奴隷の少女
昼も終わり、帰るために身支度をして、斧やハンマーはシルフにベルトを使って括り付ける。
外に出るとリッグもついて、外に出る。
「気をつけろよ。くれぐれも寄り道するなよ」
リッグは今までより一段と優しい顔でシンヤ達を見送る。
「リッグさん、ありがとう。時間がある日にまた来ます」
薬屋に向かって足を進める。何事も無く薬を買い、シルフが下げている鞄に丁寧に入れる。そして、門に向かって歩く。裏通りなのか人があまりいない。
「おいっ! ちゃんとしろ!」
男の大きな声が響き、その方向を見ると人が一人入れる程度の小さな隙間から、頭から獣の様な耳がはえた小さな女の子が何かを拾っているように見える。
シンヤはシルフを連れ、小さな隙間を通る。
「ほらっ! ちゃんと持ってついてこい!」
シンヤと同じ程の背の男が、自分の半分程の獣人の少女に重そうな奴隷首輪をつけ、鎖で繋いで引っ張っていた。
少女はやつれていて、服装はボロ布で作った服のようで、髪は茶髪で手入れは何もしてないように見える。足や腕が殆ど晒され、所々に打撲痕や擦り傷、切傷などがたくさんあり、そんな体で自分程の剣と盾を拾い運ぶ。
「おい…」
シンヤは心配そうな声を出し、それに気付いた少女と目を合わせる。少女の目は髪と同じ茶色だが、その目は光を反射していないように…いや、顔全体が無表情だ。
「なんだお前」
男がシンヤを睨みつける。
「俺はシンヤ」
お互いに目を離さず、口だけを動かす。
「何の用だ」
男は威圧のある声でシンヤに要件を聞く。
「俺が名乗ったんだから、お前も名乗れよ」
シンヤは冷静に考え言葉を出す。
「俺は、ルードだ」
ルードは清潔感のある鎧を身につけ、茶髪の髪は短く切りそろえてある。
「何をしているんだ? その子は?」
「今、仕事の帰りでね。俺の奴隷だよ」
ルードはシンヤの服装と肩に下げた弓を見てニヤつく。
「お前、それ弓か? そんな弱い武器、しかも服装も小汚いな。お前、田舎から来たのか? まぁ、用がないなら、行かせてもらうよ」
笑いながら、少女を繋いだ鎖を引っ張る。少女は体制を崩し、シンヤの手から離れていく。
少女がくらくらと歩いていると、ルードは強く引っ張り、少女は倒れて剣を落とす。
「お前! 何度、落とすんだ!」
ルードは右腕を振り上げ体を起こした少女の顔を叩く。少女は地面に強く激突する。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
少女は泣きもせず喚きもせず、体を守るように丸まりただ謝る。
「ちゃんと動け!」
ルードは右腕を振り上げ再び叩こうとする。
──が、シンヤが腕を掴み、止める。
「やめてやれ。もう、いいだろ」
ルードはシンヤを睨みけ、腕を振り払う。
「黙れ! この、下民が!」
ルードは左拳で殴ろうとするが頭に向かってくるルードの拳をシンヤは躱す。
「来い!」
ルードは鎖を思いっきり引っ張り、少女から盾を取り上げ、振り回す。
シンヤは後ろに引く。
「おい! 剣をよこせ!」
少女は剣を急いで取って、ルードに渡す。ルードは受け取ると同時に盾を少女に投げる。
「かかってこいよ! お前をここで殺してやる!」
シンヤは無言で肩に下げた弓を構え、腰の矢筒に手をかける。
「殺し合いはしたくないのだが」
ルードは剣を構え、向かってくる。
「…チっ」
舌打ちをして弓を構え、矢を足に向かって放つ。
「うがっ、クソが!」
矢はルードの右足に刺さり、ルードの足を止める。
「こっちに来い!」
少女を繋いでいる鎖を引っ張り、盾を取り上げ、剣と盾の完全武装になる。
「これで俺の本気だ。かかってこい!」
シンヤに向かってくるルードに矢を放つが盾で何度も守られる。
「どうだ! そんな武器じゃ太刀打ちできないだろ!」
シンヤは矢を放ち、ルードが縦を構えたと同時に矢を足元に放つ。矢はルードの右足に刺さり、ルードの足がまた止まる。
「このクソ野郎!」
シンヤは様々な所に次々と矢を放つが、ルードはひとつも当たることは無く、距離を着実に詰めていた。
シンヤは弓を地面に置き、走ってルードに近づき、右腕を振りかぶり、咄嗟に構えた盾に当たりそうなところで左腕を下から振り上げて、ルードを殴る。ルードのガードが緩くなった間を見て、連続で殴りを入れて、最後に蹴りを入れる。
「どうだ!」
ルードは仰向けに地面に倒れ、シンヤを睨む。
「俺には神の加護がある!」
「まだやるのか?」
ルードが向かって来て剣で切り付けてくる。それを後方に躱し、殴りを入れる。
「『シールドブラッシュ』」
拳が当たる前にシンヤの体は後方へ勢いよく飛ばされ、大きな音を立て、民家の壁にぶつかる。シンヤの周りには砂埃が舞い上がり、シンヤの吐血する音だけが響く。
「ブハッ、まだ体は治りきってないんだな…シルフ、女の子を頼む」
シンヤは腹を抱え、立ち上がり、腰にあるナイフを手に取る。
「シンヤとか言ったか? 形勢逆転だな」
ルードは誇らしげな顔で話す。
「あぁ、そうかもな…」
口から血を垂らし、苦しそうに応答し、ぐらつく足で立ち上がる。ナイフを構えルードに走って攻撃を躱し、腰にある鎧の隙間に差し込み、押し込む。
「ヴッ、クソッ、離せ!」
シンヤは背中を叩かれてもナイフを奥へと差し込み続ける。
「このっ!」
シンヤは腹を蹴られ、ふらついた所に剣で切られる。少し後ろに引いたが、躱し切れず。刃が左目を縦に切る。
シンヤの見る世界の半分は赤く染っていき、酷い呻き声をあげながら地面へ倒れる。
「馬鹿め!」
シンヤが倒れたと同時にシルフが少女の鎖を噛み砕き、少女を背中に無理やり乗せる。
「クソ犬待て!」
「オラッ! シンヤ!」
ルードの意識がシルフに向いている時、背後からリッグが両手ハンマーでルードの腹を叩き飛ばし、シンヤを馬に乗せて走る。
「シンヤ! 生きてるか! 意識をしっかりもて! 痛いだろうが、ここを押さえるぞ!」
リッグは布でシンヤの目を押さえ、シルフの後を追う。