第十六話 初デート(後編)
千里が選んだパスタ屋は、落ち着いた雰囲気のお洒落な店であった。
店内にはクラシック音楽が流れており、内装は西洋風で大人や背伸びしたい年頃の高校生、大学生にも値段的にリーズナブルで、カップルの姿もちらほら見えた。
千里達は店員に誘導されて、窓際の席に向い合せに座る。
「どう?このお店、なかなか良いお店でしょう」
「ああ……確かに良い雰囲気だね」
千里が得意げに口の端を持ち上げる。
拳人は周囲を見回した。カウンター席が7席。テーブルが6席あり、ほぼ満席状態であった。 客層は若い女性がメインであり、それかカップルであった。
拳人はテーブルの上でメニューを開き、パラパラとページをめくる。
「何かお勧めのメニューある?」
「値段的にも味的にもパスタセットがお勧めね!」
「んじゃ俺はそれでいいよ」
「了解!…すみませーん。注文お願いしまーす!」
「あっ、アイスティーもお願い!」と、拳人。
駆け付けたウェイターに向かって、千里は注文の品を告げた。
15分後、パスタセット二つとアイスティー二つがテーブルに運ばれてきた。
キノコ、ベーコン、玉ねぎ、卵というシンプルな具だが、香ばしい匂いが漂ってくる。
千里と拳人は手を合わせて、「いただきます」と小さな声で言った。
パスタの味の方は家庭的な感じで食べやすくて、美味であった。
「こりゃ美味いな。 好みの味付けだ」
「それは良かった! 神凪くんが喜んでくれてなによりだわ」
「でも姫川さんって、意外とお洒落な店とかデートスポット知ってるんだね」
拳人の言葉に千里は頬を膨らませて抗議する。
「意外とは失礼しちゃうわ。あたしだって年頃の女子高校生よ!?」
「ゴメン、ゴメン。……ただ普通に感心したんだよ」
「あたしはちゃんとクラス内でも友達居るし、ガールズトークに華を咲かせるうら若き乙女なのよ!」
拳人は千里の言葉に適度に相槌を打ちながら、パスタを口の中へ運ぶ。
しかし姫川さんって意外と小言が多いな。 まあ女は全般的にこういう感じなのか、と拳人は内心で思った。 しばらくして二人は、パスタを綺麗にたいらげた。
千里と拳人は食事を済ませ、会計を終えて店を出て、街をぶらついた。
「神凪くん、何処か行きたい所ある?」
「ゲーセンに行きたいかも? 水道橋のゲーセンってちょい他と違うからね」
「……ゲーセンか、まあ神凪くん行きたいならいいよ」
「なら決まりだね、行こうよ」
というわけで、千里たちはゲーセンへと向かった。
「ちなみにゲーセンで何するの?」
「いや久々にパンチングマシーンをやりたいんだよ」
「お、なんかボクサーっぽいね」
「いや水道橋、特に東京ドーム付近のゲーセンのパンチングマシーンってちょっとした名物になってるんだ。 なにせ後楽園ホールの近くでしょ? 現役プロボクサーやプロレスラーが遊び半分でパンチングマシーンで凄いスコアを出すんだよ」
拳人がやや得意げにそう語った。
言われてみれば納得だが、デートで行くのはどうなのよ、と千里は思った。
「まあその後にプリクラでも撮る?」
「えっ……いいの!?」
と目を輝かせる千里。
「うん、別にいいよ」
拳人はさらりとそう言った。
その言葉を聞いて千里は、何処か嬉しそうな顔をして足取りを弾ませる。
ゲーセンに到着。自動ドアをくぐると、雑多な音が混じり合って、耳朶に鳴り響いてきた。 このゲームセンターは三階建てで構成されており、拳人のお目当てのパンチングマシーンは一階の奥の方にあった。
「これだ、これ! 今日の最高スコアは……650か!」
と拳人が珍しく興奮気味に叫んだ。
