0ー6 温かい夜
「ピリちゃんとスカエルさん、大丈夫かな……。もう日没して30分か……」
クラーフは、町工場の前で二人の帰りを待っていた。もう辺りは真っ暗であり、淡い光の電灯が光り始めている。
「ピリちゃんの服のデザインを参考にして、動きやすい服にしたけど、お気に召してくれるだろうか」
トルソーにかかっているスカエルの服を見ながら、クラーフは言った。
「もうお風呂も沸かしているし、帰って来たらご飯も作ろう。お腹が空いているだろうしね」
クラーフは二人のことを心配しながらも、夕食のメニューをじっくり考えていた。
一方その頃、下山したばかりのピリムとスカエルは、夜空に昇っている三日月を見ながら町工場に向かっていた。
「その夜の姿は、スカエルが生まれた時からあるものなの?」
「いいや、5年前に修行をした時に目覚めた力なんだ。それまではずっと昼の姿で生きてきたよ」
「修行?スカエル、天空で修行してたんだ!」
「うん。でも、なぜかその修行の記憶が凄く曖昧なんだ。マジムのことも、天空で裁判をかけられた時に思い出したぐらいにね」
「5年間も修行をしていたのに、なんか変な話だね」
でも、この姿になって、少しだけマジムの扱い方を思い出してきたよ。私のマジムの色は『水色』。自分で言うのもなんだけど、凄く珍しい色だと思う」
スカエルはスシェル山の山頂でマジムを出した情景を思い浮かべていた。
「確かに、すごくキレイな色だったね!でも水色のマジムは見たことも聞いたこともないなぁ」
「やっぱり、神から生まれたから少し特殊なのかな」
ピリムは「神様から生まれたって『少し』ではないよな~」と心の中で思ったのだった。
「あっ!クルムフの町が見えてきたよ!」
クルムフの控えめな夜景が見えてきた。
「本当だ。町工場までもう少しだね」
「クラーフ、今のスカエルを見て驚くかな~?」
「どうだろう。普通は、昼見たときと一気に様子が違ったら、少しでも驚くものだと思うけど」
スカエルの場合は、見た目だけでなく声や性格までも変わってしまっているが……。
「おーい!お二人さん!おかえりなさい!」
町工場の前で帰りを待っていたクラーフが、両手を振りながら言った。
「あっ、クラーフだ!ただいま〜!」
「ピリちゃんおかえり。スカエルさんもおかえりなさい……あれ、昼の時と何か違うような」
クラーフはズレた眼鏡を直しながら言った。
「驚かせてごめんなさい。私、夜になると姿が変わるんです。そういう体質っていうか」
「な、なるほど。やはり天使様は何かと特殊ですな」
「クラーフ、天使族のマジムいっぱい取ってきたよ!」
ピリムは袋満タンに詰められたマジムをクラーフに渡した。
「ありがとう!この量だったら、問題なく水晶玉が作れそうだ」
「良かった。水晶玉はどれぐらいで作れそうですか?」
「今すぐ作業に取りかかれば、深夜には出来上がりますが……」
クラーフは手を顎に置きながら言った。
「クラーフは今日、スカエルの服作ったり、スカエルの武器を調べたりしたでしょ?今日はゆっくり休んだ方がいいよ!」
「そうだね。私達も急いではいないので、クラーフさんのペースで作業していいですよ」
「二人ともありがとう。じゃあ、今日はもう休もうかな。お風呂沸いているので、先にどうぞ。その間に夕飯を作っておきますね」
クラーフは持っていた自作のエプロンを付け、紐をキュッと締めた。
「クラーフの料理はとてもおいしいんだよ!チェスラングルの料理もスカエルに食べてほしいな!」
「この国の料理かぁ。楽しみにしてますねクラーフさん」
「お任せください。腕に縒りをかけて作ります!」
クラーフは袖を腕まくりしながら言った。
「じゃあスカエル、お風呂入ろうか!」
「随分乗り気だね。こういうのってもう少しためらうものじゃないの?まだピリムと会って1日も経ってないのに」
「う~ん。わたしはあまり気にしないな。お風呂は入って楽しいものだからね」
「私はあまり、入浴は楽しんで入ったことないかもなぁ。天空ではどちらかと言うと水浴びのほうが浸透していたから」
天空ではお湯に浸かるという文化が地上より浸透していなく、泉に入って体を清めるという方法で入浴する天使族が多い。
「そうだったんだ。地上では熱で沸かしたお湯に入ったり、石鹼で体を洗ったり、シャンプーで髪を洗うの。お湯に浸かってる間は一日に起きたことを振り返ったり、考え事をしたり……ゆっくりできる時間なんだよ!」
「ゆっくりする時間か。今日一日忙しかったから、ゆっくり入ろうか」
二人は町工場の中に入り、浴室へ向かった。浴室はかなり広く、木でできている浴槽があり温かい雰囲気が漂っている。
「一日疲れたね~」
「そうだねぇ」
「なんだろう。スカエルとずっと前から友達だったみたいだなぁ。」
