完璧な淑女と称される王太子妃は芋ジャージを着て農作業をする。 ギャップ萌え〜の効果で妖精王が釣れました。妻を放置していた王太子は失ってから初めて彼女の価値に気づき地団駄を踏む・短編
フンメル国には完璧な淑女と称される 王太子妃がいた。
金色の艶のある長く美しい髪、白磁のようにきめ細かな肌、エメラルドのように輝く瞳、聡明でしとやかな彼女は、完璧な淑女と称され、フンメル国の宝石と称されていた。
しかしそんな彼女にも人知れぬ悩みがあった。
「今日もバナード様のお渡りがなかったわ。私はそんなに魅力がないのかしら?」
アデリンダがエーレンベルク公爵家から嫁入りして一年。
彼女の夫である王太子バナードは、新婚初夜に寝室を訪れず浮気相手の元に通っていた。
それから一年、王太子は一度も寝室を訪れたことはない。
アデリンダは王太子が放り出した政務を代わりにこなし、美しく輝ける期間を仕事に費やす日々を送っていた。
「バナード様は今日も彼女のところにいるのかしら?」
アデリンダが彼女と呼ぶのは、ミラ・シェンク男爵令嬢のこと。
ミラは王太子と学生時代からの仲で、彼は新婚初夜もミラの元に通っていた。
バナードは「結婚して一年経過しても王太子妃が懐妊しなければ、アデリンダ王太子妃は妻の勤めを果たしてないと言える! よって役立たずの正妃を補佐するためにミラ・シェンク男爵令嬢を愛人として迎え入れる!」と公言していた。
「王太子の夜のお渡りがなくては、懐妊のしようがないわ。
そう思わなくてブラザ?」
ブラザはアデリンダに幼い頃から公爵家に仕える侍女だ。
王家への輿入れの際、公爵家から連れてきたのだ。
アデリンダはブラザをとても信頼していた。
彼女にとってブラザは姉のような存在で、ブラザにとってのアデリンダは仕えるべき主であり、可愛い妹のような存在だった。
「アデリンダ様にあのようなポンコツ男はふさわしくありませんわ」
「そんなことを言ってはだめよブラザ。
不敬罪で捕まるわよ」
アデリンダは侍女に注意した。彼女の身を案じてのことだ。
「捕まっても構いません。
アデリンダ様は、幼い頃から容姿端麗、淑女としてのマナーもパーフェクト、学園を主席で卒業され、王太子妃教育も歴代最高の成績で納められた、完璧な淑女と称されております。
そのアデリンダ様を妻として娶りながら一年間も放置しているなんて、あの男が王太子でなかったら殴っているところです!」
「落ち着いてブラザ。
それだけ私に女としての魅力がないということよ。
彼女……ミラ様はきっと殿方を虜にする魅力に溢れているのね」
学生時代の二人が、学園の中庭で仲睦まじく腕を組んで歩いていた姿を思い出し、アデリンダは深く息を吐いた。
「私にもミラ様の半分でも愛嬌があれば……」
アデリンダの長年の淑女教育で培われた感情を読み取れない優雅な微笑みは、バナードの心を掴むことはできなかった。
彼の心を掴んだのは子供のように無邪気に笑うミラだった。
「私もミラ様のように無邪気に笑えたら……」
アデリンダは手鏡を覗き込み、そこに映る無邪気さとはかけ離れた、社交的なほほ笑みを浮かべる自分の顔に辟易していた。
幼い頃から王太子の婚約者として厳しい淑女教育を受けてきたアデリンダには、もう幼子のように無垢に笑うことはできなかったのだ。
「あれは愛嬌とか無邪気とかそんな可愛いものではありませんわ!
例えるなら蝶の鱗粉、蜘蛛の巣、雀蜂の針です!
男を篭絡し、確実に仕留めるための罠や毒です!
あんな軽薄な笑顔にころっと騙される王太子の気がしれません!」
「それでも彼女は殿方に一途に愛されている……羨ましいわ」
アデリンダは美しい眉をハの字に下げた。
「おいたわしやアデリンダ様。
あんな安っぽい女に王太子がのめり込んだばかりに、こんなご苦労を……。
はっ、安っぽい!
