0-3 山の恵み
「そういえば、ピリムはクルムフの隣の町から来たのよね。どんな所なの?」
「この国の中では一番大きい町でね!ブルムって言う町なの!有名な教会とか大聖堂がたくさんあるんだよ」
「教会……聞いたことがあるわ。神や天使の絵とかがあるんだっけ」
「うーん。昔はあったんだけど、200年前ぐらいに改革があって、そういう絵はほとんど焼かれちゃったの。偶像崇拝が禁じられちゃって」
実際に数百年前までは神や天使の銅像や絵画が多く存在していたのだが、改革によってそういった物は処分されたり、倉庫の奥にしまったりしたらしい。
今や教会は窓から溢れている光に向かって祈り、大聖堂も司教達が会議をしたり、大規模な催しを開催したりなど、信者達以外にも親しまれている場所になった。
「偶像崇拝を禁止……私達天使も神も存在するのだけどね」
スカエルは苦笑いしながら言った。
「まぁ、わたしは宗教とか信じていないけど、神様とか天使はあくまで伝説とかに出てくる種族だと思っていたな」
「私も地上に行ったことはなかったから、本当に人間達が住んでいるのかよく分からなかったわ」
「(天使もそういう風に思うんだなぁ)」
スシェル山までもう少し、時刻は10時半。天気は二人の気持ちを高揚させるように晴々としていた。
「ここがスシェル山……。さっきから見えていたけど、とても大きいわね」
「わたしの家からも見えるんだよね~。今の季節はあったかいけど、上に登っていくと寒くなっていくから気を付けてね!」
「分かったわ!欠片、いっぱい見つけましょう」
二人は山に入って行った。山の入り口には『チェスラングル最高峰の地』と書かれている看板がある。
「今の季節は緑が澄んでいるんだ。花もいっぱい咲いてるでしょ?」
「えぇ、野原とは違う風景で見てて飽きないわ」
地面にはまだ生い茂たばかりの草が生えており、中には希少な薬草なども混ざっている。
「やっぱり、もっと高い場所にあるのかな~。あまりなさそうに見えるよ」
「それに木が多いと、見つけにくい気がする……」
「じゃあ、もう少し高く登ってみよう!スシェル山は高くなると木が減っていくから、その分見つけやすいかも!」
「そうなのね!じゃあ、もっと高くに行きましょう」
二人は石の階段を登っていく。いつの間にか針葉樹林がまばらに増えてきた。
「木が変わっていってるわ。細長く感じる」
「針葉樹林って言ってね。寒い所とか山みたいに高い所によく生えているんだよ」
「この赤い実は何かしら?」
小さい木につやのある実が成っており、スカエルは1つ手に取った。
「これは『キャンディフルーツ』。キャンディみたいにツヤツヤで、甘いんだよ!」
「このまま食べれるの?」
「ジュースにしたり、ジャムにしたりもできるけど、生でもとてもおいしいよ!」
ピリムがそう言うと、スカエルは小さく口を開き、キャンディフルーツを食べた。
「美味しいわ!久しぶりにこんなに美味しいものを食べたかも!」
控えめな甘さと溶けるような食感が、スカエルの口の中に広がった。
「わたしも食べよっ。う~ん!久しぶりに食べるけどおいしい!」
ピリムもキャンディフルーツを食べ、頬を両手で包んだ。
「山ってすごいわね。町じゃ見られないものが沢山ある!」
「そうだね!クラーフがよく山に行くのが分かる気がするよ」
叫び現象が無くとも、山の魅力は一切損なわれない。
「って、全然欠片を見つけてないわ!早く集めないと」
「そうだった!」
すっかり欠片のことを忘れていた二人は、キャンディフルーツの木の周りを探した。
「う~ん、見つからないなぁ。マジムの欠片ならもっと光ってくれないと!」
「欠片に文句を言ってどうするのよ。ん?光……」
スカエルはピリムの言葉を聞いて、少し考えてから木が少ない広い所に出た。
「スカエル、どうしたの?」
「ピリム、太陽って東から出るのよね?」
「うん、東から出て西に沈むの。今はえっと……太陽は南南東の方角にあるよ」
ピリムは腕につけているコンパスを見ながら、スカエルに言った。
