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#1 【通りすがりの逃亡者】

アニセカ小説大賞応募作品です。

 悠希は抱きかかえている女に再び目を落とした。

 気を失って目を閉じてはいるが、長いまつ毛と整った眉が印象的で、綺麗な鼻筋につややかな薄めの唇もバランスが良い。全身に闇をまとったかのようなブラックコーデと対照的な金髪のミディアムヘアが、冷たい夜風にサラサラと揺れた。

 拓斗は女の顔をのぞき込んで、

「意識が無いのなら、救急車を呼んだ方がいいですね」

 そう言いながら、携帯電話を取り出して二人から離れていった。

 悠希は改めて女を眺めた。ビルとビルの間を跳んだあの飛距離――あれは明らかに風属性の精霊石オリジンによる魔力のはずだ。しかし、それを身に付けている様子はなかった。

(まさかインプランターか? いや、明らかに未成年だしな、それはさすがに無いか) 

「ん?」

 女の右耳の裏、首筋に刺青が見えた。

 六芒星ヘキサグラムに何やら術式のような文字、そして中心部には目のような模様が彫られている。

(この刺青……まさか)

 女が「んん……」と身体を動かして、ゆっくりとまぶたを開けた。

「拓斗、ちょっと待て、目を覚ましたみたいだ」 

 悠希の紅い瞳と女の青い瞳が合ったその瞬間だった。彼女は突然、悠希の顔面を目掛けて掌打を突き立てた。

「うおっ!」

 悠希は咄嗟に身体を仰け反らせて掌打を回避、女を抱きかかえていた両手を離した。

 彼女は身体を捻転させて悠希から距離を取った。

「……本当にしつこいわね」

「おいおい、助けてやったのにそんな挨拶はねーだろ?」

 悠希は少女がピンポイントで急所を狙ってきたことに驚いた。

「……助けた? 追っ手じゃない?」

 女は悠希を凝視した後、視線を真上に向けた。

「そっか、あたし落ちたんだっけ。あれぐらいの距離なら跳べると思ったんだけどな」

「何があったのか知らねーけどよ、とりあえず礼の一言ぐらいあってもいいんじゃねーの?」

「礼……ってなによ」

「は? 落ちてきたお前をキャッチしたのは俺だぞ」

「……あなたが?」

 そんなやり取りをしていたその時、「おい」と、背後から怒気のこもった暴力的な声が聞こえた。振り返ると、ドレッドヘアの男がこちらへ向かって歩み寄ってきていた。

「そのガキを渡せ」

「あン? 何だいきなり。てめぇ誰だよ」 

 悠希は男を睨みつけた。

 女はコートの埃を手で払いのけてから、無言で男へ歩み寄った。

「手間かけさせやがって、クソガキが……」

 男が女の手首を掴もうとした寸前だった。衝突音がしたかと思った瞬間、男は横向きのままアスファルトに叩きつけられた。

 拓斗は「ええっ?」と、驚がくの声を上げた。

「悠希さん、今、何が起きたんですか?」

 狼狽える拓斗とは対照的に、悠希の並外れた動体視力は、冷静にその一部始終を捉えていた。  

 女は身体を捻って左脚を振り上げた。そして、宙に半円を描いた後、左脛で男の側頭部を打ち抜いたのだ。

(この動き……コイツ、格闘経験者か?)

