第五話 インターハイ始まる!
一学期の期末テストも終わり、迎えた夏休み。
本来なら夏休みということで、毎日が日曜日状態だが
運動部の部員にとっては、夏休みはほぼ部活で潰される。
特にこの時期には、夏のインターハイもあるので、
ボクシング部だけでなく、帝陣東の運動部全体が俄かに活気づいていた。
とはいえ帝陣東でインターハイ本戦に出場する者は殆どいない。
勉強も運動部もそこそこレベル。 それが帝陣東高校の位置づけだ。
しかしそういう中でも例外は存在する。
それが一年生のボクシング部員・神凪拳人だ。
六月の関東ボクシング大会もウェルター級で優勝。
一回戦、決勝共に1ラウンドRSC勝ち。
ちなみに女子部員の小金沢美鶴はライト級三位。
そして拳人は六月下旬に行われたインターハイ東京都予選でも
全試合RSC勝ちで、全国大会の出場権を得た。
ちなみにインターハイ本戦に出場するのは、拳人だけだ。
帝陣東のボクシング部の歴史はそれなりに長いが、近年はやや低迷気味だ。
そういう意味でも期待の新人として、拳人に大きな期待が寄せられていた。 一方の千里はというと、四月下旬に入部して以降、基礎トレーニングに励んでいた。毎朝六時に起きて、ロードワーク。 それが終わるとシャワーを浴びて、登校。
そして授業が終われば、部活に精を出す日々が続いた。
既に右ストレートと左フック、それに簡単な防御技術は、
監督である体育教諭の柴木から教えてもらった。
柴木はざんばらの黒髪に常にジャージ姿。
身長は170未満だが、全体的にがっしりとしている。
いつも大声で部員にハッパをかけているが、
周囲を乗せるのは上手かった。
でもボクシングに対する熱意は本物なので、
千里個人はそんなに嫌ってない。
だがボクシング未経験者が高校の公式戦に出場できるのに、
約一年かかるという話は、予想外だった。
高校三年間における一年という時間は非常に重要だ。
一瞬退部という単語が脳裏をよぎった。
とはいえ既に五月に入っていたので、
今更他の部へも転部しづらい。
まあでもボクシングの練習自体は好きだし、
一年間みっちり基礎練習に励めると思えば、我慢できなくもない。
ちなみに両親には、ボクシング部のマネージャーになったと伝えている。
まあマネージャーでも両親――特に父親からは、
猛反発されたが、学校の成績は落とさないということで、渋々承諾してもらった。
そういうわけで一学期の中間、期末テストは、平均点以上の点数を取れた。
千里自身、嘘ついていることは良くないと思うが、
両親に要らぬ心配をさせたくないと思いもある。
それに自分の人生なのだ。 やりたいことを青春時代にやりたい!
そんな感じで毎日練習に励む千里だった。
そして迎えた七月の下旬。
拳人はインターハイ出場の為に、山梨県へと向かった。
同行者は監督の柴木、顧問の立波先生、それと主将の宝田の三人。
どうやら学校から出る交通費と宿泊費はこの三人しか出ないようだ。
宿泊に関しても、選手である拳人、それと監督である柴木の分しか出ない。
立波先生と宝田先輩は試合が終われば、電車で自宅に帰るらしい。
まあ山梨県という東京から近場だから、この処置には不満はない。
だが拳人が準決勝まで勝ち進んだから、部員全員の応援の為の旅費が出るとの話。
まあそれは有り難いのだが、どうせならば一回戦から応援したい。
東京から山梨県という距離だから、交通費を自己負担すれば充分に可能だ。
しかし部の方針として、大会に出ない選手は自主練に励めとのことだ。
それでも多くの部員は不平も言わず、自主練に励んでいた。
少々納得いかないが、千里も空気を読んで自分の練習に励んだ。
インターハイのボクシング競技は、全六日で行われる。
全国四十七都道府県の代表でトーナメント戦が行われ、
優勝するには五試合から六試合を勝ち抜く必要がある。
しかも試合はほぼ毎日行われる。
当然ちゃんと体重管理しないと駄目だし、
コンディションも整える必要がある。
神凪くんは凄いけど、まだ一年生だからなぁ~。
やはり優勝は厳しいか? でもベスト4くらいなら行けそう?
ちなみに大会の組み合わせは、昨日にファックスで学校に送られている。
どうやら拳人の試合は二回戦からのようだ。
ちょうど今日に二回戦が行われる。
試合結果は主将の宝田が副キャプテン柏木のスマホにラインで送ることになっていた。 そろそろ試合が始まっている時間だ。
皆、練習はしているが、やはり試合結果が気になっていつもより集中力が低い。
その時、机の上に置いた柏木のスマホから「ぴこん」と音が鳴った。
すると柏木が急いでスマホを手に取って、視線を画面に向けた。
「神凪の勝ちのようだ。 しかも一ラウンドRSC勝ちのようだ」
部員全員が声を揃えて歓声を上げた。
「流石は神凪だ!」
「これで一年生とは恐れ入れるよね」
周囲の部員達が興奮気味にそう言った。
「よし、俺達も頑張るぞ!」
「はい!」
神凪の勝利に触発された部員達はいつもより練習に励んだ。
そして千里もそれに倣うように、鏡の前でシャドーボクシングをした。
やったね、神凪くん。 一年生で全国大会を勝ち抜くなんてマジ凄い!
私も頑張らなくちゃ!
次の日もその次の日も練習に全員が顔を出した。
しかしラインで試合結果が届くまでは、全員そわそわしていた。
そして結局拳人は三回戦も準々決勝もRSC勝ちを収めた。
三回戦が一ラウンド、準々決勝が二ラウンドでのRSC勝ちだった。
「マジかよ? ここまで全部RSC勝ちか!?」
「神凪、マジで神ってるわ!」
「というかこれで明日からの準決勝には応援に行けるのよね?」
「その筈よ。 多分学校がバスをレンタルしてくれると思う」
「あ~、正直練習に身が入らねえ!」
「そうね、今日の練習は軽く流しておく?」
「ああ……そうしようぜ」
みたいな感じで全員が明日からの応援に気を取られた。
もちろん千里もその一人だ。
結局この日の練習は早めに切り上げられて、
副キャプテンの柏木は立波先生から電話で――
「バスの待ち合わせ場所は学校の正門近くだ。 出発時間は朝の八時。 必ず全員来るようにな。 神凪が勝てば翌日もバスが来る、負ければそれで終わりだ。 分かったかい?」
「了解ッス」
「では明日会おう、それじゃあな」
「はい!」
柏木は部員全員にその事を伝え、今日は早めに帰宅することを命じた。
それに逆らう者などいなく、千里も今日は早めに帰宅した。
そして夕食を終え、お風呂に入り、歯磨きをしてベッドに入った。
しかし神凪くんは本当に凄い。 一年生でインターハイベスト4なのだ。
これは快挙といっても過言はない。
ああ、うちの学校も私立みたいにお金があったらなぁ。
そしたら多分二回戦から応援できたのに、とても残念だ。
とはいえ公立校を選んだのは自分。 学校を責めるのはお門違い。
ならば明日は目一杯応援しようではないか!
頑張ってね、神凪くん! 私も精一杯応援するよ!
そして千里はベッドで両目を瞑り、そのまま眠りについた。