「じゃあ、その方角の逆の方角に行きましょう」
「どっ、どうして?太陽と何か関係があるの?」
「太陽の方角が分かれば、欠片が強く光っている場所が分かると思ったの。だから太陽の光と逆の方向に行けば……」
「はっ!欠片の居場所が分かる!」
「そういうこと!」
南南東の逆は北北西。二人はその方角に向かった。
「結構走ったね……。ここら辺にあるといいんだけど……」
「ここなら、欠片の反射が見えやすいはず……あ!あれって!」
スカエルの目線の先には黄色い光が見えた。
「これは……マジムの欠片だー!」
「やっと1つ見つけたわね……!あっ、そこにもあるわ!」
「ほんとだ!向こうにもあるよ!!」
地面に欠片がまばらに落ちており、二人はせっせと拾い始めた。
「10個ぐらい集まったかしら?袋にはまだ入りそうね」
「この調子でもっと探そう!」
北北西の方向のまま、二人は更に上に登っていった。
「またあった!スカエルの読みが完璧に当たったね!」
「自分でもこんなに当たるとは思わなかったけどね……」
順調に欠片を集めていき、革の袋の半分は埋まるようになった。
「もうちょっとね。時間もかなり余裕があるわ」
スカエルは袋を見ながら言った。
「そうだね。帰り道の方角に向かいながら残りの欠片を探そっか!」
この調子なら遭難は免れそうだ。
「すごい崖ね。綺麗な川もある!」
スカエルが見下ろした場所には、ゴツゴツした大きい岩がある川と、緑のカーテンに覆われているような崖があった。
「あそこ座れそうだから、ちょっと休憩しよ!お茶持ってきてるから!」
切り株の道を渡っていき、ピリムは少々傷のついているブランケットを敷いた。
「旅に出る前に入れたお茶、まだ冷たいよ」
ピリムは小さいコップに水筒に入っているお茶を淹れ、スカエルに渡した。
「ありがとう。うん、とても美味しいわ。これはどういうお茶なの?」
「わたしが住んでいた家の、家主のおばちゃんが淹れてくれたお茶でね。麦から作った『麦茶』って言うお茶なんだよ」
「ピリムの家の家主さんが……。こんなに美味しいお茶を淹れてくれるんだから、きっととても器用な人なのね」
「う~ん。器用って言うより、器用貧乏なのかも。ずっと前から色んな知識を持っているっぽいんだけど、あまりそれを上手く使わないっていうか」
実際、今敷いているブランケットも家主の赤髪の女が作ったのだが、お世辞にもあまりいい出来とは言えない。
「そうなのね。……いつかその家主さんに会ってみたいわ。どんな人なの?」
「ちょっと強面で声が大きいんだけど、いざというときは頼りになるし、結構優しいんだよ!わたしが旅に出る時も、夢が叶うまでできるだけ家に帰って来ないようにって約束したし、おばちゃんのためにも絶対に空を飛ぶんだ……」
下を向いたピリムが映った麦茶の水面が、そよ風に揺れるように優しく動いた。
「とても優しいわね。家主さんなりに、夢を後押ししている感じがするわ」
「わたしもそう思うな。変なところは不器用だけど、本当のお母さんみたいな安心感がある!」
ピリムは無邪気に微笑んだ。
「(本当のお母さんみたいな……。今の話を聞いててわかったけど、ピリムにはもしかして……)」
「ん、ん。よし、そろそろ休憩おしまい!スカエルが飲み終わったら、また欠片探しに行こ!」
ピリムはスカエルの考え事を遮るように、麦茶を一気飲みした。
「え、えぇ。分かったわ」
スカエルは何かに突っかかったような感覚を味わった。しかし、デリケートな内容かもしれないと考え、これ以上追及するのは野暮だと思い、お茶を飲み干したのだった。
ースシェル山ー
チェスラングル国の最高峰。季節ごとに景色が変わっていき、春は色鮮やかに、夏は緑が目立ち、秋は紅葉が彩り、冬は雪景色が広がる。頂上は常に低温であり、初夏はまだ雪が残っているようだ。
一昔前は妖精族が多く住み着いていたのだが、自然に強い特徴が無いため、他の場所に移ったらしい。今では魔人族が稀に野宿している。