かの人が疎まれる理由
実際居たら便利だけど困るよね
幼い時から時間が空くと入り浸っていたたくさんの書物がある資料室にかの人はいた。
「なんで、父上は貴方を忌み嫌っているんでしょうか……?」
その人が作成したばかりの歴史書に目を通しながらその内容の素晴らしさに目を輝かせつつ尋ねると。
「それは、私の特殊能力が原因でしょうね」
「特殊能力……?」
何でこの人の特殊能力が……だって、この人の特殊能力は……。
「――人は知られたくないことを知る人を煙たがるものなんですよ」
と口元に指を持っていき、眼鏡越しにシルバーグレイの瞳で困ったように微笑んでいた。
その理由を実感するのはそれから数年後――。
「ルーティア・エルスマン!! お前との婚約を破棄する!!」
父上の聖誕祭で兄である王太子が、いきなりそんなことを言い出した。
「リチャードさま………」
婚約者のクララが心配そうに見上げている。
「大丈夫だよ」
そっと微笑んでクララの肩に手を回す。回しつつ、
「――クロノを呼んでくれ」
と傍に控えていた従者にそっと命じる。従者は目礼だけして、そっとその場を離れる。
「――いったいどういうことでしょうか?」
兄に呼ばれたルーティア嬢がドレスを持ち上げてゆっくりと歩み寄る。
「お前は、自分が王太子の婚約者であると言うことでの傍若無人のふるまい。もう勘弁ならん」
「傍若無人? はて、何のことでしょう」
扇を口元に持っていき、堂々と尋ねる様に流石ルーティア嬢だと感心してしまう。
「惚けるなっ!! お前は、スミレに対してありとあらゆる悪事をなしただろう!!」
スミレ……? 誰だろうかと考えていると兄の傍にやけにけばけばしいドレスに身を包んだ少女が居るのに気づいた。
「マルクさま。怖かったです!!」
とスミレと呼ばれた少女が抱き付いていく。どうでもいいが、紫色の髪の毛に青い目の少女なのだが、兄のオレンジ色の髪に合わせたドレスは些か合わない気がした。
「大丈夫。俺が守ってあげるから」
気障な言葉を話しているが父上が他国の使者が居る場所で恥をさらしているのにプルプルと震えているので、そろそろ追い出されるだろう。
「どうやら、我が国の王子は体調が悪いようだ」
宰相――ルーティア嬢の父君が部下に指示して兄とスミレ嬢をさっさと会場から追い出す。父と母が怒りを押し隠して外交をしているのを見つつ、クララとともに会場を後にする。
会場を出る時一瞬だけ父と目が合ったのでどうやら父の許しは出たようだ。
………父からすればこの方法をするのが一番手っ取り早いが頼りたくないのだろうと言うのは理解できた。
「お呼びと聞きましたが、殿下」
「クロノ。お前の特殊能力を使ってもらいたい」
お前が嫌なのは知っているが、これは命令だと告げると、兄とスミレ嬢を連れた兵たちと合流する。
「リチャード!! 兄に向かって何をする!!」
「離してください。私が何をしたのですか……」
喚いている兄と泣きまねをするスミレ嬢。
「殿下。当事者であるルーティア嬢もお呼びしました」
気を利かせた側近の言葉に頷いて、
「さて、兄上。スミレ嬢がどのような嫌がらせを受けたか事細かく教えてください」
「事細かくだと!! このメギツネが取り巻きを使って学園の池にスミレを突き飛ばしたのを見たのだぞ」
「では、その場所に向かいましょう」
と学園長に連絡して特別に入れてもらう。
で、件の池に辿り着くと、
「クロノ」
クロノの名を呼ぶ。クロノは一礼したと思ったら池にそっと触れる。
すると半透明な人々が次々と巻き戻るように現れて消えていく。
「――ここですね」
半透明な人物が兄とスミレ嬢だと判断すると動きがゆっくりになる。
半透明のスミレ嬢は周りを見渡して自分から池に飛び込んでいく。そして、それを半透明な兄が気づいて助け出す。
「クロノの特殊能力はその場所に向かえば過去の光景を再現できるというもので、それによって今までの間違っていた歴史書がどれだけ修正できたことか」
彼の偉業無くては成しえなかっただろうと告げると、
「さて、次の場所はどこですか?」
と二人に向かって微笑んで尋ねた。
ことごとく、彼女の自作自演。そして、スミレ嬢を妻にしたい兄のくだらない企みだと言うのが証明されたのは言うまでもなかった。
そして、王太子は兄ではなく僕になったと言うことも。
かつて彼によって歴史上で尊敬していた先祖の偉業が実は側近の手柄を横取りしたものだと知らされた僕は彼の能力であっさり解決したことを知りつつも疎まれている理由もはっきりわかってしまい苦笑するしかなかった。
ちなみに後日兄に婚約破棄されたルーティア嬢がクロノに求婚して結婚する事になるのだが、そんな事はまだ知らない。
ちなみに第二王子リチャードはクロノの能力は疎んでいない