ぶっとび!コミックガールズ
未熟な話です.
投稿した上で,今後少しづつ手を加えて形にしていきます.
いつもと何も変わらないということは尊いことだ.平日の慌ただしさと退屈なニュース番組はまさに日常の象徴だ.テーブルには,朝食が用意されていた.コーヒーの香りは好きだけど焼きすぎで固くなったトーストは頂けない.もっとも,幼い頃から母の出す料理に文句をつけたことがないので,母は私のことをよく焼いたパンが好きな娘なのだと思っているだろう.そろそろ登校しなくては学校に遅刻してしまう.
「蛍,今日の晩ご飯何がいい?」
「・・・お魚の何か」
「はいよ,気をつけて行ってきなさい.お弁当忘れないようにね.」
「・・・行ってきます」
いつものやりとりを交わす.母とは仲がいいからか,朝にしては腹から声が出たと思う.学校までは,歩いて通っているが,その20分間がすごく好きだ.街を歩くといろんな人がいる.様々な顔,服装,表情,仕草,佇まいなど,それをつぶさに観察するのが楽しみだし,私の脳内が洗浄される感覚がある.そう言って,妄想するだけを楽しみにしている訳でもない.脳内の情報を絵という形で出力することが好きなのだ.ちょうどPCとオペレーターとプリンタの三位一体が私という訳だ.
私が継続してきた数少ないことに,絵画教室というものがある.6歳から今まで水泳,ピアノ,学習塾と渡り歩かされてきたが,10年経った今でも続いているものはこれしかに無い.いや,続いていたもの,と表現した方が正確だ.なぜと言って,昨日その絵画教室も辞めたからである.ところで,絵画教室だけ続いてきたのには理由がある.絵は,人と会話しなくても自分の意思を伝えられる数少ない手法の一つだからだ.言葉や文字,身振り手振りだとしても,本音の周りに装飾を凝らしてしまい,核心が見えにくくなる.経験上,絵はどんなに本音を隠そうとしても,それを見るものに見抜かれてしまう.少なくとも,母も玲子先生もそれができる.それなら,私にこれほどうってつけなものは無い.
県立鍵山高等学校と書かれた冷たそうな門を抜ける.この門を境に人間の密集度が急増する現象はいまだに慣れない.下駄箱を抜けると,少しほっとする.後は,この学校での最大の楽しみは,本を読むことになる.前述の通り,絵を描くしか能のない私に対して,美術部に所属していないかと疑問を持った向きもあるだろう.答えは否である.私は引っ込み思案のために,集団行動が苦手である.ここまで,私の脳内を読者諸兄に開陳しているのだから,その点はお察し頂きたい.
「槙島ちゃん,おはー」
廊下の向こうからやってきた彼女は,私にそう言った.
(え?え?私のこと?確かに槙島とは私の名字だが・・・.)
挨拶されたからには,返さなくてはいけないが,口と舌が張り付いてうまく発音できなかった.
それでも,「おはようございます.野々宮さん」と言えた.
「あーしん名前知ってるの?」
「え?あ・・・も,もちろんです」
野々宮六花,この学校において彼女のことを知らない者なんているだろうか?170cmを超える長身に,やや暗めな肌との対比でよく映えた金髪を腰まで伸ばしている.いわゆる,ギャルってやつで,この学校,少なくとも二年生の中では中心的な人物だ.
確かに私は人と接することはできないが,人間観察が趣味なので同学年の中で圧倒的存在感を放つ彼女のこともよく見ている.もちろんそれは,自分とは相入れない真逆の存在として注意しているという意味である.お分かり頂けたであろう,つまり私は学校のカリスマに目をつけられてしまったということである,さよなら,私の平穏の日々.
野々宮六花は,目を輝かせた.「ね,ね,今日の放課後空いてる?屋上に来てくれる?」
「なになに〜?告白かよ〜」
「大胆だな!」
いつの間にか,周りに人垣ができていたのだ.
(まずいまずい!人混みはまずい!注目の渦中にいるだけで苦痛なんだ!)
野々宮六花から屋上に来いと言われたのも驚いたが,彼女のカリスマも大概である.
