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#11 【これから】

アニセカ小説大賞応募作品です。

『――いやはや、コールマンを退かせたのは正解だったな。長年溜まった『膿』を、ようやく出せた気分だ』

「お役に立てて何よりです。ところでボルドー氏、一つご提案があるのですが」

『なにかね?』

 ナイトはボルドーに提案の説明をした。

『……なるほど、いいだろう。その話、乗ろうじゃないか』

「ご協力感謝致します。では決まり次第、ご連絡差し上げます」  

 会話を終えたナイトは携帯電話をテーブルの上へ置き、シャンパンを一口飲んで喉を潤した。

 ──素晴らしい闘いだった。無人となったベイサイドの映像を見つめながら、彼は余韻に浸った。

 元ランブルフォースの武闘派、コールマンを共闘で倒し、あまつさえ父親の仇討ちも果たした悠希・アルヴァレス。その闘いぶりと采配、そして執念には目を見張るものがあった。もはや想定していた以上の逸材と言っても過言ではないだろう。

 彼ならばエクストレジアのポテンシャルを更に引き出し、エンジェルのスペックを大幅に向上させることが可能なはずだ。

 ナイトはシャンパンを飲み干して、微笑を口元に浮かべた。そして、再び携帯電話を手に取った。

「どうも綾瀬氏、先ほどボルドー氏と話しました。エンジェルに関することは、今後私に一任ください。発注した物資の搬入をお願いいたします」

 通話を終えたナイトは眉間にシワを寄せた。

「無能のボンボンが……」

 ナイトはうんざりだと言わんばかりに大仰な仕草でソファーから立ち上がると、フィクサーとしての今後の立ち回りについて考えた。環境もさることながら、やはり大切なのは有能な人材の獲得である。親の七光りや老害はもはや不用、大規模な改革が必須だ。

(私の計画……いいや、野望を現実のものにするため、利用させてもらうぞ、悠希・アルヴァレス)


***


 三日後、シャドウフェイスの襲撃を退けて以来、追っ手の気配は無くなった。

 コールマンが言っていた通り、亜夢の捕獲は中止になったのだろうか? いいや、もしかしたら嵐の前の静けさなのかも知れない。そんなことを考えながら、悠希は亜夢と共に本日も滞りなく回収業務を終えた。

「ねぇ、来週の金曜日さ、久しぶりにクラブ行きたいな」

 最南部ディープサウスの回収先から事務所へ戻るなり、亜夢が口を開いた。

「あー、確か試合あったな。つか、身体は大丈夫なのか? まだ完全に体力戻ってねーだろ」

「全然平気よ。回復力だけは人一倍早いし、運動しないと身体がなまっちゃうわ」

「わーったよ。じゃあまた稼がせてもらうことにす……あん? なんだこの車」

 外国製の高級車が事務所の前に停められていた。

 悠希はバイクを停車させ、高級車を横目に亜夢と共に事務所へ入った。

「あ、悠希さんおかえりなさい。お客様がおみえですよ」

「客?」

 出迎えた拓斗は悠希を呼び寄せ、耳打ちする。

「……なんか、身なりからして凄い御身分の方のようです」

 パーテーションの向こう側に人影が見える。何かを察した悠希は、

「亜夢と一緒に飯行ってこい。接客は俺一人でやるからよ」

 そう言って、そのまま二人を外へ出した。そして、パーテーションを抜けて客人が座る応接室へ入った。

「どーも、お待たせしました」

 客人は拓斗が用意したコーヒーを飲んでいた。

「……良い豆だ。美味しいよ」

「そりゃどーも」

 悠希はソファに座り、客の外見を見定めた。ブリテッシュスタイルのオーダーメイドスーツ、気品が全身から漂っている紳士の中の紳士だ。

「レガリア代表、悠希・アルヴァレスです。今日は、どんなご用件で?」

「私はエドワード・ナイト、エデンシステムズの仲介役を担当している」

 悠希は眉をひそめた。

「そんな超一流企業の仲介役が、ウチみたいなしがないレンタル屋に一体何の用すか?」

「ここ数日、内定調査を依頼して、君を徹底的に調べさせてもらった。生い立ちから現在に至るまで、すべてだ。勿論……十年前の事件のこともね」

「あん? 俺のことなんて調べてどーすんだよ」

「単刀直入に言おう、エンジェル……亜夢・エヴァンスを君に任せたい」

「……は?」

「彼女はとある計画のために生み出されたエデンの切り札的存在。プログラムの遅れは計画の遅れに直結する。だからエデンはシャドウフェイスに依頼して、エンジェルの回収に躍起になっていた。しかしだ、彼女のスペックは逃亡後、遅れるどころか飛躍的……いいや、たったの数日で爆発的に伸びた。これは紛れもない事実だ」

