0-2 町工場の馬鹿力
「着いた~!ここが『クルムフ』って言う町だよ!」
「とても可愛い町ね!おとぎ話に出てきそうだわ」
とんがり帽子をかぶっている教会や、ケーキ生地のような色をしたお店、絵に描いたようなカラフルな家がコンパクトに並んでいるクルムフの町。
この『チェスラングル』の国の中では小さい町だが、温かい雰囲気が漂っている安心な町として人気だそうだ。
「何度来てもわくわくするな~。もう少し歩いたらお友達の職場に着くよ!」
「町工場みたいな所かしら。天空にも同じような場所があった気がするな」
「天空の職人さんかぁ。天使達ってどういう物を作るの?」
「う~ん。あまり見たことないけど、魔法石を使った商品や、光の弓矢を作っていたりしていたわね」
「光の弓矢!?かっこいい!天使って弓矢を使って戦うもんね!」
空を飛ぶことができる天使は、主に特製の光の弓矢を使って戦う。相手を深く傷付ける武器は天使には不向きなのだ。
「スカエルは何か使っている武器はあるの?」
「私は……この傘を武器として使っているわ」
スカエルは手に力を入れ、水色の閉じている傘を出した。傘には雫の宝石が付いていたり、青色のグラデーションがかかっているかなり豪華な傘である。
「かわいい傘だね!でも、本当に武器として使えるの?」
「正直、私もこの傘の使い方を上手く分かっていないの……。生まれた時から一緒に居るんだけど」
「じゃあ、この傘の使い方もわたしのお友達に聞いてみよう!武器のことも知っているはずだから!」
「本当!?じゃあ、お願いしようかな。早くこの子を思う存分使ってみたいの」
スカエルは水色の傘を自分の子のように抱きしめた。
「あっ!着いたよスカエル!」
目の前の小さい工場の屋根の上には、『クラーフの町工場』と書かれている看板があった。
「クラーフ!ピリムだよー!!」
「おー!ピリちゃん!久しぶりだね。ようやく旅に出始めたんだ」
少々服装が汚れており、鉄の匂いがする獣族の少年が工場の奥から現れた。ピリムよりも耳や尾が小さいが、髪はかなり長くまとめている。
「うん!旅の準備、色々手伝ってくれてありがとう!」
「お安い御用だよ。帽子に、手袋に、ゴーグル。様になっているようで安心した!」
クラーフは少し得意げに言った。
「ピリム。この人がピリムのお友達?」
「そう!クラーフ、紹介するね。この子はスカエル!」
「スカエルと言います。クラーフさんに用があってこの町に来ました」
「スカエル……。この名前の響き的に…あなた、天使様なんですか?」
「は、はい。一応」
「こりゃ驚いた。初めて見ましたよ!しかし、天使様がなぜ地上に居るんですか?」
クラーフは目を丸くしながら言った。
「ちょっと事情があって、今は地上でピリムと共に行動をしているんです」
「クラーフ。今、ちょっと暇ならクラーフの家に上がっていい?ここだと目立っちゃうし」
「全然大丈夫だよ。僕も作業が一段落ついたところだし。でも、ちょっと着替えていいかい?このまま二人と話すのは失礼だから」
「いいよ!じゃあ、リビングにいるね~」
二人は工場の奥まで歩き、クラーフの家に上がり始めた。
「クラーフさん、色々な物を作っているのね。塗装中の家具があったり、大きい斧やツルハシが掛かっていたわ」
「そうでしょ!クラーフは作り方が書いてある紙を見れば何でも作れるんだよ!」
「すごいわね!そんな人とピリムはお友達だなんて羨ましいわ」
二人はリビングにある椅子に隣同士で座った。リビングには小さい暖炉と食器が並んでいる棚がある。スカエルは「あの棚や食器もクラーフさんが作ったのかな」と考えていた。
「わたしが『空の地図』を作りたいって言った時も、クラーフは応援してくれたんだ。他のみんなに言ったら、バカにされてたから……」
「(クラーフさんが理解してくれたから、今ピリムは旅に出ているのね。でもそれまで、誰にも理解されなかった……。なんだかピリムと私って少し似ているかも)」
スカエルはピリムに貸してもらった上着の袖を掴みながら考えていた。
「二人とも、お待たせしました」
「相変わらず服が地味だねぇ。作業着は結構凝っているのに」
クラーフは眼鏡を付け、無地の白い服と茶色の短いズボンを着て、二人の前に現れた。
「僕はファッションに乏しいからなぁ……。スカエルさん、こんな格好ですみません」
クラーフは照れくさそうに頭を抱えながら言った。
「気にしないで。私も今はこんな感じですし……」
「それで、ピリちゃん。僕に何か用があってここに来たんだよね?」
クラーフは椅子に座りながら言った。
「うん。スカエルの服を作ってほしくて……。このままじゃ、これから旅に出るときに困っちゃうから」
