1-9 森の不思議な夜
「あっ、もう日が沈むね」
窓の外には、森の木に隠れている夕日が微かに光っていた。外は穏やかな涼しい風が吹いている。
「そうだねぇ……。あっ!スカエルが夜の姿に!」
スカエルの体がほのかに光り、夜の姿になった。
「あれ、服も変わっている……」
スカエルが着ているパーカーに付いている雨の雫は星になり、浮いている太陽の宝石は三日月になっている。色合いも青系統から、薄暗い黒や紫色に変わっていた。
「ほんとだ!なんでだろう?」
「マジムの水晶玉のおかげで、力が増えたからとかかな?」
「お待たせしました。夜ご飯はグラーシュを……って、わ!スカエルさん!見た目が……!」
ハープはグラーシュを盛り付けている皿を持ちながら驚いた。
「驚かせてしまってすみません、ハープさん。私には昼の姿と、夜の姿があって、今は夜の姿になっているだけです」
「姿だけじゃなくて、声色や喋り方も変わっている……。実に不思議ですね……」
「でも、スカエルはスカエルなので!ねっ」
ピリムはスカエルと目を合わせながら言った。
「ふふっ……そうですね。その姿も素敵ですよ、スカエルさん」
ハープは皿をテーブルに置きながら、優しく言った。スカエルは静かに照れている。
「このグラーシュおいしそう~!わっ、目玉焼きが乗ってるの初めて見た!マッシュポテトもある!!」
「ピリムはポテト大好きだもんね。このグラーシュっていうのは、ピリムも食べたことあるの?」
「うん、たくさんの国で食べられているんだよ。でも、国や地域ごとに味や見た目が違うの。わたしが食べてきたチェスラングルのグラーシュは、コクが深くて優しい味なんだ~」
ピリムは故郷の味を思い出していた。
「ピリムさんはチェスラングル出身なんですね。オートリアのグラーシュも長く煮込むので、近い味を楽しめると思いますよ」
「そうなんですね!早速食べようスカエル!」
ピリムはフォークとナイフを
「そうだね。それじゃあ……」
「「いただきます!」」
トロっとしているグラーシュを二人は静かに口に運んだ。
「美味しい!お肉が柔らかいから、凄く食べやすいよ」
軽くスプーンで触れただけで、牛肉がホロホロと割れていく。
「うん!マッシュポテトとも合うね!」
マッシュポテトの滑らかな食感が、コクが深いグラーシュとよく合っているようだ。
「気に入ってくれて良かったです。ゆっくり召し上がってくださいね」
暖炉の火が輝いている中、三人は穏やかな夕食の時間を送っていた。
「あれ、あそこに飾っているアクセサリーは何ですか?」
スカエルは棚の上に大事そうに飾っているネックレスを見て言った。
「あぁ、あれは……私の宝物です」
ハープは憂いを込めた笑顔で言った。
「キレイなネックレスですね!ハープさんが買ったんですか?」
「いえ……兄から貰った物です」
「ハープさん、お兄さんがいるんですか?」
スカエルの問いに、ハープは黙り込んでしまった。
「……答えづらいものでしたか?」
スカエルは申し訳なさそうに眉を下げた。
「……すみません。考え込んでしまって」
「話せないことは、無理に話さなくてもいいんですよ」
ピリムは優しくハープに話しかけた。
「ありがとうございます。……しかし、お二人には話すべきなのかもしれません。私と、兄について……」
ハープは落ち着いて深呼吸をしながら二人に言った。
すると突然、暖炉の火が消え、穏やかだった風が激しくなった。
「わっ!火が急に消えた!?」
「外の様子も少しおかしいかも……」
「お二人はここで待っていてください。私が様子を見てきます!」
ハープは急いで立ち上がり、帽子を被りながら外へ出て行った。
「この気配は……感じたことがない特殊な気配。マジムの反応は感じないのに、誰かが居るというのは微かに分かる……」
ハープは激しい風が吹いている中、冷静に状況を把握していた。
「ハープさん大丈夫かな……」
「きっと大丈夫だよ。私達はここで待ってよう」
スカエルがピリムに声をかけた後、二人の耳に再び不思議な声が聞こえてきた。
『外に出てこい。君達に見せるものがある』
「あっ!この声……」
「森に入ったばかりの時に聞いた声だね」
「と、とりあえず出てみよう!」
二人は声に導かれるように、勢いよく外へ飛び出した。
「お二人とも!家の中にいてください!」
警戒しているハープは、二人に向かって少し強めに注意した。
「でも、男の人の声が聞こえてきて」
『そのまま家の裏まで来い』
ピリムが言っている最中に、不思議な声が再度耳に入ってきた。
「家の裏に行けばいいんだね」
「行こう、スカエル!」
「あっ、二人とも!」
二人は颯爽と走り去ってしまった。
「……お二人には、どのような声が聞こえているのですか?」
ハープは戸惑いの独り言を言いながら、走って二人の後を追った。
「裏に来たけど、何もないし、誰もいない……」
「絶対あの不思議な声聞こえたのに~!」
ピリムは不満げに言った。
『私はここにいる』
不思議な声が聞こえた瞬間、突如ピリムとスカエルがいる地面に魔法陣のようなものが現れた。
「わっ!?地面が変わった!」
「地面だけじゃない。周りを見て、ピリム」
ピリムが周りを見渡すと、神秘的で早朝の朝日が照らしているような、明るい森の情景が広がっている。
「ピリムさん!スカエルさん!……あれ?」
ハープは家の裏を見たが、そこには紫色の光が浮かんでいるだけだった。
「これは……わずかに二人の気配がする。でも、一体誰の、何の光なのかが分からない……」
ハープは一刻も早く二人を助けようと動こうとした。しかし、ハープの体は思うように動かない。
「なんでだろう、この光の正体を知りたくないって思ってる。早くあのピリムさんとスカエルさんを助けないといけないのに!……このまま見守るしかないというの?」
助けようという意思はあるのに、ハープに僅かな恐怖があるのか、体は動けないままだった。
「ここはどこ?さっきの森じゃなさそうだけど」
「ここは私の力で作られた世界だ」
スカエルの疑問に答えたのは、不思議な声の正体――。
「この声……。あの不思議な声だ!あなたは誰なの?」
「私は『リオン・マジュリー』。迷いがある亡霊だ」
不思議な声の正体はリオンと名乗る男だった。
「ぼ、亡霊?幽霊ってこと!?」
「迷いがあると、成仏できなくて地上に留まる霊がいることは知っていたけど……」
戸惑っている二人を、リオンは真顔で見つめていた。
「リオン・マジュリーさん…………。『マジュリー』?貴方もしかして、ハープさんの……!」
スカエルは核心を突く答えを出したように言った。
「君の言う通りだよ。巷で『最後の魔法使い』と呼ばれている、ハープ・マジュリーの兄だ」
リオンは何も動じず、淡々と事実を言い放った。
ーグラーシュー
世界的に有名なシチュー料理。国や地域によって味付けや調理方法が異なっており、スープに近い物もあれば、具が多い物など多種多様に存在する。
※グラーシュ(グヤーシュ)はハンガリー発祥の伝統的な料理です。




