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神の伴侶

神の伴侶探し

作者: ツツジ

初の異世界恋愛!

 

 セタスト国、王都の教会。この日、公務として訪れた国王と信心深い大神官の前に、それは現れた。


 彫刻の如き美しさと逞しさを併せ持った、貫禄のある壮年男性。

 神々を崇める祭壇に光と共に降り立った姿は、正しく神そのもの。

 すぐさま膝をついて頭を垂れた国王と神官に、神は告げた。


『我は『創造』を司る第二十四代神、セラティウスなり。此度、貴殿らの前に降りたのは他でもない。我が娘が、五回目の伴侶捜しにこの地を選んだからだ』

「神の伴侶でございますか……!?」

『うむ。人の子を伴侶にしたいらしいが、ピーンとこないのか、なかなか見つからんようでのう。この地にいる、貴族の子として今回は降りたようだ。故に、今日から十月十日の間、貴族の血を引く赤子は決して間引いてはならぬ』

「畏まりました!」

『確か……この地では十六の貴族院卒業を以って成人とするのだったな。なら、我はその時に再び訪れようぞ』


 それだけ告げると、現れた時と同様に光の柱に包まれ、天に昇っていく。

 国王は神々しさに見惚れ、大神官は歓喜に咽び泣いたという。







 神のお告げはすぐに国王から伝えられ、国内に広まった。

 一気に盛り上がり、各所で神の子にあやかった商品が先走って売られるほどだった。


 十月十日後。決して少なくない貴族の子が生まれたというのに、女児は三人だけだった。

 ラコール・ベルンスト伯爵の娘達だ。

 双子が正妻であるライア夫人との子。残念ながら夫人はそのまま儚くなってしまった為、忘れ形見とも呼べる。

 そしてもう一人。娼婦がラコール伯爵を巧みに騙し、一回の過ちで孕んだ子である。



 当然、ラコール伯爵の愛情は双子のみに注がれた。信頼できる女性だと雇った乳母からもたっぷりの愛を受けて、すくすく育っていった。

 対して、不義の子には小さな部屋だけを与えて後は顧みる事はなかった。死んでもいいという伯爵の意思表明なのだろう。



 だが、乳母以外の雇われ人は全てを知っている。だからこそ、隠れて彼女を育てた。

 家族からは何もなくても、優しい人に囲まれて子は育っていった。







 神の宣言から十二年。貴族院は十二歳の金剛月から十六歳の藍玉月までの三年間、貴族としての一般知識を学ぶ場である。


 つまり、今年は神の子と伴侶候補達が入学する年である。


 入学式後、ベルンスト伯爵家では盛大なパーティーが開かれた。

 神の子候補である娘達の自慢の場である。それでも、神の伴侶になりたい貴族子息達は挙って参加していた。


「皆、楽しんでくれているか?」

「勿論です、サンドリーヌ嬢」

「この様な盛大な催しに参加させていただき、感謝の極みです」

「父上も楽しみにしていたのだ。存分に寛いでくれ」


 少々固い口調で固まっていた子息達に挨拶をしたのは、姉であるサンドリーヌだ。

 ラコール伯爵と同じ赤い髪は彼女の気質に色を添え、緑の瞳は凛々しく前を向いている。

 知力、体力共に成人男性をも圧倒する実力者であり、主に騎士達から神の子であると信じられている。

 それを遠巻きに見ていた妹は、大きく息をついた。


「全く、お姉様は堅苦しすぎますわ。挨拶はすでに済んでいますのに。そう思いません?」

「そうですな。我々は一刻も早く、シェルリーヌ嬢をダンスにお誘いしたいと思っております」

「おいっ、抜け駆けするなよ。シェルリーヌ様、僕とも是非」

「ええ。一人ずつ順番ですわよ」


 ふわりと微笑むシェルリーヌに、前にいた子息達は頬を赤らめた。

