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Capital Forest  作者: わたりとり
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21-5.眠り粉

 次の日の探索は、白い道の先を走ってみた。

 白い道は、ゆるゆるとカーブしながらも西へ向かい伸び続けている。このまま走れば、西の外周にたどり着くんじゃないか。そのうちソディックが三番目のポールをくれる。そうしたら、この道を使って第三ポイントへ行こう。

 途中で二つに道が分かれた。一方は西へ、もう一方は北へ続いている。ウィルは地図を取り出し、自分の位置を確認した。新しい紙に描き直した地図の上で、バルワ大河の北側をなぞり位置を確認する。ここから北方角ということは、森の中心点へ向かうはずだ。

 北向きの道を眺めた。道はゆるくカーブし、木立に隠れて先は見えない。けれど、予感がした。この道をずっと走れば――おそらくエヴィーの足なら丸一日――行けそうな気がする。あの、気球から見た、空に向かい直立する奇妙な構造物のもとへ。

 現在の位置を示す×印を地図に付け、ウィルは道を引き返した。泊まり駆けの準備が足りない。今日は村へ戻らないと。明日は安息日だから、ちょうどいい。

 バルワ大河のほとりまで戻ったとき、ふと思いついた。

 一昨日のジェラ。どうしているだろう。まだ生きているだろうか。

 不思議な感覚だった。死にかけた獣など、見て気分のいいものではないのに、確かめたいという気持ちが抑えられない。ちょっとだけでいいんだ。ただ、生きているかどうか、それだけを知りたい――

 エヴィーの首を巡らせ、雑木林にわけ入った。目印は残していなかったが、場所の見当は付く。ざくざく下草を踏みしめ、どんどん進む。なぜだろう、心臓が痛い。森の音が遠のく。指先に血が集まってくる。俺、興奮してるのか?

 ほどなく、その場所に来た。エヴィーを止める。

 耳を澄ます。鳥のさえずりと葉ずれの音しか聞こえない。獣らしき気配は……ない。見てみないと、わからないか。エヴィーを数歩進め、例の木の根元を見ようと鞍から身を乗り出したウィルの目に、まったく予想しなかった物が飛び込んできた。

 そこには、ぼろ雑巾のようになったジェラの体がバラバラに散っていた。骨と赤茶けた肉の断片が。原型をとどめているのは頭と背だけ、脚はどこにもない。腹が大きく割れ、その中はからっぽだ。どこもかしこも喰い破られている――そうだ、間違いない。喰われたんだ。以前、カリフがジェラを狩っていたのだって、喰うために違いないのだから。喰い残された肉の残骸には、今や虫がびっしりたかっている。綺麗なままなのは、あの立派な角だけ。

 ただの黒い空洞と化したジェラの目に虫が詰まっているのを見て、ウィルは反射的に目をつむった。正面を向き、エヴィーに合図する。もうたくさんだ。

 急いでその場を離れた。

 心臓の痛みが引かない。のどの奥になにかがせり上がる。あのジェラ、まさか、生きている間に喰われたんだろうか。見なければ良かった。いや、知って良かったのか? これも、森では当たり前のことなのか? ネイシャンの授業で聞いた『世界の仕組み』なのか?

 じっとり歩いていると、頭がますます混乱する。雑木林を抜けたところで、エヴィーを走らせた。バルワ河の支流も乱暴に水を跳ね上げ渡る。早く走るほどに、心臓の痛みがやわらいでいく気がする。流れてゆく景色に身を任せながら、ウィルは思った。深く考えないでおこう。獣と人間は違うんだから……

 駆け続け、まだ昼前だというのにバーキン草原に着いた。明るく風の渡る草原に入り、ウィルはやっとエヴィーを止めることができた。

 正面を眺めると、草原の中央、デコボコの木の横に、オーエディエン竜が一頭でんと座っていた。ものすごい存在感。数人の大人が小屋の横に材木を積み上げていた。そのうちの一人が、こちらに向かって手招きしている。マカフィだ。

 合流すると、彼はデコボコの木を見上げて言った。

「この木、おかしくねぇか? 石みたいなのが飛んで来るんだよ、仕事してると。痛かねえけど、気が散るんだよな」

 言ったそばから、木の実がポイッと飛んで来た。マカフィの頭にコツンと当たり跳ね返る。ウィルは思わず笑い出した。

「クルリだよ。このくらいの小さな獣。木の上に住んでるから、暇なときに登って見てみたら?」

「ふーん。失礼な奴。ところでお前、どうかしたか? こんなことでゲラゲラ笑い出して。大丈夫かよ」

 ドキッとした。図星だった。ハルならともかく、マカフィに見破られたのはちょっとショックだ。

 べつにたいしたことは無い、と答えると、マカフィは「あ、そう」とがらっと口調を変え、ニヤニヤ笑いでとんでもないことを言い出した。

「聞いたぜ、お前とラタとの話。エマおばさん相手に、ラタを悪く言うなって喧嘩を売ったって? やるじゃねえか。けど、ラタのためにとは驚いたね。エマおばさんが悔しがってたらしいぜ。なんで気づかなかったんだろうって。きっとそのうち、早く一緒に住めとか言ってくるんじゃねえか?」

