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第七話 東京対大阪


 日が明けた翌日。

 この日も前日のように学校に向かってから、バスに乗り、そのまま山梨県へ移動した。

 一時間くらいして、会場に到着。

 すると前日同様に柴木監督と立波先生に迎えられた。


「よう、今日は決勝戦だ。 お前等も声が枯れるまで応援しろや!」

「はい!」

「おう、じゃあ俺は神凪のところへ行ってくるよ。 立波先生、後は任せましたよ」

「はい、じゃあ皆で観客席に行こうか」

「はい!」


 今日は決勝戦ということもあり、観客が特に多い気がする。

 大抵は同じ高校の部員や指導者だが、なかにはプロのジムの関係者、

 そして大学などの指導者や関係者らしき者の姿もちらほら見えた。

 その中でも特に注目を浴びる者が居た。


「お、おい……あれってライト級の世界チャンピオンの南条なんじょうじゃね?」

「え? 何処、何処……あっ!? ほ、ホントだ!」


 主将の宝田がそう言い、副キャプテンの柏木が驚きながら前方を指さした。

 ん? 世界チャンピオンがわざわざ高校生の試合を観に来ているの?

 それは凄いと思うけど、なんで来たんだろうか?


 まあそもそも千里は世界チャンピオンのことをあまり理解していない。

 なんとなく漠然と凄い存在と思っているが、その実像などまるで知らない。

 だから現役の世界チャンピオンがこの場に居ても、

 いまいちその凄さが分からない。


「南条って確か聖拳せいけんジムだよな?」

「ああ、その筈だけど?」


 宝田の言葉に柏木が怪訝な表情でそう返す。


「確か神凪も聖拳ジムだった筈……」

「ん? じゃあ南条はわざわざ神凪の試合を観に来たのか?」

「まあそれもあると思うが、昨日あの大阪の御子柴が言ってただろ? 神凪が神凪拳というボクサーの息子とか、なんとかいう話。 あれ少し調べたんだけど……」

「……他人のプライベートに首を突っ込むのはやめようぜ」


 宝田に釘を刺すように柏木がそう言った。

 すると宝田も空気を読んで「そうだな、とりあえず今は応援に専念しよう」と言って、観客席に座った。 よく分からないが、神凪くんのお父さんは凄いボクサーだったの?


 でも確かに他人が他所の家の家庭事情を探るのは良くないと思う。

 正直ちょっと気になるが、今は応援に専念しようと思う千里であった。


 そして周囲の注目を一身に浴びながら、ライト級の世界チャンピオンの南条勇なんじょう いさみは、聖拳ジムのチーフトレーナーの松島まつしまと談笑していた。


「勇、やはり注目されてるな。 後でファンサービスでもしてやれよ?」

「まっ、そうですね。 でも俺が興味あるのは拳人の試合ですよ」

「しかし現役世界王者のお前がわざわざ観に来ることもなかろう」

「いややはり気になりますよ。 奴はあの神凪拳さんの息子ですからね」


 と、興味深そうに双眸を細める南条。


「そうか、そう言えばお前も生前の神凪に会ってるんだっけ?」

「ええ、俺も小六の時から聖拳ジムに通ってますからね。 拳さんが亡くなる前の中一くらいの時に結構可愛がってもらいましたよ。 それで名伯楽の松島さんから見ても、やはり神凪拳は天才ボクサーだったのですか?」


 南条の問いにしばし考え込む松島。

 そして何かを思い出すような表情でこう言った。


「ああ、奴なら日本人初のウェルター級世界王者になれたかもしれん……」

「松島さんにそう言わせるなんてやっぱり拳さんは凄かったんですね」

「ああ……だが」

「ん? 何か気になることでもあるんですか?」

「ああ、拳の奴はああみえてメンタルが少し弱かったな。 天才にありがちの話だが、やる気になっている時は凄い集中力だが、一度やる気をなくしたり、弱気になると一気にがくんと落ちるタイプだった。 俺としてはその息子もそうでないことを願うばかりだ」

