1-4 導き出す人形使い
「すごい音楽だったね!周りの人達もみんな聞いてたよ!」
「えぇ。穏やかな気持ちになれる素敵な音楽だったわ」
ピリムとスカエルはウィーリンの町を歩きながら、先程まで聞いていた音楽の感想を言い合っていた。
「見て、ピリム。あそこにも音楽隊が居るわ」
「ほんとだ!あっ!あそこの公園にも居るよ!」
「たくさんの人達が音楽をやっているのね。『音楽の都』と言われているのも伊達じゃないわ」
「そうだね!……どうする?さっそくだけど、魔法使いに会いに行く?」
「はっ。そ、そうだったわ。魔法使いに会いに行って、魔法を教わるのよね。ウィーリンの目立たない場所に居るらしいけど……」
音楽に夢中になっていたのか、魔法使いのことを軽く忘れていたらしい。
「どこに行けばいいんだろう?」
華やかなウィーリンに目立たない所があるのかと考える二人だった。
「ウィーリンの人達に聞いてみるとか?」
「それが一番手っ取り早いわね。でも恐れられている魔法使いらしいから、堂々と言うのは控えたほうがいいかも」
「魔法とかに詳しそうな人は居るのかなぁ」
「魔法関係のお店はあるのかしら」
ピリムは駅のホームにあったウィーリンのパンフレットを広げた。
「この落ち着いている場所になんとなくありそう!」
「魔法店もそういう場所にありそうな感じだし、行ってみる?」
「うん!」
なんとなくの勘で決める二人だったが、魔人族が減少している現在、魔法店自体も少なくなっているようで、人目につかない場所でひっそりと経営していることが多いようだ。
「あっちの方向に行けばいいみたいだね」
ピリムはパンフレットを見ながら、落ち着いている場所への方角を指差した。
「まだ時間はあるし、ゆっくり行きましょう。せっかく音楽があちこちで奏でられているんだもの」
「ワゴンを引いていたおばちゃんが言ってた通り、ずっと聞いていたいぐらいだね!」
二人はゆっくり歩きながら、魔法店がありそうな場所へ向かった。
「ここら辺かしら……。人は少し減ってきたけど、魔法っぽい雰囲気は感じないわね」
「魔法っぽい雰囲気……。う~ん。感じないなぁ」
耳を傾けたピリムだったが、それらしい音は感じなかったようだ。
「どこにあるか……あれ?水晶玉が光っているわ。ここ、日陰なのに……」
マジムの水晶玉が弱く光っている。
「わぁ……でも、何でだろう?水晶玉がこうやって光るなんて」
「何か私の力に影響が出たとか……。うーん。でも私自身は何も変わってないのだけど……」
「スカエルに何もなければいいんだけど……。とりあえず、進もうか」
「そうね……」
不安になりながらも魔法店を探す二人。しかし、水晶玉の光は徐々に強くなっている。
「……ねぇ、ピリム。段々この光強くなってない?」
「き、気のせいじゃないの?ははは……」
「わざと見てないふりしなくてもいいのよ。事実だし……」
マジムの水晶玉の光は更に強くなっており、日陰を照らすほどになっていた。
「さすがにこれ以上強くなったら、周りの人達に迷惑がかかるわ」
「あっ、あそこに路地裏がある!あそこに行こ!」
二人は急いで路地裏に駆け込んだ。
「とりあえず、水晶玉を取って……うわ、服で隠しても光が漏れているわ」
水晶玉の水色の光は、スカエルが着ている服を貫通するように溢れている。
「こんなに光るなんて……。やっぱりスカエルに何か起こってるんじゃないの!?」
「そうなのかしら……。もっとクラーフさんにマジムのことを教われば良かったわ」
「でも、水晶玉がこうなるってクラーフは特に言ってなかったから、クラーフも知らなかったのかも」
「ずっとこの状態じゃ、町を歩けないわ……」
二人が居る前には、小さい木組みの建物がある。その建物の中から何者かが出てきた。
「さっきから何してるのぉ?店の前でうるさくしないで~」
灰色の獣族が二人に向かって言った。尾が細長いため、猫だろうか。
「あっ!ごめんなさい!わたし達、ちょっと困ってることがあって」
ピリムが灰色の猫に謝った。
「困ってること?」
「この水晶玉がさっきから光ってて、どうしたら収まるのかが分からないんです……」
スカエルは灰色の猫に今の状況を伝えた。
「水晶玉?ちょっと見せてくれるぅ?」
スカエルが見せた水晶玉を、灰色の猫はまじまじと見始めた。
「これはぁ……。中々強い反応だ」
「何で光っているのか分かるんですか!?」