「ホント……しつこい男ね」

 女は横たわる男に鋭い視線を突き刺した。「あなた達、ここから離れた方がいいわよ」

 少女は悠希に背を向け、「あたしも、もう行くから」と告げた。

 悠希は立ち去ろうとする少女の背中に向けて、「なぁ」と声を掛けた。立ち止まった女は肩でため息をついた。

「なに?」

「いや、まだ終わってないみたいだぞ?」

 振り返ると、倒したはずのドレッドヘアの男が立っていた。

「……はぁ」

 ため息をつく少女。蛇頭はコートからサバイバルナイフを取り出した。そして、少女目掛けて駆け出し、無言で斬りつけた。

 少女は身を屈めて斬撃を避けると、蛇頭の背後に回り込んだ。そして、前蹴りを背面に炸裂させた。

「ぐふっ!」

 蛇頭は前のめりに倒れて地面にひれ伏した。

 悠希は驚いて目を見開いた。少女の足さばきが格闘技の中でもより実践的な軍用格闘術に近かったからだ。

 それと同時に、少女が右足を浮かしていることに気づいた。

 今の攻撃で足を痛めたのだろうか?  悠希が瞬時に考えを巡らせていると、またもや蛇頭は立ち上がった。そして、サバイバルナイフを投げ捨てると、両手を前方に突き出し、手のひらを広げた。

 右耳に装着されているピアスタイプの精霊石オリジンが、チカリと青色の輝きを放った。と同時に、足元がビキビキと音を立てて凍りついてゆく。それはやがて建物の外壁にも及び、周囲のあらゆる物が凍り始めた。

 続けて、左耳の精霊石オリジンがチカリと緑色の輝きを放つと、身も凍るような冷気が渦を巻いて発生した。

 遠巻きに見ていた拓斗は戦いて後ずさった。

「悠希さんヤバイです! 凍っちゃいますよ!」

 渦巻く冷気を身体にまとった蛇頭は、「クソが! 調子に乗るんじゃねーぞ、オラァ!」と猛り声を上げた。

 その時、女も両手を前に突き出した。周囲の空気が湿り気を帯び、彼女の周りの氷が蒸発し始める。

 悠希は目を見張った。女は風属性に続けて火属性の魔法を操ろうとしているのだ。

(コイツ風使いじゃねーのかよ。まさか火の精霊石オリジンまでインプラントしてるのか?)