 姉よりも淡い赤髪、少し眉尻の下がった顔つきは、男性の庇護欲を高まらせた。こちらは貴族令嬢として完璧な姿で、主に文官達から神の子であると信じられている。



 つまり、この国はどちらが神の子であるかという問題で完全に分かれてしまっていた。



 姉妹は自分こそが神の子であると競い、それを貴族令息やその親が後押ししている状況だ。

 一歩間違えば紛争になりかねない状態だというのに、ラコール伯爵はにこにこと娘達の晴れ姿を見守っている。

 その隣には、着飾った女性が一人。双子の乳母であるマリアージュだ。肩に手を置かれ、伯爵にしな垂れかかる姿は、どう楽観的に見ても使用人の域を超えている。

 娘達に夢中な令息達が気づく様子はなく、他の使用人達はただひたすらに無の感情でやるべき仕事を行っていた。








 同時刻、伯爵邸の厨房は怒気と熱気であふれていた。


「っ畜生が! くそ!」

「なぁにがパーティーだよ! あの男は!」

「わざわざ、ロラお嬢様を厨房に押し付けて! 厄介払いか! ああん!?」

「あの愛人の態度っ! 腹立つ!」

「ってか、誰も気づかないとか貴族はバカか!?」

「バカなんだろ!」


 ありとあらゆる罵声が響き渡る。

 聞こえてはいけない雇い主家族は外にいるからこそ、吐き捨てられる言葉だ。それでも、手を動かすことだけは忘れない。


「ダメだよ、そんなこと言っちゃ。もし聞こえちゃったら、首になっちゃう」


 鈴を転がすような声と共に、罵声大会がピタリと止まる。使用人達は怒りを抑え、声の主へと向く。


 橙の髪に赤い瞳、折れてしまいそうな程細い少女は出来上がった料理を手に微笑みかけた。

 荒れた空気の中を、甘い香りが漂ってくる。追加で焼いた、プチタルトなのだろう。



 ロラ・ベルンスト。表向きは不義の子として扱われている末娘だ。

 一番、言いたいことがあるだろうに。使用人達は目に涙を浮かべた。


「ロラお嬢様は優しすぎます!」

「そうだそうだ! 本当なら、ロラお嬢様が表舞台に出るはずなのに……!」

「全部全部! 伯爵とマリアージュの所為よ!」

「しょうがないわ。飾りの正妻と愛する女性が同時に孕んで、運よく同じ日に生まれて、早産で正妻は儚くなって……あの二人にとっては、絶好の機会だったのよ」


 そう言い、ロラは困ったように息をついた。その姿に、耐え切れなくなった涙が滝のように皆の頬を流れていく。





 正妻の子と愛人の子を入れ替える。





 愛されていないと分かっていながらも、命を懸けて子を産んだライア夫人を嘲笑うような悪魔の所業だ。

 その上、愛人であるマリアージュに乳母という地位を用意し、合法的に家族団欒できるようにした。



 もちろん、当時から使用人達は反対した。だが、首と再就職の妨害をチラつかされればどうしようもない。

 せめてもと慈しみ、育て上げたロラは気立てのいい娘へと育った。

 優しい使用人達がロラの親であり、家族だ。

 だからこそ、実の親や異母姉妹達に対して、憎しみも何もない。ただ、関心もない。

 どちらが神の子だと言われてもおかしくない異母姉妹を押しのけ、血だけ繋がっている男の愛娘に収まる気などない。


 こうして皆と笑い、怒り、泣き、家事をすることがロラにとっての全てだ。

 特に、料理を作って美味しいと笑顔になってもらうことが一番嬉しい。今の地位だからこそ許される事だとわかっている。


「さ、タルトの熱が取れたわ。誰か持っていって頂戴」

「俺が持っていこう。それと、クッキーとオランジェットも頼む」

「ええ、わかっ……」


 自然な流れで返答してしまったが、その声の主を見て硬直した。厨房の入り口に、見知らぬ少年がいる。


 白銀の髪に紫の瞳、少々荒々しいが貴族としての気品と風格を併せ持っていた。招待客の一人だろう。


