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Capital Forest  作者: わたりとり
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16-4.雨の日々

 三日後の朝、だいぶ小ぶりになった雨の中、ウィルとハルは撥水コートを着て大きな桶をぶら下げ、待ち合わせ場所へ向かった。

 学校のそば、木の柵がぐるっと張り巡らされた、ロックダムの小屋だ。天井がわりに張られた撥水布はボロボロで、穴がたくさん空いている。

 二人が到着すると、すでにニッガとネイシャンが待っていた。

「こんなに早く約束を果たしてくれるなんて、あなた、けっこう義理がたいのね」

 ネイシャンは、五日間の補修を終えたときより嬉しそうだ。ウィルは釘をさした。

「ロックのマスターになるわけじゃ、ないですからね」

 彼女は「わかってるわよ」と返した。少し残念そうではあるが、それでも晴れやかな顔に変わりはない。

 寝起きのロックの目はとろんとしている。動きもやけに鈍い。

 昨晩、深く眠れるようにマクヴァンを飲ませたのだ。グレズリーのアドバイスだった。竜を眠らせるだけのマクヴァンは相当の量で、ビリー・ヒルの所へもらいに行ったウィルは、何度も確認された。「本当に、竜に使うんだろうな? お前が使うんじゃ、ないだろうな?」と。

 ニッガが短く促した。

「さあ、準備を」

「そうだね、早く済ませなきゃ。ロックの機嫌がいいときなんて、そうないんだから」

 持参した桶をドンと置き、ハルが言った。

 ロックが桶に首を伸ばし、餌を食べ始めた。ハルがその口元に控え、残り三人で鞍の準備にとりかかる。

 できるだけ早く作って欲しい、と頼んで出来あがった鞍は、エヴィーの物よりずっと簡素だ。それを三人で、できるだけ手早く竜の背に載せ、固定した。ロックは時々うるさそうに脚を踏み鳴らしたが、なんとか無事にやり終えた。

 柵の一端を開き、食事を終えたロックを連れ出す。ハルが口元につき、三人で周りを取り囲み、砂漠へと導く。すれ違う村人達が、驚き立ち止まり、声もかけずに一行を見送っている。あの連中、なにをする気だ?という顔だ。

 ロックも、しだいに眠気が覚めるとともに、ただならぬ様子に気付いたようだ。鼻息荒く尾を大きく振りまわし、それでいて暴れもせずハルの後を付いて行く。

 砂漠に出て、ロックの鼻先を西へ向ける。荷物を鞍に乗せ、いよいよウィルが乗るときが来た。

「ウィル、『竜使いは――』」

 ネイシャンが言いかけた言葉を、ウィルは引き受けた。

「『竜を選ばない。選ばれることはあっても』でしょう。わかってます」

 ソディックの言葉だ。余計なことを言ってくれたものだ。緊張するじゃないか。騎乗試験のときなみだ。

 他の三人が一斉に後ろへ下がった。尾をぶんぶん振っていたロックが、ぴたりと動きを止める。首をうんと曲げ、ウィルを見降ろしている。いつも血走っている凶悪だった目に、なにかを期待する落ち着きと興奮とが同居していた。

