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第十四話 新人戦


「ほらよ、拳人。 注文通り修理してやったぞ。 でも随分と古いバイクだから、修理にするのに苦労したぜ。 当然その分、料金は水増しだぜ? 文句言うなよ?」


 と、グレイのツナギ姿の二十前後の青年がそう言った。


昌美まさみくん、ありがとうございます!」


そう言って拳人は深々と頭を下げた。

拳人と間島昌美まじま まさみは近所で育った幼馴染という間柄だ。

昌美は高校時代からバイクいじりに明け暮れ、高校卒業後、バイク整備士の専門学校に進学。 そして専門学校卒業は実家でもある間島まじま商会で働いていた。


「XV250ビラーゴか。 確かに良いバイクだが、古いバイクはメンテナンスや事故した時が大変だぞ? ここは無難にドラッグスターとかの方が良かったんじゃね? まあ今回は俺のツテで中古パーツを随分揃えてやったけどな」


 そう言いながら、昌美はスパナを片手に古いアメリカンバイクを一瞥する。


「いえオレはこのバイクがいいですよ」

「ふうん、何か思い入れでもあるのか?」

「……死んだオレの親父が乗っていたバイクなんですよ」

「ふうん、どおりでボロボロだったわけだ。 まあそういう事ならお前の好きにしろよ。 でも拳人、バイクに乗るのは良いけど、ちゃんと学校へは行けよ? なんかお前の姉ちゃんが「拳人が最近バイト三昧で学校も部活も休みがち」と溢してたぞ」

「いや昌美くんも高校生の頃はよく学校さぼってたでしょ?」と、苦笑する拳人。

「うるせえ、だからこそ言ってんだよ! というかさっさと金払え!」

「はい、これで足りますか?」


 そう言って拳人は茶封筒を昌美に手渡した。

 すると昌美は茶封筒の中を開けて、中に入ってあるお札を数え始めた。


「まあ少し足りない気もするが、高校生だからここはまけといてやろう」

「ありがとうございます!」

「ところで拳人、ボクシングの練習はちゃんとやってるのか?」


 昌美の問いに拳人はややバツが悪そうに左手で頭の後ろを掻いた。


「いえ教習所やバイトが忙しくて休みがちでした、あはははっ……」

「笑って誤魔化すな。 まあお前が親父さんに憧れるのは分かる。 だから親父さんと同じバイクに乗りたいというお前の気持ちも分かる。 でもお前が本当に親父さんに近づきたいなら、やっぱりボクシングを頑張るべきじゃね? まあ俺はボクシングは肌に合わなくて、一年くらいで辞めたけどさ。 お前はマジで才能あるじゃん。 だから頑張れよ」

「……そうですね、ちょっと真面目に練習します」

「おうよ、じゃあ早速乗ってみろや! あ、ヘルは俺のお古をくれてやるよ」


 真人はそう言ってバイクのキーとヴィンテージタイプのゴーグル付ハーフヘルメットを拳人に手渡した。 すると拳人はヘルメットを被り、バイクにまたがってキーを差し込んでエンジンをかけた。 そしてアクセルを回してエンジンを吹かせる。


「お、思ったより調子が良さそうですね」

「当たり前だ。 この俺が直したんだからよ!」

「そうですね。 じゃあ昌美くん、色々とありがとうございました」


そう言って拳人は轟音を鳴り響かせながら、バイクと共に夜の闇に消えて行った。 その後ろ姿を見ながら、昌美が「……親父さんみたいに事故るなよ」と独り言を漏らした。 だがバイクに乗る拳人は笑みを浮かべて、心底嬉しそうだった。


国体が終わった十月の中旬。

帝陣東高校でも中間試験が行われたが、千里は無難に平均点以上を取っていた。

最近は帰りが遅いので、両親からよく小言を言われた。

だからここで成績が落ちたら、退部させられかねない。


なので毎日の授業も真面目に受けて、小まめにノートも取っていた。

そして試験期間中にも勉強して、文系科目に関してはクラスでも上位に入った。

ちなみに同じクラスの拳人は一学期より成績を下げていたが、それでも全体で十位前後には入っていた。 ふうん、最近は遅刻気味だったけど、神凪くんって地頭は良いんだぁ。


そこは素直に羨ましいと思う千里。

でも相変わらず遅刻に加えて、部活も時々休むからなんかその辺がもやっとした。

それでも部で一番強いのは拳人だ。

それに拳人はインターハイと国体を優勝したので、来年の三月に開催される選抜大会にも推薦選手として出場する事が既に決定している。


勉強もそうだが、スポーツの世界も持って生まれた資質で、こうも露骨に差が出ることを改めて痛感した。まあいいや,どうせ私が応援しなくても他の女子が神凪くんを応援するだろう。 だから私は美鶴先輩や他の先輩や仲間を応援しようと思う千里であった。