 悠希は街中での魔力攻撃の衝突が、甚大な被害をもたらすことを冷静に考えた。

 仕方がない――神経を集中させて精霊石から溢れてくる魔力を体内で増幅させた。全身の細胞が活性化し、血液が沸々と熱くなっていく。

 そして、今にも冷気の渦巻きを放とうとしている蛇頭に向かって、一直線に翔んだ。

 刹那、女のプラチナの髪が風になびいた――

「ごぶえ!」

 直後、鈍い衝突音と共に、蛇頭の嗚咽混じりの声が周囲に響いた。

「こんなとこで、そんなモン使ってんじゃねぇよ」

 喉元に悠希の右肘が食い込む。その背には亀裂が入ったビルの壁面があった。

 口から泡を吹き出し、意識を失う蛇頭。悠希が喉元から肘を離すと、力無く崩れ落ちた。

 悠希は蛇頭の両耳からピアスタイプの精霊石を外して、「精霊石コレは危なっかしいから没収な」と、ポケットにしまった。

「今の動き、凄いわね」

 悠希を見つめていた女がいった。

「ん? あんなのは初歩の初歩だ」

 女はしばし考え込んでから口を開いた。

「ねえ、あなた一体何者?」

「通りすがりのインプランターだ。お前は?」

「通りすがりの逃亡者よ」


***


 時刻は深夜二時を過ぎていた。ベイサイド付近の公園まで移動した悠希と拓斗、そしてビルの屋上から落下してきた謎の女は、港を一望出来る欄干の前で立ち止まった。

「ここまで来れば、とりあえず大丈夫か」

「しかし、さっきの人何なんですか? 街中であんな魔力攻撃仕掛けるなんて、まともな神経じゃないですよ」

「……そうだな。何はともあれ、アイツに話聞いてみるか」

 悠希と拓斗は、欄干を背もたれにし、虚空を見る女に近づいた。

「よぉ、俺は悠希・アルヴァレスだ」

「どうも、御手洗拓斗です」

 少女は二人を交互に見定めて、「あたしは亜夢……亜夢・エヴァンスよ」と名乗った後、踵を返して欄干から夜の海を眺め始めた。

「俺はレガリアていう会社やってんだ。俺が代表でコイツは舎弟だ」

「代表?」

「あ~、悠希さんはね、社長さんってことだよ。てゆーか舎弟ってなんですか舎弟って! 僕はれっきとしたバイトです!」

 亜夢は悠希をちらりと見て、 

「ふ~ん、その割にはずいぶん若いのね」

「へっ、そういうお前はいくつなんだよ?」

「一七……ぐらいかな」

「ぐらい? まぁ、明らかに俺より年下なのはわかるけど」

「物心ついたら施設にいたからよくわかんない」

「施設? お前施設育ちなのか?」

「うん。でも、逃げてきたの」

「なるほどな。まぁ、逃げ出したくなる気持ちも、わからねーでもないけどな」

「どういう意味よ」

「俺も施設育ちなんだよ」

「……ふーん、そうなんだ」

 亜夢は身体を悠希に向けて、少し斜に構えた。

「ところで、さっきの蛇頭、あいつは一体なんなんだ?」

「あたし追われてるの。シャドウ……なんたらの奴らに」

「シャドウ? もしかしてシャドウフェイスか?」

「そう、それ。多分」

「マジかよ」

 悠希はその名を聞いた瞬間、息を飲んだ。

 シャドウフェイス――首都東京に隣接するここエデンシティにおいて、南部サウス最大の勢力を誇るマフィア組織だ。

 施設から脱走したというだけで、そんな組織が追ってくるとは、一体何をやらかしたのか。

「ねぇ、あたしもう行っていいかな?」

「いや、とりあえずウチの事務所来いよ。蛇頭が目を覚ましたら、また追ってくるかもしれねぇからよ」

 悠希の言葉に亜夢は怪訝な顔を見せた。

「あたしの話聞いてた? もう行くって言ってるんだけど 」

「お前、右の足首怪我してんだろ」

「え? 悠希さん、それ本当ですか?」

「あぁ、蛇頭の背中を蹴った時だ」

 亜夢は右足を少し動かして、

「ただの捻挫よ。たいしたことないわ」

「遠慮すんなって。シャドウの連中、お前のこと血眼で捜してんだろ? そんな状態じゃ逃げきれねーぞ」

「だから、大丈夫だって」

 押し問答を見かねた拓斗が、「亜夢ちゃん」と割って入った。

「悠希さんはこう見えて意外と紳士なんだ。言葉使いはチンピラ丸出しだけど、一応会社の代表だからね。手当てしてあげるから事務所においでよ」

「おい、拓斗」

「はい?」

「全然フォローになってねーぞ。つか、俺のことイジッてんのか?」

「いやいや違いますよ! 僕は亜夢ちゃんに少しでも信用してもらおうと思って」

「こう見えてってなんだよ、こう見えてって! それにチンピラ丸出しだぁ? 完全にイジッてンじゃねーかよ!」