わたくし、アデリンダ様に足りないものがわかりました!」
ブラザは何かに気づいたようで、瞳をキラリと光らせた。
「私に足りないもの?」
アデリンダは小首をかしげる。
「アデリンダ様に足りないといいますか、持ちすぎているといいますか」
「どういうことなの?」
「アデリンダ様は高貴すぎるのです! 種付けするとき牝馬があまりにも高貴すぎると、種馬が臆してしまい、興奮しないことがあるそうです」
「た、種馬……!?」
侍女の口から出てきた「種馬」という言葉にアデリンダは動揺を隠せない。
アデリンダは王太子妃として閨教育を受けたが、まだ生娘のままだ。
なので彼女はこういう話には免疫がないのだ。
「フフフッ、動揺なさってるアデリンダ様は、あどけない少女のように可愛らしいですわ」
「もう、ブラザったらからかわないで」
ブラザにからかわれ、アデリンダは少しだけ頬を赤らめた。
「そ、それでその種馬はどうしたの?」
それでもやはりブラザの話に興味があるようで、アデリンダがおずおずと尋ねた。
「種馬がた……興奮するように、牝馬の体に泥を塗るのです。
そうすると牝馬の高貴さが薄れ、種馬はたちどころに興奮するそうです」
「牝馬の体に泥を塗ったの……?
本当にそんな方法でうまくいったの?」
「はい、アデリンダ様」
「そうなのね、体に泥を……。
でも私はもう十九歳、幼子のように泥んこ遊びをする年ではありませんわ」
再びアデリンダの表情が曇る。
「体に泥をつける方法などいくらでもあります。
例えば芋掘りなどいかがでしょうか?」
「芋掘り?
農民のまねごとをしろというの?」
「この国の民の九割は農民です。
王太子妃が率先して民の苦労を味わうことは決して悪いことではありませんわ。
むしろアデリンダ様の好感度が上がるかと」
「で、でも王太子妃が農作業をしたという前例はないでしょう?」
「ございます」
「えっ? ありますの?」
アデリンダの目が驚きに見開かれる。
「アデリンダ様は、十代前の王太子妃様、のちの王妃様が破天荒であったことはご存知ですよね?」
「ええ、確か地図にも載らない遠い異国から嫁がれた方で、彼女の行いは初め周囲に受け入れられなかった。
でも彼女のもたらした不思議な道具の数々が民の暮らしを楽にし、周囲は次第に彼女の能力を認めていった……」
「洗濯板、ポンプ式の井戸、石けん、算用数字の導入、彼女がもたらした功績の中で有名なところはこの辺りですね」
それは今、この国にはなくてはならないものになっている。
「十代前の王妃様は、よく異国の服を着て民に混じり農作業をしていたそうなんです」
「その話本当なの?」
「ええ、異国の服で農作業をする少女のお姿が当時の王太子のお心にぶっ刺さり、彼女は王太子妃になられ、数年後に王妃になられた。
どうですか?