 少年はつかつかとロラに近づき、彼女が置いたタルトを一つ摘んで口に入れる。

 急な登場に茫然としている使用人達を他所に、少年は破顔してタルトを咀嚼した後、毅然とした態度でロラに向き直った。


「すまない。勝手に入るのは失礼だと分かってはいたのだが、どうもタルトの追加が待ち遠しくてな。話を聞く気はなかった」

「あの…………どこから、聞いていました?」

「貴族はバカか、バカなんだろう辺りだ」

「最初の方じゃないですか!?」

「安心しろ。別に告げ口する気はない。むしろ、どことなく胡散臭い男だと思っていたが……理由がはっきりしてよかった」


 その言葉に、皆はほっと息をついた。少なくとも、職を失う心配はないようだ。

 唖然とするロラの前で、少年は急にその場で膝をつくとロラの手を取って甲に唇を落とした。


「ロラ嬢。このような境遇にも関わらず澄んだ心を持ち、こんなにも美味しい茶菓子を作れる貴女。貴女さえよければ、是非とも我が家に来てほしい」

「えっ?」

「おいおいおい! ロラお嬢様をどうする気だ!?」

「ロラ嬢も貴族院に通われるだろう? 先程の会話からして、伯爵が用意などとは考えられない。その点、我が家に来ていただければ何もかもを手配しよう。もちろん、我が家では好きなように過ごしていただいて構わない」

「た、確かに準備はできておりませんが、そこまでされる価値など私には……」

「代わりに、俺の為に茶菓子を作ってくれ! それが望みだ!」


 くわっと言い放つ少年は本気だという事を示しており、使用人達は顔を見合わせる。

 ロラの生活を顧みれば、少年の提案はまさに願ってもない事だ。

 ロラからしても、好きな事をしていいという点に惹かれる。流石に家の侍女や執事が家事を行っているだろうが、少なくともお菓子作りは保証されている。

 家族同然の使用人達と離れるのは辛いが、ロラがここに留まり続けて何かあれば、きっと首も承知の上で伯爵に盾突くだろう。それだけは避けたい。


 皆の表情が、好意的なものへ変わっていく。その中で、ロラは何よりも重要な点を聞いた。


「嬉しいお言葉ですが……その、私……外に出たことがなくて、あの……」

「なる程。俺が勝手に盛り上がって失礼だったな。改めて、俺はアルス・コンドルセ。コンドルセ公爵家が次男だ」

「「公爵家ぇぇぇ!?」」


 思わぬ名前に、使用人達の驚愕が轟いた。










 コンドルセ公爵は王族とも繋がりがある、有力貴族の一つだ。ラコール伯爵の性格を考えると、自慢の双子ならともかく何の教養もない娘など断るだろう。

 そんなロラの考えとは裏腹に、伯爵は快く送り出した。

 パーティーで結婚を発表したというマリアージュと二人で嫌な笑みを浮かべていたので、アルスが偽の話で伯爵達を納得させたのだろう。


 早朝に馬車の迎えが来て、身一つでロラは生家を出た。辿り着いた屋敷は、伯爵家より何倍も豪華だ。

 その中で、わざわざアルスだけでなく使用人達、さらに公爵夫妻と他の子達に揃って出迎えられた。

 その場で腰を抜かしかけたロラだったが、すぐに屋敷の人達と打ち解けられた。


 特に、夫人の喜びようがすごかった。娘が欲しかったのだと、高級な化粧品や整髪剤を楽しそうに選び抜いていく。

 その間に、登校時間だと、アルスと共に学園に向かった。



 冷たい視線が突き刺さる。流石娼婦の子などの陰口が聞こえてきて、双子が先に噂をバラまいたのだと納得した。

 しかし、聞こえるような陰口にアルスがいちいち睨みつけていた為、徐々にその回数は減っていく。それだけでも、引き取られたことに感謝した。


 屋敷に帰ると、すでにアルスが通達してあったようで、菓子作りに厨房を訪ねたロラを料理人達が優しく受け入れる。そしていつものように菓子を作り、アルスの分以外を配った。

