食パンくわえて走るようです。
皆さんこんにちわ、転生者です。
姓は田中、名は太郎。
この狙ったかのような名前が自分の名前のようです。
現代日本のここ、私立愛友高等学校に通うことになった新入生です。
今私は、今日入学式のある学校に向かっているのですが……
「やべぇ……」
転生特有のトラックシーンからの神様とご対面のシーンを省略して説明すると、
「乙女ゲーっていいよね。でも僕はギャルゲーも好きなんだ! つまり二つ混ぜれば最強なのでは?」
「お! ちょうどいいところに死んでる奴いるから放り込んどくか(笑)」
以上である。
しかし、ここで慌てないのが転生者特権である。
幸いにもモブらしき人物に転生したのだから関わらないようにひっそりと生きていけばいいじゃない!
しかもここは現代日本! やれ貴族だ、やれ魔法だ、やれステータスだとかいうお約束もない!
「ふっ! 勝ったな……!」
あまりの喜びにその場でニヤニヤと顔が緩んでしまう。
そうして歩いているとY字の分かれ道が現れる。
「(どっちが高校の道だったけなぁ~)」
などとのんきなことを思いながら歩いていると左側から女の子が現れる。
自分と同じ高校の制服に身をまとい口には食パンを加えて走っている。
こちらに向かいながら一言、
「遅刻! 遅刻~~!」
といいながらこちらに向かってくる。
それを見た自分は……
「(あれヒロインじゃね?)」
あの古から続くお約束のような走り方! 転生者じゃなければ見逃してたね!
心の中でどや顔をしながらほくそ笑む。
この距離感で自分がぶつかることはない。
あれと関わらなければ少なくとも厄介なことは起きないであろう。
そうしてY字路の交差点に差し掛かるまでもう少しというところである一つの疑問が浮かぶ。
「あれ? ぶつかる相手は?」
お約束のぶつかる相手がいないことに気付いた瞬間、ヒロインとは反対側の道から何か影が見える。
バイクだ。
バイクが猛スピードでこちらに向かってきている。
そのバイク乗っているのは男であった。
その男を目にした瞬間、
「入学式とかそんな下らねぇもん行く分けねぇだろ」
「バイクに乗ってる時が一番安らぐぜ…」
「俺だけを見ていろよ」
オラオラ系男子! 和馬 亮
「うわっひぃ!?」
急にキャラクターの紹介ムービーが頭の中で流れ、奇声が口から漏れ出てくる。
アニメキャラがやるのはいいけど、リアルの人間がイケメンでもかなり厳しいとか、男が顔赤らめるのを見るのきついとかそういうのは置いておいて、今気にしなければいけないのは……
「このままじゃぶつかる!!」
このまま放置すると全年齢対象版がR18G展開になってしまう!
考えるより早く体の重心を前倒しにしつつ叫ぶ!
「危ないぞ! とまれ!」
「え?」
だがもう遅い。
ヒロインらしき女性は、もうすでに交差点に身を乗り出しておりこのままいけばバイクが彼女の身体を貫くだろう。
「うおおおおぉぉぉおお!」
叫びながら交差点に飛び込み彼女の肩に手を触れ、押し返す。
そうしてバイクが自分の身体に触れそうになった瞬間、身体をひねり上げ、垂直になり新体操の要領で着地する。
「(転生者じゃなければあぶなかったな……)」
トラックだったら危なかったかもしれないがバイクだったからどうにかなった。
生前の自転車、果てはトラクターに轢かれそうになっている人たちを助けた経験が生きた瞬間である!
すぐに交差点に目を向けるがバイクはすでに通りすぎた後で文句を言うこともできなかった。
後ろを振り向くとポカンと口を開いてパンを地面に落としている女の子がこちらを見つめていた。
「お、おい! 大丈夫か!?」
女性の肩をつかみ安否を確認する自分。
そしてここからラブロマンスが……
「なに急に触ってきてるのよ! この変態っ!」
ヒロインらしき女性はそう言い放つと自分に平手打ちを食らわせその場から立ち去ってしまう。
訳が分からずその場に立ち尽くしていると一枚の紙が上から落ちてくる。
それを拾い上げると、
「ごめん☆ 色々混ぜたらフラグ管理おかしくなちゃった! by神」
天を仰ぎつつ一言つぶやく。
「☆って古すぎない?」
これは転生者、田中太郎と魅力的()な攻略対象と過ごすハートフルラブコメディーである。
…………たぶん。