わったらカジノでワンチャン狙うのもアリか。

「わ、わかった! わかったからちょっと待て! 三〇〇万、銀行口座に送金するから!」

「そうそう。素直が一番。無駄な血を流すことなんてないしね」

 若い男がニヤリと口角を上げたその数秒後――背後から、「おい」と男が声を掛けてきた。その声はぞっとするほど低い、地を這うような声だった。

「うおっ!」

 突然の出来事に虚をつかれた若い男は、驚いて飛び上がった。

「な、何だよアンタ!」

 振り向いて声を掛けてきた男を見上げた。その声に驚いたサラリーマンも男を凝視する。

 漆黒のロングコートをまとった大男。その身長は二メートルを優に越えている。シルバーの短髪に丸型サングラス、左頬にはトライバル柄の刺青タトゥーが彫られており、その不気味な風貌を前に、サラリーマンは後ずさりした。

 なんだコイツ、見ない顔だな。若い男は大男に気圧されそうになりながらも、強気な態度を崩さず、

「何の用? 今、取り込み中なんだけど」

「そこの男、今すぐこの場から立ち去れ」

 大男は若い男を完全に無視して、サラリーマンに淡々と抑揚のない低い声で告げた。

「え?」

 サラリーマンは動揺して、大男の言う『そこの男』が、自分のことだと理解していない様子だ。

 大男に無視された若い男は、怒髪天を衝いたように声を荒げた。

「おいっ! さっきからなんなんだよ! 俺らがどこのチームか知ってんのか⁉」

 若い男はキャップの男に目で合図を送り、銃口を大男に向けさせた。

 大男は突き付けられた銃口など見えていないかのように、「聞こえなかったのか? 今すぐ立ち去れ」と、再びサラリーマンに促した。

「は、はい」

 ようやく状況を理解した様子のサラリーマンは、困惑しながらも周囲を見渡して、そそくさと大通りの方へ走り去っていった。

 若い男は、その後ろ姿をしばらく見つめていたが、サラリーマンが完全に消えてしまうと、あきれ顔で大男に向き直った。

「アンタあれか? ヤバいクスリとかキメちゃってたりする?」

 大男は闇夜に同化するような漆黒のロングコートのポケットに右手を入れたまま無言で立っている。

 若い男は「まぁいいや」と言って、大男の眼前に四本指を突き出した。

「アンタのスマホ渡して。割り増し料金込みで四本貰っとくから」

 ふざけんなよマジで。せっかくのカモを逃がしやがって。苛立ちをあらわにしたその時、大男の左手首に青く光るモノが見えた。それはバングルタイプの精霊石オリジンだった。

「アンタ、いいモノ持ってんじゃん。ついでにそいつも貰っとこうかな」 

 これは高く売れそうだ――したり顔で更なる要求を口にした瞬間、大男のロングコートが翻った――

「……は?」

 一瞬、青い光が瞬いたように見えた。若い男の足元に何かが当たり、地面に落ちた。それは、拳銃と引き金に指を掛けたままの右手首だった。

「ウギャアアアアアーーー!」

 キャップの男が悶絶しながら悲痛な叫び声を上げた。

「え? ええっ?」

 若い男は、突如として目の前で発生した『異常事態』に身動きが取れず、キャップの男の右手首部分から吹き出ている真っ赤な飛沫を、呆然と見つめることしか出来なかった。 

 大男は地面に落ちた拳銃を握ったままの右手を、厚底の黒いアーミーブーツで踏みつけると、拳銃だけを引き剥がしてコートのポケットに収めた。そして、唖然として立ち尽くす若い男を、じんわりと見つめながら口角を歪ませた。


***


 閉鎖された小さな工場内。

 荒れ果てた構内には壊れた機械が放置され、錆びた鉄骨に支えられて傾いている。朽ち果てたトタン屋根の隙間から漏れた月明かりが、割れた窓ガラスを照らす。

 大男は屋根の隙間からオリオン座が煌々と輝く夜空を見上げ、「いい月夜だ」と呟いた。  

 金型を吊るす為に設置されていたであろう可動式クレーンのチェーン。そのチェーンに両足首を巻き付けられ、逆さ吊りの状態で若い男は呟いた。

「た……助けて」

 命乞いを試みるが、頭に血がのぼり、意識が朦朧としていく。

 その中で彼はあの『異常事態』を思い出した。アイツはどうなった? どうやって手首を切り落とした? いや、違う。あれは切られたんじゃない、なにかこう……獣に噛みちぎられたような。

「ギャング風情がウチのシマでやりたい放題……その結果がこれだ。因果応報ってヤツだな」

 歩み寄ってきた大男は身体を『くの字』に曲げて、顔を近付けてきた。

「ウ……ウチのシマって……」

「お前達が一週間前に押し入った精霊石オリジン専門店、あれはシャドウの関連業者だ」

「シャ……シャドウ⁉」

 若い男は耳を疑った。南部サウス最大のマフィア組織、シャドウフェイス――ここら辺は大したマフィアのシマから外れているとリーダーが言っていたのに、まさかその名前が出てくるとは思わなかった。

 マズいことになった、と焦っていると、大男はニヤつきながら丸型サングラスを外した。不気味に光る三白眼を見て、若い男は更に青ざめた。

「なぁ、お前は歯に挟まった魚の骨をそのまま放置して生活出来るか?」

「え……」

「挟まった骨はすぐに除去するだろう? つまり、そういうことだ」

「し! しし知らなかったんです! お金返します、だから……だからもう降ろして下さい! 助けてください!」

「知らなかった……その主張が罷り(まかり)通るのなら、お前はこんな所で吊るされてはいない。このエデンシティで暗躍したいのなら、後ろにどんな組織がついているのか、念密な下調べが必要なことぐらい肝に命じておくべきだったな」

「た……助けてくだ……さい」

「いいか? お前が何をしたのかは問題では無い。強盗に入り、店員を惨殺しようとも、どうでもいい。オレはただ仕事に従事しているだけだからな」

「たぁ……たす、助けて!」

 度重なる命乞いも、大男の耳には届かない。その時――ピリリリ! と大男のコートから着信音が聞こえた。

「……了解です。終わり次第、向かいます」

 大男は通話を終えると、眼前に顔を近付けてきた。「さて、ゲームをしよう」

 そう告げると姿勢を戻し、ポケットから左手を出した。

「ゲ……ゲーム?」

 眼前で手を開くと、そこには古い1ポンド硬貨が乗っている。

「なぁに、簡単なゲームだ。表が出たらお前の勝ち、命だけは助けてやろう」

「う……裏が出たら?」

「やるのか? やらないのか?」

 裏が出たらどうなる?  なんで肝心なことを教えてくれないんだ! 憤りながらも若い男は瞬時に判断した。でも、このままだと確実に死ぬ……なら、ワンチャン狙うしかない。

「や……やり、ます。やらせてください」

 大男は親指で1ポンド硬貨を真上に弾いて、すばやくキャッチすると、無言で『結果』を見せてきた。

「う……うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!」

 断末魔が響き渡ったその数秒後、廃工場内はいつも通りの静けさを取り戻した。

 大男は月明かりに照らされた、逆さ吊りの『首無し死体』を一瞥し、廃工場をあとにした。


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