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第二十三話 ちゃんとアタシを見てよ!


四月上旬の新学期。

千里は無事進級を果たし、学年を一つ上げて二年C組になった。

このクラスは私立文系コースで、親友の真理に加えて、拳人も同じクラスだった。


だが拳人と親しい天原愛奈とも同じクラスだった。 

基本的に千里は愛奈が苦手だった。

見た目はかなり可愛いが、社交的な性格でなく、クラスメイトともあまり喋らない。

だが時々、千里を睨んできたりする。 

なんというかあまり関わりたくないタイプだ。


もっとも今の千里はそんな事どうでも良かった。 先日、技能検定を受けて見事に合格したのだ。 これによって千里は公式戦に出る許可が降りたのだ。

デビュー戦は今月末の関東大会の東京予選、フライ級でエントリーしている。


ちなみに新入部員は男女合わせて六人。 経験者の男子が二人、未経験者が二人。 

そして未経験者の女子二人という内訳だ。 気がつけばもう自分が先輩なのだ。 だが千里をはじめとした二年生と三年生は新入部員に構う余裕はなかった。


当面の目標は今月末の関東大会の東京予選、それに勝ち抜けば六月に関東大会本選に出場できる。 そして六月下旬に行われるインターハイ予選。 三年生にとってはインターハイ出場の最後のチャンスだ。 だから皆、自分の練習に集中している。 だが約一名例外が居た。 

先月、初黒星を喫した拳人だ。


あの敗戦以降、拳人は殆ど部活に出てなかった。 

まあ気持ちは分からなくもない。

なにせ公衆の面前で盛大に倒されたのだ。 また思った以上に身体にダメージがあるのかもしれない。 ちなみに拳人を破った御子柴は、決勝戦も圧倒的な力で相手を倒して、見事初優勝を飾った。 千里の眼から見ても御子柴は強かった。 


だから必要以上に落ち込むことはないと思う。 更に言い加えれば、拳人は今月の関東大会の東京予選のウェルター級でエントリーされている。

試合に出たくても出られない部員も居るなかで、一人練習に参加しない拳人に対してもやもやした感情を抱く千里。 だが自分が口を挟む問題ではないし、とりあえず今は目の前の試合に集中しよう、と誓う千里だった。


