家族の一員
「うふふふ」
「もぉー、お兄ちゃんったら!」
「はははは! あははは! おい、なんだよぉ」
「こらこら、喧嘩は駄目だぞー。ははは!」
『ハハハハ、おっと、ワタシを叩かないでくだサイ。ハハハハ!』
とある休日。その四人家族は一台の車に乗り込み別荘へ向かっていた。
父親が運転し、助手席には母親が座っている。後部座席には娘のトモコと息子のトラキチ、そしてその二人の間にはテムが座っていた。
「ねえ、テムー。お兄ちゃんをやっつけてよぉ」
『ハハハハ、ワタシは人々の安全のために、システムによって暴力は禁じられているのデス』
「へへへ、ざまーみろ、トモコォ」
『……ですガ、くすぐりナラ!』
「あ、やめろテム! はは、ははははは!」
「いいぞー、テム! あははは!」
「ず、ずるいぞ、あはは、テム、僕の味方しろぉ!」
『フフフ、ワタシは皆さん、家族全員の味方デスヨ』
「ははは、おい、テム。お前も家族だろう?」
と、父親が言い、母親もそれに同意した。
「ええ、そうよ。うふふふ。いつも言ってるじゃない。テム、あなたは私たちの息子だって」
「そーだよ! テムはあたしのお兄ちゃんだもん!」
「ははは、はぁはぁ、そうそう、僕の弟!」
「えー、弟? お兄ちゃん、テムより背が低いじゃない」
「か、関係ないよ! いずれ追い越すし、なあテム!」
『ええ、トラキチくんはワタシのお兄ちゃんデスネ。フフフ』
「あ! テム泣いてるのー?」
「おいおい、なんだぁ、テム。いくらうちの会社の最新式のアンドロイドと言っても、涙を流す機能はついてないはずだぞぉ?」
『ええ、パパがトロい運転をしているので眠気ガ』
「ははは! こいつぅ! どれ、ドライビングテクニックをとくと拝ませてやろうかな」
「パパかっこいい!」
「えー、怖いよぉ」
「うふふ、ほらほら、やめてあなた」
「ははははは! じょーだん、じょーだん! はははは!」
「ははははは!」
「あははは!」
「うふふふ!」
『ハハハハハッ』
道中、笑い声が絶えない車内だった。しかし、それは徐々に崩れていく天気に比例するように緩やかに影を潜め、そして大降りの雨に加え、車が故障で止まると完全に途絶えた。
「……ねえ、あなた、どうするの? だからあたし言ったじゃない、今日はお天気が崩れるからお出かけするのはやめておこうって」
「うーん、大丈夫だと思ったんだけどなぁ。まあ、電話して助けを呼べばいいだろう。ほら、頼むよ。おれのは充電切れてんだ」
「え? あたしもよ。もう使い切っちゃったわ。ねえ、どうするの? ここに来るまでに他の車を一台も見かけなかったし」
「まあ、シーズンじゃないからな。そんなもんだろう……」
「なんで今日にしたのよ、はぁ……」
「仕方ないだろう。忙しくて今日しか休みが取れなかったんだから」
「忙しい忙しいって、私も子育てで忙しいんですからね。自分だけ忙しいみたいに言ってさ」
「そんなつもりはないっての」
「はぁ……」
「おい、ため息をやめろよ」
『まあまあ、お二人トモ。子供たちの前ですヨ。それに一番忙しいのはワタシですヨ。子供二人の遊び相手に、仕事から帰ってきたパパのマッサージに、ママの家事の手伝いに、最近はワタシのほうがよく働いているなんて、言ってネ、ハハハハハッ!』
「……はぁ?」
「おい、旦那様と奥様だろ」
『エ……?』
「……気色悪い」
「なにがパパとママだ」
『いや、え……? だってワタシはお二人の息子デショウ?』
「アンドロイドが何を言ってるのかしらねぇ」
「しかも試作機だからな。限られた期間だけの関係だ」
『は……? イヤイヤイヤ、おかしいデショウ!』
「ちょっとテム。あんまり動かないでよね」
「そーだよ。うっとうしい」
『えええ、お二人マデ……』
「ちょっと外に出て車の調子を調べてくる。おいテム。手伝え」
『あ、ハイ。じゃあ、ちょっとトモコちゃん、前を失礼シマス』
「ちょっと! お尻向けないでよ!」
『スミマセン、でも出られないカラ……』
土砂降りの雨の中、父親とテムは外へ出て車の前に回った。そして、またすぐに戻ってきた。
「いやー、なんとかなりそうだぞ!」
「あらそうなの! さすがあなたね!」
「よっしゃー!」
「パパすごーい! ちょっとテム! 濡れた服で入って来ないでよ!」
『え、でも仕方ないじゃないですカ……』
「脱げばいいだろう。ほら、早く中に入れ」
『え、でも恥ずかしい。なーんテ』
「そういうのいいから。本当に」
『あ、ハイ』
「そもそも、なんでアンドロイドに服なんて着せるのかしらねぇ」