「てゆうか,槙島さんって落ち着いた声だね」
「喋ってるとこ初めて見た」
(止めてくれ.対人環境における私を評価しないでくれ.)
「ニャハハ!違うから!これは大事な話だよ」
「えー,何ー?」
「教えてよ,六花ー」
「だめー秘密ー」
「ケチ!」
たちまち場が朗らかな笑い声に包まれる.
こういう場に慣れてない.ここに居たくない.
「そういうことだから,槙島ちゃん」
野々宮六花はうなずく.
「今日の放課後,屋上来てね!待ってるから!」
そう言い残して,野々宮六花,他一同は姿を消してしまった.
「えぇ・・・」
放課後になった.全然,授業に集中できなかった.
授業後,屋上に向かうが,このあと人と関わらないといけないかと思うと非常に足が重かった.5分で辿り着ける距離だが,たっぷり15分かけて行った.
覗くようにドアを開ける.
「おっそかったねー」
「うわぁ!」
「うわって!驚きすぎー!」
改めて彼女を見ると,なんと恵まれた容姿だろう
さらりとした髪は,腰ぐらいまであり丁寧にブリーチされた金髪だった.168cmと長身な彼女の足はすらりと長く,華奢と中背の中間の体格をしている.そこにちんまりとした頭が乗っているのだから,これをモデル体型としないなら,一体何が,ということだ.
改めて,自分の小柄な体型と比較すると,陰鬱としてくる.
「来てくれてありがとう.
実はあーしね,槙島ちゃんの絵を見たことあるんだ」
「え,わ,私の絵?」
「うん,家の中で先生みたいな人と大きな絵を描いていたのを偶然」
大きく胸が脈打つのを感じた.
不意に感情を揺さぶられたためか,込み上げてくるものを抑えられなかった.
「玲・・・子先生・・・」
「槙島ちゃん!?どうしたの?」
もう止まらなかった.
私は,とめどなく溢れる涙を止めることはできなかった.
その間,ずっと野々宮六花は背中をさすってくれた.
「落ち着いた?」
「はい,すみません.みっともなくて・・・」
「ううん,あーしも知らないうちにデリケートなこと・・・ごめんね!」
「いいえ,それでお話というのは・・・」
「え?あ・・・うん,それで槙島ちゃんの絵を見て,あーし衝撃を受けたんだ.いい絵だなって!」
「いい絵・・・」
自分の絵は,決して他者に対してメッセージを放っている訳ではない.ただ,自分の今の考えをありのまま投影しているに過ぎない.それを,褒めてくれる人間など,今まで一人しかいなかった.
「槙島ちゃん,これ見て」
野々宮六花から,彼女のスマホを手渡された.
そこには,女子高生の日常をゆるく描く4コマ漫画『JKダイアリー』が映っていた.
「『JKダイアリー』ですか.私も好きですよ」
「え?槙島ちゃん知ってるの?」
「もちろんです.作者のsix_headさんのこと大好きで,この方の前の作品も・・・」
「それ,あーしが描いたんだ」
「『ローレライ戦記』っていうんですけど,ハイファンタジーで骨太なストーリーををゆるふわな絵で描いてて,これも・・・」
「知ってる知ってる!あーしが描いたんだから」赤面して野々宮六花は叫んだ.
「えっ!?野々宮さんがsix_headさんなんですか?」
「おっそいよ!そう言ってるじゃん」
「す,すごい憧れのクリエイターが目の前に・・・」
私の反応に,野々宮六花は照れながらも嬉しそうだった.
意外だ.学校一のギャルが漫画を描いていたとは・・・.
「ま,まぁ.槙島ちゃんが知ってるなら話が早くて助かるね.」
「何の話ですか?」
「あーしとマンガ描かない?」
「え?」
「槙島ちゃんが絵で,あーしがストーリー.どうよ?」
「ええ!?」
「ニャハハ!驚いてばっかかよ!やろうよ,ね?」
「だって,野々宮さんは自分で絵が描けるじゃないですか!?なんで,私なんかと?」
「槙島ちゃんは,あーしの絵をゆるふわって言ってくれたけど,やっぱりシリアスな話にはそれなりにリアルな絵が必要だよね.あーし,そこんとこにちょっと苦手でさ」
「でも・・・」
「それに!
