1-3 町が奏でる協奏曲
「……はは、お腹空いちゃった!車内販売のワゴンが来たら、声かけてみよっか!」
しばらく沈黙が流れた後、ピリムのお腹が鳴り、スカエルに向かって明るく声をかけた。
「そ、そうね。ワゴン?って言うのがここを通るの?」
「そうだよ!食べ物とか飲み物とかが運ばれてくるの」
「どんな物があるんだろう……」
スカエルはワクワクしながら、辺りを見渡していた。
「こんなに人が乗っているのに、とても速く動いているわ」
「この列車も、マジムのパワーを使って動いているんだよ」
「そうだったの?本当に万能なのね、マジムって……」
スカエルは胸元に付けてあるマジムの水晶玉を触りながら言った。
水晶玉は外の光を反射して、優しく光っている。
「お嬢ちゃんたち、おひとつだけでもどうだい?」
ワゴンを引いた女が、ピリムとスカエルに向かって言った。
「あっ!来た!じゃあ、そのポテトを2つと、ミルクを2本ください!」
ピリムは紙箱に入っているポテトと、瓶に入っているミルクを指差した。
「はいよ。全部で600ピースね~」
「ピリム、また色々出してくれてありがとう……」
スカエルはピリムに小声で耳打ちした。
「全然!お金はこれから協力して稼げばいいんだから。あっ、600ピースぴったりで!」
ピリムは500ピースの硬貨と100ピースの硬貨を出した。
「まいどあり!お嬢ちゃんたち、遠くまでお出かけかい?」
「いえ、私達は旅に出てて、これからウィーリンに行くんです」
「あら、ステキ!ウィーリンはあたしも行ったことがあってねぇ。町中に音楽が奏でられているの」
「町中に音楽?騒がしいとかないんですか?」
「騒がしいなんて思わないよ!むしろずっと聞いていたいぐらい快適さ」
「音楽のことについてもいっぱい調べてみたいなー!教えてくれてありがとうございます!」
「いえいえ、ごゆっくりどうぞ~」
ご機嫌な様子でワゴンを引きながら女は去っていった。
「これがポテト?黄色いのね」
「塩で味付けされていて、このポテトはパセリがちょっと乗ってるね。この緑のやつがパセリ」
ピリムはポテトに小さくかかっているパセリを指差した。スカエルはポテトを取り、
「なんだか半月みたいな形ね」
と言った。ポテトは細長いものではなく、皮つきの太いポテトである。
「確かに月みたい!他にも細長いポテトや、変わった形をしたポテトもあるんだよ」
「他のポテトもいつか食べてみたいわね。じゃあ、食べましょう。いただきます」
「いただきま~す!」
二人がポテトを頬張った瞬間、ジャガイモのうま味と柔らかさが口に広がった。塩の丁度いいしょっぱさも上手くマッチしている。
「とても美味しいわ!今まで食べたことがない風味ね!」
「ん~!おいしい!揚げたてだからカリカリしてるよ」
「ピリムが一番好きな食べ物って言うのも、納得できるわ」
スカエルはミルクを飲みながら言った。
「間もなく、ヴァルーレン、ヴァルーレン。お出口は左側です」
「あっ。またあの機械から声が。こうやって色々なことを知らせてくれるのね」
スカエルはまたドアの近くにある機械を見た。
「ちゃんとウィーリンに着く前にも知らせてくれるからね!というよりウィーリンが終点だから、ウィーリンよりも先には行かないよ」
「じゃあ、もう少しゆったりしてもいいのね。ここから見える景色を楽しみましょう」
「そうだね!今日もいい天気だなぁ」
二人は自然豊かな風景を楽しみながら、ポテトをついばみ、ミルクを飲んでいた。
旅行先に行く道中が一番楽しいと言う人も中には居るだろう。そのような気分をピリムとスカエルは、今現在味わっているのである。
「間もなく、終点、ウィーリン、ウィーリン。お出口は右側です」