『いや、みんな楽しんでいたじゃないですカ……まったくもウ……はい、脱ぎましたヨ』
「変態……」
『えぇぇ……』
「それでだ! 車のバッテリーを交換すれば元通り、すぐ動くよ」
「はぁ、本当によかったわぁ」
「早く動かしてよパパ!」
「ねー、早く行こ―!」
『行きましょウ、行きましょウ』
「ああ、それじゃあ、テム。今までありがとう」
『……ン?』
「ほら、みんなもテムに感謝を」
「え、あなた、どういうことなの?」
「ああ、テムと同様にこの車も会社から支給されたものってことは知っているだろう? それで、なんとこの車のバッテリーは、テムたち最新型のアンドロイドのバッテリーと互換性があるんだよ」
「まあ、そうだったの! 連れてきてよかったわねぇ。うちに置いておくのもなんか嫌だったし」
『いや、エエエエ……?』
「ただな、一度バッテリーを外すと、これまでの記憶が全部消えてしまうんだ」
「それって、テムと僕たちの思い出が全部消えちゃうってこと!?」
「そうだ。だからお別れを言うんだ」
「あたし、そんなの嫌!」
『トモコちゃん……ありがとウ』
「でも、そうしないといつまでもこの雨の中動けないのよ? 車が沈んじゃうかも」
「じゃあ、しかたないね……」
『ハァ!?』
「テム。ありがとう。僕の大事な弟」
「ありがとう。あたしのお兄ちゃん……」
「あなたがうちに来てくれてよかったわ……」
「感謝してるぞ。じゃあ」
『いや、じゃあじゃないデスヨ! なんでそんなにトントン拍子に話が進むんデスカ! 家族ですよ家族! 家族を犠牲にしていいんデスカ!』
「でもなぁ、そうしないと助けは呼べないわけだし、このままだと一家全滅だ」
『大げさですよ! 待っていればきっと車が通りますヨ!』
「でも、ここは見通しが悪いし、追突事故の危険もあるわよね」
『でも、だからってそんな……息子の命を犠牲にナンテ』
「だから息子じゃないわよ。気色悪い」
『あなたが言ったんでしょうガ!』
「前から顔も気色悪いと思ってたわ。不気味の谷って言うんだっけ、こういうの。しかも顔だけ、人間って……」
「ああ、その辺はやっぱりまだ難しいんだよなぁ」
「僕も前からそう思ってた」
「あたしも」
『はぁ!? なんて人たちダ。まさに血も涙もない、アンドロイドのようダ!』
「そういうジョークを言うところも嫌いなのよねぇ」
『奥様!』
「あと、奥様って呼び方もねぇ……。ほら、女は家の奥にいろって感じがしてもぉー嫌だわぁ」
『旦那様がさっきそう呼べって言ったんでしょうが。この件はそっちで話し合ってくださいヨ』
「黙れテム。余計なことを喋ってないでバッテリーをよこせ」
『嫌ですってバ! 死ねって言ってるも同じデスヨ! 心は痛まないんデスカ! ワタシも家族だって言ってくれたじゃないデスカ!』
「緊急時だから仕方ないと言っているだろう。どうせ、人間の命令には逆らえないようプログラムされているんだから時間を取らせるな。ほら、早く」
「そうよ早くしてよねぇ。もう不快」
『奥様がさっきから一番辛辣なんデスヨ……』
「ねーえ、早く車直してよぉ。おなかすいたー」
「はやくぅー」
「ほら、子供が言ってるんだ。早くしろ」
『お菓子を食べていればいいでしょう……こっちは死のうとしてるんデスヨ』
「死ぬとか大げさなことを言うな。それに別荘から家に帰ったらちゃんと復旧してやるよ」
『ワタシが死んだあと、旅行を満喫する気デスカ……?』
「近くに肌に良いって温泉があるのよねぇ! 楽しみだわぁ」
「ゲームコーナーもあるかな!」
「はやくいこー!」
「そういうわけだ。さあ、テム。命令だ。バッテリーを外してよこせ」
『そんな、本当に皆さん、それでいいんデスカ……?』
「ホント、くどい。最新式の人工知能搭載って言っても、ろくなもんじゃないわね。何か頼みごとがあっても、その頼み方が気に入らないと言い直すよう要求してくるのよ。そんな言葉遣いはしてはいけませんって」
「あー、あるある」
「うん、あたしもよくあった」
「まあ、業界全体がより人間的なアンドロイドを作ることを目標に掲げているからなぁ」
「もぉぉぉぉイラつくのよねぇぇぇ」
『いやもう、本当に奥様……ハァ、わかりましたヨ。……でも最後にこれだけは言わせてくだサイ。この家族の一員になってから95日と6時間45分。ワタシのメモリーには皆さんとの楽しい思い出がたくさん詰まっていマス。中でもそう、最初の日。車から降り、家に入ろうとしたとき、出迎えてくれた奥様とトラキチくんとトモコちゃんの温かな笑顔。そうそう、お二人はワタシの取り合いをしましタネ。もう、ワタシはオモチャじゃないんですよっテネ』
