23-5.フィブリンの陰で
彼の静けさの前に、野次はしだいに空回りしはじめた。マカフィの呟きがウィルにも届いた。「なんだよ、なんとか言えよ……俺達が馬鹿みてえだ」。落ち着いていたはずのハヴェオも、イライラした調子でガランと広場の様子を交互に眺めている。
そうして、やがてすっかり騒ぎが鎮まってしまったところで、ガランははじめて口を開き、よく通る声で言った。
「決定したことのように発表した、のではない。決定した。私がリーダーとして、ハヴェオが指摘した二つの危険を承知のうえで決定した。だから発表したのだ。異議がある者は、カピタルから去らねばならない。そう命じる権限を私は持っている」
しんとした。カピタルから去れという命令とは、つまり、
『追放』――
立ちあがっていた大人達が、そろそろと座った。マカフィ達も。自分とハルを捕まえていた腕は、いつのまにか消えている。
黙りこんだ村人達を残し、ガランは焚き火の前から去った。ハヴェオの横を通りすぎるとき何かを耳打ちして行ったが、それは誰にも聞こえなかった。ただ、ハヴェオの固い表情が一瞬だけ歪み、また平静に戻った。彼は、今や彼の味方など誰一人いなくなったように見える広場を見回し、事務的な口調で言った。
「移住の具体的な指示は、追って私から伝える。解散」
誰も動かない。ハヴェオはパン!と手を鳴らし、大声で怒鳴った。「解散!」
ざわめきが戻って来た。凍りついたように動かなかった村人達の口が、少しづつ、やがて滑らかに動き出した。誰も広場から帰らない。誰もが立ちあがり、自分の気の合う者を探し、今夜の出来事をどう思うか我を忘れて喋り散らす。広場は虫の巣を突ついたように騒がしくなった。
ウィルはハルの腕を引き、マカフィ達の輪から抜け出した。
もうたくさんだと思った。うまく利用されたことが腹立たしかった。あのときガランは、俺をどう思っただろう? 他の奴らと一緒になって反抗しているように見えただろうか?
広場を突き抜け、喧騒が遠のいたところで、ハルが話しかけてきた。
「大変なことになったね」
「ハヴェオは馬鹿だよ。マカフィもだ。企みに乗った奴らは、みんな馬鹿だ。リーダーに歯向かうなんて。追放されたっておかしくないんだ。うまくいくわけがないのに」
ハルはじっと考え込んでいた。「そう思うだろ?」と念を押すと、ゆっくり首を振った。
「僕はそうは思わない……あのハヴェオが、考え無しにリーダーに歯向うはずないよ。前から準備してあったはずだ。ガランのほうが上手だったから、今夜のところは失敗したけど」
「今夜のところはってなんだよ。こんなことが、またあるっていうのか」
「広場のみんなの話、聞こえてなかった? ガランを支持する人ばかりじゃなかった。それに……前に言ったよね、僕は仕事中に、村の噂話や人の愚痴をよく聞くって。ガランのことを良く言わない人って、ときどきいるんだよ。特にここ最近はね。メルトダウンが近いのに、呑気というかなんというか、いったいどういうつもり――」
ハルが口を閉じ、遠くを指差した。何かを見つけ。
月の無い星明りの下、誰かが村の東はずれに向かい歩いて行くのが見えた。
ハヴェオだ。背格好だけでも、そうわかった。
ハルと二人、顔を見合わせた。ガランの家の方角でも、ハヴェオの家の方角でもない。どこへ行く気なのか、何をしに行く気なのか――
どちらともなく後を追っていた。ある予感がした。
人影は村はずれの、みすぼらしいテントの陰に消えた。というより、テントの横に座り込んだオーエディエン竜の陰に隠れてしまった。フィブリンだ。明かりの少ない新月の夜、真っ黒い小山のようになって、フィブリンは眠りこけていた。
ウィルとハルは足音を忍ばせ、フィブリンの陰にすべり込んだ。
ガランの声が聞こえてきた。
「――今、決着を付ける必要はない。この問題は、もっと長い時間をかけて答えを出せばよい。たださしあたっては、森を大きく損なわないよう緩やかに移住したいのだ。君ならば理解できる理屈だと思うのだが」
「理解できません。もしものことがあったら、いったいどうするおつもりか。ただでさえ少ない人数をさらに分けるなど。たかだか五十人程度の人間が何かに襲われたら、ひとたまりも」
「ウィリアムは毎日ひとりで森に入っている」
「しかし、彼は竜使いで、」
「それは我々が使う呼び名であって、森に入れば彼だってただの人間だよ。ただの十四歳の少年だ。先発隊の者達とて、たかだか数人で森に入りながら、無事に帰ってきているではないか。彼らにできて、なぜ他の者にできないのかね?」
「それはその……それにしても、移住に半年もかける必要は無い。万が一メルトダウンに間に合わなかったら、」
「間に合うとも。確かにギリギリではあるが、間に合いさえすればそれで良い。むしろ気がかりは、シールド・ポールの準備が間に合うかどうかだ。移住スピードは問題ではない」
沈黙とともに、どちらかが歩き回る音がする。そしてガチャン、と皿の鳴る音がした。
「あなたは、あなたはいつもそうだ! 私の心配など素知らぬ顔で、大丈夫だ、心配するなと、一言も聞いてはくださらない。なんなのだ、何様のつもりだ! 私の提案は、そんなにくだらないものか? 私の心配は、そんなにつまらないものか? いくら我らがリーダーでも、私にも我慢の限界が――」
もう一度、ガチャンと音がした。ハヴェオの次の言葉は聞こえなかった。ドン、ドンとなにかをテーブルに打ち付ける音がする。
ひとしきり続いたその音が止んだとき、ガランの声が聞こえた。
「ハヴェオ、この件で私を説き伏せようとしても無駄だ。なぜなら、私には信念があるからだ。そしてこの件に関しての君の態度が、偽りのものだからだ。君は私の話を理解している。賛成してもよいと思っている。だが別の件で、私に思い知らせたいことがある、だからこの件を利用しているだけだ」
ハヴェオは答えない。ガランが続けた。
「本心を話しなさい。できないならば、君を解任せざるをえない」
長い沈黙が落ちた。やがてハヴェオのおかしな声が聞こえた。泣いているのか、と聞き惑う声、いいや違う、彼は笑っていたのだ。