 その味は瞬く間に屋敷内に広まり、いつの間にか公爵夫妻や兄弟もロラに菓子や料理をお願いするようになっていった。


「ロラの菓子は俺だけが食えればいいのに……料理もだ。そもそも、料理まで美味いとか最高過ぎるだろう……」

「アルス様、拗ねないでください。今度、アルス様が好きな物を作りますから」

「アルスでいいって言っているだろう。まぁ、ゆっくりでもいいが。あと、ザッハトルテだ」

「はい」


 そう言いながら、ロラは笑う。幸せでいっぱいだ。学業の傍ら、主に料理をしながら公爵家での日々が過ぎていく。




 その間、サンドリーヌとシェルリーヌの話題もよく聞いた。


 二人共、美しさだけでなく互いの長所をさらに伸ばし、神の子により相応しくなろうとしている。

 上級生達も自分が神の子だと思う方へ近づいており、完全に派閥ができている。




 蚊帳の外なのはロラと興味なさそうなアルス、それとアルスの幼馴染のジェルンド第一王子だった。




「聞いたか? サンドリーヌ嬢が隣国の剣技大会、狩猟大会で優勝。シェルリーヌ嬢は伝手で海向こうの国から質のいい綿を取り寄せる事に成功したらしい」

「そうか。興味ない。ガレット食うな」

「情報を与えたからには僕にも食べる権利があるだろう……!」

「こーとーわーるぅー!」


 子供のようにロラお手製のガレットを取り合う二人に、思わず笑みが浮かぶ。

 ジェルンド第一王子といえば、金髪金眼の神々しいまでに美しく礼儀正しいと言われる人だ。

 その人が幼馴染相手にこの態度。憧れている令嬢が見たら、たちまち気を失いそうだ。






 ロラがジェルンドと出会ったのは、アルスに引き取られて一か月ほどの事だった。






「アルス。一人の令嬢に付き添うのはよくない。まして、その令嬢は」

「不義の子だからか? 俺には関係ない。それに、付きまといがダメなら双子の姉妹の取り巻き達を先に何とかしろ」


 アルスお気に入りの人気が少ない中庭、その内の一画に置かれたテーブルでお茶をしていたアルスは、ジェルンドの言葉を一蹴した。

 反論され、ジェルンドの視線がロラに移る。冷ややかに見下ろしてくる目は、よく姉妹やその母がロラに向けていたものだ。

 恐ろしさに身体を震わせるロラを庇うように、アルスが睨みを利かせる。


「ロラを怖がらせるな、ジェルンド」

「……それがお前の決めた事か。その令嬢の何がいいんだ?」

「料理が上手、一緒にいて心安らぐ、笑顔可愛い」


 急な褒め言葉に、ロラの顔色がどんどん赤くなっていく。下を向いたので、アルスがその姿を優しい目で見ていることに気付いていない。

 そして、ジェルンドが先程の言葉とテーブルの上のチョコケーキを結びつけるのは簡単だった。


「一つ貰おうか」

「お、おい!」


 言うや否や、アルスの制止も無視してジェルンドは菓子を一つ食べた。

 途端、目を見開く。驚愕の表情のまま、無言で食べ進めるジェルンド。


「…………理解した。もう一つ」

「やらん!」

「ロラ嬢。先程は失礼しました」

「いえいえ! 心配為されるのも無理はないですわ。良い噂はないですもの、私」

「僕はもう気にしません。ですのでよろしければ、王家の料理人として」

「俺の家から出す気はない! 父上母上兄様達、さらには使用人一人残らずロラを気に入っているからな!」

「くっ……! 先に知っていれば……!」


 手を伸ばすジェルンドからチョコケーキを死守するアルス。その姿を微笑ましく思った。







 それ以来、ジェルンドもよく共に行動するようになった。

 最初はやはり酷い噂になったが、ジェルンドがアルスの方が心配だからという偽の理由を用意したことによってすぐに収束した。









 そうして日々は過ぎ、ついには卒業式を迎えた。








