例えば、普通とはちょっと違う始まり方
人ってきっと生まれてくる時、性別を選べないから異性を求めるんだと思う。
桜庭慎二は中学1年生の時、『彼』と出会った。
彼は当時から人気者だった慎二とは違い、皆から避けられていた。
『目付きが怖い』『不良』『外人』等といった不確かな噂が飛び交っていたが、今となっては最初の目付きが悪い以外は全部違っていることを慎二は知っている。
彼は他の誰よりも臆病者で、寂しがりやで、お人好しのどこにでもいるちょっと目つきが悪いだけの普通の少年だったのだ。
始めはただ一人ぼっちだったそいつに優しい自分をアピールしようという、今思えばなんとも傲慢な理由で声をかけてみただけだった。
「俺は桜庭慎二、お前は?」
「僕に…話しかけない方がいいよ、君も避けられるから」
「何言ってんだよ、俺はお前の名前を聞いてるんだよ、俺はもう名前を言ったぜ?お前はどうすんだよ?」
「知ってるだろ…?なんでわざわざ」
「俺はお前の口から聞きたいんだよ」
「…竹蔵…優樹」
「よし優樹!今日から俺とお前は友達だ!!」
「友…達?僕と君が?」
「君じゃないだろ?俺の名前は慎二!だろ?優樹」
「慎二と僕が…友達?」
「あぁ!よろしくな優樹!」
優樹の寂しそうな瞳を見てたら、いつの間にかコイツと友達になりたいって心の底から思っている自分がいた。
生まれて始めて自分から友達になりたいってな…。
それが俺と優樹の出会い、俺達二人の友情は今でも続いている、きっとこれからも続くだろう、そう思っていたんだ。
あの時までは···。
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「···ってうわぁっ!?もう時間ないじゃん!」
優樹は少しだけ悩んだものの、結局外に出ていた。
何故なら今日は優樹の親友、慎二とカラオケに行く約束をしていたからだ。
優樹は他にも人を呼んでいるらしいけどそれは彼なりの気づかいだろう。
優樹は人とまともに話した事がない、相手が怖がって逃げてしまうからだ。
最近では慎二のおかげで誤解も少しとけ始め、少しずつだけどクラスメイトとも話せるようになってきた。
優樹は鞄を担ぎながら雪の積もった街道を走った。
優樹の銀色の髪が地面の雪に溶け込んでしまいそうな、そんな幻想的な空間を作り出していた。
通りすぎた人々がその後ろ姿に見惚れていた。
だが昨日まで恐怖や脅えの視線しか向けられることのなかった祐希は、始めて向けられる視線に気付くことはなかった。
この時、優樹は自分の身に起きた突然の変貌の事をすっかり懸念していた。
優樹にとって慎二との約束とはそれほどに大切な事なのである。
彼は、いや…彼女は走る。
たった一人の大切な親友との約束の為に…。
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A駅前の銅像『待ち合わ背像』には今日も沢山の人たちが集まっていた。
そこに一人でいる美少女がいるのだから、ナンパ目的の男達が放っておく訳がなかった。
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女物の服など持っている筈もないので、優樹が今着ている服はフードのついたパーカーにジーパン、そして運動靴だった。
なんかさっきからやけに視線を感じるけど、やっぱり俺ってそんなに怖いのかねぇ…
「はぁ~」
といってもその視線の成分に恐怖や脅えはなく、どこか羨望的なものと好意だったのだが、昨日までとは違うその視線に気付くだけの余裕は今の優樹にはなかった。
急いだおかげで約束の時間には間に合ったものの、30分早くついてしまったのだ。
どうやら腕時計の電池が切れてたらしく、14時50分で針は固定されていた。
そんな訳でしばらく待ちぼうけな優樹は憂いを帯びた溜息を吐いていた。
「なぁ、そこの姉ちゃん俺達と一緒に遊ばない?俺達良い店知ってるんだけど」
待つこと10分位した頃だろうか?不意に優樹は横から声をかけられ振り返った。
声の正体が慎二ではないと分かると優樹は落胆した。
自分にわざわざ近づいてくる人間などそうそういないので一瞬勘違いしてしまったからだ。
(しかしこいつら誰に話しかけてるんだ?俺の近くに女の子なんていないけど···)
優樹そんなことを考えているとニット帽を被った長身の男が舌打をしながら優樹に更に近づいてきた。
「おいおい、シカトするなんて酷いなぁ~?あんただよあんた」
そいつは不機嫌そうに、尚且つ下卑た笑みを口端に浮かべながら俺を指差した。
·····························は?俺···?
「何言ってんだよ?俺のどこが女に見えるって、あーっ!?」
そうだった!すっかり忘れてた!俺、女になってるんだった!?
