0ー1 青空に眠っている空想
「スカエル殿、貴方は天空法第36条『天空に住まう天使族は、神と天空の地を守護するために一万マジム以上蓄えなければいけない。』この法を破られております」
裁判官らしき天使が、青色の天使に言った。
「あの~。質問いいですか?」
「手短に」
「……マジムって何ですか?」
青色の天使は少々気まずそうに言った。裁判を傍聴している天使達はあっけらかんとしている。
「はぁ、そろそろ私も過労状態なのでしょうか……。貴方、5年間修行の旅に出ていたというのに、なぜ基本中の基本の事が分からないのですか!?」
裁判官の天使は長いため息をつきながら呆れていた。
「マジムというのは力の源という意味です。マジムが高いほど力も高いということです。これで分かったでしょ……」
裁判官の横にいる眼鏡をかけた書紀の天使も呆れながら言った。
「あぁ、確かにブリエルさんもそう言っていたような……」
「とにかく、貴方はマジムが足りていなさすぎです。貴方の羽が証拠です」
青色の天使の腰から生えている羽は大変弱々しくとても小さい。
「私のコンプレックスを指摘しないでください!!」
青色の天使は涙目になりながら叫んだ。小さな羽をかなり気にしているようだ。
「僕の目では120という数字が見えますね。この数字は赤子の天使と同等かそれ以下です」
書紀は眼鏡を指で押さえながら言った。
「私赤ちゃんに負けてるの!?」
「静粛に。判決を下します。下すと言っても最初から決まっていましたが……。スカエル殿、貴方を『天空追放刑』に処す」
天空追放刑とは、天空の中でも三番目に高い刑罰である。二番は『堕天刑』、一番は『死刑』だ。
「……追放ってどこに?明るい場所がいいんですが……」
「天空のはるか下。地上ですよ」
裁判官が言った瞬間、青色の天使のいる地面が割れ、あからさまに落ちていった。
青色の天使は叫ぶ暇もなく、抵抗しようとしてもできなかった。
「……これで、天空の唯一の汚点を無くすことができましたね。裁判官」
「我が主が出て来ないということは、我が主もこの判決に賛成という扱いになります。子であるスカエル殿に味方すると私は思ってたのですが……」
「我が主も多忙ですからね。それか、見捨てたのか……」
傍聴していた天使達はぞろぞろと帰っていく。裁判官や書紀の天使も裁判所を離れていった。
数時間後には『空の天使』なんて元から居なかったように、何も変わりない天空の日常が優雅に流れていた……。
「おばちゃん!そろそろ行ってくる!」
「えぇ~い!ちょっと待たんかい!回復薬忘れてるよ!!」
獣族の少女がせかせかと家の玄関を通った。その後から赤髮の中年の女が駆け込む。回復薬が入っている硬い瓶を手に持っていた。
「あぁ、忘れちゃってたよ!用意ありがとう」
「しかし、がきんちょだったピリムが今や旅なんてねぇ」
「おばさん、ついて来ないでよ!」
ピリムは冗談交じりで言った。
「ついて来ないよぉ!もう足すぐパンパンになっちゃうんだもの!」
赤髪の女は自分の膝を叩きながら言った。
「体に気をつけてね。何かあったらすぐ連絡するんだよ!」
「分かってるよ。でも、お前の夢が叶うまでなるべくここに帰って来ないように!」
ピリムと赤髪の女は拳と拳をぶつけ合い、約束を誓った。そして、颯爽と町を駆け抜け一気に広い草原に着いた。
ピリム・スカイルは今年で15歳。年齢に反して、まだ子どもっぽく純粋無垢。非常に好奇心旺盛なため、歩いている途中でクローバー畑を見つけたらすぐに四つ葉のクローバーを探すのだ。
「わぁ、クローバーがいっぱい!四つ葉はあるかな~」
四つ葉探しに早くも夢中になっている。
ふとピリムは青空を見上げた時、何かが落ちてきた。ピリムは一目でそれが人なのか物なのか分からなかった。
やがて、落ちてきた何かは草原にある小さな湖に向けて勢い良く落ちていく。ピリムは湖に向かって走り出した。
「何かが落ちてきた!?白い布もあるけど、石とかかなぁ」
ピリムはかなり吞気に考えていた。
「う~ん……人だ!助けないと!!」
ようやく全てを理解したピリムは全速力で走り、湖の端から思いきりジャンプした。
「うおおおおお!!!キャッチ!!」
何とか間一髪でピリムは青色の天使を掴んだ。
「……この姿って天使!?輪っかに羽もある!ちょっと小さいけど!」
「小さいって言わないでください!!」
青色の天使はピリムの顔を見て、険しい顔で叫んだ。
また天使の誰かにコンプレックスを指摘されたのかと思い、歯向かいながら言ったが、何も関係のない者だったため、青色の天使はすぐに恥ずかしそうに目をそらした。
「ご、ごめんなさい!急に強く当たってしまって……」
「いえいえ!こっちも天使様に向かって失礼な態度を……」
ピリムは青色の天使を降ろしながら言った。
