第十七話 日進月歩
翌日の月曜日。
千里は上機嫌で登校、そして教室の前で拳人と遭遇。
「神凪くん、おはよう!」
「ああ、姫川さん。 おはよう」
拳人はそう挨拶だけ交わして、教室に入る。
よく見ると軽く欠伸をしていた。 なんだか淡白だなぁ。
でもよくよく考えてみれば、神凪くんは誰に対してもあんな感じだ。
もしかしてけっこう天然な性格?と一人思い耽る千里。
そして退屈な授業から解放された放課後。
千里はいつも通りボクシング部の練習場へと向かった。
一、二年生の教室のある西館とボクシング部の練習場のある北館までは結構距離があった。 まずは一階の下駄箱で靴を履き替えて、それから北館に向かう必要がある。 その一階の下駄箱の近くで美鶴とばったり出くわした。
「お、姫川さん。 昨日はどうだったの~?」
「え、え? 何の事ですか?」と、しらを切る千里。
「もうじれったいわね! せっかくわたしが気を利かしたのに!」
「あははは……おかげ様で楽しめました」
どうやら美鶴も案外、野次馬根性が強いようだ。
「へえ、じゃあやっぱり神凪とデートしたんだぁ~?」
「ちょ、ちょっ! 先輩、声が大きいッス!」
「大丈夫、大丈夫、周囲に人はあまり居ない……あっ!」
急に口篭る美鶴。 その目線を目で追う千里、するとそこには知った顔があった。
栗色のウェーブのかかったミディアムヘアに、整った顔立ち。 可愛くもあり、美人でもある。 一年D組の天原愛奈の姿が視界に映った。
愛奈は露骨に不機嫌そうな表情で、自分の右肩を千里の身体にぶつけて通り過ぎた。
「痛っ!」と、軽く喘ぐ千里。
「ちょっとそこの君、謝りなさいよ!」と、珍しく怒る美鶴。
「あ、先輩。 あたしは大丈夫ですから!」
すると愛奈は千里達を一瞥して、「ふん」と鼻を鳴らして踵を返した。
「なに、あの子~。 感じ悪いわねえ~」
「あ、先輩。 あの人、神凪くんの友達みたいなので……」
「……そうなの? 神凪も趣味悪いわね。 まあいいわ。 練習場行こう!」
「はいッス!」
ニューグローブをゲットした千里は、いつも以上に熱心に練習を重ねた。
パンチンググローブとリングシューズは美鶴のお下がりを貰い、ボクサーっぽくなってきた。 しかし拳人との距離は大して埋まらなかった。
拳人は今日も少し遅刻してきたが、練習に関してはいつもより熱が入っている。
スパーリングでも上級生を相手にほぼ完璧に打ち負かす。
なんだかんだで拳人の凄さを改めて認識する千里。 そして千里も気合を入れて、横内をはじめとした一年生相手に激しめのマスボクシングをする。
――なんだかんだで神凪くんは凄い!
――あたしも負けられない!
そんな日々が淡々と繰り返されて、部活三昧の日々が続いた。
そして気が付けば十二月の下旬。
期末試験も終わり、もうすぐ冬休みに入ろうとしていた。
今回の試験も無難に平均点以上を取った千里だが、拳人は前回より随分成績を落としていた。
まあそれでも総合得点で平均点以上は取っているが、やはり何処か気の抜けた感じがする。
とはいえそれでも部下内では、相変わらず一番強い。
勉強以上にスポーツの世界は才能の差が出るものね、と改めて思う千里。
彼が本気になれば、もっと凄いボクサーになれるんだろうに勿体ない。
その後も特に拳人との仲は深まらず、クリスマスイブとクリスマスは、親友の真理と中学の女子バスケ仲間と過ごした。 そして年が明けて、迎えた新年。
とりあえず大晦日には、いつもの面子で初詣に行ったが、
それ以外は殆ど部活と自主練に明け暮れた。
毎朝の日課であるロードワークは一日も欠かしてないし、毎日部活に出て、ひたすら激しい練習に励んだ。 練習の大半は、ようやく解禁されたスパーリングとマスボクシングが中心だ。 やはり実戦形式の練習が一番効果がある。
千里は一年生の女子で一番強いと思われる横内相手にも、互角の戦いができるようになった。 この調子だと、四月の関東大会の東京予選大会にも選手して出場できそうだ。
最初は拳人目的の不純な動機で、ボクシング部に入部したが、千里は今ではすっかりボクシングの虜だ。 まあ時々周囲に冷やかされるが、それにも慣れてきた。
他人は他人、自分は自分、と良い意味で自分に言い聞かせる千里であった。