「今日初めて会ったのに?でも確かに、私もそんな感じする」
「こういうのってデジャヴって言うんだっけ?」
「あぁ、そういう響きだったかも」
こういう他愛もない会話が30分ほど続いた。入浴に慣れていないスカエルはのぼせてしまった……。
「ん、ん。ぷはぁ」
「おいしい水だね。ひんやりしてる」
二人は町工場の近くにある井戸の水を飲んでいた。常に冷たい新鮮な水である。
「スカエル、気分はどう?」
「もう平気だよ。クラーフさんも、お水ありがとうございます」
「いえいえ、お安い御用です。もう少しでご飯が出来上がりますよ」
「ピリムも、ルームウェア貸してくれてありがとう」
「全然大丈夫だよ!ん……?いいにおいがしてきた!……これは、豚肉かな?」
「正解。やっぱり鼻がいいねピリちゃん」
グリル専用の金網の上に豚肉が乗っており、ジューシーな香りが部屋中に広がっていた。
「地上の本格的な食べ物は初めて食べるな」
「スカエルさんが居た天空にはどんな食べ物があったんですか?」
「あまり天使族は食に関心がないんです。なので、天空に生えている特殊な木の実とか、それらで出来たゼリーを食べてます。満腹になっている天使はあまり見たことがないですね」
「天使ってもっとゴージャスなものを食べてると思ってた……」
ピリムは目を丸くして驚いた。
「まぁ、実際天空は雲のはるか上にある世界ですし、栽培できる物も限られてくるか」
「そうですね。天使は穢れがない綺麗な物を好むから、脂っこいものとかは嫌がりそうです」
「スカエルは平気なの?」
「正直ちょっと不安だけど、楽しみが勝ってるかも!」
何に対しても興味を示すのは、昼の姿と変わっていない。
「出来ました!豚肉のグリルと、クネドリーキですよ」
「うわぁ~おいしそう!クラーフまた料理の腕上げたんじゃない?」
「そうかな。でも、自分でもよくできたと思ってるよ」
クラーフは少し自慢げに言った。
「クネドリーキ……不思議な名前だな」
「茹でて作るパンなんだよ。パンは焼いて作るものなんだけど、これもとてもおいしいよ!」
クネドリーキは優しいクリーム色をしており、蒸しパンのような生地になっている。
「さっそく食べよう!クラーフも食べる?」
「僕は二人分作ったし、遠慮しておくよ」
「クラーフさんもお疲れですし、私のものを少し頂いてもいいですよ。私自身も少食ですし」
「えっ、いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えて……」
クラーフは椅子に腰掛けた。
「みんなで食べたほうがおいしいもんね!」
「(賑やかな食卓だな。何と言うか、凄く色鮮やかだ)」
「じゃあ、早速食べましょう」
クラーフとピリムが手を合わせると、スカエルは少し遅れて手を合わせた。
天空には食事の挨拶が無いからである。
「「いただきます!」」
「いただきます……?」
「地上では食べる前に『いただきます』、食べ終わった後に『ごちそうさまでした』って言うんだよ」
少し戸惑っていたスカエルに、ピリムは優しく教えた。
「そうだったんだ。地上では食に感謝する風習があるんだね」
「ん~お肉おいしい~!ソースが引き立ってるね」
「私もそろそろ食べてみよう……。あむ、む、むっ。わぁ……美味しい!」
「初めてのお肉はどうですか?」
「凄く美味しいです!口の中がジュワ~ってなってます」
グリルで焼いたことによって、肉汁が非常に溢れていた。
「気に入ってくれて良かったです。じゃあ、僕も……ん、ん。うん、美味しい。ソースがいい味出してるなぁ」
「スカエル!クネドリーキもおいしいよ!」
「本当?じゃあ……もっ、もっ……美味しい!優しい甘さなんだね。凄く食べやすい」
クネドリーキは控えめな甘さが特徴であり、大抵どの料理にも合うチェスラングルの定番料理だ。
「クネドリーキの中に、フルーツを入れて食べるというのもあるんですよ」
「よく屋台で売ってたりするよね!あれおいしいんだよな~」
「二人の話を聞いてたら、気になってきちゃったな。いつか食べてみたいよ」
この賑やかな時間はゆったりと進んでいき、食べ終わった後はスカエルの服の話題になっていた。
「こちらがスカエルさんの服です」
クラーフは服がかかっているトルソーがある部屋へ、二人を案内した。
「かわいい-!青色の服にしたんだね。スカエルに似合いそう!」
「私の想像以上です!本当にありがとう、クラーフさん」
「お安い御用です。基本的にどの気候でも着ていいような服にしました。パーカー付きマフラーで、暖も取れますよ」
膝ぐらいの長さのスカートに、ピリムの服のデザインに似せた華奢な上の服。
そして、パーカーとマフラーが一体化している物も、全てクラーフが1から作った手作りである。
「マフラーにリボンが付いてる!服にも小さいリボンがいっぱい付いてるね」