アデリンダ様も異国の衣服に身を包み農作業をしてみたくなったのではありませんか?」
「そ、そうね。
で、でもこれはあくまでも十代前の王妃様に習い、民の暮らしを知り、彼らの辛さを身を以て体験しようと思っただけのこと。
け、決して殿方を興奮させようとかそんなつもりは……」
アデリンダが頬を赤らめ、言い訳を並べる。
「存じております。アデリンダ様」
そんな主を侍女は生暖かい目で見守っていた。
☆☆☆☆☆
―そんなこんなで芋掘り当日―
「ブラザ……こ、このような衣服を、本当に十代前の王妃様はお召しになられていたのですか?」
アデリンダはえんじ色の、柔らかく伸縮性の高い長袖と長ズボンをまとっていた。
乗馬以外でズボンを履くことがないアデリンダは、いま着ている衣服に戸惑いを覚えていた。
「ええ、文献のとおりに再現いたしました。
なんでも王妃様の故郷で若者がよく着ている服で『芋じゃーじー』と言うそうですよ」
「芋じゃーじー?」
「さつま芋の皮のような色だから芋じゃーじーと呼ぶそうです。
じゃーじーとは王妃様の故郷で、作業着や体操服を指す言葉だとか」
「この服のデザイナーはなぜ、さつま芋の皮の色を選択したのかしら?」
「それはわかりかねますが、他にも芋虫色や内出血したときの肌の色などのじゃーじーもあったそうです」
「王妃様の故郷の方は、個性的な色の衣服を好んで身に着けていたのね」
(さつま芋に、芋虫に、内出血したときの肌の色の衣服を好んで身につけていた王妃様の故郷の人々はどんな感性をしていたのかしら?)とアデリンダは、文献にすら詳しくは記されていない十代前の王妃の故郷に思いをはせていた。
「それにしても……今日は随分参加者が多いのですね。
しかも由緒ある家の殿方ばかり」
アデリンダが芋ジャージを着て芋掘りをすることは、あっという間に国中……いや国境を超え他国にも広がり、種族を超え精霊や妖精の世界にも伝わった。
今日の参加者はフンメル国の宰相の息子に、騎士団長と魔術師団長の息子、隣国の皇太子。
異種族の代表として、精霊王に、妖精王、竜神族の王子が参加していた。
「皆様が、農作業にこれほど関心がおありだとは存じませんでした」
アデリンダは、高貴な方々が農業に興味を持ってくれたことを嬉しく思っていた。
農業の辛さを体験し、それを政治に活かせれば、住みよい国に繋がる……彼女はそう考えていたのだ。
「ブラザ、バナード様はまだいらっしゃらないのですか?」
「王太子殿下は急用が入ったようで遅れていらっしゃるそうです。
なので先に始めているようにと、陛下から言付かっております」
「わかったわ。
高位の貴族令息や隣国の皇太子殿下や異種族の王族の方までいらっしゃっているのですもの。
彼らをお待たせするのは失礼よね。
先に始めましょう」
そんなわけで、バナードにいつもと違う姿を見せて興味を持ってもらう為に催された芋掘り体験は、主要人物であるはずのバナード抜きで行われた。
「見てブラザ、こんなにたくさんお芋が取れたわ」
ドレスから芋ジャージに着替え、太陽の下で汗を流し、泥だらけになりながら芋を掘るアデリンダの姿に、芋掘り体験に参加した男性陣は息を呑んだ。
アデリンダが芋ジャージをまとったことで、彼女のスレンダーだが出るところが出ている体型が一目瞭然。
額の汗を泥のついた手で拭う彼女の姿は、健康的であり、かつそんな仕草にも長年王太子妃教育で培われた気品が漂っていて、見るものの心を鷲掴みにした。
普段は凛とした佇まいで、優雅な笑みを浮かべ、難しい政治の話をするアデリンダ。
しかし今日の彼女は、健康的に汗を流し、屈託のないほほ笑みをたたえ、大きな芋が取れたと侍女と一緒にはしゃいでいる。
男たちはそんな彼女のギャップに魅了されていた。
こうしてブラザの「王太子妃に泥をつけ高貴さを損ね、モテモテにするぞ! 芋掘り大作戦」は大成功に終わった。
☆☆☆☆☆
―数日後―
「えっ?
白い結婚により結婚自体が白紙になったのですか?」
「はい、アデリンダ様。
本日を以て、アデリンダ様と王太子バナード様が結婚し一年が経過いたしました。
一年間、バナード様はアデリンダ様の寝室にお渡りにならなかった。
私や他の侍女や近衛兵が証人です。
陛下はアデリンダ様と王太子の結婚をなかったことにし、アデリンダ様への精神的な苦痛に対する慰謝料を保証し、結婚を白紙撤回した後のアデリンダ様の自由を約束してくださいました」
「えっ? 待って話についていけないわ。
私とバナード様の結婚は政略的なものよ。
バナード様がいくら浮気者だからと言っても、簡単に離婚できるものではないわ」
「離婚ではなく、結婚の白紙撤回です。
アデリンダ様を傷物になどいたしません」
ブラザは結婚した事実自体がなくなることを強く主張した。
「でもバナード様は陛下のたった一人のご子息。
他に跡継ぎになられる方もいらっしゃらないから、筆頭公爵家の私がバナード様に嫁ぎ、当家が彼の後ろ盾になり、彼に足りないところは私が補うことになっていたのではなくて?」
「あの王太子は足りないところだらけでしたので、九割以上はアデリンダ様が補っておられましたけどね」
ブラザが苦々しげに呟く。
「それがつい最近、お世継ぎが見つかったのです!