「私を助けてくれたのね。本当にありがとう……」
青色の天使は申し訳なさそうにお辞儀をしながら、ピリムにお礼を言った。
「あなたはもしかして、獣族?」
「はい!ピリム・スカイルと言います!」
「わぁ、なんだか名前が似ているわ。私は『空の天使』スカエル。よろしくねピリム」
二人は握手しながら自己紹介をした。スカエルの着ている白い服はもうボロボロで、袖口は完全に破れていた。
「スカイルとスカエル……確かに似ていますね!スカエル様!」
「名前呼びでいいわよ。年もきっと同じぐらいだと思うの。私は生まれてから15年経つわ」
「わたしも15歳!年が同じ子はここら辺では珍しいんだ。よろしくスカエル!」
二人はすっかり打ち解けていく。年頃の女の子は仲良くなるのが早いのだろうか。
「でも、なんでスカエルは空から落ちてきたの?羽で飛べばよかったのに」
「えーと。この小さい羽では飛べないから……。天使なのに変だよね」
スカエルは限りなく小さい羽を見ながら、苦い顔で言った。
「変じゃないと思うよ。小さい羽もかわいいと思う!」
「羽がかわいい……か。小さい頃はよく言われたな」
「わたし、もっとスカエルの事知りたい!あそこに岩があるからそこに座ろうよ」
苔で覆われた岩に二人は座った。スカエルは体育座り、ピリムは胡坐をかいている。
「そもそも、私が地上に来たのは天空から追放されたからなの」
「追放?追い出されたってこと?」
「まぁ、簡単に言うとそうね」
「どうして?スカエル何か悪いことでもしちゃったの?」
ピリムは純粋に疑問を問いかけた。
「『天空法』っていう天空の法律があるんだけど、それを破っちゃったから……。力の源であるマジムが無さすぎて神のことを守れないとみなされたから追放されたの」
「じゃあ、スカエルが天空から追い出されたのは……弱すぎるからってこと?」
「そう。この羽が小さいのも、マジムが少なすぎて光を上手く集められないからね」
天使の羽は光でできている。直接触れるのだが、それは光を触れる物質として作り変えているから。
スカエルはマジムが少なすぎるため、光を集めにくく羽も小さいのである。
「羽が小さいから、天空に帰りたくても帰れないわ」
「そもそもスカエルは追放されたから、帰れたとしても他の天使達にあまりよく思われないかも……」
「私がもっと強かったら、こんなことにならなかったのに……」
スカエルは弱気になって俯いてしまった。
「スカエルは『空の天使』って言うんだっけ?すごくかっこいい肩書きを持っているのに、なんでこんなことになったの?」
「……私は、少し特別でね。神から生まれた天使なの」
「神って……神様!?スカエルって神様から生まれてきたの!?」
「うん。生まれたばかりの頃は神から生まれた天使として、期待を込めて『空の天使』って周りの天使は肩書きをつけたんだって」
「そんなに期待されていたのに、みんな掌返ししちゃったのかな……」
「そうだと思う。神から生まれてきたのに全然強くないし、修行もしたんだけど、何故か能力やマジムのことを全く覚えられなかったの」
スカエルは約5年間、天空の外れで修行をしていた。しかし、全く成果は得られず余計に天使達から反感を買ったのである。
「私が裁判にかけられた時も、ママは何も言わなかったの。ママからも見捨てられたのかな、私」
スカエルは震えた声で言った。
「神様は誰も見捨てない。これは私が知っている教えだよ。スカエル」
「え?」
「きっと、神様もスカエルのことを見捨ててないと思う。きっと、何か理由があるんだよ!なんでこうなったのかはわたしにはよく分かんないけど……親は子どもを愛しているはずだから」
「ピリム……。でも、そうしたら私はこれからどうすればいいの?こんな羽じゃ到底帰れないのに!」
スカエルは今まで我慢してきた思いが爆発し、泣き叫んだ。
「じゃあ、わたしと旅をしよう!」
ピリムは立ち上がり、スカエルの前に出た。スカエルは呆然としている。
「スカエルが天空に帰れるように、強くなれるようにわたしもサポートするから!それに、地上もすごく楽しくて綺麗なところだから、地上にいる時は自然体でいられるように……」
ピリムの優しい笑顔がスカエルに突き刺さった。
「……こんなに私に寄り添ってくれる人は初めてかもね……。私が居ると足手まといになるかもしれないわよ?」
「わたしもおっちょこちょいだから、大丈夫だよ!」
根本的解決にはなっていないが、スカエルは何か安心したよう顔になった。
「あなたの誘いに乗ってみようかな。私が天空に帰れるまで、ピリムと旅をする!」
「決まりだね!まず最初は……そのボロボロ服をどうにかする!!」
ピリムはスカエルが着ている白い服を指差した。
「あ~、この服ね。私が裁判にかけられた時から着ているから、二ヶ月ぐらい前から着ているものね」