「ピリちゃんの服のデザインを参考にしてみたんだ。色は寒色系だけどね」
ピリムは暖色、スカエルは寒色のイメージだそうだ。
「スカエルさん、一応これで服は完成ですが、何か手直して欲しい所などはありますか?」
「強いて言うなら……パーカーのデザインをもっと凝りたいかな。そうだ!クラーフさん、刺繍できる飾りなどはありますか?」
「あそこの棚の引き出しに沢山しまっていますが、何をするつもりで?」
スカエルは引き出しに向かって歩き始めた。
「もう少し自分でアレンジしてみたくて。でも、やり方が分からないので基礎を教えてくれますか?」
「も、もちろんです。どんなアレンジがお望みで?」
「このパーカーに、雲や天気を表したくて」
「なるほど。雲を描きたいなら、上の方がいいでしょう」
「雲から雫が降っているようにしたいな……」
「それなら、この方法を使えば………」
「二人とも楽しそうだな~」
ピリムは熱中しているスカエルとクラーフを、温かい目で見守っていた。
「これで本当に完成!いいアレンジが出来たな」
アレンジしたパーカーには、雲を表現した白い生地、ガラスで出来た雨の雫、雷のピンを付け、パーカーの先には太陽型の宝石をクラーフのマジムの力で浮かせてもらっている。
「完成したの?どれどれ~」
ソファで寝転がっていたピリムは起き上がり、スカエルとクラーフの元に寄った。
「わぁー!ステキ!なんだかスカエルらしい服になったね」
「僕もサポートしたんだけど、吞み込みが早くて驚いたよ」
「昼の姿よりも器用になっている……のかな?」
スカエルは迷いながら言った。
「スカエル、早速着てみる?」
「うーん。明日でいいかな。もういい時間だし、本格的に旅に出る明日のほうが様になるかなって」
「確かにそんな感じがしますね。じゃあ、トルソーは寝室に置いておきます」
「ありがとうございます。むあ、あっ。そろそろ眠くなってきたなぁ」
スカエルはあくびをしながら言った。
「わたしも……ふわぁ」
スカエルのあくびがピリムにも移ったようだ。
「もう9時近くだ。二人は今日凄く動いてもらったし、早めに寝たほうがいいでしょう」
クラーフは時計を見ながら言った。外のガヤガヤした人々の気配が薄れていく。
「じゃあ、歯磨きして寝よ!クラーフ、歯ブラシあったっけ?」
「予備の歯ブラシが棚にあるから、自由に取っていいよ~」
「ありがと!」
「何だかクラーフさんって、母親みたいな性格してるよね。優しいし、料理できるし、色んな物が作れるし……」
「そうだね~。わたしもついつい、色々甘えちゃったりしちゃうなぁ」
二人は歯磨きしながらゆっくり話した。もう寝る準備をしている真っ最中である。
「スカエルさん、寝る前にちょっといいですか?」
クラーフはスカエルの傘の武器を持ちながら言った。
「あっ、いいですよ」
一瞬傘を見てから、スカエルは反射的に言った。
「傘のことが分かったんですね」
「はい、服を作っている途中に色々調べたのですが……」
「は、はい……」
少しの間、沈黙が生まれた。
「恐らくですが、この武器は神器だと思われます」
「神器……天使でも神器はある程度扱えますので、神器と言われても違和感はないですが」
「しかし、神器は地上の生物には触れられないと、本に記されていました。スカエルさんの力と何か関係があると僕は推測しています」
「私の力と……。もしかしたら私のマジムの量が増えると、この武器の力も上がるかもしれませんね。明日、マジムの水晶玉が出来たら何か変わるかも」
「そうですね。明日の朝に水晶玉を作りますので、それからですかね。とりあえず、この傘はスカエルさんにお返しします」
クラーフは丁寧に傘の武器をスカエルに渡した。
「ありがとう。ではおやすみなさい」
「はい、ゆっくりお休みください」
スカエルはピリムの居る寝室に戻った。
「マジムが関係しているなら、スカエルさんが成長していくにつれて、あの武器の力も上がっていくだろう。上手くマジムの力をコントロールできればいいんだけど……」
クラーフは考え事をしながら、クラーフの自室に戻っていった。
「ピリム、そろそろ寝ようか」
「うん……。そうだね……」
すごく眠そうなピリムをスカエルは自分の傍に寄せた。
「こうやって友達と寝るのも初めてだな。布団があったかいや」
「スカエル……おやすみ」
ピリムは目をつぶってにこやかに言った。
「おやすみ」
スカエルも静かに目を閉じた。
閑静なクルムフの町は今日も平和に一日が終わっていく。落ち着いている夜空には、三日月がひっそりと顔を見せていた。
ークネドリーキー
焼いて作るのではなく、茹でて作るパン。甘さが控えめであり、蒸しパンのような食感をしている。
※クネドリーキはチェコ発祥の伝統的な料理です。