「スカエルさんの服を……。もちろん構わないよ。でも、なんでスカエルさんはそのような格好を?」
「えーと……。今から言うことは、私達以外には秘密にしてくれますか?」
「え、えぇ。もちろんです」
クラーフは少し戸惑いながらも、スカエルの目を見ながら秘密を約束した。
「ありがとう。実は私、天空から追放されて地上にやって来たんです」
「なんと……。追放ということは、何か罪でも犯したのでしょうか」
「罪と言うより……。スカエルは何も悪いことはしていないんだけど、『天空法』って言う法律を破ったから追放されちゃったんだって」
「力の源であるマジムが少なすぎるから、追放されてしまったんです……」
スカエルは下を向きながら恥ずかしそうに言った。
「なるほど……。少々理解しがたいですが、ピリちゃんも言っていることですし、本当なのでしょうね」
「信じてくれてありがとう、クラーフ。スカエルが裁判にかけられた時からずっと同じ服を着ていて、地上に落ちてくる途中でボロボロになっちゃったの」
「そういうことなら、僕にお任せを。スカエルさんにピッタリな服を作って見せましょう!」
クラーフは立ち上がり、胸を張りながら大きな声で言った。
「ありがとうー!クラーフ!じゃあ早速だけど、スカエルの服のサイズを測らないとね」
「僕はちょっとできないから、ピリちゃんに任せるよ。代わりにいい生地を探してみるよ」
「え~?クラーフも測ることならできるでしょ?」
「確かにできるけど、スカエルさんは女性だろう?安易に触れることはできないさ」
「もう、昔はわたしと一緒にギューってしたじゃんっ」
ピリムは何も問題ないような顔で軽く言ったが、クラーフは顔を赤くしていた。
「ピリム、クラーフさんとどういうことをしていたの!?」
「スカエルさん!多分ピリちゃんはじゃれあいのことを言っていると思います……」
クラーフは顔を片手で隠しながら言った。
「仲睦まじいということで片づけていいのかしら……」
スカエルも少し顔を赤くしながら横を向いた。ピリムはボケっとしている。
「スカエルのサイズ測ったよ。クラーフ!」
ピリムはサイズの数字を書いたメモ用紙をクラーフに渡した。
「ありがとうピリちゃん。……ふむ、このサイズ分の生地ならここで調達できるな」
「良かった!これで作れるんですね」
「えぇ……。しかし、1つ問題があるんです」
「問題?生地はあるんだよね?」
「うん。でも、僕が気になっているのはスカエルさんの力についてなんだ」
クラーフは作業用の机から、紫色の水晶玉を出した。
「何ですか?この水晶玉は」
「これはマジムを水晶玉として固めたものです。この水晶玉があれば、マジムが足りない者でも500マジムまでなら使うことができます」
「マジムって固めることができるんだ!これもクラーフが作ったの?」
「専門の職人に比べたら、全然マジムは込められなかったけどね」
「それでもすごいです!しかし、この水晶玉と私の力に何か関係が?」
「スカエルさんのマジムが少ないと言っていたので、このマジムの水晶玉を服に付けようと思ったのですが、この水晶玉じゃスカエルさんには合わないようです。ここにスカエルさんが来てから、この水晶玉の様子がおかしいので」
マジムの水晶玉をスカエルに向けると、赤い光がスカエルの胸に向かって指し始めた。
「マジムがスカエルさんの力を見定めていたのか……」
「この光が、相性が悪いという証拠なんですね……」
「そもそも、マジムに相性とかあるんだね!」
「マジムにも種類があってね。種族ごとに違うものなんだ」
種族の数ごとにマジムの特徴がある。
人間族のマジムは「白」。平凡な種族だからか、色はシンプルに白色。しかし、白いということは何色にも簡単に染められるということであり、他の種族のマジムを吸収して多くのエネルギーを得ている。人間族はその力を数々の研究や開発に使っているらしい。
獣族のマジムは「金」。穏やかな個体が多い種族だが、金色に光っているマジムは正に野生の荒々しさが混ざっている。力強いマジムを使った肉体攻撃ができ、五感を最大限まで高めることができる。
魔人族のマジムは「紫」。最もマジムの最大数が大きい種族であり、膨大な量を持っている。魔法に魔術、多彩な使い方ができ、体の中に眠っている魔力と合わせれば強力な技を生み出すことも容易である。
妖精族のマジムは「桃」「緑」の二色。桃色のマジムは雌個体、緑色のマジムは雄個体と性別ごとにマジムの色が違う。妖精族はマジムがあれば生きていけられる特殊な種族であり、浄化の力もマジムを利用して出している。