槙島ちゃん,自信なさ過ぎ!あーし,槙島ちゃんの絵を見てビリビリってきたんだよ?」
「ビリビリ?でも,あの絵と漫画は別じゃ・・・」
「大丈夫っしょ!
槙島ちゃん,あれだよね?
Lulu様っしょ?いっつもイラスト見てっから大丈夫!」
ここからの記憶はあまりない.
読者に少し説明すると,私は野々宮六花同様イラスト投稿サイトにLuluの名で絵を載せているのだ.恥ずかしい!あんなにも欲望まみれなイラストを私が描いたのだと,野々宮六花に看破されてしまった.
「あ・・・あの,どうして私がLuluだと・・・」
「ニャハハ!あの日の絵と似てるかなーって.確証なかったけど,槙島ちゃんのリアクション的にそうなんだーって」
ハメられた.冷静に,Luluって誰ですか?的な反応できてたら誤魔化せてたというのか!
何と単純な,しかし今の私にはそんな技術は無い.図星突かれて平然とはできない!
「あーしもね,Lulu様の大ファンなんだ・・・.
だから,見たときに電撃っつーか.ビリビリが走ったんだよ.」
さっきと同じだ.自分の醜い部分まで認めてもらえたような,この心の充足感は何だろう?
どうして,こんなにも温かい気持ちになるんだろう?
「槙島ちゃん,無理言ってごめんね!
あーし,Lulu様・・・槙島ちゃんの絵好きだよ?
そんな,槙島ちゃんにあーしのマンガ好きって言われて嬉しかったんだ.
だから,あーしだけ舞い上がってたねー,恥ずっ」
「あの・・・野々宮さん!
やりたいです!やらせてください!
野々宮さんとやらせてください!」
「ニャハハ!声でかっ!
しかも,人に聞かれたら誤解されちゃうね,こりゃ」
「ご,ごめんなさい!つい!」
「いいて,いいて.それより,よろしくね!蛍ちゃん!」
「よろしくお願いします!野々宮さん!」
「そこは,六花って呼んでよー!」
「は,はい!六花さん!」
翌日.
学校の昼食の時間が賑やかになった.
普段は,教室の隅ででホットドッグをかじる生活をしているのだが,今日は初めて学食にきた.
当然ながら,六花によって強引に連れてこられたからだ.
「蛍ちゃん,これ読んで」そうして一冊の大学ノートをテーブルに広げた.
ノートには,文字がびっしり書かれていた.字も決して上手くはなかったが判読出来ないレベルではなかった.丹念に読み進める.内容は女騎士ローレライの冒険を描いたもので,なかなかシリアスなシーンもあった.
「これは『ローレライ』?」
「そう,これをあーし達の合作第一弾とするの.あーし一人じゃ,形にできないからさ.」
「あのゆるふわさが良かったのに!」
「ありがと.でも,あーしが『ローレライ』に求めるのは癒しではなく,運命と戦う一人の女騎士なんだよ」
「六花さん・・・」
「重いかな?」
「つ,謹んでお受けいたします!」
「堅っ.ニャハハ,ありがとう」
気のせいか六花は涙ぐんでいるようにも思えた.
「今日の放課後空いてる?ファミレスで打ち合わせしよ」
「はい!」
放課後,私と野々宮六花は,学校近くのファミレスに来ていた.
「あ,そーだ.今日の打ち合わせ,編集さん来るから紹介するよ」
「編集さん?」
(え?え?二人じゃなかったの?どうしよう知らない人だ.
あれ?待って担当さん?もう担当さんついてるの?)
「あ,編集さんのこと?
ほら,あーしマンガ投稿してるじゃない?だから,出版社の編集者から声かけられてさ.」
(六花さん・・・すごい.私なんか,そんなの全然無いのに・・・.)
「蛍ちゃん,早くー」
ファミレスの窓際にその人物はいた.髪の毛はよく整えられており,髭まで生やしており独特の野性味を醸していた.
