エピローグ
エピローグ
インターハイも無事日程を終了して、拳人が大会二連覇、高校三冠の栄光を手にした。
だが敗れはしたものも御子柴圭司の諦めないファイトと戦う姿勢は、観客並びにボクシング関係者に深い感動をもたらせた。 拳人は大事をとって市内の総合病院でも精密検査を受けたが、
結果脳波に異常は見当たらず、関係者及び部活仲間もホっと胸をなで下ろした。 また壮絶なRSC負けをした御子柴も特に脳波に異常はなく、事なきことを得た。
そして盆休みも終わり、夏休みも下旬を迎えようとしていた。
八月下旬には、国体ブロック予選があるので、拳人や他の部員達も八月中旬から、都内のスポーツジムで行われる国体の為の合同合宿に参加していた。
拳人は昨年は嘘をついて、合宿をサボっていたが、今年は真面目に練習していた。
公式戦の出場機会がない三年生の部員は引退していたが、まだ公式戦を残す部員は最後の公式戦に向けて日々練習に励んでいた。
そうしたなか、千里は部活に顔を出さず、家でごろごろと過ごしていた。
幸いな事に左眼の視力は順調に回復しているが、部活に出る気にはなれなかった。 美鶴に「マネージャーでもいいから部に残って欲しい」と言われたが、それはやんわりと断った。
不思議なものだ。
最初はマネージャー志望だったのに、いざそうなると拒む自分が居た。
多分いつの間にか自分もすっかりボクサーになっていたんだな、と思う千里。
そしてもうリングに上がれない状態で部活に顔を出すのは、正直心苦しい。
また皆、良い人だから気を使ってくれると思うが、それはそれで少し辛い。
「ああ~、これからどうしようかなぁ~」
と言いながら、千里は自分の部屋のベッドに腰掛けた。
このまま部活をやらずに高校生活を送るのは、少々味気ない気もする。
真理に頼んでダンス部に入れてもらおうかな、とぼんやりと考える千里。
するとその時、机の上に置いたスマホがぴこんと音を鳴らした。
「ん? 誰かな?」
千里はそう言いながら、スマホに眼を通した。
すると拳人からメッセが送られてきた。
――姫川さん、今時間いいかな?
千里は数秒ほど、考えた後に「大丈夫だよ」とメッセを送り返した。
すると十五秒後にまたメッセが返って来た。
――良かったら電話しない?
と、返ってきた。 それで千里は数秒ほど黙考した。
ちなみにインターハイ後に拳人と電話番号やメール、LINEのIDを交換したばかりだ。
それ以降、何度かメールやメッセの交換はしたが、電話はしたことがなかった。
とはいえ暇なのも事実なので、千里は「いいよ」と返信した。
すると三十秒程、間が合ってから、拳人から電話がかかってきた。
「はい、もしもし」
「もしもし、姫川さん?」
「うん、神凪くん。 どうしたの?」
「い、いやちょっと姫川さんの声が聞きたくなって……」
「そうなんだ。 用はそれだけなの?」
「い、いや……良かったら、今度の日曜日に一緒に出掛けない?」
「……それってデートのお誘い?」
「ま、まあそうなるかな」
「いいよ、で何するの?」
「実はさ、オレ、バイクの中型免許持ってて、中型バイクも持ってるんだけど」
「うん、知ってる」
するとやや間があって、拳人がこう聞き返した。
「し、知ってるんだ?」
「うん、でバイクでお出掛けするの?」
「ま、まあ端的に言えばそうだけど、嫌かな?」
「ううん、いいよ。 でも校則違反だよね? それと二人乗りって大丈夫なの?」
「校則違反なのは事実だね。 二人乗りは免許取って一年経ったから、大丈夫だよ」
「ふうん」
「や、やっぱ止める?」
「いや大丈夫。 なんか暇しているし、校則違反したい気分かも」
「そ、そう、良かった。 断られたら、どうしようと思ったよ」
へえ、神凪くんでもそんな風に思うんだぁ。
リングの上では、天才だけどリングを降りたら、結構普通なのね、と思う千里。
「じゃあ今週の日曜日の朝十一時に市民公園で待ち合わせしよう」
「うん、いいよ」
「じゃあ、姫川さん。 絶対来てね」
「うん、大丈夫。 暇だから行くよ」
「そう、じゃあ電話切るね」
「うん、神凪くん、またね」
千里はそう言って電話を切った。 それからしばらく一人で考え込んだ。
妙なものだ、あれだけ憧れていた相手からのデートなのに、気分は妙に落ち着いていた。
別に拳人の事が嫌いになったわけでない。
いや感情の面で言えば、多分今でも好きだろう。
しかし急に色んなことが起きて、千里はなんだか達観した気分になっていた。
でもあの試合以降、拳人とそんなに話してないので、このデートを機に色々話してみようかな、と思う千里であった。
そして迎えた日曜日。
千里は朝起きてから、軽くシャワーを浴びて、おめかしして市民公園へと向かった。
すると市民公園の入り口の近くで、拳人が既に待っていた。
「やあ、姫川さん」
