マリカと異言葉
この日はティンダル家を家に呼んで一緒に夕飯を食べた。
「今日も大量ですねチャーク」
「だろ!」
「父さん酔ってるでしょ?ジンおじさん、三匹中二匹は俺が仕留めたんだよ」
「シンヤが仕留めたのかい? やっぱりギルグッド家の血筋は狩りが上手いですね」
その日はいつものようにワイワイ騒ぎながら楽しく会食をした。マリカはシンヤと目が合うとそっぽを向いた。そして、またシンヤの事をチラチラと見る。
昔の二人は呼び捨てで呼び合い、よく遊んで仲良かったが、歳を重ねるごとに二人の間に距離ができてしまった。シンヤはその距離は自分が原因かもしれないと、いつも思っていた。
(何か悪い事をしてしまったか?)
そんな日を過ごすうちに数年が過ぎ、シンヤが十五歳で成人をむかえる記念の会食でシンヤはチャークから大樹の古木から作った弓を貰った。
焼き入れられている木材が綺麗な湾曲を描き、しなりが良く、張ってある弓弦は普段の弓以上に張られ、かなり重い。
(これからの狩りがいいものになりそうだ。)
シンヤの心の小さな興奮は顔に出ていた。
その後チャーク、ジンはたくさん酒を飲み、酔い潰れる。シンヤも付き合わされて潰れていなかったが酔いは回っていた。
夜も遅く、ティンダル家はギルグッド家に泊まることとなった。寝る部屋はいつも通りポピーとヘンリー、シンヤとマリカ、酔い潰れているチャーク達は会食の席に放置だった。
シンヤは水浴びをしに浴室に入った。水浴びといっても魔導具で水をお湯にして浴びるものだった。だが、シンヤには魔力がほぼほぼ無かった。その為、いつもヘンリーが事前に魔道具に魔力を注いでいる。
シンヤが水浴びを終え浴室から出て寝室へ向かおうとするとヘンリー達がシンヤをリビングに引き止める。
「マリカに手を出さないように、手を出すなら優しくしてね」
シンヤに笑いかける。
(もちろんはおかしいよな?)
少し考え、
「なに冗談言ってるんだよ。何もしないよ。おやすみ」
少し笑いながら返答し、寝室へと向かう階段を上る…
部屋の前に着いたのだが、さっき程ヘンリー達から変なことを言われたせいで、部屋に入るのを躊躇った。扉の前で音をこっそりと聴く…
細い小さな寝息のようなものが聴こえる…
(俺、変態みたいだな)
少し安心し、マリカを起こさないようにゆっくりと扉を開け部屋に入る。
壁の右側に接しているベッドでマリカは寝ていた。マリカの肌は透き通る程白く、水浴びのお湯で湿った肌がシンヤに見え、変な気分になる…
華奢な身体が可愛いが、大人びた落ち着きがある。そんなマリカをまじまじ見てしまっていた。だんだんシヤは身体が火照ってき、固唾を呑んだ。
(酒のせいだな…)
一度冷静になり、左壁の自分のベッドへ入った。自分の鼓動が耳に入るが意識しないよう目を閉じ、眠りにつく…
物音がしシンヤが目を覚ます。聞こえた物音はマリカの早い鼓動と高く小さな声だった。横を見ると窓から差し込む月明かりでマリカの苦しそうな顔が見えた。
マリカが寝ているベットの前に膝を着いた途端、マリカが涙を少し流しながらシンヤの服を弱い力でめいいっぱい掴んた。シンヤはどうしようもなくマリカの頭に手を添え、優しく撫でる。マリカはか細い声で、
『兄さん…』
シンヤがいつも使ってる言葉とは違い、シンヤには分からなかった。だが、その言葉に違和感はなかった。
「俺はここにいるよ」
口をついてでた。マリカが発している言葉とは違うがその言葉を聞いたマリカは一層強く握り、それはまるでシンヤの存在を確認するようだった。
『兄さん』
シンヤはその言葉にどう返したらいいか分からなかった。頭に添えてた手を腰ほどに下ろし、マリカを強く自分の体に引き寄せた…
「マリカ、大丈夫だ」
何度も同じ返答をする。
マリカはそのままの体勢でシンヤの胸に顔を埋め、苦しそうにまた、哀しそうに俺の胸で嗚咽を漏らした。
シンヤは、それを受け止めることしか出来なかった…
『兄さん。ごめんなさい。本当にごめんなさい』
しばらくして、マリカは疲れたのかシンヤへ体重を預けた。マリカをベッドに優しく寝かせ離れようとしたが、マリカは右手でシンヤの服を摘んでた…その日の夜は長かった。
マリカがシンヤに発した言語と真意はシンヤには分からなかった。
(いつの間にか寝てしまった。)
目を開くと室内にはすでに窓から日光が差し込んでいた。
昨晩、隣にいたマリカはもう居なかったが、マリカの優しさが残った毛布がシンヤの体にかけてあり、体を起こしそれが崩れる。
大きなあくびをしながら階段を下りるといつもの朝のように美味しそうな朝食の匂いがした。いつも通りの席に座る。
いつもと違うのは食卓を囲う家族の中にティンダル家の姿があることだった。反対側に座っているマリカと目が合う。
マリカはシンヤと目が合うと優しく微笑んだ。その微笑みを見て、自然とシンヤの口角が上がっていた。ポピーとヘンリーはそれを見て笑っていた。