(どうしよう怖い!)
「どうも,初めまして.雄英社編集部の相田悠司と申します.」見た目のとっつきにくさに反して物腰が柔らかかった.
「蛍ちゃん,どした?」
「ま,ま,槙島蛍です.よろしくお願いいたします!!」
「声でかっ.ニャハハ,この娘が前に言ってた蛍ちゃん.面白いでしょ?」
「よろしくね」ニッコリされた.この二人の対人スキルは高すぎて,自分が場違い感に拍車がかかる.
「とりま,新しくやろ」席に座りつつ,切り出す六花.
「あれ?『ローレライ』にしないの?」と驚く相田.
「するする!蛍っちの描くローレライやばたんだし.だから,ありし日のーみたいなやつ!」
野々宮六花は,本編上の主要な二つのエピソードの間の時系列に位置するエピソードを作っていた.昼休みに見せてもらったのが,それだったのだ.
(うーん,それにしてもこの野々宮六花という人間は,見た目,話し言葉共にギャルそのものなのだが.文章を書かせると,端的に要領よく説明してくれているので複雑な状況でも分かりやすい.)
顔合わせ程度で,編集の相田氏は帰っていった.
私が絵を担当するに当たって,まずはキャラクターデザインや世界観のイメージボードをジャンジャン作ることにした.ローレライは孤高の女騎士であり冒険者.つまり,ジャンヌ・ダルクのようなイメージなのかな?
朝も夜も寝る間を惜しんでアイデアを出し続けた.
「蛍ちゃん・・・」
「六花さん,おはようございます」
「おはようじゃないよ,そんなボロボロになって」
「おかしかったですか!?」
「そうじゃなくて.確かに納期きついけど,そんなに無理しちゃ・・・」
「楽しいんです.」
「え?」
「原体験の輝きを取り戻しているというか,とにかくうれしかったんです」
野々宮六花に必要とされたのだから.
「楽しいのはわかったけど,あーしも手伝うから」と微笑んだ.
三日後,ボロボロになった私と野々宮六花は,ネームを仕上げていた.
蛍が,キャラクターや世界観の設定を煮詰めていく段階で,六花自身も物語の疑問点が浮上する形となり,結局ネーム改稿したり,設定を新規で盛り込んだり,修正したりと大忙しだった.
「できたね,蛍っち」
「原稿作業ありますけどね」
「やだやだ!まだ夢の中にいたい!」
「六花ちゃんのおかげで,私いっぱい信じられない経験してます」
「えへへ!マクドナルドで打ち上げしよ」
「はい!」
このあと,二人が食べながら爆睡したのは言うまでもない.
原稿作業は,作業省力化のためデジタルで行う.しかしこの時,蛍は珍しくごねたのだった.
「絶対つけペンがいいです!キャラクターだけでも」
「蛍っち,デジタルがわかんないだけじゃないの?」
「そ,それは・・・これから・・・」
「蛍っち,デジタルはただ楽をしたい訳じゃないよ.限られた時間の中でよりいいものを作るやり方の一つだよ」
「いいもの・・・作りたいです」
「うんうん,あーしも!で,あーしはデジタルしかできない.蛍っちはアナログしかできない.なら,二つの手法を混ぜちゃえばいいんだよ」
「そんなことできるんですか!?」
「できるよーエヘヘ!まず,蛍っちがキャラをアナログで描くよね.その原稿をスキャンしてパソに取り込む.んで,そっからあーしのお仕事って訳」
「て,テクノロジーを感じます」
「ちなみにキャラと背景も別々にスキャンしてパソで合成すれば,楽でいいでしょ?」
「確かに・・・ストレスが減ります・・・」
「とりま,そんな感じで」
「はい!」
数日後.
「蛍っち生きてる?」
「だ,大丈夫です.」
「進捗ね.スキャン分で仕上げまで終わってるのが2枚.仕上げ途中が2枚.スキャンしただけが6枚かな」
「私の方は,ペン入れしているのが目の前の1枚で,下書き済が残り34枚です.」
「ちなみに,表紙イラスト1枚あるからね」
「ひっ・・・」
「これを,あと1週間で仕上げて編集部に投稿か・・・きっちーね」
「で,でも,なんとかこのまま頑張ればいけますよ!」
私は,六花の期待に応えたくて,から元気を言った.