 三年の間、公爵夫人がロラの身だしなみを一から整えた結果、髪に艶が戻り健康的な肉付きとなった。

 その上で用意されたドレスは一目で一級品だと分かるもので、一時間ほど着る着ないの押し問答をすることになった。


 結局、公爵や子供達の援護によりロラが折れた。淡い紫色のドレスにアメジストのネックレス。

 アルスの瞳の色だと夫人に囁かれ、ロラは一瞬で赤くなった。


 アルスに惹かれているとロラには自覚はある。だが、不義の子とされるロラを娶るのはデメリットしかない。

 この気持ちは抑えておくと決めた日も大分昔だ。

 夫人は気づいているのか、からかっているのか。

 そして、エスコート役として着替えたアルスは、赤のタキシードにルビーのタイピンをしている。

 ロラの瞳の色だと、自惚れそうな気持ちを必死に押し込めた。




 会場は例年以上に人が集まった。神が降臨するのだ、一目見たい者も多いのだろう。

 アルスにエスコートされて会場入りしたロラの目に、姉妹の姿が見える。


 マーメイドラインのドレスを着たサンドリーヌとAラインドレスを着たシェルリーヌ。


 互いに白を基調としており、周りには取り巻きと化している令息達がせっせとご機嫌取りをしている。

 視線に気づいたのか、二人がロラと目が合う時が数回あった。だが、興味がないようで視線をすぐに逸らした。


「……ロラのご飯の方が上手い」

「そんなことないですよ。一流の方が作った料理の方が美味しいはずです」

「俺はロラのご飯がいい」


 料理を食べて文句を言うアルスを宥めるロラ。そのまま会場を見渡せば、卒業生の両親が周りで壁の花となっている。

 公爵夫妻やベルンスト伯爵夫妻の姿もある。






 誰もが緊張しながらも楽しむ中、ついにその時がやってきた。






 国王夫婦が座っている高台の中央に、光の柱ができた。その中から降り立つ、神々しい壮年男性。

 すぐさま国王夫婦はその場で頭を垂れる。他の者も見習おうとしたが、神自らが止めた。


『よい。頭を上げよ。我は娘を迎えに来ただけだからのう』

「神よ!」

「神様!」


 神の言葉へ食い気味に叫び、双子がそれぞれ近づいた。カーテシーを取り、言葉を並べる。


「私、サンドリーヌは神の子として恥じぬ様、知力武術を完璧に学んできました。ですが、伴侶と思える人はおりませんでした。ここに報告し、御身の元に戻りたいと思います」

「私、シェルリーヌは神の子としてすべきは、見分を広げることが必要だと考えておりました。故、貴族として伝手を広げ、この国の発展に貢献してまいりました。伴侶に関しては、姉と同じく見つかりませんでした。再び、御身の元へとお戻しくださいませ」


 伴侶はいない。その言葉に、尽くしてきた令息達はその場で崩れ落ちた。

 その様など気にも留めず、神だけを見続ける二人。人々の視線が集まる中、神はゆっくりと首を傾げた。








『………………はぁ? それ、我には関係ないが?』

「「………………え?」」








 まるで当たり前だと言わんばかりに言い切る神。茫然とした双子の声が、静かな会場に響く。

 その様に、金切り声を上げてベルンスト伯爵夫妻が割り込んできた。


「待ってください! 関係ありますでしょう!?」

「そうです! この私の子ですが、どちらかが貴方の子ですよね!?」

『…………………………何を言うとるんじゃ?』


 ベルンスト伯爵夫妻の叫びに、首を逆方向に向けて、神は告げた。







『神が人の子として産まれたとしても、記憶が全くないはずがないじゃろうが。わが娘は産まれた瞬間から神としての記憶を有し、伴侶捜しを始めとる。神の子として恥じぬよう? 神の子としてすべきこと? そう考える時点で、しょせん人の子じゃ』