「違いますって! それは言葉のアヤってやつで……」

 亜夢は唐突に始まった二人の喧嘩を見て、肩の力を抜いたように小さく息をついた。

「……わかった。じゃあ、手当てだけしてもらうわ」


***


 南部サウスの郊外。古びた家々や荒廃した商店、廃墟と化したビルが点在する中に、ひときわ古ぼけた二階建てビルがあった。

 タクシーから降りた亜夢は、入り口の看板を見上げた。

「有限会社レガリア……ふーん、本当にやってたのね」

「あん? 疑ってたのかよ?」

「当たり前じゃない。そう簡単に他人なんて信用しないわよ」

「ま、用心深ぇことにこしたことはねぇか。あ……そうだ、拓斗。三人分の牛丼を買ってきてくれ。俺と亜夢のは爆盛りで、お前は並盛か? 知らねーけど」

「了解です。領収証はいつも通りレガリアでいいですか?」

「あん? 何言ってんだよ、賭けは俺の勝ちだろ」

「え? あのゲーム、有効なんですか?」

「当たり前だ。出たろ、天使」

 拓斗は亜夢を横目に見て、

「なるほど、『天使』ってそういう意味でしたか。わかりましたよ、じゃあ行ってきます」

 悠希は亜夢を一階の事務所へ案内した。

 コンクリートむき出しの室内に、かすかな月明かりが窓のブラインドの隙間から差し込んでいる。

「缶コーヒーでいいか?」

「なんでもいい」

 悠希は照明を点けると、窓際の応接用のソファへ亜夢を座らせた。

 ソファは対面で置かれ、その間には積み上げたタイヤにボードを乗せて作ったテーブルが置かれている。

 応接スペースの反対側の隅には、複数のモニターが置かれたデスク、その横には段ボールが積み上げられている。室内を仕切るように置かれたラックには、工具やファイルなどが雑然と置かれ、天井には巨大なシーリングファンが設置されている。

「ほらよ」

 亜夢に缶コーヒーを手渡すと、悠希は向かい側のソファに腰を降ろした。

「……」

 亜夢は無言で缶コーヒーを見つめたまま飲もうとしない。

「あん? 飲まねーのか?」

「こういう飲み物初めてだから、開け方がわからないの」

「嘘だろ? 缶コーヒー飲んだことねーのかよ。ちょっと貸してみ」

 悠希はプルタブをパキン、と開けてみせた。亜夢は受け取った缶コーヒーを見つめ、匂いを嗅いだ後、コクリと一口飲んだ。

「苦……なにコレ」

「砂糖もミルクも入ってないブラックだからな。子供にはまだ早かったか?」

 悠希が少し皮肉ぶると、亜夢は缶コーヒーを一気に飲み干した。

「さて、ちょっと足を見せてみろ」

 亜夢は黒いブーツを脱ぎ、右足を悠希に見せた。

「骨は大丈夫みたいだな」

 赤く腫れ上がった足の甲に湿布薬を貼り、包帯を手際よく巻く悠希。

「なんか、手馴れてるわね」

「俺もしょっちゅう仕事で怪我すんだよ。包帯やらテーピングは欠かせねーんだ」

「危険なの?」

「まあな。メインの業務は精霊石オリジンのレンタルだけど、俺がやってんのは返さねー奴からの回収だ。訳アリの奴が多くて大変なんだ」

「へえ、でも自分で会社やるって凄いね」

「汗水垂らして頑張ったところで、雇われは世間から何一つ評価されねえ。まぁ、南部じゃそんなの使い捨ての駒でしかねーからよ。だったら、自分で立ち上げてやろうと思ったんだ」

「ふーん。なんか、カッコいいね」

「とは言ったものの、事業は中々軌道に乗らねーし、業務内容が危なっかしいから求人出しても人が全然こねーんだ……よし、出来た。キツくないか?」

「うん、大丈夫」

 手当てを終えた悠希は、「お前に聞きたいことがあるんだけど」と、亜夢の首元に視点を合わせた。

「な、なによ」

「その刺青タトゥーさ」

「え? これ? これがどうかした?」

「俺の親父、とある企業で鉱物の研究員やってたんだけどさ、研究ファイルの中にその刺青と同じ模様が描かれてんだ」

「……ちょっと待って、さっき施設で育ったって言ったわよね? あれは嘘だったわけ?」

「いいや、施設育ちだ。親父が殺された後からな」

「殺さ……え?」

 悠希は亜夢に事件のあらましを話して聞かせた。

 十年前、黒づくめの男二人が自宅に押し入って、悠希の父親は殺された。犯人は未だに見つからず、未解決事件として迷宮入りとなった――

「殺された理由は親父が進めてた研究に絡んでる。その証拠に、ほとんどの資料やデータが盗まれた。その中で唯一、難を逃れたのがその刺青と同じ模様が描かれた研究ファイルだ」