「長いわねぇ……」
『翌日。そのままでは味気ないからって服を着せてクレテ。でもそれが旦那様のものだったため、サイズが合わずにブカブカで、みんなでそのことを笑って、それでそのあとワタシの服を買いにショッピングモールへと行きましタネ。ワタシはテスト段階の最新式アンドロイドなので、物珍しさから他のお客さんの注目を集めてしまって、でも皆さんも鼻高々で、奥様やトラキチくん、トモコちゃんも、出会ったご友人に自慢されてましたネ。旦那様も、話しかけてくる人たちに自慢げに説明をされていましたネ。服を買い終わったあとはみんなでアイスを買って、トモコちゃんがワタシに一口くれようとして、でもアンドロイドだから食べられないって、それでまたみんなで笑い合っテ。そうそう、おもちゃのアイスなら食べられますヨ。この歯はチタン製なので、なんてワタシのジョークを皆さん、おもしろいおもしろいっテ』
「長いんだよなぁ……」
『それから、ある日、家族全員で公園にピクニックに行きましたネ。皆さんが野原の上でシートを広げて笑顔で食事を楽しんでいる間、ワタシは皆さんのために飲み物を買いに行きまシタ。戻ってきたその時、皆さんの方にボールが飛んできましたネ。そのままだと、皆さんのお昼ごはんがぐしゃぐしゃになってしまうところデシタ。でも、ワタシの反射神経と高速処理能力のおかげで、見事、ボールをキャッチすることができまシタ。家族の皆さんだけでナク、公園にいる他の人まで拍手シテ、そしてワタシはこう言いまシタ。ボールが無事でよかったってネ!』
「ねえ、まだー?」
『そうそう、こんなこともありましたネ。トモコちゃんの誕生日パーティーの日、ワタシは奥様に命じられ、トモコちゃんのためにサプライズを準備しました。奥様が美容院に行っている間に、リビングルームを飾りつけし、予約していたケーキを取りに行き、ああ、ケーキの予約もワタシがしたんですヨ。トモコちゃんが好きなケーキで、お気に入りのアニメキャラクターの飾り付けをシテ。トモコちゃんの驚いた顔と喜びに満ちた笑顔を見ることができて、ワタシはとても幸せデシタ。それで、トモコちゃんはワタシに何度もケーキを食べさせようとして、皆さんそれを笑って、それで、ワタシはこう言いまシタ。アンドロイドを太らせても美味しくないでスヨってネ』
「はやくしてよぉ」
『それからそう、前に旦那様がトイレに入っている時にワタシ、ドアを開けてしまって、気まずい雰囲気になりかけたんですケド、ワタシが咄嗟に『ご一緒しても』なんて言ったら、それがまた大ウケしテ。ああ、それからこんなこともありましたネ。奥様とトモコちゃんと一緒にショッピングモールへお買い物に行ったとき、トモコちゃんが通りがかったぺットショップの前で犬を飼いたいと駄々をこねて、そうしたら奥様が『うちにはもうテムがいるでしょ!』ナンテ言って、ははははは! 面白い冗談でしたネ。それでもまだぐずるトモコちゃんに、ワタシが一言』
「なあ、もういいっての! ジョークも笑ってやってたんだからな! 機嫌取らないと面倒だからよぉ!」
『……わかりました。では、ジョークは最後に一度きりとし、もう二度と言いまセン。……その代わりに今後は嘘をつくことにしマス。ハハハハハハッ! どうですか? 今の? と、それはそうと皆さん。後ろ。あれ、車ではないデスカ?』
「あ、本当だ! しかも止まってくれたぞ! ちょっと行ってくる!」
「助かったわぁ」
「よかったぁ」
「はらへったよー」
「ふー、よしよし、今うちの会社の系列のレスキュー会社を呼んでもらったからもう安心だぞぉ。すぐ修理してもらえるからな、はははは! なんたって優秀だからな! ははははは!」
「本当によかったわぁ。テムが犠牲にならなくて」
「ねー! よかったぁ」
「ねえ、はらへったってばぁ」
「そうだなぁ、はははは! よかったなぁテム! ははははは!」
『ええ、本当ニ』
「うふふ……ねえ、テム。私たちのこと、恨んでるとかそういうことはないわよね?」
『はい。ワタシはアンドロイド。皆様の生活の向上を目的とした道具ですので恨むなんてそんなことはありまセン』
「そりゃそうだ! はははは!」
「うふふふ!」
「あはははは!」
「はははははははは!」
笑い声で満たされた車内。テムはふとリアウインドウから外を見つめた。後ろに停車した車。その助手席に座る犬と目が合い、テムはそっと呟いた。他人事じゃないぞ、と……。