 きっぱりと言い切った言葉。つまりは、神の子として行動していたサンドリーヌ、シェルリーヌ共に神の子ではないという事だ。

 根本を否定され、真っ白になる双子とベルンスト伯爵夫妻。そして、神は思い出したように手を叩いた。


『ラコール・ベルンストといったなぁ……いくら愛人の子が可愛かろうて、正妻の子と嘯いて育て上げるなど鬼畜の如き所業じゃな』

「なっ……!?」


 暴かれた真実に、言葉を失うラコール伯爵。この場には、国王含め上位貴族が集まっている。その中で暴露された事実は、下手をすれば牢獄行きだ。

 そもそも、『創造』という大きな役割を持つ神がその事実を知っているのか。

 ラコール伯爵がその答えに気付いた瞬間、ギロリと捨てたはずの娘を探し出した。




「ロォォォォォォォォラァァァァァァァ!」

「ひっ……!」




 目を吊り上げ、叫び突進してくるラコール伯爵。恐ろしさのあまり、小さく悲鳴を上げて逃げようとするロラを、隣のアルスが肩に手を回した。



「寄るな」



 たった小さな一言。アルスが呟いただけで、ラコール伯爵が強風でも受けたかのように後ろに吹き飛んだ。

 他の貴族達の方まで飛び、落下地点の貴族達が避けた空間に叩きつけられた。

 何が起きたのか分からない。ただ一人、ジェルンドだけが理解しているようでにやついている。

 そして、神がアルスを見据えて笑った。






『おおっ、アルフィーナ! 息災じゃな! 隣の娘が伴侶か?』





 会場の誰もが、分からなかった。娘といっていたはずが、神が呼んだのは男のアルス。

 キョトンとするロラや他の人々に、神がまた首を傾げた。


『んん? なんじゃ? この雰囲気?』

「父上……民に説明する際は、我が子と言った方がいいと、俺は何度も言ったはずでは?」

『ん? 娘は娘じゃし、子でもさほど変わらんじゃろ?』

「変わるのですよ、神様」


 そう言って一歩出たのはジェルンドだった。小さく苦笑しながら、神の混乱を解く。


「神の娘が降り立つと聞いたものの、僕は一目見てアルスが神だと直感しました」

「思っていたよりも早く気づかれていたな。学院で助け船を出した辺りから、バレているとは思ったが」

「わざわざ神を妨害なんてしないよ。でも、アルスは男。不審に思い、大神官達と調べていました。結果、我が国を含んだ近隣諸国に伝わる神話は、欠落が多いことが判明しました。その一つが、性別に関してです」

