第二十四話 千里のデビュー戦
四月下旬、関東大会の東京予選が昨年同様に、帝陣東高校のボクシング部練習場で開催された。 この試合に勝てば、六月開催の関東大会の出場権が得られる。
帝陣東の出場者は男女合計で十人。
男子はフライ級の二年生の小森。バンタム級の三年生の川上。 ライト級の主将・福山。 ライトウェルター級の三年生の森山、ウェルター級に拳人、ミドル級に三年生の島田という顔ぶれだ。
女子はライトフライ級の三年生の小西、フライ級の二年生の横内。
そしてバンタム級の姫川千里、フェザー級の三年生の美鶴。
こ の試合が千里のデビュー戦となる。
もっとも女子バンタム級は千里を入れて二人しかエントリーしていない。
つまり一度勝てば関東大会に出場できるのだ。
この競技人口の少なさが高校女子ボクシングの実情でもある。
とはいえこの一年間頑張ってきた千里としては、何がなんでも勝ちたいと思うのは極自然の流れであった。
初日の試合で男子フライ級の小森が判定負け、バンタム級の川上が判定勝ち、ライト級の主将・福山は判定勝ち。
ライトウェルター級の森山は2RでRSC勝ちウェルター級に拳人も1RでRSC勝ち、ミドル級の島田も判定勝ちという結果に終わった。
そして翌日の試合でバンタム級の川上が判定負け、ライト級の主将・福山は判定勝ち、ライトウェルター級の森山は激闘の末に判定負け。
ウェルター級の拳人は1R46秒でRSC勝ち、ミドル級の島田は打撃戦の末に僅差の判定負けに泣いた。
女子の試合はライトフライ級の小西が判定負け、フライ級の二年生の横内は2RでRSC勝ち、フェザー級の美鶴も1RでRSC勝ちという結果だった。
十人中五人が決勝戦に進出という結果は悪くない。
だがそれ以上に眼がついたのは、拳人の試合だ。
しばらくは休んでいたが、ここ二週間程は毎日部活に来て、真面目にトレーニングに励んでいた。 どうやら拳人は復調したようだ。 でも軽々と相手を倒す辺りは高校生離れしている。
更に翌日の決勝戦。 ようやく千里に出番が回ってきた。
千里は赤いタンクトップに、赤いトランクス姿で選手控え室で軽くシャドウボクシングをしていた。
「姫川さん、デビュー戦だからといって気負う必要はないわ。 あなたのこの一年の頑張りをリングで見せなさい!」と、美鶴。
「了解ッス! とにかく頑張るッス!」
そして順調に試合が消化されて、女子バンタム級の試合になった。
千里のセコンドには、柴木監督と小西がつくことになった。
千里は青コーナーから、ゆっくりとリングイン。 相手は目黒大付属高校の二年生の選手。
両者はリング中央でグローブを合わせて、軽く挨拶を交わす。
そして両者がコーナーに戻るとゴングが鳴った。
千里はゆっくりとコーナーから出る。
相手もそれに倣うようにゆっくりとリング中央へ向かう。
とりあえず左ジャブを出す千里。 それが相手の顔に命中。 千里は更に左ジャブを連打した。 パン、パン、パアン、と小刻みに左ジャブが命中。 どうやら相手は緊張しているようだ。 すると相手はいきなり右を打ってきたが、千里は落ち着いて、左手で相手の右を弾いた。
逆にカウンター気味に左ジャブを入れた。 相手の選手が少しぐらついた。
だが向こうも負け時と左ジャブを連打。 一発、二発と相手のジャブが千里の鼻に命中。
そこからはお互いにストレートパンチ主体で打ち合った。
基本的に千里のパンチの方がよく当たったが、相手のパンチも時折ももらった。
そして苦しくなると、相打ち狙いの左ジャブで相手の突進を止めた。
千里がやや優勢のまま、第一ラウンドが終了。
椅子に座り、軽く嗽をする千里。
なんだか鼻がジンジンする。
それに口の中も少し切れたようだ。
でも大丈夫、まだまだ戦える、と自らを鼓舞する千里。
第二ラウンド開始のゴングが鳴った。
千里は先程のようにリング中央で左の差し合いで相手を攻め立てた。
ヒット数は相変わらず千里の方多かったが、時折相手のパンチを貰い、苦しい消耗戦が続いた。
だが残り三十秒に放った千里のワンツーが相手の顎に綺麗に命中した。
相手は大きく身体をふらつかせながら、青いキャンバスに尻餅をついた。
レフェリーがカウントを数えるが、相手はなかなか起き上がる気配がなかった。
そしてカウントが10まで数えられると、「ストップ!」と叫んで試合を止めた。
それと同時に帝陣東側の応援席がどっと湧いた。
千里は相手と軽く挨拶を交わし、リング場で綺麗にお辞儀した。
こうして千里のデビュー戦はRSC勝ちという結果に終わった。
正式なタイムは2R1分48秒RSC勝ちだった。
これで千里は六月開催の関東大会の出場権を得た。
他の選手の結果は、男子ライト級の主将・福山は判定勝ち。
拳人は余裕の1R50秒RSC勝ち、女子は横内、美鶴と共に判定勝ちという結果になり、合計五名が関東大会に勝ち進んだ。
多少打たれたが千里は自分の勝利だけでなく、仲間の勝利を心から喜んだ。
色々思うことはあったが、一年間真面目に練習して良かった、と心の底からそう思う千里であった。