皆が練習に励むなか、拳人は自室に引き篭もり、怠惰な生活を送っていた。

バイトも辞め、バイクにすら乗らない日々が続いていた。 とにかく何もやる気が起きない。 そう思いながら腐っていると、マンションのインターフォンが鳴った。 


「はい、どなた?」と、拳人の母親である美奈子が問うた。 


するとインターフォンから、馴染みのある声が聞こえてきた。


「あ、小母おばさん、拳人居ますか?」

「愛奈ちゃん。 居るわよ、なんか不貞腐れてるから愛奈ちゃん、励ましてやってよ」

「はい、そのつもりです。 ではお邪魔します」


そして美奈子はドアのチェーンを外して、ノブをがちゃりと回した。

すると片手にケーキ箱を持った制服姿の愛奈が立っていた。


「小母さん、これケーキです。 拳人や麗子さんと分けてください」

「あらぁ、悪いわね。 拳人なら自分の部屋に居るわよ」

「いえいえ、ではお邪魔します」と、靴を脱いで部屋に上がる愛奈。

「愛奈ちゃん? わあ~、ケーキ持ってくれたのね。 いつもありがとう!」


リビングから顔を出した拳人の姉の麗子が愛奈を見るなり、ぱぁと表情を明るくさせた。 麗子は拳人より二つ上の十九歳の大学生だ。 黒髪のストレートが似合う美人だ。


「……麗子さん、拳人は今どんな感じですか?」

「相変わらず不貞腐れてるわ。 バイトも辞めて、部活にも行かないし、どうしようもないわね!」

「……アタシがちょっと慰めてきます」

「うん、愛奈ちゃん、お願い!」


麗子の言葉に「はい」と答えて、愛奈は拳人の部屋へ向かった。

部屋の間取は4LDKだから、拳人の部屋にもすぐ辿り着いた。

愛奈は拳人の部屋の前に立つと、軽く深呼吸してから、右手で優しくドアをノックする。


「拳人~、居るよね~? 部屋入るよ~?」


だが部屋の中から返事は帰ってこない。 愛奈は端息してから、ドアのノブを開いた。

すると部屋には灯りはついておらず、拳人はベッドに力なく腰掛けていた。


「もう灯りもつけないで何やってるのよ? 電気つけるよ?」と、愛奈。

「……勝手にしろ」

「ちょっと拳人、何その態度!! せっかく愛奈が来てくれたのに、そんな言い方ないでしょ!」


そう言ったのは、ケーキの皿を二つトレイに乗せて、持ち運んできた拳人の姉の麗子だ。


「……五月蝿いな、姉ちゃんには関係ないだろ」

「ハア? 何その言い方? アンタ、負けて落ち込むのはいいけど、それで他人に八つ当たりするのは最低よ!」

「いえ麗子さん、アタシは気にしてないので!」と愛奈が軽くフォローを入れた。

「愛奈ちゃん、甘やかしたらダメよ! あたしはねえ、アンタがボクシングしようが、バイク乗ろうが、バイトしようが、学校サボり気味でも文句は言わなかった。 多分、アンタなりにパパの真似したかったんでしょう」

「……」と、押し黙る拳人。


すると麗子は諭すような口調でこうつけ加えた。


「でもね、死んだ人間は、どんなにアンタが思っても応えてくれないのよ。 まあ今パパの真似は止めろとは言わないわ。 アンタは思春期だからね。 だからやりたいようにやりなさい。 でもね、身近な人間を無視したり、八つ当たりしちゃダメよ? ほらぁ、愛奈ちゃんに謝りなさい……」

「……悪かったな」と、小声で言う拳人。

「ううん、アタシは気にしてないから! それよりケーキ食べようよ?」

「……ああ」

「愛奈ちゃん、後はお願い!」


麗子の言葉に愛奈は「はい!」と笑顔で答えて、円卓のテーブルの上にケーキの皿を置いた。


「さあ、拳人。 このケーキ、ホント美味しいから食べようよ!」

「……ああ」


そう言葉を交わして、二人はゆっくりとケーキを食べだした。

途中で拳人の母親の美奈子が紅茶を持ってきてくれたが、それ以外は会話らしい会話がなかった。 なかなか重い空気だが、愛奈は辛抱強く拳人に付き合った。


五分後。 拳人と愛奈は綺麗にケーキを平らげたが、拳人は「美味かったよ」と言ったきり黙り込んだ。 このままでは無駄に時間が流れるだけだ。 

だから愛奈は少し踏み込んで、会話を切り出した。


「……ボクシング、負けたのがそんなにショックなの?」

「……それもあるが、なんか自分の器を思い知らされた感じで、なんか急に何をやる気も失せたんだよ」

「で、でもまだ一回負けただけでしょ? インターハイと国体は一年生で優勝したじゃん。 これって凄いことでしょ?」

「俺の目標はもっと高かったんだよ。 正直、高校生レベルの大会で負けるつもりはなかった。 でも一年生で二冠した途端に、急にやる気が失せてきたんだよ。 ……親父の背中を追って始めたボクシングだけど、優勝しても嬉しいというより、もっと強い奴は居ないのか、と逆にがっくりしたよ。 俺は本気で世界チャンピオン目指してたからさ……」


愛奈は珍しく自分の気持ちを語る拳人に、戸惑いながらも最後まで真剣に耳を傾けた。


「もしかしたらオレは姉ちゃんの言うように、親父の真似がしたかっただけなのかもなあ。 でも真似してもすぐ飽きる。 親父のバイクをバイトした金で修理して、乗りまわした時は結構楽しかった。 でもそれもすぐ飽きてきたよ。 多分、俺がどんなに背中を追っても、親父は応えてくれないことが原因なんだろうな、姉ちゃんの言うとおりさ」

「でも拳人の立場なら、お父さんの背中を追うのは無理ないよ。 アタシはボクシングのことは分からないけど、拳人は小学生の頃から、ボクシング一筋だったじゃん。 一つのことにそんなにやれるのは普通に凄いと思うわ」