「なんでそんなにボロボロになっちゃったの?」
「まだ天空に居る時はこんなに破れていなかったんだけど……。落ちている途中でこうなっちゃったのかな」
「まぁ、天空ってものすごく高い所にあるって聞いたことがあるから、衝撃とかでボロボロになっちゃったのかも……」
ピリムははるかに高い空を見上げながら言った。
「とにかく、私もこのままだと人前で歩けないから、新しい服を見つけないと」
「それなら、とっても器用な私の友達の所に行こう!きっとスカエルに合う服を作ってくれるから!」
ピリムは鞄の中から上着らしき厚めの服を取り出し、スカエルに着させた。
「上着ありがとう。ピリムのお友達はどんな子なの?」
「わたしと同じ獣族の子でね。職人として働いている男の子なの!」
二人は隣町に向かって歩き始めた。草原の向こうに小さい町がある。
「職人さんかぁ……力強い人なのかしら」
「う~ん。あの子は私と同じぐらいの身長だね。昔はちょっと泣き虫だったんだよ」
「あらそうなの?でも、ピリムのお友達だから、きっととても優しい人ね」
「え~?それってどういう意味~?」
ピリムは少し照れている。もうスカエルの目の赤い腫れはなくなり、元の綺麗な空色になっていた。
「私、地上に来るなんて初めてだから、地上の常識とかルールとか、色々教えてくれる?ピリム」
「任せて!まず最初に、地上には人間以外に色んな種族がいるの!」
地上には、人間族、獣族、魔人族、妖精族、竜族の5つの種族が暮らしており、種族ごとに使える能力や特性が違う。
人間族は、俗に言う人間。特別な力は無く平凡な種族だが、極稀に能力を開花させる人間や、文明を発展させるほどの知能を持っているなど、侮れない力を持っている。地上の約半分を占めている種族である。
獣族は、大昔にとある獣が人型に進化してから増えてきた変異種であり、動物と違って、他の種族同様に言語能力がある、野生の本能が極端に少ないなど、他の種族とは異なる希少性がある。地上の約2割を占めている種族である。
魔人族は、魔力を持っている人間族であり、魔法や魔術が使えるだけでなく、体力や精神力、寿命が人間族の何倍もある種族。しかし、200年前の『魔女狩り』によって大幅に魔人族の数は減ってしまい、今は地上の約1割しか居ない。
妖精族は、空気が澄んだ森や花畑にしか居ないとされており、穢れを浄化できる力があるどの種族に対しても友好的な種族。穢れが強すぎる所に行ってしまうとすぐに呪いをかけられたり、羽が汚れたりしてしまう。地上の約2割を占めている種族である。
竜族は、あくまで伝説上の種族とされている。地上での目撃情報もあるのだが、噂では空に浮かんでいる島に住んでいると言われており、まだ誰もその島を見た者は居ない謎に包まれた種族である。
この5つの種族が『五大種族』と言われている。天使族や悪魔族など他の種族も居るが、地上ではこの五大種族が主に暮らしているのだ。
「そんなに沢山の種族が暮らしているのね……。本で少し見たことがあるけど、本当だったんだ」
「天空には天使族と神様が暮らしているんだよね」
「えぇ、天使族はあまり体力はないのだけど、魔人族が使う魔法と異なる特別な魔法が使えるらしいわ。私は使えないけど……」
「そうなんだ……。神様ってやっぱりすごく強いの?」
「私はママが戦っているところは見たことないから、何とも言えないけど……。天使達をまとめているぐらいだから、きっと凄く強いと思う」
「いつか神様に会ってみたいなぁ。スカエルのお母さんでもあるからね」
「ピリムもママに会えるかな。天空に帰るにはこの羽をもっと大きくしないと……」
スカエルは自分の羽を見ながら、決意を大きくした。
「わたしも『空の地図』を作るためにがんばらないと!」
「『空の地図』?」
「まだ地上には全部の大陸が書いてある地図がないの。だから空を飛べれば大陸の形が分かるから、わたしは空を飛ぶために、空の地図を作るために旅に出たんだ!」
「空の地図かぁ……。なんだか凄く素敵!私もその地図、ピリムと一緒に作ってみたい!ピリムと一緒に空を飛んでみたい!」
スカエルは夢を大きくした。ピリムは嬉しそうに、
「うん!!一緒に空を飛ぼう!スカエルとわたしの夢が叶えられるように!」
と言った。掴んだ手はまだ小さかったが、いつかは大きくなるのだろうか。
ーブルムの町ー
ピリムが育った町。チェスラングル国の最大の町であり、歴史溢れる外観が特徴。教会や時計台が多く、特に大聖堂は世界的に見ても重要な場所。
この世界では偶像崇拝は禁じられており、神は姿が存在せず、『光で我々を照らしている。世界から光が消えたら、神に見放された』とされている。
そのため、神を信じるということは光を神聖視しているということだ。