第六話 いやマジで怖いんですけど?
翌日。
朝早く起きた千里は朝食を摂るなり、学校へ向かった。
千里はジャージ姿で登校した。 どうせ現地では制服は着ないのだ。
そして学校に到着するなり、正門近くに待機していたバスに乗り込んだ。
どうやら全員時間内に来たようだ。 するとバスは山梨県目指して出発した。
そして一時間もしないうちに試合会場に到着。
インターハイの会場の体育館は想像していたより、大きかった。
すると皆を迎えるべく拳人と柴木監督、
立波先生が体育館の正門前で待っていた。
「おう、お前らちゃんと全員来たようだな?」
「はい、監督。 神凪の計量と検診は終わったのですか?」
「おうよ、軽量、検診共に問題なしよ。 後は試合で勝つだけだ」
柴木監督は副キャプテン柏木の問いにそう答えた。
「柴木先生、我々はそろそろ持ち場に戻りませんか?」
「ああ、そうですね。 んじゃ立波先生、行きましょうか。 おい、お前等。 全国大会だからあんまりみっともなく騒ぐなよ? それと他校とは絶対に揉めるなよ?」
「はい!」
そう言って柴木監督と立波先生は体育館の中に入って行く。
はしゃぐな、というのは分かるが他校と揉めるなというのは少々アレな言い方だ。
そりゃボクシングをする高校生は、多少は血の気が多いだろう。
でもこんな全国大会の大舞台で他校と喧嘩する程、馬鹿じゃないだろう。
と思ってたら、
少し離れた場所に群がるボクシング部らしき一団がこちらを見ていた。
え? なんかすんごい睨まれてるんですけど? え? 何ですか?
と、千里は内心ビビっていた。
するとその一団の中の一人がゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
え? 何? いやマジで怖いんですけど?
よく見るとその少年はなかなかハンサムであった。
身長は175以上ありそうだ。 顔の作りはハンサムだ。
だがその目つきが鋭すぎる。 ハッキリ言って怖い。
いやマジで怖い。 とても目を合わせられない。
それは他の部員も同じようだった。
流石に主将・宝田と副キャプテン柏木は目を逸らしてなかったが、
それ以外の部員は少し硬直した表情だ。
いやもう一人堂々としている者が居た。 それは神凪拳人だ。
そのイカつい少年は神凪に視線を合わせながら、ゆっくりと歩いてきた。
というかよく見ると、その後ろから他の部員もこちらに向かって歩いている。
そしてイカつい少年が神凪の近くで立ち止まった。
その少年と神凪はしばらく無言に視線を合わせていた。
え? 何? 何をするの? まさか喧嘩じゃないでしょうね?
と、内心おろおろする千里であったが、実際はそうはならなかった。
「……よう、お前が東京代表の神凪やな? 俺のこと知ってるか?」
「いや知らないな。 俺に何か用か?」
「ほう、流石は天才ボクサーと呼ばれるだけはあるな。 大した度胸や。 俺はウェルター級の大阪代表の大皇寺学園の御子柴圭司や」
「御子柴? ああ、確か俺と反対側のブロックの選手だな」
「おう、そうや。 今日お互い勝てば、明日の決勝戦で戦えるわ」
「そうか、要するに俺に宣戦布告に来たのか?」
いや神凪くんは本当にクールだな。
こんな怖い相手にも臆さず淡々と返しているよ、と感心する千里。
「まあそれもあるが、俺が興味あるのは別の話や。 お前、あの神凪拳の息子という話はホンマか?」
「!?」
御子柴がそう言うなり、神凪くんの表情が強張った。
こんな表情初めて見た。 物凄く怒った感じで神凪くんは御子柴を睨んでいた。
「……それがどうした?」
「ふうん、その表情からするにホンマみたいやな」
「お前、俺に喧嘩売ってるのか?」
神凪くんがそう言うなり一触即発の雰囲気になった。
「なんや、そいつめちゃいちびってるで! ケージくん、やったれや!」
「ホンマやで! その男前の顔ボコボコにしてやりいや!」
と、御子柴の背後に居る連中が騒ぎ始めた。
な、なに? この空気? マジで怖いんですけど~?
「まあお前等、そう騒ぐなや!」
と、周囲を宥める御子柴。
「ま、まあケージくんがそう言うなら……」
「おう、こいつの料理は俺に任しとき! 明日の決勝戦でボコボコにしたるわ!」
「その前に今日の試合に負けないようにな」
と、神凪くんが煽るように言った。
こんな荒々しい感じの神凪くんは初めて見る。
そういえば御子柴が「神凪拳の息子」と言った辺りからこうなった気がする。
神凪拳? 誰それ? もしかして神凪くんのお父さん?