「ごめん、待たせたかな?」
「ううん、そんなに待ってないよ」
「そっか、なら良かった」
拳人は黒Tシャツの上に白いジャケットを羽織り、下は黒のデニムに茶色のブーツと格好だ。
一方の千里はオフショルダーの白いブラウスに、下は膝丈の黒プリーツスカートに黒のブーツというファッション。
「それが神凪くんのバイクなの?」
「うん、ビラーゴって言うアメリカンバイクだよ」
拳人はそう言って、XV250ビラーゴのシートを左手で摩った。
「ふうん、結構カッコいいバイクなのね」
「お? 姫川さん、このバイクの良さが分かんだね。 このビラーゴは――」
「あ、そういうのはいいよ。 あたし、バイクは大して興味ないし」
千里は長くなりそうなので、途中で会話を打ち切った。
「そ、そう」と、少し肩を落とす拳人。
「でも少し聞いていいかな? なんで中型のバイクに乗ろうとしたの?」
「あ、ああ。 実はこのバイク、死んだ親父のバイクなんだ」
「そうなの?」
「うん、まあオレなりに親父の背中を追ってた、みたいな感じだったね。 でもしばらくの間は、バイクに乗らないつもりなんだ。 だから今日、姫川さんをバイクに乗せたら、このバイクは知り合いの先輩のところに預けるつもりなんだ」
「そうなんだぁ。 じゃああたしが神凪くんの最後のドライブに付き合ってあげるよ」
「ありがとう、このバイクに女の子を乗せるのは、姫川さんが初めてだよ」
「ホントに~? あの天原さんは乗せてないの?」
「な、なんで愛な……天原の名前がここに出てくるの!?」
「別に~」
「まあいいや、とにかく乗ってよ。 はい、これヘルメット!」
拳人はそう言って自分と同じシルバーのヴィンテージタイプのゴーグル付ハーフヘルメットを千里に手渡した。 千里はヘルメットを受け取り、ややぎこちない手つきでヘルメットを被った。
「じゃあ、後ろに乗って!」
「うん」
そう言われて、拳人の後ろのシートにまたがる千里。
「あれ、なんかシートがあるから、乗り心地が良いような気がする」
「うん、それがアメリカンバイクの売りの一つだよ」
「ふうん、そうなんだぁ」
「じゃあオレと姫川さんの最初で最後のツーリングを始めようか」
「そうだね、それじゃ出発進行!」
「オーケー」
そう言葉を交わして、拳人はキーを回してエンジンをかけた。
そして右手でアクセルを吹かせて、バイクを発進させる。
「あ、なんか風が気持ち良い!」
「でしょ? これがバイク乗りの特権だよ」
「なんかテンション上がってきたわ。 神凪くん、もっとスピード出して!」
「了解!!」
拳人は更にアクセルを開けた。
エンジンが吹き上がり、加速がグンと増した。
「お? だいぶ良い感じなってきたわね」
「姫川さんは意外とスピード狂? でもこれ以上、出すとスピード違反になるよ」
「そっか、そりゃ残念。 まあ現時点でも校則違反だけどね」
「ははっ……そりゃ違いない」
千里は後部座席に座りながら、久しぶりにはしゃいだ。
こんな風にはしゃぐのは久々だ。 でも不思議と悪い気はしない。
そして千里は両腕を拳人の腰に回した。
「もう少しで目的地に着くよ。 しっかり捕まっててね」
「うん!」
三十分後。
千里達はお台場海浜公園に到着した。
お台場の象徴でもある自由の女神像が見えた。
「ん? ここもしかしてお台場?」
「うん、そうだよ。 お台場海浜公園だよ。 じゃあ、あそこの駐車場でバイク停めるね」
「うん!」
千里がバイクから降るなり、拳人は駐車場にバイクを停めた。
そして二人は公園の柵越しに、レインボーブリッジを眺めた。
「おお、こうして観ると凄いね!」
「だね。 本当に綺麗だよね」
「うん、神凪くん、ありがとうね」
「ん? 何が?」
「あたしの為に色々気を使ってくれたんでしょ?」
「まあね。 オレはやっぱり姫川さんには笑顔が合うと思うんだ」
「うん、自分でもそう思う」
「姫川さん!」
「何?」
すると拳人は軽く深呼吸してから、ゆっくりと語り出した。
「オレ、これから本気でボクシング頑張るよ。 だからバイクに乗るのも今日が最後。 とりあえず高校の公式戦は、全部優勝するつもりでやる。 そして高校を卒業したら、プロボクサーになるよ。 そして本気でウェルター級で世界を目指すよ」
「そっか、メンタル弱め天才がとうとう本気を出すのね」
「うん、だから時々、姫川さんにオレの試合を観て欲しいんだ。 姫川さんからすれば、少し迷惑な話かもしれないけど……」
「ううん、迷惑じゃないわ。 だから時々は応援に行くわ」
「ホント?」
「うん、まあこうなっちゃったけど、やっぱりあたしボクシングが好きだもん。 だから神凪くんが本気になるなら、あたしも応援するよ」
「……分かった。 オレ、マジで本気になるよ」
「まあでも変に気負わないでね。 神凪くんは神凪くんの為に頑張って欲しいな」