ヤベェ···ど、ど、どうしよう!慎二になんて言えばいいんだ!?っていうか帰った方がいいんじゃ······。
急にあわあわしだした優樹の手をニット帽の隣に居たムキムキの肉体に日焼けした肌のスキンヘッドの男が掴み捻り上げる。
「痛つっ…!」
「いけねぇなぁお嬢ちゃん、人が話しかけてんのに無視するなんてよぉ?こりゃあ、お詫びをしてもらわなくちゃなぁ?」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらスキンヘッドが優樹に顔を近づけながら言う。
「は、離せよ···!痛っ!」
抵抗しようとした優樹の手首を更に捻りナンパ男は、軽々と優樹の体を自分の体に寄せる。
「悪いことをしたんだ?お詫びに俺達に付き合ってもらおうか?な~に別に怖いことはしねぇよ、少し気持ちよくなるだけさ」
後ろにいた残り一人の男が風船ガムを膨らませながら携帯を弄っている。
雰囲気からさっするに仲間に連絡を取っているみたいだ。予想される最悪の答えに優樹の顔が一瞬で青ざめる。
「は、離せ!俺に触るな!」
女になったその日に、なんだってこんな目に合わなくてはならないのだろう?
「威勢のいい姉ちゃんだねぇ?でも残念、君みたいに可愛い女の子を俺達が逃がす訳ないだろう?」
ジタバタ暴れる優樹の両手を押さえつけるスキンヘッド。
周囲の人もだんだん事に気付いたのかざわつき始めている。
「やべぇぞ、早くその女連れてこうや」
「はなせよ!はーなーせー!」
「うっせぇな!黙ってろ!」
騒ぎたてる優樹にキレたのか、ニット帽が拳を握り優樹に向けて振りかぶる。
「…っ!……?」
殴られるのに怯え、目を瞑っていた優樹はいつまでたってもその痛みがこないので、恐る恐る目を開いた。
そこには今優樹が一番会いたいけど会いたくない人がニット帽の拳を掴み立っていた。
「おいおい、あんた達おいたがすぎるぜ?いたいけな少女をよってたかってどうするつもりだったんだ?」
髪を茶色に染めた、鍛えられた長身の体。不適に笑う優樹のよく知る少年が桜庭慎二がそこに居た。
「て、テメェは···桜庭!?」
始めは眉間に皺を寄せ、これでもかというくらいにメンチ切りをしていたニット帽だったが、慎二の顔を見た瞬間。サッと顔が青ざめていく。
「桜庭って···まさかあの桜庭かっ!?」
スキンヘッドの男が驚愕の表情で叫ぶ
「あぁ、『悪魔の瞳』竹蔵の相方で、殴りの桜庭と言われているあの桜庭だ!」
かつて慎二たちの通うA中学の生徒達はC高校の不良に集団カツアゲを受けていたことがあった。
それを聞いた慎二はちょっと散歩に行ってくるといった具合にC高校に乗り込み···。
自身も全治1ヶ月の大怪我を覆いつつも、主犯格の3人を病院送りにして、更に他の不良たちにも軽い怪我を負わせるという無茶をしてのけた。
その強さはまるで戦国武将の如く、これほど一騎当千という言葉が似合う人物を少なくとも優樹は他に知らない。
「おっ?俺のこと知ってるのか?なら話は早ぇーや···失せろ゛」
慎二の表情が人を食ったような笑顔から一点し、底冷えのするような目でナンパ男達を睨み付ける。
「「「ひ…ひぃーっ!!」」」
途端にナンパ男達は、森の中で熊に遭遇したかのように逃げていった。
睨み一つで男たちが逃げていく、漫画の中でしかないようなことをやってのける。
それがこの桜庭慎二という男だった。
「さてと···大丈夫ですかお嬢さん?お怪我はありませんか?」
「し、し、しん、じ、じ···」
噛み噛みながらも、かろうじて慎二の名を言う優樹の表情はまるでこの世の終わりのようだった。
「あれ?俺の事知ってるの···?」
慎二は優樹の顔を見て「おや?」と?マークを頭上に浮かべる。
「ん~?その銀の髪に···その碧眼···あっ、もしかして優樹の親戚の方ですか?」
人懐っこい笑顔で慎二がそうに違いないと付け加える。
「あわわわわ···」
一方、優樹は終始噛みまくりだった。
「初めまして、俺は桜庭慎二といいます。あなたの親戚の優樹の親友です。···ったく、優樹も冷たいですよね、こんな美少女の親戚を連れてくるんだったら事前に連絡してくれればいいだろうに···ところで優樹はどこに?」
今そのことに気付いたといわんばかりに優樹の居た場所の周辺をキョロキョロと首を振り探す慎二。
「し、し、慎二···俺だ···」
そして、その少女は自身を指差す。
「え?」
慎二にとって、少女の口から発せられたその言葉は生涯忘れらないものとなる。
「俺だ···俺が優樹だ···」
····································。
1¸2¸3、ハイ♪
「何ぃいいいいいいいいっ!?」
慎二の魂の慟哭が駅前広場に響き渡るのだった。
性転換…なんと美しくなんと甘美な響き…。
男から女になった少女はジャスティス、正義です。