終点のウィーリンへのアナウンスが鳴った。
「もう終点なのね。ピリム起きて!もうすぐで着くわよ」
「う~ん……。いつの間にか寝ちゃってたのかぁ」
「とても気持ち良さそうに寝てたから、起こさなかったの」
「そっか。おかげでとてもいい気分だよ!」
ピリムは伸びをしながら言った。
「スカエルは大丈夫?気持ち悪いとかない?」
「全然。むしろ私もいい気分よ!列車から見える景色がとても綺麗だったわ」
観光客のような感想を言うスカエルである。
「そろそろ荷物とかまとめて、出る準備をしよっか。切符は持っていようね!」
ピリムはテーブルに置いてあった切符を手に取った。
「分かったわ。切符に印鑑を貰うのよね」
スカエルは服のポケットに入れてある切符を出した。
「そう!駅員さんに渡してね」
「えぇ。……あら、外の景色が変わってきたわ」
「ほんとだ!だんだんウィーリンに近づいているんだよ!」
窓から見える景色には、音楽館や宮殿が見えてきた。緻密な構造の建造物が目立っている。
「素敵ね。どんな町並みなのかしら」
「チェスラングルとはどう違うんだろ?」
二人の想像は駅に近くなるたびに強くなっていった。
列車の動きが段々遅くなり、ゆっくり停車する。
「着いたよスカエル!行こっ!」
「ちゃんとゴミ袋を持っていきましょう」
二人は列車から降り、改札に向かって歩き始めた。
「駅、大きくない?クルムフの駅より何十倍も広いわ」
スカエルは天井を見上げながら言った。天井は全面ガラス張りになっている。
「ほんとだねぇ……。わたしもこんなに大きい建物をみるの初めてかも」
「ピリムも?ウィーリンの人達は、毎日こんな建物を見ているのね」
「『都会人』ってそういう人達のことなのかも……」
田舎者のピリムは困惑しながら言った。
「えっと、改札はこっちね。看板があるから迷わずに済むわ」
スカエルは看板の近くにあるゴミ箱に、列車で出たゴミ袋を捨てた。
「いっぱい人間が居るな。あっ、獣も居た!」
「種族問わずに使われているのね。ウィーリンも人口が多いらしいし」
切符を持ちながら気楽に歩いている獣も居れば、スーツを着ている堅苦しい人間も居る。
「えっと、チェスラングル国のクルムフから来たのですね。ウィーリンへようこそ!楽しんでいって下さい!」
駅員が娯楽施設へ案内するように言いながら、二人の切符に印鑑を押した。
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
二人が感謝をし、駅の外に出ると、豪華な宮殿に伝統溢れる町並みが堂々と存在しており、周りには馬車がせかせかと走っていた。
「す、すごいすごい!こんなにステキな町が広がっているなんて!」
「本当ね……。天気も相まって、雰囲気が出ているというか、ウィーリンの文化が町として表現しているように見えるわ」
二人が感動している中、すぐに耳に入ってきたのは、ウィーリンの音楽だった。
広場の中央に5人組の音楽隊が、クラシック音楽を奏でている。
「見てピリム。広場で音楽を演奏しているわよ」
「すごいなぁ。町の一部になっている感じがするよ」
「上手く溶け込んでいるような……とても落ち着く音ね」
二人はしばらくうっとりしながら、音楽を聞いていた。
周りの人や獣達も静かに音楽を聞いており、皆が穏やかな顔をしている。ウィーリンの音楽には魔法のような魅力があるのかもしれない。
ーウィーリンの音楽ー
ウィーリンの伝統の一つ。ウィーリンの町に上手く溶け込んでおり、邪魔になることは一切ない。
主にクラシック音楽を奏でていることが多いが、軽快な音楽や華やかな音楽を奏でることもある。
聞く人々を穏やかな気持ちにさせる不思議な力がある。