陛下の兄上であられたデアーグ殿下のご子息で、名はエドワード様!
御年十三歳!」
「デアーグ殿下は確か先の大戦で亡くなられたはず」
「はい、デアーグ殿下は二十年前の戦争で戦死したと思われていました。
エドワード様の話ではデアーグ殿下は二年前まで生きておられ、辺境の国で暮らしていたそうです。
殿下は戦争で深い傷を負い、その時の傷が元で記憶を失い、名前以外は覚えていなかったとか」
「デアーグ殿下は、自分が王族であることも忘れていたのね。
お気の毒に。
だから戦争が終わっても帰国されなかったのね」
「デアーグ殿下は、記憶が戻ることなく、辺境の国でお亡くなりに」
「まぁそんなことが。
でもどうして今頃になって、その方がデアーグ殿下とそのご子息の所在が明らかになったの?」
「たまたま外務大臣が辺境の国を訪れた際、エドワード様をお見かけし、あまりにも若い頃のデアーグ殿下にそっくりだったので、彼の素性を調べ魔力鑑定を行ったそうです」
魔力鑑定とは、その者の持つ魔力を調べることで、血筋を明らかにするものである。
本人が亡くなっていても体の一部が保存してあれば、鑑定は可能。
「デアーグ殿下が出陣される前に残されていった髪や爪と照合した結果、ほぼ十割に近い確率でデアーグ殿下とエドワード様は親子であると判明したのです。
念のために陛下や王太子の魔力と、エドワード様の魔力も鑑定いたしました。
その結果、エドワード様は陛下のかなり近しい親族であることが判明いたしました」
「まぁ、ということは……?」
「はい、無理にポンコツ王太子……バナード殿下をお世継ぎにしておく必要がなくなりました。
それはつまり、アデリンダ様が人生を犠牲にし、能無しを支え、時間をドブに捨てなくても良くなったということです!」
ブラザは嬉しさのあまり歯に衣を着せられなくなっていた。
「王太子は凡庸な顔立ちに無能な中身を合わせ持つ穀潰しでしたが、エドワード様はハンサムで賢くて向上心が高く勉強熱心な方だとか。
王太子とは正反対ですね!
エドワード様は一年間王太子になるための教育を施されたそうです。
さらに、この度陛下の養子に入られたので、彼が跡継ぎになる準備万端です!
ああ、何故もっと早くエドワード様を発見できなかったのでしょう!
エドワード様がもっと早くに見つかっていれば、アデリンダ様がゲスな王太子の為に、無駄に時間を費やすことはなかったのに!」
ブラザは口惜しそうに呟いた。
アデリンダは当時唯一の跡取りだと思われていたバナードを支えるため、九歳の頃から厳しい王太子妃教育に耐えてきた。
王太子は無能なポンコツだが、無能なりに考えある結論に達した。
「自分がいくら努力してもアデリンダには敵わない」と、彼は早々に悟ったのだ。
バナードは「仕事は優秀な婚約者がすればいい」と開き直り、王太子教育をサボっては狩りや乗馬に興じた。
そして年頃になった王太子は、学園で可憐な男爵令嬢に出会い夢中になった。
馬鹿でもアホでも女好きでも、バナードはこの国の唯一の跡取り。
彼を廃太子にすることはできない。
せめて次の世継ぎとして生まれて来る子が少しでも優秀になるようにと、結婚相手には美しく聡明なアデリンダが選ばれた。
エーレンベルク公爵は、国の為に泣く泣く愛娘をアホな王太子に嫁がせた。
しかし二人の結婚式の翌日に、亡き王兄の忘れ形見が見つかった。
しかも彼は現王太子より、百倍見目麗しく、一万倍優秀だという。
「なんでもっと早くエドワード様を見つけられなかったんだ! せめてあと一日早ければ……!」とエーレンベルク公爵家の者は揃って嘆いたという。
結婚前ならいくらでも取り返しがついた。
しかし愛娘はすでに王太子の毒牙にかかっている。エーレンベルク公爵は絶望した。
だがここで現王太子が初夜をすっぽかし、男爵令嬢の元に通うという予想外の事態が発生したことが発覚。
その知らせを聞いたエーレンベルク公爵は歓喜したという。