「何を申して居るんだ、ジェルンド……?」

「陛下。他の地方、特に大聖山がある国ではこのように伝わっております。『神は偉大なり。その性は産まれた時のみ。不要とあれば切り捨て、必要なら両方得る。』」

「つまり……?」



「性別、変えられるようです」



 ジェルンドの結論に、誰もが口を開いた。逆に、アルスとコンドルセ公爵夫妻、神が頷いている。


『うむ、その通りだ』

「産まれた時のまま、性別を変える、両性無性。俺は二番目を選んだだけだ。もちろん、家族と使用人達にそこも含めて俺が神の子だと伝えている。他言無用で」

「最初は驚いたがな」

「でも、女の子として産まれてきてくれたらいっぱい着飾れたのにね~。でも、ロラちゃんを連れて来てくれたからこの三年間は楽しかったわ~」


 公爵夫人の言葉で、その場にいる人の視線がロラに向けられる。

 アルスの腕の中に収まったロラは未だに混乱しているのか、すがる様に見上げている。アルスもロラと視線を合わせ、飛び切りの笑みを浮かべた。





「ロラ……俺は君が好きだ。伴侶にしたい。一緒に、神国へ来てはくれないか……?」

「私で……いいのですか…………?」

「君しかいない。気遣い上手で、料理も美味しくて、笑顔を見るだけで癒される。そんな存在を、ずっと探していたんだ」

「わ、私も……! アルス様を、お慕いしております……!」





 涙をぽろぽろと流し、自分の想いを言葉にしてアルスへと抱き着いた。アルスは流れる涙を拭い、額へと軽く唇を落とす。

 そして、横抱きに抱え上げると、本当の父の元へと歩みだす。


「アルス。お前が神の子でも、儂にとっては息子だ。元気でな」

「ありがとう、父様、母様。時折、会いに行きます」

「その時はロラちゃんもぜひね。それに、できれば孫も見たいわ」

「ま、孫……!」

「善処します」



 育ての親である公爵夫妻と和やかな会話をして歩く。



「待ってください、神の子アルス様!」

「そうです! 私かお姉様ならまだしも、よりにもよって……!」

「お前達は、ない」

「さよなら」



 叫ぶ双子に冷たく言い捨て、更に歩く。

 光の柱に入る前に、二人は 大切なジェルンドへ向いた。


「おめでとう。ロラを幸せにしてくれ、アルス」

「当たり前だ」

「今までありがとうございました、ジェルンド殿下」

「こちらこそ。神話の欠点や貴族の膿が見つかって大助かりだ。今度来るときは、手土産を期待しておくよ」



 軽口を言い交わし、ジェルンドが手を振る。それにロラが返し、抱えているアルスは笑みで返す。




 そして、二人は光の柱に入る。同時に、光が強くなり、それが消えた時には神も二人も消えていた。










 アルス改めアルフィーナが伴侶を連れて戻ってきた。それは神国でも伝わり、アルフィーナの所には様々な神がお祝いに駆け付けた。

 それが落ち着いた頃、アルフィーナは一つの宮殿を訪ねた。

 煌びやかな装飾がされた扉を開き、中に入る。同じような煌びやかな装飾の壁がドーム状に広がって大きな空間を作り、

 その中では無数の光の珠が浮いている。その中で忙しなく珠を見て手をかざす人物が一人。


「師匠。アルフィーナだ」

「アルフィーナ!?」


 名前を聞いて転がる様に出てきたのは、疲弊しきった女性だった。

 直す暇もないほど崩れた髪や化粧も気にせず、アルフィーナに駆け寄る。


「伴侶おめでとう! 早速代替わりしちゃおうハリー!」

「残念ながら、まだ代替わりできない。伴侶がこの国になじんで暫くするまで」

「そこまでアタシ持つ気がしなーい! 『権力』を司る神の中でも長い方よ、アタシ!」

「わかっている。そこで、頼みがある。謝礼はロラが作ってくれたミートパイだ。お願いするなら持っていってと作ってくれた」

「伴侶様お優しいぃぃぃ! できる事なら何でもするわ!」


 言質を取ったアルフィーナは、頼みごとを口にする。

 それならと女神は光の珠の中に戻っていき、五分ほどで戻ってきた。


「できたわよー! ミートパァイ!」

「ちゃんとできたのか?」

「勿論! ジェルンド第一王子の在位の間、セタスト国の権力を大幅アップ。ベルンスト伯爵家の権力を零を越してマイナスにしたわ」

「ありがとう」

「どういたし……待って、うっま、めっちゃうま! いい伴侶を見つけたね本当に!」

「ああ! 困った事に、父上も母上もすっかりロラの手料理の虜だ。それで感激した父上が、外に出られないロラの為に屋敷を改造すると言い出してな? 何が欲しいか聞いたところ、畑で花や野菜、果物を育てたいと言ったんだ。可愛すぎて早く子づくりしたい」

「メロメロね~。まぁ、ここに馴染むまでは我慢よ我慢」



 この世の終わりとばかりに悔しがるアルフィーナに、それよりも早く代替わりして第五十三代権力神の激務から外れたいと願う女神だった。



読んでいただきありがとうございました!

感想ブクマ、評価にレビューetcは頂けたら口角痛くなるほニヤけてモチベになります!

連載中の話、短編ホラーも宜しければ読んでみてください!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 言われてみれば確かにそうだ…!!!!となる納得と驚愕のトリック [一言] 胃袋を掴むって、大事なんだなぁ(小並感)
[良い点] まさかの え?! 状態になりましたが、とても面白かったです!
[一言] すごく面白かったです!
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