そして迎えた十一月上旬。

新人戦が駿河川するががわ高校の練習場で行われようとしていた。

充分な広さの練習場の中央にある青いリング。

リング前の広いスペースにパイプ椅子が三十脚ほど並べられていた。


そして試合会場やその外で帝陣東を含めたボクシング部員が

張り詰めた表情で試合の準備をしていた。

ちなみに今回の新人戦における帝陣東の出場者は男女合計で八人。

男子はフライ級の一年生の小森。バンタム級の二年生の川上。 ライト級の主将・福山。 

ライトウェルター級の二年生の森山、ミドル級に二年生の島田という顔ぶれだ。

女子はピン級の一年生の横内、ライトフライ級の二年生の小西。

そしてライト級の小金沢美鶴の三名。


そしていつものように軽いクラスから順に試合が行われた。

フライ級の小森とバンタム級の二年生の川上は判定負け。

ライト級の主将・福山は3ラウンドRSC勝ち、ライトウェルター級の二年生の森山、ウェルター級に二年生の島田は共に1RラウンドRSC勝ち。


女子はピン級の一年生の横内は判定勝ち。ライトフライ級の二年生の小西は判定負け。

そしてライト級の小金沢美鶴は2(ラウンド)RSC勝ちという結果で終わった。

これにより福山、森山、島田、横内、小金沢美鶴の五名が来年開催の関東選抜大会の出場権を得た。 関東選抜大会を勝ち抜けば、三月開催の選抜大会の出場権を得られる。


そういう意味じゃ推薦選手として、既に選抜大会の出場権を得ている拳人はやはり他の部員より頭一つ、二つ抜けた存在だ。 ちなみに今日の試合に関しては、拳人は遅刻せず最初から最後まで部員の応援をしていた。


「よ~し! あたしも頑張るぞ!」


 と、仲間の健闘にやる気を出す千里。


「姫川さん、気合充分だね」と、拳人。

「うん、あたしも来年の関東大会の東京予選には必ず出るよ!」

「うん、姫川さんは凄い速度で伸びてるから必ず出られるよ」

「う、うん。 ありがとう」


千里は拳人に褒められて、頬を少し赤くした。

そして千里は今まで以上に気合を入れて、練習に励んだ。

気がつけば十二月の上旬が過ぎて、すっかり冬となっていた。


友人の真理まりやクラスメイトは、「クリスマスどうしよう~?」と女子高生らしい悩みを呟いていたが、千里はそれらの話題に加わることなく、ひたすら部活に打ち込んだ。 しかしちょっとした問題が起きた。


部活の共用のグローブをつけてると、手がかなり臭くなるのだ。

特に夏場などは地獄だった。 他人の汗を吸って更に臭くなるグローブは女子的にはかなり辛い。 なので千里はそろそろマイグローブが欲しいと思い始めた。


「美鶴先輩、自分そろそろマイグローブ欲しいんスけど」

「そうね、そろそろ姫川さんもマイグローブ買っていい頃合かもね。 でどうする? 通販で買う? それとも買いに行く?」

「どうせなら直に見て買いたいッス!」

「なら今週の日曜日は練習休みだから、わたしと一緒に買いに行く?」

「はい! 行きます!」

「あ、美鶴先輩少しいいですか?」と、拳人が二人の会話に加わった。

「神凪、どうしたの?」と、美鶴。

「いえ俺も新しいリングシューズが欲しいので、一緒に行っていいですか?」

「……う~ん」と、小さくうねる美鶴。

「……駄目ですか?」

「いやそう言えば日曜日は予定あったわ。 だから姫川さんと二人で行きなさいよ? 場所は後楽園ホールの近くの格闘技ショップよ。 アンタなら分かるでしょ?」

「ええ、多分あの店ですよね?」

「うん、まああそこでなくてもあの辺には格闘技ショップけっこうあるからね!」


え? 何コレ? 

この流れはもしかして神凪くんと二人っきりでお出かけする感じ?

それってつまりデートッスか!?


「それじゃ姫川さん、俺と一緒でいいかな?」

「は、はい!? いいッス!」

「……い、いやなんでそこで敬語になるの?」と、拳人。

「き、気にしないで!」

「じゃあ念の為、メアドとラインID交換しておく?」

「う、うん」


こうして千里は瞬く間に拳人のメアドとラインIDをゲット。


「具体的な待ち合わせ場所はラインで送るけど、いいかな?」

「は、はい、構いません!」

「い、いやだからなんで敬語なの?」

「ご、ごめん、あはははぁ~」


と、笑って誤魔化す千里。


「じゃあね、姫川さん。 日曜日楽しみにしてるよ!」


そう言って微笑を浮かべて、拳人は踵を返した。

すると美鶴が千里の右肩を軽く叩いて、軽くウインクした。

どうやら美鶴先輩が色々気をきかしてくれたようだ。

どうしてこうなった!? と、思いつつも内心で小躍りする千里。


勝手に拳人に憧れて、勝手に幻滅したりしていたが、いざ彼と二人でデートするとなるとやはり嬉しかった。 勝手なものだがある意味イマドキの女子高生らしいと云えばらしい。 でもこの事が他の女子にバレるのはマズい。


なのでこれに関しては、親友の真理まりといえど言えない。

と思いつつも自宅に戻ると、にやけ顔になり色々妄想する千里であった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 千里ちゃんのモヤモヤしながらやっぱりドキドキ! 分かる~ww やっぱり乙女心は複雑ですww デート楽しみ( ≧∀≦)ノ
[良い点] あらぁー! デートですな! いいねぇ青春ですねぇ! ヒューヒュー!
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