正直,間に合うとは思わない.だが,そう考えるのも嫌で手を動かすことしか考えられなかった.
目が覚めると朝だった.
「朝だ・・・寝ちゃった・・・」
「おはよう,蛍っち」
「六花ちゃん・・・じゃなくて原稿が!」
ここで,事の重大さに思い至る.
「私・・・寝ちゃって・・・」
「あ,いいのいいの少し休んでもらおうと思ったんだ」
「原稿はこっちで進めてるから大丈夫」
液晶タブレットに向かっている見慣れない女性が座っていた.
うちの高校の制服を着てる.
透き通るように白い肌で,右目をやや覆うような分け目のショートヘアである.
「どちら様ですか!?」
「三雲亜季」
「はい?」
「三雲亜季」
「あーうん,この娘の名前.三雲亜季ちゃんっていうんだー,だから亜季っぺって呼んであげて」
「よろしく」と三雲亜季は無表情に言う.
「よ,よろしくお願いします,あきっぺさん」
「さんはいらない」
「亜季さん」
「ん」納得したようにうなずいた.
ここで初めて,タブレットの画面を見ると,精密なビル群が描かれていた.
「すごい・・・」
「亜季っぺはね,背景職人なの.人物は興味無いっペーけど」
「静物にこそ色気がある」
「名言ウケる」
思わず見入ってしまうほど,美しい背景.それも恐ろしい速度で,下書きもアタリ程度なのに.
亜季も集中してるのか,視線が気にならないのか黙々と進める.
「てなわけで,蛍っちの休憩中に亜季っぺとあーしが背景もりもり作っといたよ!」
原稿も折り返し地点に差し掛かっていた.
「お二人とも,ありがとうございます」
「おう,気にすんな」
「蛍っち,泣くのは完成してからにしよー.ね,アメちゃんあげる」
「うぅ,ありがとうございますぅ」
二人とも顔を見合わせて,不思議な顔をしていた.
今までの人生で,こんなことはあり得なかった.自然と涙がこぼれてしまった.
それから締め切りまでの6日間フルに使って原稿を完成させた.
六花が,ギガファイル便と電子メールを使って相田悠司に送信した.
3人は顔を見合わせた.
「みんな,完成おめでとー!」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「意外とやれるもんだ」
「打ち上げいく人ー」
「行く」
「行きます!」
3人は原稿が完成させたあと,寝ることもなくファミレスに向かった.
ファミレスで寝てしまったことは言うまでもない.
相田から打ち合わせがしたいと連絡があった.
私と六花は,前回と同じファミレスに入った.
「おう,来たか」
店員に案内された窓際の席に,相田はいた.
「結果は,10位だった」
前置きも何もなく,相田は単刀直入に切り出した.
やった!私は,思わず喜びを声に出そうとした.
「えーっ!10位!?パッとしないー」
「パッとするよ!
私は,六花ちゃんのおかげでスタートラインに立たせてもらえたから」
「蛍っち・・・」
「お前ら!パッとしない?スタートライン?冗談じゃないぜ!これは大躍進なんだ.全く,最近の子は・・・」
私は,六花と顔を合わせて笑った.
「だが,全く反省点がない訳じゃない」
二人に緊張感が走る.
「今回の結果を受けて,オレは絵と物語が満足に融合していないと分析している」
「融合ですか?」
「あーしと蛍っちは最強コンビだよ?」
「君らの親和性が,必ずしも作品には反映されないって話さ.講評を見てほしい.絵や話単体を評価してくれてるが,結果の点数は低めだろ?つまり,絵と話がチグハグなんだ」
「じゃ,どーすりゃいいの?」
「作りまくるっきゃない」
「そんな・・・」
「いや,テキトーこいてる訳じゃないさ.
六花の持ち味と蛍の持ち味が噛み合うように,何回も作るんだ」
「簡単な話じゃん」
「言うのは簡単,いいか六花.