 ウィルは呼びかけた。そうしたほうがいい気がした。

「ロック、いっしょに西へ走るぞ」

 言って鞍に手を掛け、ひととびにその背にまたがった。たくましい背。

 濡れすぼんでいたたてがみが、興奮で突っ立ちビリビリ震えている。ロックは首をうんと前へ突き出した。発進の準備。笛の調教はしていない。手綱とあぶみだけが頼りだ。

 まずは並足からだ。ウィルは前進に備えて軽く前傾し、手加減してロックの腹にスパイクを当てた――


 ドン!という衝撃、とともに、体が空中へ飛びあがった。

 ロックが斜め前方へハイジャンプしたのだ。背翼まで広げて。


「うわーお!」

 ハルとネイシャンの歓声が、ずっと後ろから聞こえた。ロックはダッシュ態勢に入ってしまっていた。

「ロックダム! ローック! 落ち着け!」

 無理だ。

 解き放たれたパルヴィス竜は、あらんかぎりの力で驀進ばくしんした。ウィルの体を無茶苦茶に揺さぶり、猛り狂って突進して行く。

 右手に続くカピタルの柵の向こうから、村人達の叫び声が聞こえてくる。はやしているのか、危ないと怒鳴っているのか、まるでわからない。

 なんとか態勢を立てなおし、皮袋に手を伸ばす。手探りでマスク用の布を探り当て、口の中に突っ込んだ。こうでもしないと、舌を噛む。

 絶好調のロックは、ほどなくカピタルの西の端を通過した。右手を見ると、大きなテントの横で、ソディックが立っている。眼鏡をずりっと上げ、軽く手を挙げたのが見えた。

 村の柵が途切れた。

 視界の半分は砂漠、半分は森。延々と続き、はるか前方で緑は右奥へとカーブして行く。長雨で濡れ固められた砂漠は、森の地面より反発が強い。ロックの脚踏みひとつひとつが、ウィルの体に響き、骨を揺さぶる。

 なすすべもなく揺さぶられていたウィルも、ようやくコツが呑み込めてきた。エヴィーの乗り心地とはまるで違う。エヴィーには、ゆったり体重を預ければ良かったが、ロックでそれをやると背から放り出されそうになる。脚に力を入れ、衝撃がもろに背骨に伝わらないように踏ん張り続けた。

 そんな緊張状態で、どれだけ駆けたろうか。

 雨雲で太陽は見えない。ウィルは自分の鼓動をたよりに、距離を測った。百数えたら手綱を持ち変え、千数えたら撥水コートの裾に縫い付けたスナップボタンを留めていく。十個留めたら、暗算して太陽の高さに置き換える。

 空想太陽が高く昇り、カピタルの集落も森の緑のカーブ向こうへ隠れ見えなくなった頃、ロックの足並みがようやく緩んできた。……すごいスタミナだ。

 揺れが、エヴィーのダッシュ時くらいに落ち着いてきた。

 ウィルは噛み続けていた布を吐き出した。ほとんど濡れていない。口の中はカラカラだ。

 若い竜だからか、これがロックの個性なのか、桁違いのパワーに頭がクラクラする。エライことを引き受けてしまった。奥歯はジンジン、背骨はギシギシ、まだ昼前なのに。

 亜種のロックでこれなら、純血のシーサはいったい?……と考えかけて、やめた。その時になったら心配しよう。今は、そんな余裕も無い。

 手綱を握りなおし、竜の様子に目を配る。

 ロックは嬉しさ全開だ。ウィルには、そう見える。

 エヴィーが走るときには全く使わない背翼をバタバタと広げ、たてがみは突っ立ったまま。前へ進むより上へ飛び上がる力のほうが強いくらいだ。まだ走り方がよくわかっていないのかもしれない。それとも、そうせずにはいられないくらい、興奮しているのか――たぶん、どっちも正解だろう。

 目を森に転じると、森の外周は、見なれた木立で縁取られていた。ニッガの幼木の群れだ。

 前方は、同じ景色がずっと続いている。気球から見下ろしたとき、ニッガの林が東西へうんと広がっているのが見えた。おそらく、ポールを埋める地点まで、このまま林が続くはずだ。

 ウィルはときどき休憩を取ろうとしたが、うまくいかなった。

 手綱を引いても、ロックはぶるぶる首を振り、ガンとして脚を止めない。止まったら最後、二度と走らせてくれないとでも思っているのか。結局、一度も休憩をとらないまま空想太陽は南天を昇り、午後の雨空へと傾いた。

 そろそろ、ソディックが指定した座標近くだろうか。

 皮袋をさぐり、シールド・ポールを取り出した。

 重く長いポールを、つるつる滑る撥水コートの上で操るのは難しい。落とさないよう慎重に持ち直す。ポールの上部スイッチをひねると、パネルにチカッと四桁の数値が表示された。

 よし、すぐそこまで近づいている。間もなくだ。

 いったんポールを皮袋にしまい、ロックを止める準備に入る。さて、どうやったものか。手綱を引いて止められるものなら、とっくに休憩している。違う手を探さないと――

 といっても、自分にできることはあとひとつしかなかった。たてがみを掴み、脚を踏ん張り立ち上がり、竜の頭へうんと顔を寄せて、ウィルはロックの耳ひれを持ち上げた。

「ロック! 止まれ! 用があるんだ」

 音に敏感なパルヴィスは、クイッと耳ひれを立て、微妙にスピードを落とした。

「用が終わったら、また走ろう。今は止まってくれ。頼む!」

 言い終わって、ウィルは自分で納得した。

 人間など及びもつかない圧倒的なパワーを持つ竜を、手綱ひとつで自由にできると思うほうが、間違いだったのだ。もしこれでも止まらなかったら、それでもいい。ロックの気が済むまで、走らせてやろう――