「そうですか、ならば俺達の目で確認しましょうよ。 神凪拳の息子が本物なのか、贋作なのか、しっかりこの目で見届けましょうよ」

「そうだな、そろそろ試合が始まるな。 勇、よく見ておけよ」

「はい」


 拳人の相手は同じ一年生の大阪代表の御子柴。

 御子柴はここまでほぼRSC勝ちで勝ち上がっていた。 

 体格的にもリーチも拳人をやや上回る。 

 恐らく中学時代からプロのジムで鍛えられていたのであろう。


 よく見ると大阪の名門ジムの会長やトレーナーらしき男の姿も見えた。

 なる程、これは拳人の力を測るには良い相手のようだ、と内心で思う南条。

 両者はお互いに僅かに睨み合いながら、自コーナーへ戻り試合開始と共に前へ出た。


 接近するチャンスを探る御子柴に対して、拳人はフットワークを使い、左リードとコンビネーションで距離を保ち続ける。 

アップライトスタイルに構える拳人は、軽快な足さばきで御子柴のパンチを外して、スピーディなジャブで御子柴の動きを止める。 



 そこから左フックでボディをえぐり、御子柴に着実にダメージを与える。 

 局面の打開をはかろうとする御子柴は、ガードを固めて愚直に前へ進む。 

 すかさず拳人はショートレンジから左フックを上下にダブルで打ち込むが、

 御子柴の動きは止まらない。 拳人も手を休めず、

 フェイントをかけては右ストレートを当てる。 


 懐に飛び込んでボディにフック、アッパーをめり込ませる。 

 御子柴は上体を丸め、必死にボディを守る。

 そこで第一ラウンド終了のゴングが鳴り、両者共に自コーナーへ戻る。


「ほう、相手の選手もなかなか良い選手だな」

「ええ、ハートが強いですね。 まだ一年生なので将来が楽しみですね」

「で? 世界王者のお前から見てどうだ?」

「まあ今のところは拳人のペースですね。 テクニックでは相手を上回っていますよ」


 という南条の言葉に松島は「うむ」と頷いた。

 松島も同じような意見だった。 だがまだ一ラウンド、勝負はこれからだ。


「セコンドアウト!」


 という言葉と共に両者が自コーナーから出てリング中央へと駆け寄る。

 二ラウンドはやや御子柴が盛り返す。 

 接近戦での左フック、肩越しの右ストレートを打ち込んだ。 

 危ういタイミングであったが、拳人は冷静にパンチを見切りガードする。


 御子柴の繰り出した連打を上体だけで躱し、

 返しのカウンターを御子柴のボディに喰らわせる。 

 拳人の速いフットワークを追い切れない御子柴は、左ジャブの数を増やすが、逆に拳人の左右のフックの連打を喰らい、防戦に回るシーンが目立つ。


 拳人の速い動きを追う足に欠け、御子柴は力任せの一発を振り回すばかりで、試合展開を変える打開策を講じることができない。

 逆に拳人が要所要所で右ストレートをクリーンヒットさせて場内を沸かせる。


 だが御子柴も意地を見せる。 左ジャブで拳至をロープに

 追い詰めた御子柴が、強引な右フックを叩きつける。 

 これをまともに喰らった拳人は思わず上体をふらつかせる。


 御子柴はさらに左フックで追撃。 

 拳人はこの試合で最大のピンチを迎えることになる。

 しかし、この後の拳人の反撃がまた見事であった。


 勢いよく攻め込んでくる御子柴に右ストレートのカウンターを返し、すぐにまたワンツーが御子柴の顔面を打ち抜いた。 たまらずぐらつく御子柴。


「ケージくん、頑張れ! 後三十秒や!」


 御子柴の仲間と思われる集団が応援席からそう叫んだ。

 すると拳人はひるまず前に出る御子柴に打ち下ろしの右を叩き込んだ。

 そこから左ジャブの連打から右アッパーを御子柴の顎にヒットさせる。


 ぐらつく御子柴に対して、拳人はストレートの連打で攻め、強烈な右ストレートで御子柴の体を泳がせる。 絶好のチャンスであったが、そこで第二ラウンドが終わり、拳人は攻撃をやめてコーナーへ戻る。 