お前の原作は,動きに乏しいんだ.漫画映えしないような水面下のやりとりが多すぎる.今までの日常ものなら,それも魅力だが,ストーリーものじゃ絵になんなきゃダメだ.」
「ガーン!」うなだれる六花.
「んで蛍,お前は,人物描写が浅すぎる.六花の原作では,ローレライは悩み多き人として描かれてる.塾考を重ねて,その結論なら文句はねーが,自分が楽するために,勝手に解釈したならグチグチ言うからな.どーだ?」
「私にはローレライの心情は捉え切れませんでした.」
「確かに,漫画のローレライ,なんか,あーしっぽかったよね?」
「参考にしました・・・」
「まぁ,今のは今後の課題だが,一方で魅力でもある.六花は,細やかな人物造形と情緒.蛍は簡潔な描写と躍動感が武器だ.忘れんな,チグハグなだけだ寄り添えばいい,だが相手に合わせ過ぎんなよ」
「むずかし〜」
「ところで,26日に編集部主催の表彰会がある君ら二人には出席してもらう」
「え,え,え,私,人の多いところ,苦手です」
「ニャハハ!キョドってる!でも,あーしとか亜季っぺの前だとフツーに喋れんじゃん」
「二人はいい人です」
「話の腰折らない.君らは入賞だから壇上に上がるだけだよ.喋ったりはしない.」
「蛍っちもそろそろキョド癖治さないとだよ.自分以外の人から得られるものは多いよ」
六花は,そういうと目も眩むような笑顔を見せた.
「うん,六花ちゃんのいう通りだね」
「よし,本日の打ち合わせはこれにて終了」
相田はそういうと一万円置いて店を後にした.
「食い過ぎんなよ」とも言い残した.
二人だけのプチ打ち上げが始まるものと期待した.
「ごめん,あーしも帰るね」
「六花ちゃん,どうしたの?」
「うん,あーし.ちょっと打ち上げる気分じゃねーっつーか.ま,大丈夫だから,ね.」
「待っ・・・」
そう言うと,スタスタと言ってしまった.
私は,一人で打ち上げなどしたくない.六花と居たいだけなのだから.でも,その六花が一人になりたいと言うなら,それに従おう.ジュースもう一杯飲んだら出ようかな.
帰り道すっかり暗くなっていた.いつの間にか曇っている,一雨来ないといいが.
携帯から着信音.六花からだった.
「蛍っち?あーし」
「六花ちゃん,どうしたの?」
「今から会える?薗頭公園んとこのベンチ」
「うん,すぐ行くね」
なんだろう,この胸騒ぎは・・・.
公園に着くと奥の方にベンチに腰掛ける人影を認めた.
その人物は,パーカのフードに顔を包み,そこから,目深にかぶったキャップのツバが見えているだけなので,断定できないが,居住いから六花だと直感した.
「六花ちゃん」と声をかけるも反応がない.
目の当たりに手を振る.
「あぁ,ごめんごめん」とイヤホンを外した.
なんだか分からないが刺々しさ全開だ.
私は今からものすごい罵詈雑言を浴びせかけるのだろうか?
「蛍っち」
「は,はい」
「ローレライ10位だったね」
「はい・・・」
「蛍っちと相田さんの言うことも分かるんよ.確かに,無名から順位付きになったもんね.
でも,ごめん.ゴーマンって思うかもだけど,あーしにとってあの物語はすごく大切なものだったから・・・」
六花は,肩を震わせた.
「もちろん自分を否定された訳じゃない.そうじゃない・・・んだけど,一位以外は許されなかったんだ・・・」頬を光が一筋伝っていた.
「六花ちゃん!ローレライを描ききれなかった私がダメなんだ」
私は,六花を抱きしめた.
ようやく気づいた.なんて無神経なことを言ってしまったんだろう,つくづく自分が嫌になる.野々宮六花は,漫画家を夢見て自分の意志で切り開いてきた.その恩恵を享受する自分とは,見ている景色が違うのだ.作品への思入れも本気だからこそだ.