「そりゃそっちも同じやで! 明日の決勝戦楽しみにしてるわ。 じゃあの、神凪」
「……ふん」
そう言って御子柴は踵を返した。
やれやれ、どうやら騒ぎも収まりそうだ。
それにしても大阪人ってイメージ通り怖いんだなぁ~。
でもあの人たちが特別なのかな? 普通の大阪人はあんな感じじゃないよね?
それにしてもあの御子柴という少年は、とても強そうだ。
もし自分があんな少年とリングで戦うとイメージしただけで、凄く怖い。
まあ男子と女子が公式戦で戦うことなんかないのだから、要らぬ心配だ。
「……神凪、大丈夫か?」と、宝田主将がそう声を掛けた。
「はい、騒ぎを起こしてすみません」
「いやいいよ。 それにしても大阪人って怖いなぁ~。 俺、びびってたよ」
「俺もあんな好戦的な人間初めてみましたよ」
「まあでもボクシングは喧嘩じゃないからな。 いつも通り戦えばいいさ」
「はい」
「それじゃ皆、会場に入るぞ」
試合会場には結構な数の観客が集まっていた。
選手の父母だけでなく、地元の人間らしき観客もそこそこ居た。
とりあえず千里たちも観客席に座った。
そして試合開始時間を迎え、軽い階級から試合が行われていく。
流石にインターハイ準決勝戦ということもあり、試合のレベルは高い。
試合は順調に消化されて、迎えたウェルター級の第一試合。
我等の神凪拳人の試合だ。
「神凪~!! 頑張れよ~」
「神凪くん! ファイト!」
部員一同の声援を浴びながら、拳人がリングインする。
拳人の対戦相手は熊本代表の三年生の熊原という選手。
昨年の国体3位、今年の選抜大会でもベスト8になっている。
見るからに強そうだが、拳人はいつも通りに冷静だ。
両選手がレフェリーから試合前の注意を受けて、自コーナーへ戻った。
試合開始と同時に拳人はコーナーを飛び出した。
拳人は速いフットワークを使い、一気に間合いを詰めた。
拳人が左ジャブを連打。 それをウィービングで躱す熊原。
そこから熊原が丸太のように太い腕を振り回して、左右のフックを繰り出す。
拳人はガード越しに熊原のパンチを受けながらも、
パンチの衝撃に身体を僅かに震わせる。
真正面からの打ち合いは危険と判断したのか拳人は、
足を使いリーチ差を生かして中間距離でのボクシングで
熊原のインファイトに対抗する。
熊原の豪快な左右のフックを冷静に丁寧に見極め、
拳人は左ジャブを顔面に打ち込む。
だが熊原はあくまで自分のボクシングスタイルを貫く。
ジャブの連打を浴びながら、
愚直に前へ進みひたすら豪快なパンチを振るう。
そのような展開が三ラウンドまで続き、
やや消化不良な空気が会場に漂っていたが、
拳人はあくまで中間距離からのボクシングで熊原を迎え撃つ。
「ラスト三十秒!」
応援する部員達が観客席からそう叫んだ。
それと同時に熊原はガードを固めて、勢い良く前進する。
拳人はこの機会を待っていたと云わんばかりに、
カウンター気味に右アッパーを放つ。
だが熊原はそれをスウェイバックで紙一重で回避。
しかしこの展開は拳人の計算通りであった。
拳人は身体を内に捻り、鋭く速い左ストレートを熊原の顔面に叩き込む。
綺麗なクリーンヒットとなり、熊原の状態が後ろによろめいた。
拳人はそこから綺麗なワンツーパンチを放ち、更に追い打ちをかける。
熊原が思わず腰をキャンバスに落としかけたが、
ギリギリの所で踏ん張った。
ここが正念場だ、という具合に拳人も前へ出て至近距離で打ち合う。
お互い激しいパンチの応酬を繰り返し、
歯を食いしばりながらパンチに耐える。
そして試合終了のゴングが鳴り、
採点が集計されて拳人の判定勝ちがアナウンスされた。
やや消化不良な試合であったが、
拳人はとりあえず目の前の結果に満足してリングを降りる。
これで拳人は決勝戦に勝ち進んだ。
またウェルター級のもう一つの試合は、
大阪代表の一年生の御子柴が一ラウンドRSC勝ちで決勝に駒を進めた。
ああ~、神凪くん、決勝戦はあの人と戦うのかぁ~。
多分明日の試合は相手側の応援席から怒号が飛び交うんだろうなあ。
なんか少しやだなぁ~。
まあでもそれでも多分神凪くんが勝つよ。 多分。
いずれにせよ、神凪くん! 決勝進出おめでとう!
明日もこの調子で頑張ってね。 そうすれば一年生で全国制覇だよ。
これは快挙と思うよ。 まああたしが威張ることじゃないけどね!
とにかく今日は早めに寝て、明日の試合に備えてね。
と、心の中で呟く千里であった。