 タフな御子柴も鼻から血を流し、肩で息をしており、見るからに苦しそうであった。

 一方の拳人はやや呼吸を乱しながらも、冷静にセコンドの言葉に耳を傾けていた。


「松島さん的にはさっきのラウンドをどう見ますか?」

「ピンチの後にすぐにカウンターで迎撃するあたりはセンスを感じるな」

「どうです? 拳さんと同等、あるいはそれ以上の才能を感じますか?」

「さあな、一試合観ただけじゃ分からんものさ。 とりあえず最後まで試合を観るぞ」

「はい」


 そして試合が再開されて、

 拳人はマウスピースを口の中に入れて椅子から立ち上がった。

 第三ラウンドも目の離せない一進一退の攻防が繰り広げられる。


 拳人は前進してくる御子柴に左ジャブを突き刺し、距離が詰まれば右アッパーで牽制する。 

 だが御子柴は拳人のパンチに恐れることなく前へ前へ攻め立てる。


 接近してのパンチの交換のなか、拳人の左ショートフックが御子柴の顎に当たり、腰がキャンバスに落ちかける。 拳人は追い打ちをかけるようにショートパンチでチャンスをつかみ、右ストレート、左フックを見舞って完全に主導権を手中に収める。



 打たれ強い御子柴はなおも前に出てきたが、さすがにその動きは鈍くなる。

 流れを続かんだ拳人はスピードを生かしたショート連打で御子柴を攻めたてた。

 御子柴は鼻から血を流しながら回り込んで拳人の攻撃をしのぐ。


 御子柴が鋭いワンツーを放った瞬間、拳人は左へのヘッドスリップで躱し、突き出した右ストレートがカウンターで御子柴の顎にジャストミートする。

 この一撃で御子柴はもんどりうってキャンバスに転がるダウンを喫した。


「よし、抜群のタイミングのカウンターだ」


 南条は思わず声を上げてしまった。 赤コーナーの応援席も一気に歓声を上げた。

 御子柴はなんとか立ち上がり、必死にファイティングポーズをとるが、足元はふらつき、ダメージはみるからに深刻だ。 



 レフェリーはカウント8まで数えたあと、両手を交差させて試合を止めた。 

 厳しい打撃戦を制した拳人はリング上で飛び跳ね、

 喜びを露わにした。 この勝利によって拳人のインターハイ全国優勝が決定した。


「拳人の奴、やりましたね!」

「まあな、でもお前も一年生でインターハイを制しただろ?」

「ええ、一応は。 でもなんだかんだで一年生で優勝できるものじゃないですよ」

「うむ、見た限り攻防共に一流だった。 この先も楽しみだな。 だが……」

「ん? 何か不安要素を感じたのですか?」

「いや拳人は親父に勝るとも劣らず、顔がとても良い。 ああいう奴は女にモテる」

「でも女にモテるのは悪いことじゃないでしょ?」


 すると松島は少し考えて込んでからこう言った。


「ほどほどなら良いがな。 でも女に溺れて駄目になるボクサーは少なくない。 そして奴の親父も女遊びは激しかったからな。 そういう意味で俺は少し心配だ」

「そうなんですか。 でも試合前にちゃんと調整すれば問題ないでしょ?

「まあお前も女にモテるからな。 でも女遊びは程々にしておけよ」

「分かってますよ。 俺は気持ちの切り替えが上手いタイプなんで」

「まあいい。 いずれにせよ、拳人に才能があることは分かった。 これ以上居ても意味はない。 勇、ジムに帰って練習するぞ」

「はい、では行きましょうか?」

「ああ、そうしよう」


 そう言って二人は試合会場が去ろうとしたが、南条に何人かがサインをねだった。

 だが南条は嫌な顔一つせず、一人に一人に丁寧にサインをしてあげた。


「サインありがとうございます。 今度の試合頑張ってください」

「うん、君達も頑張ってね」

「はい」


 そう言葉を交わして、南条と松島は今度こそ会場から去った。

 そして表彰式が終わり、神凪拳人は最優秀選手賞に選ばれた。

 同部員の華々しい活躍に千里だけでなく、多くの者が彼のことを誇らしく思った。


 千里の目には、神凪拳人が絶対的存在に見えた。

 しかし彼もまだ高校一年生。 

 故に技術は一流だが、その精神はまだ成長過程にあった。

 そして後日、千里はそれを思い知らされることになるのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こちらにも南条さんが! つながっているのですね!
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