 ナイトの声色が興奮気味になったところで、悠希はソファから立ち上がった。

「ちょっと待っててくれ。缶コーヒー取ってくる」

 事務所の冷蔵庫を前にして、ナイトの素性を探った。おそらく、あの男はフィクサーというヤツだろう。こちらを利用して何か企んでいるに違いない。

 そこまで考えると、背後からナイトの様子を窺った。

(それならそれで、こっちもコイツを上手く利用出来るかも知れない)

 悠希は缶コーヒーを二つ持って戻った。

「お待たせ、アンタも飲むか?」

「あぁ、頂こう」

 立ったままグビグビと缶コーヒーを一気に飲み干し、悠希はソファに腰を下ろす。

「んじゃあ、話の続きを聞かせてくれよ」

「ああ。エンジェルのスペックが向上した理由、それは君だ」

「はぁ? 俺ぇ? いやいや……確かに亜夢がウチに来てから、怪我の治療やら倒れた時にケアはしたけど、俺は何も教えてねぇぞ」

 ナイトは口元に微笑みを浮かべ、

「君はあれだな、結構鈍感なタイプなんだな」

「言ってる意味がわかんねーよ」

「彼女は君に恋をしている」

「なんだそりゃ」

「君に対する好意が、能力の爆発的な開花に繋がっているのだよ。つまり、エデンの研究施設に戻すよりも、このままここで君と共に生活していた方が、彼女にとってもエデンにとっても良い結果に繋がるというわけだ」

 悠希はナイトからやや左斜め上に視線をずらした。

「まぁ、好意がどーのこーのって話はよくわかんねーけど、俺としてはアイツをこのまま雇えるならありがてぇことだ。てゆーかさぁ」

 視線を再びナイトへ戻し──「とある計画……ってのは、一体なんなんだよ」 

「残念ながらその件についてはエデンのトップシークレットでね。一切話すことは出来ないんだ」

 流石に言わねーか。これ以上腹の探り合いをするのも時間の無駄──悠希がそう思った直後、ナイトは口元に笑みを浮かべた。

「だが、その計画を成功に導けたのならば、彼女は多大なる恩恵をエデンシステムズから受けられる……ということだけは伝えておこう」

「一番恩恵が受けられるのはアンタだろ?」

 揶揄に対して、否定も肯定もせず押し黙るナイト。その自信満々な態度に悠希は暫し考えこみ──

「……まぁ、いいや。その依頼、ウチが請け負ってやんよ」

「うん、君は飲み込みが早いな。感謝するよ。それと、君にもう一つ頼みたいことがある。これは私の個人的な依頼だ」

「俺さ、こう見えて結構忙しいんだけどな。一応ココの代表だし」

「ならば、その多忙すらも吹き飛ばす興味深い話をしよう。これは私が独自に調査したことなのだが──」

 ナイトはソファの背もたれに深く身体を沈め、両手の指を交互に組み、悠希を見据えながら語り始めた。

「十年前、君の自宅を襲撃するようシャドウフェイスに依頼した人物が、亜夢・エヴァンスの教育を受け持っていた女教師だということが判明した」

「……なんだと?」

 悠希の口調と視線が鋭くなった。

 ナイトは冷然と続けた。

「女教師は当時、ジョン・アルヴァレス博士が所有していた可能性が高い機密文書の一部を狙っていた」

「機密文書?」

「エクストレジアに関する機密情報が克明に記載された極秘ファイルさ」

 悠希は一瞬、ナイトの背にある本棚に目をやった。

「……なるほどな。やっぱり親父はエクストレジアの研究をしてたのか」

 悠希の表情が険しさを増す。

 ナイトは更に続けた。

「襲撃時──彼女の計画では、ジョン博士に危害を加えないということが条件になっていたそうだが、その条件はあっけなく破られてしまった。結果──博士は殺害され、機密文書も入手出来ず、襲撃は失敗に終わった。しかしその数年後、エデンシステムズは極秘裏に入手したエクストレジアを、自社で開発した人造人間クローン、EAー400、通称エンジェルへインプラントすることに成功した。そして──」