「これは、マジムの水晶玉が強い魔力を感じ取った時に起こる現象だよ。多分あたしのせいだね。ちょっと魔法の実験?をしてたんだぁ」
建物の中には禍々しいオーラが漂っている。魔女が持っているような大釜もある。
「魔力を感じた時に光るのね……。この光を抑えることってできますか?」
「任せてぇ。ほいっ」
灰色の猫が水晶玉を囲むように優しく触ると、少しずつ強い光が弱まっていき、次第に光は無くなった。
「ほら、できたよぉ」
「ありがとうございます!凄いですね!あんなに強い光を無くしちゃうなんて……」
「もしかして、あなたも魔法使いなんですか!?」
「うーん。半分正解かなぁ。ただ魔法が好きな獣族だよぉ」
「魔法の実験をしてたって言ってましたが、ここがあなたの家なんですか?」
「家兼店だよぉ~。ここで魔法店を経営していま~す」
「わっ!魔法店なんですか!ちょうどわたし達、魔法店を探してたんです!!」
ピリムは灰色の猫に向かってがめつく言った。
「あなたが魔法店を営んでいるなら、少し聞きたいことがあるんです」
「聞きたいこと?魔法関連のことなら何でも答えるよぉ。まずは店の中に入ろうか」
ピリムとスカエルは、灰色の猫が経営している魔法店の中に入った。
店には瓶に詰められている薬品や、透明の水晶玉が並んでおり、良く出来ている人形がテーブルの上にまばらに置いてある。
「凄くおしゃれですね……。まさに魔法店という感じです」
「でしょ~?結構こだわっているんだぁ。『ドール・マジカル』って言う名前の店だよぉ」
「いっぱい人形がある!人形が好きなんですか?」
ピリムは大事そうに人形を持ち上げた。可愛らしい白猫の人形である。
「作るのも使うのも好きだよぉ。人形を自分で作って、僕にしてるんだよ。魔法の実験をする時とかに人手が足りないと不便だからねぇ」
灰色の猫はゆっくりと木の椅子に座りながら言った。
「え?人形は動かないのに?」
スカエルは困惑しながら言った。
「魔法で操るんだよぉ。こんな風にね」
灰色の猫が静かに掌を広げると、テーブルの上に置いてある人形が浮き始めた。
「わっ!?人形が浮いた!?」
「それに、少し動いてる……?」
「ふっふ。驚いたぁ?あたしはシグレ。人形を愛し、人形に愛された人形使いさ」
「人形が回転してる!本当に生きてるみたいね……」
シグレが操っている人形は、ステージの上で舞い踊るように華やかに動いていた。
「あたしが操る魔法は魂を宿すことができるんだ。一時的なものだけどねぇ」
「たま、しい?それってどんなものなんですか?」
ピリムはあまり分かっていなさそうだ。
「魂はまぁ、心みたいなものかなぁ。自我を持たない無機物にあたしは『命』をおすそ分けするの。魔法という形でねぇ」
「命をおすそ分け……すごく素敵な魔法ですね!」
「じゃあ、この人形達も今は命があるんだ!」
「そうだよぉ。良い布や糸を使って、一から作った人形達だから、皆大事な僕なんだぁ」
「友達とか仲間とかじゃなくて、あくまで僕なんですね」
スカエルが不思議そうに言った。
「うーん。あまりそういう風に考えたことはなかったなぁ。魔法の実験を手伝ってもらったり、買い物で荷物係にしたり……」
シグレは人形を手元に戻し、考え始めた。
「確かにそう言われると、僕のほうがしっくりきますね!」
「人形達は幸せそうだし、あまり気にしなくてもいいかもね」
人形は心なしか温かい表情をしている。
「良かった良かった。……あっ、そういえば君達、あたしに魔法のことを聞きたいんじゃなかったのかい?」
シグレは安堵してから、ピリムとスカエルに話題を思い出させた。
「そうだった!シグレさん、『最後の魔法使い』のことって聞いたことありますか……?わたし達、その魔法使いを探しているんですけど……」
「……『最後の魔法使い』だって?」
「はい、何か知っていたら、教えてほしくて」
「……あの魔法使いは滅多に姿を見せないから、どんな姿なのか、どんな人柄なのか分からない。噂がオートリアの外にも広まっているぐらいだ」
シグレは睨むような目をしながら淡々と言った。
「シグレさんでも詳しくは分からないんですね……」
「ただ、これだけは分かる……。魔力もマジムの量も、とんでもない化け物ということ。あたしの何百倍もあるだろうねぇ」
「シグレさんのマジムはどれぐらいあるんですか?」