「うぅ・・・蛍っちは悪くないよ〜」
「六花ちゃん,私今まで人が怖くて関われなかったから,六花ちゃんが誘ってくれたとき嬉しかったんだ.その想いだけでここまで来たんだ.六花ちゃんの気持ちにまで辿り着けなかった.」
「ううん,あーしも自分の物語を形にしてくれる誰かを探してたところから始まってる.お互いを利用し合ってたのは,仕方ないことだよ」
「でも,もう違う.」
「蛍っち?」
「私,自分の意思で描くよ.ローレライも六花ちゃんの作る物語ならなんでも」
その時,雲の切れ間から光が差し込んだ.泣きはらした顔をした六花を照らしている.
六花が取り乱した,そのおかげか冷静になれた.今なら言える.
「六花ちゃん,私と漫画描いてくれない?」
その瞬間,六花はさらに顔をくしゃくしゃにした.
「うん!うん!あーし,蛍っちと描きたい!」
六花は,私を抱きしめて,まだ泣いていた.
私もいつの間にか泣いてしまった.
だが,ようやく宙ぶらりんになっていた気持ちが収まるところにたどり着いたような心地よさがあった.
来たる26日編集部主催の表彰式,私と六花は堂々とその場に臨めていた.
今は,10位という順位を受け入れられている.
私たちなら,この『ローレライ』という作品をもっと描けるだろう.そんな自信にも確信があった.表彰式後,相田に頼み込んで打ち合わせの席を設けてもらった.場所は,雄英社近くのファミレスだった.
「君らねぇ,熱心なの結構だけど今日ぐらい・・・」
私が,ネームの入った茶封筒を差し出した.
「相田さん,見てください」
私と六花が,前回の打ち合わせ後再結成した後からコツコツ作り上げた読切だった.
相田は,すぐに神妙な顔つきになった.
「読ませてもらうよ」
ゆったりとした時間が流れた.
長いような短いような時間だった.
それは実際には10分程度のことなのだが,1時間に感じられた.
「さて,言いたいことは一杯あるが・・・」ネームを読み終え,コーヒーを一口すすった.
「面白い・・・前回とは比べようもない」
「やったね!蛍っち!」
「ですね!六花ちゃん」
「ちょい待ち,君らこの一ヶ月に何があったの?おじさんに教えてくれない?」
「なんもないよ〜」
「何もありません」
「は?」
「ただ,お互いの気持ちを話し合ったんです.私の気持ち,六花ちゃんの気持ち,それを出し合った後は,六花ちゃんのことがもっと分かるようになったんです.」
「にゃはは!恥ずいから無いって言ったのに〜」
「ああ,まさにそうなんだ
今回挙げてくれたのは,学園ラブコメものだよな.だが,人物の情緒を細やかな描写しつつ,それを動きをふんだんに使って簡潔に明解に描いているな.正直言って,君ら二人の最適解だ」
「今回は,一位取れるでしょうか?」
「かもな.あれ?どうした六花.連載連載言わないのか?」
「うん,今はいいかな」
「どうした六花?あんなにこだわっていたじゃ無いか」
「あの時は,成果を出さなきゃって焦ってたんだ.今は,焦らずいろんな経験してもいいかなって.だからまずは,足塚賞を取りたい.」
「そうか,高校卒業したら連載会議回してやるぜ」
「そのことだけど,私たち大学まで卒業しようかなって」
「え?」
「連載は,卒業したあとでもいいですか?」
「蛍っちとのコンビ力も上げたいしね」
「かー!あと6年近く待つんかい!」
「相田さんには悪いけど」
「ごめんなさい」
「いいさ,俺は待ってるぜ.君ら二人が,成長して世間に殴り込みしてくれんのを.だが,その間も打ち合わせはするからな.学業優先だが,ネームは作り続けろよ!」
私と六花は,すっかり夜になった街を家に向かって歩いている.このまま,二人で進んでいけば,辿り着けるような気がする.
「六花ちゃん」
「なーに,蛍っち?」
「このまま,前へ進みましょうね」
「蛍っち,歩いて帰る気?無理だよどんだけ遠いと思ってんの?」
「違います!そうじゃなくって」
「はいはい,駅こっちだよー」
「六花ちゃん!」
完