「いやオレはやはり君の分まで頑張りたい!」
「……う~ん、なんでそこまであたしに肩入れするの?」
「そ、それは……君が好きだからさ!」
「え?」
唐突な拳人の告白に一瞬固まる千里。 しかし拳人は真剣な表情のままだ。
どうやら彼は本気のようだ。 ならばここは自分も素直に返事しよう。
「……ホントなの?」
「う、うん。 いつ好きになったか、分からないけど、気がつけば君の事ばかり考えていた」
「そう、ありがとう。 あたしも神凪くんの事、好きよ」
「ホント?」
「うん、実はね。 ボクシング部に入った最初の動機は神凪くん目当てだったのよ」
「そうなんだ?」
「うん、でもその後は本当にボクシングが好きになったけどね」
「姫川さん、時々でいいからボクシング部に顔を出してよ」
「う~ん、まあ気が向いたらね」
「そっか、まあ今すぐは無理だよね」
「うん、今すぐは無理。 やっぱり悔いは残ってるから……」
「ならオレの試合だけでもいいから観に来てよ。 今後は本気でボクシングやるから!」
「そうね、まあ考えておくよ」
「うん、オレ、頑張るよ」
そう言いながら、拳人はふっと小さく笑った。
それに釣られて、千里も微笑を浮かべる。
そして拳人は千里に近寄り、自分の顔を千里の顔に近づけた。
だが次の瞬間に千里は自分のおでこを拳人のおでこにぶつけた。
「い、痛っ!?」
「今、キスしようとしたでしょ? それはその罰よ!」
「え、え? なんで?」と、額に手を当てる拳人。
すると千里はきっぱりとした口調で答えた。
「あたし、そんな軽い女じゃないもん」
「ご、ごめん。 もしかして怒った?」
「うん、次やったら許さないから!」
「い、以後気をつけます!」
「そんなことより、海を観ようよ! ほら、凄い綺麗な海じゃない」
「う、うん」
そう言葉を交わし千里と拳人はお互い見つめ合う。
千里が大きな瞳で拳人を見つめる。
拳人も同様に千里の可愛らしい顔を見据えた。
そして千里は拳人と肩を寄せ合いながら、公園の柵越しに、レインボーブリッジ一望する。
結局、千里にとってボクシングと関わった事が幸福か、不幸かは千里自身分からなかった。
でもボクシングをやっていた時は、リングで戦っていた時は確かに何ものにも代えがたい情熱を感じたりもした。 もしかしたら、それは錯覚なのかもしれない。
だがあのインターハイ決勝戦の拳人と御子柴の試合を観て、千里は救われた気分になったのも事実。 だから今すぐは無理でも、いずれ何らかの形でボクシング部に関わりたい、と思う千里であった。
こうしてイマドキJKボクサーとメンタル弱めの天才ボクサーの物語に一区切りがついた。 だがこれで二人の物語が終わったわけではない。 むしろこれからが本番であろう。 そして千里はこれからは一人でなく、二人で歩んでいくつもりだ。 もう過去は振り返らない。
今後も二人の間に様々な事が起こるだろう。 明日のことはわからない、未来はもっとわからない。 だが今この瞬間――二人がに感じる温かい感触は本物であった。
そして今この瞬間、千里は――二人は確かに幸せであった。
エピローグ終
拳と恋 イマドキJKボクサーとメンタル弱めの天才ボクサー・おわり
とりあえずこれで『拳と恋 ~イマドキJKボクサーとメンタル弱めの天才ボクサー~』の物語は終わりです。
作者は学生時代にボクシング経験がありますが、
所謂『部活』でのアマチュアボクシングの経験はありませんので、
本作を書くに当たって、高校の部活のアマチュアボクシング事情を
web上で色々調べて本作を書いた次第であります。
なので細かい部分では、現実の高校生の大会やルールと違う部分があるかもしれませんが、
その時は軽くご指摘頂ければ、ちゃんと修正しますので宜しくお願いします!
また本作は過去に新人賞に投稿した高校生のアマチュアボクシングの物語を
大幅にリファイン&加筆、修正を加えた作品でもあります。
というかほぼ別物になってます。
高校生のアマチュアボクシングという少しマイナーなジャンルで
なろうで投稿するのは、少し躊躇いがありましたが
自分が思っていた以上に、読者の方からの反応や感想があり、嬉しい誤算となりました。
本作はボクシングに興味がない人にも楽しめるように色々創意工夫したつもりです。
自分自身書いていて、楽しんでましたし、皆様にも楽しんでもらえたのであれば、
作者としても嬉しいで限りです。
ブクマや評価、ご感想は本当に励みになりました。
そのおかげで最後まで書くことができました。
これも全て読者の皆様のおかげです( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )
最後までお読みになっていただき、本当にありがとうございました!!
それではまた別作品でお会いしましょう♪