「俺は親父の記憶が殆どないからな。 俺の知っている親父はリングで戦うボクサーだ。 親父の試合のDVDや動画は何度も観たよ。 本当に凄いボクサーだった、だから俺は親父のようになりたかった。 でもその背中を追えば、追うほど苦しくなる。 愛奈には分からないかもしれないけど、ウェルター級と云う階級で世界の頂点に立つのは本当に凄いことなんだ。 でもいくら強くなっても、親父を超えられる気がしない。 まるで出口のない迷路を彷徨っているような感覚だ」


拳人がこんなに長く話すなんて幼馴染の愛奈も初めて見る光景だった。 

だが愛奈の胸の内にやりきれない感情が沸き起こった。


「……そんなに辛いならボクシング辞めたら?」

「……正直少し考えたけど、辞めたらもっと辛くなる」

「……何で?」

「逃げた後は楽だが、しばらくすると辛くなる。 今の俺がまさにそんな感じだ」

「なんか拳人ってボクシングに憑りつかれてる気がする。 痛々しくて観てられないわ」

「……そうかもな」

「ねえ、拳人はアタシの事どう思ってるの?」

「え? どうしたんだ、急に?」と、少し戸惑う拳人。


すると愛奈は思いつめた表情で拳人を見据える。


「……答えてよ」

「嫌いなわけないだろ?」

「じゃあ、好きなの?」

「……なあ、愛奈。 本当にどうしたんだよ?」

「馬鹿、鈍感! ちゃんとアタシを見てよ!」


愛奈は眼に涙を浮かべて、辛そうな表情でそう叫んだ。

察しの悪い拳人でも流石に愛奈の言わんとすることが理解できた。 

だが理解は出来たが、受け入る事は出来なかった。


「愛奈、多分俺はお前に逃げたら、一時的は楽になると思う。 でもその後で後悔すると思う。 結局これは俺の問題、人生なんだ。 それを都合の良い時だけ、お前に甘えるのは流石に身勝手と思う。 だから俺はやっぱりボクシングを続けるよ」

「……そう」と、声のトーンを下げて言う愛奈。 

 そして愛奈は続けてこう言った。

「結局、拳人はアタシのことなんてどうでもいいのね。 うん、分かった。 でもありがとう、本音を言ってくれて。 だから今まで通り普通の幼馴染で居ましょう。 多分、お互いそれが楽と思うし」


愛奈の突き放したような言葉に、拳人も思わず押し黙った。 勝手なものだが、いざこう言われるときついものがある。 でもそれ以上に愛奈は辛いんだろう。 

その気持ちが分かるから、拳人も素直に愛奈の言葉を受け入れた。


「……ああ、今後ともよろしくな」

「……うん、じゃあアタシもう帰るね」


そう言って愛奈は拳人の部屋から出て行った。 

するとしばらくすると麗子が部屋に入ってきた。


「ちょっと拳人、あれはないでしょ?」

「あれでいいんだ。 その気がないのに付き合ったりする方がかえって、相手に失礼だよ」

「……まあアンタがそう言うなら、あたしも何も言わないわ」

「うん、姉ちゃん。 ありがとうな、もう落ち込むのはこれくらいにする」

「ふうん、じゃあ今後どうする気?」

「またボクシングを頑張るよ。 だからバイトはしばらくやらないし、バイク乗るのも控える。 後、真面目に学校行くつもりさ」

「そう、ならいいわ。 じゃあね、拳人。 男なんだからくよくよせず、前向きに生きなさい! 天国のパパも多分そう言ってるわ」


そう言って麗子も部屋から出て行った。 

一人部屋に残された拳人は、右拳を強く握り締めた。


――そう、このままじゃ終われないんだ。

――だからもう一度本気でボクシングをしよう。

――とりあえず根性叩きなおしてから、聖拳ジムへ行こう。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 天原さん、エエ子や(´;ω;`)
2022/09/25 12:10 退会済み
管理
[一言] 前話でついに負けてしまい、ここから立ち直るか気になりましたが、ついに拳人、男になりましたね! ここからどう強くなって行くのか!頑張れ、拳人!
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