村への脅威
矢がシカに命中する。弓を下ろすと、草陰の中で何かが動いた。
「シルフ!」
シンヤが名を呼ぶとほぼ同時にシルフが走って草陰の中へ入っていく。草陰からシカの唸り声がし、しばらくすると草陰からシカをくわえたシルフが出てきた。
もう日が落ち始め、帰ろうとした時、唸り声の様なものが微かに聞こえた。気のせいだと思い、シルフと共に帰路に着いた。
今日は珍しく昼前に狩りが終わった。シンヤはシルフと共に二匹の大きなシカを運び、家横の小さな倉庫にシカを吊るして家に入る。
「ただいま~」
「おかえり、今日は早かったな」
狩の日はいつも干し肉などを昼に食べ、夕方まで狩りをする。そのため、チャークは早く帰ってきたシンヤに少し驚いていた。
「たまたまだよ。最近のシカは冬眠に備えて肥えてるから、少し狩るだけで保存用も充分手に入るから助かるよ」
何気ない会話をしながら昼食の席につく。しばらくしたら前に母さんの料理が並べられる。
「このイノシシの肉についてるタレうまいな!」
チャークはいつものようにナイフとフォークをすすめ、シンヤはゆっくりとスープや肉に手をつけ味わっていた。
昼食を終え、椅子に座ってのんびりとハチミツティーを嗜んでいた。
少しほど時間が経った頃、玄関のドアが大きな音を立て開く。ギルグッド家の視線は開いたドアに注がれた。息を切らし、焦った表情のマリカがそこに立っていた。
「お願い、助けて!」
マリカは玄関で懇願する。
そのマリカにヘリーが近づいて、
「まず、落ち着いて、そしたら何があったか教えてくれる?」
マリカは大きく息をしてから、
「今、村で魔獣がでて、お父さんとお母さんが…」
「わかった。もう大丈夫だ」
そう言ってチャークは、装備を部屋に急いで取りに行き、テーブルに広げ素早く準備をする。
マリカはホットしたのか前へぐらつき、倒れそうになる。それを見たシンヤは肩を支え、地面に座らせる。
「マリカ、大丈夫か?」
「ありがとう。シンヤさん」
「シンヤ、俺と母さんは行ってくる」
「父さん、俺も行く」
「ここに居ろ」
「なんで!」
「ダメとは言っていない。マリカのことを任せると言ってるんだ」
「わかった…父さん、気をつけて。母さんも…」
チャークは深く頷き、ヘリーと共に玄関から出て、走り出す。
「シンヤさん、行って大丈夫です」
「俺はここに居るよ。マリカが心配だ」
マリカを椅子に座らせ、水の入ったコップを前にだす。
「遠いとこから、ここまで大変だったな。しっかり休めよ」
シンヤは準備をしながら、マリカに寄り添う。
「ありがとう」
そう言ってわかりやすい作り笑いをする。
「無理はするな」
マリカはその言葉を聞いて、少量の涙を流す。
しばらくして、マリカが立ち上がる。
「もう大丈夫。村に行くなら、私も連れてって」
「危険だから、ここに居て」
「お願い」
そう言って、シンヤの服を掴む。シンヤは悩み、マリカの手を握る。
「マリカ、俺から離れるなよ。シルフ行くぞ!」
シルフにマリカを乗せてシンヤは走り、森に入っていく。
長く、薄暗い森の道も必死に走り、前に明るい光か差し込み始める。森を抜けるとすぐに村が見えてくるが、活気がなかった。
村の中央にある広場から、とてつもなく大きい唸り声が聞こえてくる。広場に向かって急ぐ。
広場には傷を負って、倒れ込むティンダル家の二人がいて、その前には、立ち上がると3メートル程あるクマの魔獣とギルグッド家の二人が闘っていた。
闘うと言っても、魔獣が一方的に攻撃し、その攻撃を二人が躱しているだけだった。
「マリカ、ジンおじさん達をお願い。シルフも連れて行って」
「はい」
その言葉に従い、マリカとシルフはティンダル家の二人を安全な場所へ移動させる。
シンヤは、弓に矢をつがえて二足立ちで大腕を振り回す魔獣を狙い、矢を放つ。
矢は魔獣の左目を潰し、魔獣は前足を地面につける。
「父さん!」
「シンヤありがとう!」
チャークは言って剣を構え魔獣に向かう。
「オラァッ!」
振りかぶった剣は魔獣の脚を切裂くが、致命的な傷にはならなかった。
魔獣はチャークを睨みつけ、唸り声を上げながら鋭い爪で切りつける。チャークは咄嗟に剣で受け止めるが、魔獣の怪力に耐えられず、後方に大きく飛ばされる。
「父さん!」
チャークは地面に勢いよく転がり、動かなくなった。
「クソっ!」
シンヤは矢を次々と放つ。矢は魔獣の体中に刺さるが、魔獣の動きは今までと変わらなかった。
魔獣は右目でシンヤを睨み、シンヤに近付き、二足立ちになろうと手足を動かす。
「シンヤ逃げて!
『鉄をも穿つ力を矢に宿したまえ──ピアシングアロー』」
シンヤは魔獣から離れ伏せ、魔獣を見ていた。
ヘリーが放った矢は、緑の強い光を纏いながら魔獣の胸を穿いた。