ちなみにボクシングの世界チャンピオンがこの手のパンチングマシーンで遊んだ所、あまりの衝撃でマシーンそのものをぶっ壊したという逸話もある。
拳人も普段はクールぶっていても、こういう自分好みの場所では年相応のリアクションをするのであった。 とりあえずコインを投入して、右手にグローブを嵌める。
ゲームが開始して、拳人は軽く助走して渾身のパンチを繰り出した。
強い衝撃音と共にパンチの的が強く揺れる。スコアは510だった。
「お、前に来た時より上がってるな! ならもうちょいスコア出すか」
拳人はそう言ってわざとらしく右腕をぐるぐると回す。
立て続けにパンチを連発する。 ステージも高校生にしてはかなり良い所まで進んだ。 結局拳人の最高スコアは524で、今日のランキングで5位入賞という結果に終わった。
「あー、腕が痛い。ちょい張り切りすぎたな……」
「しかし神凪くんって本当にパンチ力あるね。 凄いスコアじゃない!」
千里が少し感心したようにそう言った。
それを聞いた拳人はややドヤ顔で「そうかな?」と答えた。
「どうする? まだやるの?」
「いや気が済んだからもういいよ」
「そっか、じゃあプリクラでも撮って帰る?」
「……そうする?」
「うん!!」
二人はプリクラの機械の前へ歩み、のれんをくぐって中に入る。
千里が慣れた手つきでお金をコイン投入口に入れる。
「フレームなにがいい?」
「……任せるよ」
「言うと思った。じゃあ……」
千里はフレームを選び、画面にペンで二人の名前を書き込む。
「それじゃ撮るね!」
「うん」
ぱしゃっ、という音と共に取り出し口からツーショットプリクラが出てきた。
「良く撮れてるよ!」
「ん、……そうだね」
「じゃあ半分切って渡すね」
千里はハンドバックから眉毛切り用のハサミを取り出して、綺麗に二等分する。
それを受け取った拳人は一瞥してから、財布の中にプリクラをしまった。
「……帰る?」
「そうね」
そう言葉を交わして、二人は機械の外に出る。
それから二人は一直線に駅に向かいながら、連れ添って歩いた。
「いやあ今日は良い買い物できたよね!」
千里が上機嫌にそう言った。
「うん、姫川さんのおかげだ。 今日はとても楽しかったよ」
そう返した拳至の顔を見つめながら、花鈴は小さく溜息する。
「うん、あたしも今日は楽しかったよ。 急に誘ったのに付き合ってくれてありがとうね」
「……いや俺も楽しかったから」
「……ホントに?」
千里が拳人を見ながらそう聞き返した。
どうして女って聞き返すんだろう、と思いながら拳人も言葉を選んで返す。
「ホントにホントさ!」
「……そうなら良かった!」
そう言って千里は身体をくるりと回した。
その光景に拳人は一瞬目を奪われる。 だが自制心を働かせて「帰ろう」とだけ告げた。
それに対して千里は「うん」と元気に答え二人で駅の改札口をくぐり抜けた。
三十分ほど電車に乗って拳人の家のある大岩駅に着いた。
拳人は小さく手を振りながら「じゃあまた明日部活でね」とだけ告げて電車を降りた。千里も拳人に向かって小さく手を振る。
電車の窓から拳人の姿が見えなくなると、ジャケットからi-podのイヤホンを取り出し両耳の中に詰める。 そして3分後、千里の住む亀増駅に到着。
千里はハンドバックと買い物袋を片手に持ちながら、さっそうと駅を後にした。
――今日の事はとりあえず部内では黙っておこう。
――ややこしくなると面倒だからね。
――しかしまさかと神凪くん一緒に何処かへ出かけるられるとはね。
――これも美鶴先輩のおかげね! 先輩、あざッス!。
そして千里はやや浮かれた感じで、ゆっくりと帰り道を歩くのであった。