「……インプラントされたエクストレジアを手に入れるために、女は教師として亜夢に近づいた。そういうことか?」

「そのとおりだ。彼女は亜夢・エヴァンスを洗脳から解き放ち、自らの意思で施設を脱走するように仕向けた。施設の外なら簡単に捕獲できるとでも考えたのだろう」

 悠希は亜夢から得ていた情報を頭の中で組み立てた。

「つまり、先に失踪した女教師は、亜夢が自分の行方を追ってくると想定……シャドウのお尋ね者になっている獅童に捕獲を依頼したって訳か」

「あぁ。極めて稚拙な企みだがな」

「……なるほどな、そういうことだったのか。で? 個人的な頼みってのは、なんなんだよ」

 ナイトはスマートフォンの画面を悠希に見せた。

「これがその女教師だ。名前はアンナ・ヴァレンチーナだ」

「コイツが女教師……」

「研究施設で亜夢・エヴァンスの教育を担当していた、元エデンの職員。とは言え……名前から経歴に至る全てが偽造されたモノだがな」

 悠希は画面の中のアンナ・ヴァレンチーナを見つめた。

 この女の差し金で親父は殺された。そして、今度は亜夢を捕獲し殺そうとしたのか。

 ナイトは缶コーヒーのプルタブを開け、一口飲んだ。

「……初めて飲んだが、悪くないな」

 悠希はナイトを直視し、

「わかった。二つの依頼は請け負ってやる」

 そう言いながら、改めてナイトの顔を見つめた。水色の瞳に鼻筋の通った端整な顔立ち、それは絵に描いたような聡明な青年だった。

「……あんた、いい男だな」

「フッ、それはどうも」

 悠希は右手をナイトに差し出し、

「商談成立だナイトさん、よろしく頼むぜ」

 ナイトは悠希の手を握った。

「あぁ、悠希・アルヴァレス、君には期待しているよ」


*** 


 昼下がりの南部サウス繁華街。駐輪場にバイクを停めた悠希は、亜夢と共に馴染みの精霊石オリジン専門店に歩を進めていた。

 エドワード・ナイトが事務所を訪れてから一週間、シャドウフェイスの襲撃は止まり、エデンシステムズからは亜夢用のフィードが大量に届いた。約束は守られたわけだが、いつ何時誰が襲ってくるかはわからないし、この約束もずっと守られるとは限らない。まだまだ油断は禁物だ。

 それに加え、悠希には気がかりなことがあった。亜夢が捜している女教師がスパイだったことだ。潜伏先とみられる場所のリストは貰ったが、真意がまだ見極められない以上、この案件に関しては慎重に進めた方が良さそうだ。当然、亜夢にもこのことは伝えていない。

(鬼が出るか蛇が出るか、まぁ辿り着いてみないとわからないことだな)

「なぁ亜夢、今日の昼飯、なに食いたい?」

「んー、迷うわね。昨日はカレーだったから、牛丼かな」

「……牛丼率高ぇな。俺は今日、ピザの気分なんだよな」

「じゃあコレで決めようよ」

 亜夢はポケットからメダルを取り出した。

「あん? ゲーセンのメダルじゃねーか、どうしたんだよコレ」

「昨日拾った」

「なら、天使が出たら牛丼、悪魔が出たらピザな」

 悠希は手渡されたメダルを指で軽く真上に弾いて、落ちてきたメダルを手の甲でキャッチした。

「……ちっ」

「やった」

 天使が出て、亜夢は小さくガッツポーズを決めた。

「んじゃあ、用事済ませて吉田屋行くか」

 精霊石オリジン専門店が入る雑居ビルに到着した悠希と亜夢。地下へと続く階段を降りようとしたその時、勢いよく階段を駆け上がってくる男とぶつかりそうになった。

「あっぶねぇな、なんだアイツ」

 走り去っていく男の背中を(にら)んでいると、また一人、階段を駆け上がってきた。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 両膝に手をつけ、息を整える男性。それを見た悠希は、

「あ……店長、お疲れ様です。約束の精霊石オリジン、仕入れに伺ったんすけど」

「盗られた……」

「は?」

「渡すはずの精霊石オリジン……盗られた。ごごご強盗だ!」

「……マジすか」


 悠希と亜夢は、逃げた強盗犯を追いかけ、路地裏に追い詰めた。

「ねぇ、もう逃げられないわよ。大人しく精霊石(ソレ)、お店に返した方が身のためだと思うけど」

「黙れ! 俺はコイツを今日中に売らねぇと人生終わりなんだよ!」

 果物ナイフを持った強盗犯と亜夢が対峙し、その後方で悠希は様子を見守る。

「ったく……白昼堂々と強盗なんてやらかしやがって。闇金にでも追い込まれてンのかぁ?」

「だったらなんだよ! お前らには関係ないだろ!」

「ああ、そうだな。てめぇの人生が終わろうと、どうなろうと、俺達には一切関係ねぇことだ。さっさとその精霊石オリジン、こっちによこせカス野郎」

 不毛なやり取りに亜夢はため息を一つ。

「ねぇ悠希、お腹すいたから片付けちゃってもいい?」

「ああ。でも、後々めんどくせーから、やり過ぎんなよ」

 強盗犯は二人のやり取りを見て、苛立ちを募らせる。

「黙れ……黙れ黙れ! 俺だってなぁ、好きで追い込まれてるんじゃねーんだよォ! 悪いのは……悪いのはカジノだ。俺の全財産を持って行きやがったカジノのせいなんだよ!」

「あン? てめぇが自堕落な生活送ってきただけだろうが。悲劇のモブ気取ってんじゃねーよ、このタコ」

「うるせぇ! 大体、お前ら誰なんだよ!」

 強盗犯の声が路地裏に響く――亜夢は凛々しい表情で振り返り、

「通りすがりのインプランターよ」



             END



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