「あたしは5000ぐらいかなぁ。まぁ、獣族の中では多いほうだろうね。君達は見た限りだと……尻尾が大きい獣さんは270ぐらいで、天使さんは120ぐらいだねぇ。う~ん。天使さんにしては、低いほうじゃないのかい?」
シグレはスカエルの事情を全く知らないため、正直に、間接的に「弱い」と言った。
「う……そうですよね……。私、天使の赤ちゃんと同じぐらいしかないらしいんです……」
スカエルは今すぐに泣きそうになるような、弱々しいぐちゃぐちゃした顔で言った。
「スカエル!たましい抜けないで~!!」
ピリムは昇天しそうなスカエルを思い切り揺さぶった。
「おや、気にしていたんだねぇ。ごめんごめん。でも、本当に大丈夫?このままあの魔法使いに会ったら、こてんぱんにされるかもよぉ?友好的なのかまだ分からないんだから」
「でも、わたしは会いたいんです!その魔法使いに!」
「……一体どうして?」
シグレはピリムに問いかけた。
「わたしもスカエルも、空を目指しているんです。わたしはずっと空を飛びたくて、スカエルは天空に帰るために……」
「本当なのかい?スカエル殿」
シグレは意気消沈しているスカエルを覗きながら言った。しばらくしてスカエルの意識が戻り、シグレの言葉にこう返した。
「はい、私は天空を追放されて、地上でピリムと出会いました。ピリムの夢に感激して……私自身も、絶対に天空に帰る、と強く決められたんです」
「……君達は、強い思いで繋がっているんだね。羨ましい限りだよ」
シグレは二人の目を見ながら言った。
「……分かった。君達なら、あの魔法使いに会ってもひるまないと信じている。その魔法使いがよく現れると言われている場所、教えるよぉ」
「はぁ……!あ、ありがとうございます!!」
「やったわね!ピリム!」
二人は大きく喜んだ。その光景を見たシグレは優しく微笑んでいた。
「『最後の魔法使い』はウィーリンの東端に居ると言われている。東地域はここほど栄えていないから、森や小さい集落が多い。治安はあまり良くないから、気を付けて行くんだよぉ」
ウィーリンの都市部は治安が良く、人も多いのだが、端の方になると手つかずの古家や自然に覆われた森が大半を占めている。典型的な都市の実態である。
「分かりました!」
「どんなことをしているのかしら。シグレさんのように、魔法の実験をしていたりとか……?」
「どうだろうねぇ。もしかしたら陰気な性格かもしれないよぉ」
「会うまでのお楽しみだね!スカエル!」
「そうね。少し不安もあるけど、頑張って行きましょう!」
スカエルがそう言った瞬間、どこからかお腹の音が聞こえてきた。
「ん?誰かお腹鳴った?」
ピリムが辺りを見渡しながら言った。
「私じゃないわよ」
スカエルはピリムに言い返した。
「あはは、あたしみたいだねぇ」
シグレが何も気にしない様子で、笑いながら言った。
「シグレさんだったんですね。何か食べるものはないんですか?」
スカエルが周りの棚を見渡しながら言った。
「ちょうどあるよぉ。あれあれ」
シグレが指を差したのは、店の奥にある大釜だった。店から禍々しいオーラを漂っているのは、明らかにこの大釜が原因である。
「あ、あの大釜に入ってるもの、食べ物なんですか!?」
「本当に食べ物……なん、ですよね?」
ピリムは心配しながら、恐る恐るシグレに言った。
「魔法で育てた食材を混ぜたら、あんな風になったんだよぉ。だから料理じゃなくて、魔法の実験をしていると言ったのさ」
シグレが料理音痴、という訳ではなさそうだ。
「実験という名の料理なのね」
「良かったら、お二人さんも食べるぅ?たくさん実験結果をまとめられるしねぇ」
遠回しに、共に毒味をしてくれないかと誘っている。
「私達も小腹が空いているし……食べてみましょうかね」
「スカエル!?」
「折角シグレさんが誘ってくれているんだし、勇気を出して食べてみる価値もあるかもしれないわ」
「そう……だね。少し食べてみようか」
ピリムは一瞬言葉を詰まらせたが、スカエルの押しに敗北したらしい。
「じゃあ、奥の方まで来てぇ」
シグレが案内するのは天国か地獄か――。二人は唾を飲み込み、店の奥までゆっくり歩いていった。
ードール・マジカルー
ウィーリンの路地裏にひっそりとある魔法店。店主は灰色の獣族であり、癖ある喋り方をするらしい。薬品や水晶玉、そして主要商品である人形が売られている。
時折、店の奥から爆発音が聞こえると噂されている。