「は? ちょっと待った、それって」

 イヤな予感が当たった。しかも、予想以上に悪いほうに。

「俺は、間違った噂を広めないでくれって言っただけだ。喧嘩を売ったわけじゃないし、だいいち、俺はラタのことなんかなんとも思ってない!」

「照れるなよ。わかってるよ。お前もなあ、それならそうと早く教えろよ、馬鹿。知ってれば俺だって、あいつのこと悪く言ったりはしねぇんだから」

「照れてない! わかってないぞ!」

 どれだけ否定しても駄目だった。押し問答の末、マカフィはウィルの背中をバシッと叩き「そうムキになるな。痛々しいぜ」ととどめをさし、豪快に笑った。やりとりを聞いていた大人達も一斉に笑った。ひどい多数決だ。

 がっくり脱力するウィルを横目に、マカフィは続けた。

「お前も心配だよな。あいつ、ちょっと危なっかしいところがあるもんな。イヤな女だけど――悪りぃ、今のは忘れてくれ。なんていうか、変なことにこだわるだろう。で、こっちがわかんねぇことで『あたしは傷ついた』ってヒスを起こすから、手に負えないというか――悪りぃ、今のも気にしないでくれ」

 べつに俺に謝らなくていい、と言うのも面倒くさく、ウィルはなんとなくうなずいた。

 マカフィの指摘は当たっている。新月祭の夜、ガランの授業を聞いた帰り道でのことが、まさにそうだ。ラタが傷つきやすい女だということは自分もわかっている。でも何が彼女を傷つけるのかが、わからない。俺だけじゃないはずだ。あのとき『わかるよ』と言ったハルだって、本当にわかってるんだか怪しいもんだ。ラタを慰めたかっただけじゃないのか?

 悶々としているウィルの横顔を眺めていたマカフィが、声を落として言った。

「なあ、お前はひょっとして、まだ知らないのか? あいつがなんでマクヴァンを飲んだか」

「なんでって――まさか!」

 ぎょっとした。 

「知ってるのか? なんでマカフィが?」

「お前、声が裏返ってるぞ。やっぱり知らねえのか。ふうーん」

 ウィルは苛つき怒鳴った。「もったいぶるなよ!」

 驚いてこちらを振り返った大人達になんでもないと手を振り、マカフィは眉をしかめた。

「怒鳴るなよ。悪かったよ。あのな、原因はたぶん、ソディックの野郎だぜ」

「ソディック?」

「おう。騒ぎの前の日、ラタがあいつと長々と話し込んでるところを見た奴がいるんだよ。ああ、そのときハルもいたらしいけどな。たぶん、あいつが何かおかしなことを吹き込んだんだ。間違いないね」

 ソディックの名前にきょとんとしていたウィルにも、だんだん事情が呑み込めてきた。

 長話の中身はわからないが、なんとなく感じる。ソディックの、本当のことをありのまま伝える態度は、自分達ですらきついものだった。ラタにはショックが大きすぎたんじゃないか。もしかして、メルトダウンの真の姿を聞いたんだろうか。そうかもしれない。それなら納得がいく。

 ハルに聞いてみよう。当たっていれば、ハルは答えてくれるはずだ。

 大人達から休憩のミードを誘われたが、ウィルは断った。早く帰って確かめたかった。

 エヴィーに乗ろうときびすを返したとき、マカフィが真面目な顔で言った。

「お前、ソディックに聞きに行くつもりじゃないだろうな。やめておけよ。あいつの話は聞かないほうがいいぜ」

 なぜ、と問い返したウィルに、マカフィはますます真剣な目をした。陰口をたたく軽さはなかった。まるで、得体の知れない怪物のことを語るかのように言った。

「あいつの考えてることは危険だ。知らないほうがいい。知ったら、まともに生きられなくなる。ラタがいい例だ。今までにも、そういう奴がいたらしいんだ。聞いたらお前も元には戻れないぞ」

 驚き、言葉を返せないウィルに、マカフィは念を押した。

「奴の話を聞くんじゃない。絶対に。忠告したからな」


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