エーレンベルク公爵は、アデリンダの清らかな体を一年間ケダモノ王太子から守り抜き、白い結婚による結婚の白紙撤回を思いついたのだ。
エーレンベルク公爵家の後ろ盾がなくなったバナードなど紙くず同然。
彼を追い落とし、優秀なエドワードを王太子にすることは容易い。
エーレンベルク公爵はすぐに国王にかけあった。
国王は最初は渋っていたが、亡き兄への負い目もあり、エドワードを自分の養子に迎え、彼を世継ぎにすることを承諾した。
国王はアデリンダをエドワードの婚約者にと提案したが、「年が違いすぎます! 女性が六歳年上なのは辛い!」と国王の提案を突っぱねた。
エーレンベルク公爵はこれ以上、娘を王家の犠牲にしたくはなかったのだ。
しかたなく国王は、優秀なアデリンダを手放すことに同意した。
国王は、エドワードと同年代の貴族令嬢の中から賢い者を選び、彼の婚約者にすることを決めた。
そして一年かけてエドワードに王太子の教育を施し、アデリンダとバナードの結婚が白紙撤回されたあと、バナードを廃太子し、エドワードを新しい王太子として発表する段取りをつけていた。
「アデリンダ様、やりましたね!
これであのバカ王太子の子供を産まなくてすみますよ!
美しく聡明なアデリンダ様があほんだらのケダモノ王太子に触れられるところを想像しただけでも、わたくしは腸は煮えくり返り、全身にじんましんが出て、鳥肌が立って、とにかくもう大変だったのですから!」
ブラザはバナードの事を毛虫のごとく嫌っていた。
エーレンベルク公爵は、アデリンダの身にもしものことがないように、アデリンダとブラザには内密に、アデリンダに護衛をつけていた。
公爵がアデリンダとブラザに計画を秘密にしたのは、アデリンダの結婚が白紙撤回される前に、二人の言動からバナードがエドワードの存在にたどりつくことを防ぐためだった。
エドワードの存在を知ったバナードが自暴自棄になり、予定外の行動をとったら困るので、二人には一年後に結婚を白紙にすることも、バナードを廃太子することも、エドワードの存在も伏せていたのだ。
「そうだったのね。
ごめんなさいねブラザ」
「いえ、アデリンダ様が謝られることではございません。
それより喜んでください。
アデリンダ様は今日から晴れて自由の身ですよ」
「自由……」
そう言われてもアデリンダにはピンと来なかった。
「どうかなさいましたかアデリンダ様?
もしや王太子のことを慕って……」
「それはないわ」
アデリンダは秒で否定した。
「あの方への恋心は持ったことは一度もないの。
ただあの方は長年私の婚約者で、一年間は私の夫だったの。
それは紛れもない事実よ。
私は幼い頃から国のためにあの方を支え、あの方の子を生み、良き母として賢き王妃として、我が子を育て、息子を賢王にすることが義務だと思っていました。
その目標が急に無くなったので、どうしたら良いのかわからないのです……。
それに結婚が白紙になったと言っても、私は傷物同然。
実家に帰ったらお父様のご迷惑になります」
「そんなことはありませんよ。
旦那様もお嬢様が帰って来るのを心待ちにしております。
それに、エーレンベルク公爵家にアデリンダ様宛に沢山の釣書が届いているのですよ」
「えっ? 私宛に釣書?」
「この間の農業体験覚えておいでですか?」
「ええ、芋じゃーじーを着て芋掘りをしたわね」
「その時、参加した殿方全員から釣書が届いているのです」
「ええっ全員から?
精霊王や妖精王や龍神族の王子もいらしていたけど、その方たちからも釣書が届いているというの?」
「はい。
皆様、高価なドレスを身にまといキリッとした表情でテキパキと仕事をこなす普段のアデリンダ様と、芋じゃーじーに身を包み額に汗して泥だらけで芋を掘り屈託のない笑顔を見せるあの日のアデリンダ様、そのギャップにやられたそうです」
「ギャップに?」
「はい、『王太子妃に泥をつけ高貴さを損ね、モテモテにするぞ! 芋掘り大作戦』は大成功でした!」
「待って、そんな作戦名だったの?