竜族のマジムは噂だと「青」と言われている。神聖なオーラをまとっており、空に浮く島を全ての竜族達のマジムで守っていると伝説では語られている。
「この水晶玉は紫色だから、魔人族のマジムを固めたの?」
「この前、山でたまたま魔人族の商人さんに会ってね。好奇心でマジムを少し貰ったんだ」
「魔人族ってかなり強い種族じゃなかったですか?」
「魔人族は魔力を持った人間なので、性格は人間に似てかなり温厚で優しいんですよ。僕がマジムを欲しいって言っても、嫌な顔はしませんでしたね」
かなりコミュニケーション能力が高いクラーフである。
「魔人族のマジムなら汎用性が高いから、スカエルさんにも扱えるかと思ったんだけど、天使族でも簡単に扱えるマジムを集めなきゃいけなくなっちゃったんだ」
「でも、天使達は天空に居ます。天使族のマジムを集めるのは難しいかと……」
「いや、そんなことはありません。ちょうど今の時期は、天気が不安定で大雨が降ったり、雷が鳴ったりするんですが、その影響で天空からもエネルギーが漏れているんですよ。そこで天使族のマジムが落ちてくると聞いたことがあります」
1年に3回ほど、天気が不安定な季節がやって来る。地上と天空の境目の境界が不安定になるからだ。その季節では空から異質なものが降ってくるとされており、天使族のマジムの欠片が落ちてくることがあるらしい。
「知ってる!『叫び現象』だよね。毎年後始末に大変なんだよなぁ~」
「天気が不安定になるのを、叫び現象って言うの?」
「うん。空が叫んでいるように荒れているから、叫び現象って言うんだって」
ピリムは意外と空の知識は豊富みたいだ。
「近くに大きな山がある。空に近い山ならマジムも沢山落ちているかもしれません。そこで、2人にマジムを集めてもらいたい。僕はその間にスカエルさんの服を作っていく」
「そういうことならわたし達に任せて!マジムいっぱい取ってくるからね!」
「じゃあ、まずは山に行く準備をしないとだけど、どんな準備をすればいいのかしら?」
「目的の山は『スシェル山』です。スシェル山は今も雪が残っているほど寒いので、厚着を着たほうがいいでしょう。二人分の厚着を用意するよ」
「クラーフごめんね。色々用意してもらっちゃって」
「気にしないで。僕もよくスシェル山に行くから、かなり防寒着は持っているんだ」
クラーフは立ち上がり、クローゼットに向かって歩き始めた。クローゼットを開けると、クラーフが普段来ている作業着や私服が入っている。防寒着は奥のほうに隠れていた。
「ありがとうございます。これが防寒着なのね」
「スカエルは地上に来てから、初めて見るものばかりだね!」
「天空に居たら絶対見れないものばかりあるから、とても新鮮だわ。でも、とても楽しい!」
スカエルは防寒着を持ちながら嬉しそうに言った。
2人は色違いの防寒着を着て、ピリムは鞄に入っている荷物を確認していた。
「じゃあ、ピリちゃん。この袋にマジムの欠片を入れて」
クラーフは小さい革の袋をピリムに渡した。
「分かった!いっぱい集めてくるね!」
「今は10時ぐらいだから、夕方に帰ってくるのがベストですね」
今の季節では日没はおよそ18時である。
「そうだ、クラーフさんにもう一つだけお願いがあるんです」
「何でしょうか?」
スカエルは手に力を入れ、水色の傘を出した。
「この傘は私の武器なんですが、使い方が分からないんです。なのでクラーフさんにこの傘を調べてほしくて……」
「ほぅ……いい傘ですね。武器は僕の得意分野ですので、すぐに調べていきますね!」
「ありがとうございます!」
クラーフは快く追加の依頼を受けてくれた。
「スカエルー!そろそろ行くよー!」
準備が終わったピリムはいつの間にか外に出ていた。
「分かったわ!クラーフさん、色々よろしくお願いします」
「分かりました。2人とも、お気を付けて!」
「クラーフ!バイバーイ!」
二人は手を振りながら『クラーフの町工場』を離れていった。クラーフは笑顔で手を振り返した。
「……よし!2人が帰ってくるまで、服作りと武器解析だ!まず最初に、傘について調べながら生地をサイズの大きさまで切ろう」
クラーフは本棚にある武器図鑑を何冊か出し、物差しと布切りハサミを机の上に置き、作業環境を整えた。
そして黙々と傘について調べながら、生地の長さを測っていった。
ークルムフの町ー
ブルムの小さな隣町。人口も少なく田舎であるが、温かい雰囲気が漂っている和やかな町だと愛されている。絵本に出てくるような可愛らしい建物が特徴。
ピリムの友達であるクラーフが一人で経営している『クラーフの町工場』は、基本何でも作製、修理を承っており、どれも高いクオリティで提供してくれるため、常連客からよく信頼されているらしい。