 悠希は本棚に並ぶ本をよけて、その奥から頑丈なセキュリティボックスを取り出すと、鍵を使ってロックを外した。

 中にはぶ厚いファイルが入っていた。ページをパラパラとめくり、亜夢に見せた。

「ここだ」

 そのページには魔法陣のような模様が描かれており、その周りには複数の言語を使用した文字が書かれている。

「凄い……確かに同じね」

 模様は亜夢の刺青タトゥーと一致していた。更に字体まで合致する。

「間違いない。やっぱ、親父が研究してたことに関係してるみたいだな。その刺青は、いつ頃彫ったんだ?」

「三年ぐらい前かな。インプラント手術の後に彫られたみたいだけど、意識がもうろうとしてたから、よく覚えてないの」

「ちょっと待て、じゃあ一四歳ぐらいでインプラント手術を受けたってのか?」

「そうね。何度も失神しかけたわ」

 悠希は耳を疑った。未成年のインプラント手術は法律で禁止されているからだ。

 条件を満たした者であっても、施術は無麻酔、成功率は三十パーセントを切るといわれている。失敗すると重度の後遺症や、死亡するケースも報告されている危険な手術。それを一四歳の少女が受けるとは、一体彼女に何があったのか――

 疑問を口にしようと思ったが、口をつぐんだ。一八歳で違法手術を受けた自分にも、やむにやまれぬ事情がある。きっと、彼女にも人には言えない事情があるのだろう。

 悠希は、そういえば――と、唐突に思い出した。

「ビルの屋上から跳んだ時、風属性の魔法使ったよな? その後、蛇頭の前では火属性の魔法使おうとしてたけど、あれはどういうことだ?」

「あたしは、火、水、風、土、四つの属性が使えるから」

「それって……精霊石オリジンを四つインプラントしてるってことか? そんな術例、聞いたことないぞ」

 その時、「ただいま~」と拓斗が帰ってきた。


 亜夢はボードに置かれた爆盛り牛丼弁当を見て、

「あたし、お金持ってないんだけど、いいの?」

「飯代のことなら心配いらねーよ。なにしろ今日は拓斗のオゴリだから。なっ」

「ええ、遠慮なくどーぞ」

「じゃあ、とりあえず飯にするか」

 悠希は亜夢に割り箸を手に渡した。亜夢は物珍しそうに割り箸を眺めた。

「あん? もしかして箸も使ったことねーのか?」

「ないわ」

 悠希は机の引き出しからスプーンを取り出し、「これなら使えるか?」と手渡した。

「うん」

 亜夢はスプーンを持ち、そのまま食べ始めようとした。

「おい、ちょっと待て。食う前には、『いただきます』だ。ちなみに食べ終わったら『ごちそうさま』って言うんだぞ」

「い……いただきます」

 牛肉を目の前に、亜夢は唾をごくりと飲み込んだ。そして、スプーンですくいあげると、パクりと頬張った。

「――んっ? なにコレ、すごくおいしい」

 目を見開いて牛丼を凝視する亜夢。

「牛丼ぐらいで大げさだな」

 悠希は苦笑いを浮かべた。

 亜夢は勢い良く牛丼を口いっぱいに掻き込み出した。

 悠希も亜夢に続いて牛丼を食べ始めた。それは久しぶりに餌にありつけた熊のような豪快な食べっぷりだ。

 拓斗はそんな悠希の様を見ながら、ちまちまと並盛りを食べ進めた。

「そんな青春飯アオハルフード、見てるだけで胃が痛くなりますよ」

「お前の胃腸、ジジイだもんな」

「誰がジジイですか!」 

 数分後、ボードの上に空になった牛丼の器が三個並んだ。

 悠希は満足げにソファーにもたれかかった。

「ごちそうさん。旨かったなぁ、他人の金で食う牛丼ほど旨いもんはないな」

「ごちそうさま。とても美味しかったわ」

「どういたしまして」

「なぁ亜夢、施設ではどんな飯が出るんだ?」

「フィードよ」

「あん? フィードってなんだよ?」