それにあのときブラザはエドワード様の存在も、一年後に結婚が白紙になることも知らなかったのでしょう?
私はあのときまだ王太子妃だったのよ?
それなのにあんな作戦を立てたの?」
「人の力の及ばない精霊王や妖精王や竜神族の王族を捕まえれば、人間のしきたりなどどうにでもできるかと!」
「そんな無茶苦茶な……」
アデリンダは自身のこめかみを押さえ深く息を吐いた。
「わたくしはあのポンコツ能無し王太子からアデリンダ様をお救いしたかったのです!
陛下や旦那様はエドワード様の存在をご存知でしたので、あの芋掘り大会を許可し、当日王太子が来れないように彼に急用を押し付けていたようですが」
何も知らされずに、誰かの手のひらの上で踊らされていたのだとわかり、アデリンダは少しだけ腹が立った。
しかしあの農業体験は、周りの自分への気遣いだったのだとアデリンダは思い直した。
「釣書に詩や熱烈なラブレターが添えられていた物もあるんですよ!
自信をお持ちくださいアデリンダ様!
アデリンダ様は大変美しく聡明で魅力的です!
アデリンダ様が幼い頃にアホ王太子と婚約していなかったら、国中の貴族から釣書が送られて来てましたよ!」
「そう……なのかしら?」
アデリンダは自分がモテると言われても、ピンと来なかった。
「今すぐお相手を決める必要はございません。
芋掘りお見合いの第二弾や第三段も企画しております!
芋掘りを通じて相手の人となりを見極め、相性の良いお方と婚約いたしましょう!」
ブラザはアデリンダに釣り合う素敵な殿方を選び、彼女の伴侶にすることに燃えていた。
城で一年間、苦楽をともにしたアデリンダとブラザは戦友のようなものだった。
のちにフンメル国では、顔合わせの際にお茶会ではなく芋掘りが行われることとなる。
さらにその風習は国境を超え、他国にも広がっていき、アデリンダは芋掘りお見合いの先駆者となる。
「次は芋虫色のじゃーじーも良いかもしれませんね」
「またじゃーじーを着るのね。
じゃーじーのデザインはともかく、農業体験は楽しかったから、また芋掘りができて嬉しいわ」
芋掘りが気に入ったアデリンダが、植物に詳しい妖精王と結婚し、数々の品種改良を行い、数年後に訪れる気候変動による世界の食糧難を救うことになるのだが、それはまた別のお話。
余談だが、バナードはアデリンダとの結婚が白紙になったあと、廃太子され王位継承権を剥奪され、生涯幽閉の身となった。
見張りの兵士から、アデリンダが見目麗しく明哲な妖精王と結婚したと聞かされたバナードは、
「あの女は俺のものだ! ずっと俺のものだったんだ!」
と床に這いつくばってむせび泣きながら拳を床に叩きつけたり、地団駄を踏んだり、テーブルを蹴飛ばして落ちた食器の破片を踏んでのたうち廻ったりしながら、たいそう悔しがったという。
ついでにミラの実家シェンク男爵家は、バナードが廃太子されたあと、貴族から爪弾きにされ没落した。
一人娘のミラの行方は不明だ。
――終わり――
読んで下さりありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】で評価してもらえると嬉しいです。執筆の励みになります。
小説家になろうのガイドライン「異世界転生・転移キーワードの設定判断基準」に
「(異世界転生・転移キーワード)設定不要」
「主人公が異世界転生・転移していると扱わない例
主人公は「異世界」で生まれ育った人物で、ライバル等のサブキャラクターが「現実世界」から転生・転移してきた人物である場合
主人公以外のキャラクターが転生・転移を行っている場合、キーワード設定は不要です。」
とあるので、この作品に「異世界転生・転移キーワード」を付けておりません。
また、十代前の王妃は「遠い異国の地から嫁いできた」としか記しておらず、「異世界人」と明記していないので、「異世界転生・転移キーワード」はつけておりません。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
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