 だが心配は無用だった。

 次に手綱を引いたとき、ロックは減速した。そしてそのまま、止まってくれた。今までの強情が嘘のように。

 よし!と思わずあげたウィルの声にあわせ、ロックが喉を反らし遠吠えを放った。得意そうだ。

 下に飛び降りる。

 地に足がついたとたん、景色がぐらっと揺れた――違う、自分が揺れているんだ。動いていないはずの地面が、うねうねと脈打っている。胸がムカムカする。こんな感覚、初めてだ。

 ロックにもたれしばらく休憩した後、ウィルはポールの設置にとりかかった。

 ポールのパネルと、ポケットから引っ張り出したメモ紙を付き合わせる。四桁の数値の差は、もうわずか。歩いてもすぐの距離だろう。ウィルはパネルを睨みながら、ニッガの幼木が茂る森へと歩み寄った。ロックがその後を追う。

 そのまま、砂漠と森の境界をまたぎ森へ入る。

 二・三リール進んで、後ろからバキバキという音がするので、振り返って驚いた。ロックが、大人の背丈ほどの木を踏みしだき、森の中まで追ってきたのだ。まだ繊細な幼木や下草が、巨体に弾かれ折れ曲がり、砕かれている。慌てて命令した。

「ロック、止まれ! そこまで!」

 竜は耳ひれをピクリと上げたが、すぐ次の一歩を踏み出した。バキバキ、と次の破壊が始まる。

「こら! 駄目だったら! えーと……すぐ戻るから。いい仔だから。頼むよ」

 ロックの脚が止まった。首をぐうっと突き出し、右へ傾ける。ウィルは思わず笑ってしまった。なんでぇ?……といった顔だ。しかし、「すぐ戻る」に安心したのか「いい仔だから」に気をよくしたのか、ロックはおとなしくなった。

 ほっと胸を撫でおろし、ポールの準備に戻る。

 北西に十数歩進んだとろこで、誤差ゼロの座標地点を見つけた。柔らかい下草が生えているだけだから、すぐ設置できる。

 手袋をはめた手で下草をむしると、茶色い土が見えた。水を含んで、柔らかい。ソディックは固い地盤がいいと言っていたが、長雨なんだから仕方ない。

 いよいよ、ポールを埋めるときが来た。

 といっても、パネルが付いた方を上にして、真っ直ぐ地面に突き立て、ポール上部のボタンを押すだけだ。少し緊張しながら、押した。

 フィー……というかすかな音と振動が、ポールの内側から伝わってきた。

 と同時に、ポールの下で異変が起きた。ツルツルに見えていた表面がバクッ割れ、小さい金属アームが何本も現れ、クルクル動いている。アームが円を描くようにして、土をポールの外側へ掻き出しているのだ。ポール全体が、静かに、土へもぐり始めた。膝をついて支えているウィルの手の中を、金属筒が非常にゆっくりと、下へ沈んでいく。ポールの周りに、描き出された細かい土がもくもくと盛り上がり、小山のようになってきた。

 しゃがんだ姿勢で、じっと支え続けた。自分の鼓動は数え忘れたが、千は軽く越したろうという頃、やっと終わりが見えてきた。ポールはほとんど地に潜り、土の小山からパネルだけが飛び出している。そうえいば、動作を止める方法を聞いていなかった。これ以上沈んだら、土に隠れちまうぞ――と思ったギリギリの所で、フィーという音が止まった。さすが、ソディックだ。

 土が付いた手をはたき合わせ、ウィルは立ち上がった。

 ちゃんと動作しているかどうか、それはソディックにしかわからない。自分の任務はここまでだ。

 思ったより早く片付いた。さあ帰ろう、と森の入り口を見やる。

 長い間じっと『いい仔』にしていたロックが、待ってましたといわんばかりに、背翼を広げバタバタとはためかせた。


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