「あー、あれですよ、完全食ってやつです」

 完全食とは、人間が健康を維持するために必要な栄養素をすべて含んだ食品で、グミやゼリー、ドリンクなど、様々なタイプが作られている、と拓斗が説明した。

「そう、施設ではフィードを一日に十回、エネルギー補給として与えられるだけだった。だから、あたしにとって食事ってそういうイメージしかないの」

「亜夢ちゃん、その施設ってどこにあるの?」

 そう拓斗が質問した途端、亜夢の表情が調光したライトのように暗くなった。

「……それは言いたくない」

「あ……あぁ、そっか。ごめんね」

 亜夢の心境を察した悠希は、咳払いで場の空気をぼかした。

「で、その施設から逃げてきたのはいいけどよ、どっか行くアテはあんのか?」

 亜夢は少し押し黙った後、

「会いたい人がいるの。どににいるのかはわからないけど、捜そうと思ってる」

「なるほどな……」

 悠希もしばらく黙考し、「お前に一つ提案があるんだけど」

「提案?」

「とりあえず、その怪我が完治するまで、ここにいたらどうだ?」

「は?」

 拓斗は「うんうん」と頷いて、

「会いたい人を捜すにしても、シャドウの連中は絶えず追ってくるだろうし、いくら君が強くても手負いじゃ分が悪いよ? ここは悠希さんの言葉に甘えてもいいんじゃないかな」

 亜夢は無言で俯いていたが、首を横に振った。

「ううん、やっぱりそれは気が引けるわ」

「なら、しばらく俺の仕事を手伝ってくれよ」

「仕事? 仕事って、回収の?」

「あぁ。さっきも話したけど、今は人手が足りなくて困ってんだよ。それこそ猫の手も借りたいぐらいにな。お前がアシスタントとして働いてくれれば、当面の衣食住は提供するし、もちろん給料もちゃんと出す」

「……アシスタント」

「回収先へは基本的にバイクで移動するし、足の怪我に差し支えない程度の仕事を割り振るからよ。それに――」

 悠希は再び亜夢の首筋に注視した。「その刺青タトゥーのこと、もう少し詳しく知りてーんだ」

「刺青? 悠希さん、なんの話ですか?」

 悠希はこれまでのいきさつを拓斗に説明した。

「それは、とても興味深い話ですね。もしかしたらあの事件に繋がる情報が得られるかも知れませんよ」

「ただ、無理強いはしねーよ。決めんのは、亜夢本人だしな」

「……」

 亜夢は首筋の刺青を無言で触った。

「亜夢ちゃん、君が悠希さんのアシストをしてくれれば、僕は内勤に集中出来るし、回収に同行して怖い思いをしなくても済む。そしたら万々歳! だからお願い! お試しでいいからバイトして! ねっ、ねっ!」

「おい拓斗、全部お前に有利な条件提示してるだけじゃねーか。そもそもバイトのお前に権限はねぇぞ」

「何言ってるんですか! 悠希さんはいつも押しが弱いんですよ、押しが! 僕はね、自分の仕事がはかどるのであれば、何がなんでも亜夢ちゃんに手伝ってもらいたいんです! 大体悠希さんは――」

 またもや二人の口論が始まった。亜夢はその様子をしばらく見つめて、

「……なんか、あなた達って仲いいね」

「は? どこをどう見たら仲良く見えんだよ。亜夢、ちょっと待ってろ。この自己中ヘタレ野郎をいつかシメてやろうと思ってたからよ。丁度いい機会だ、白黒つけてやんよ」

「いやいやいや! それはこっちの台詞ですよ! 自己中? へぇ~、よくそんなこと僕に言えましたね、自己中のかたまりみたいな人が。望むところです、今日こそ悠希さんを論破してやりますよ!」

「……いいよ」

「あん?」

 悠希と拓斗は口論をやめて亜夢を見つめた。

「仕事、手伝ってあげてもいいよ 」


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