11-5.新月祭
「ガラン?」
アリータが口走った。ネイシャンが、ぎょっとしたふうに首を振った。
「あ、いや、違うのよ! その、えーと」
なにかモゴモゴといいかけ、しかしすぐ、ネイシャンは観念したように、はーあと肩を落とした。
「……ダメだわ。やっぱり、隠し事は私には向かないみたい」
それから声を落とし、内緒の話だから、絶対に他の者には言うなといって、続けた。
「今回の件は、ガランの依頼なの。具体的なことは話せないわ。口止めされているのよ。でも、今の調子でいけば、次の新月祭くらいには、ちゃんと報告できると思うわ」
「何を?」
尋ねたウィルの額を、ネイシャンは小突いた。
「だから、それが言えないの! わからない子ね」
「ガランて、謎の人よね」
アリータがふいに呟いた。みなが注目すると、彼女は慌てて言った。
「悪い意味じゃないのよ。勘違いしないで。ただ、ほら、私の銃の件もね……成人の日に、銃を創れって言われたとき、正直いって戸惑ったわ。森が見つかるとは限らなかったのに、いいえ、見つかる可能性のほうがずっと低かったのに、彼は言ったのよ。絶対に必要になるから、今から準備を始めて欲しいんだって。私、あのときばかりは、この人がリーダーでいいんだろうかって思った。彼、何を考えてるのか、私達にはわからないところがあるわ」
「やっぱりそれは、ガランが他の……」
言いかけたラタを、アリータがぴしゃりと抑えた。
「違う。そういう意味じゃない。そんなこと、軽々しく口に出しては駄目よ」
ラタは黙った。
四人とも、しばし沈黙した。――誰もが、同じことを考えていた。
ガランは、カピタルの人間ではない。
カピタルに来る以前の、ガランの素性は知られていない。
一人で、わずかばかりの荷物をかつぎ砂漠で行き倒れていたところを、探索に出た竜使い達が見つけカピタルに連れ帰ったのだ。四十年以上も前の話しだ。他の共同体からはぐれたか――おそらくは追放されたのだろう。
事情はわからないが、厳しい環境を生き抜くためには厳しい掟があって当然であるし、掟に従わない者が追放されることは十分考えられた。
それは、カピタルじゅうの誰もがどこからともなく聞きかじり、知っていながら、口に出さないことだった。カピタルで暮らすガランは博識で温厚で、追放されるような人物とは思えなかった。彼は本当に優れたリーダーだと、誰もが認めていた。その彼をよそ者呼ばわりすることを、誰もが憚った。
だからこの件は、こうして誰かがわざわざ話題にしないかぎり、ほとんど忘れられている。
ネイシャンがミードをぐいっと飲み、アリータに言った。
「ガランは企みごとがうまいのよ。みんなをあっと言わせることを楽しんでる、というか……。このミードだって、完成するまでずーっと黙ってたじゃない」
「じゃあ、あなた達が今やってる内緒ごとも、みんなをあっと言わせることなわけ?」
アリータが聞き返すと、ネイシャンとラタは顔を見合わせ、なんともいえない含み笑いをした。素晴らしい秘密を二人占めしている、といったふうに。
今度はウィルとアリータが顔を見合わせた。……なんか、やなカンジだ。
絶対に漏らさないから教えてくれよ――と言おうとした時、焚き火のほうから手を鳴らす音と、ハヴェオの大きな声が聞こえてきた。
「注目、注目!――静かに!」
なんなんだ?というウィルの独り言に、ネイシャンが答えてくれた。これから、ひと月を振り返る報告会をするそうだ。といっても、覚めない眠りを終えた人の名を挙げるくらいしか、「報告」することは無いらしいが。
「今夜は、そうでもないと思うわよ。とびきりのニュースがあるもの。ね?」
アリータが横から言って、ウィルにウィンクした。
広場の喧騒がしずまると、ハヴェオは大きく咳払いし、続けた。
「報告の時間だ。まずは、いつものとおり……覚めない眠りを終えた者を呼び、みなで別れの想いを送ろう」
彼は、三人の名を挙げた。いずれも長年カピタルを支え続けた老人達の名だ。
最後にトニー・ヒル氏の名が呼ばれた。すべてのカピタル人の抗体を――生きる力を――支え続けた彼への黙祷は、長かった。誰も、神妙に垂れた頭を、いつまでも上げなかった。
ハヴェオが軽く手を鳴らしたので、ようやく黙祷は終わった。
「さて、次は……今月も、新しい仲間の誕生の報告は、無し。残念なことだ。しかし、成人した者が二名いる。呼ばれたら、その場で手を挙げてくれ。まずは、ウィリアム・リロード!」
拍手が沸き起こった。
照れくさくてしょうがなかったが、ハヴェオに早くしろと指差され、ウィルはしかたなく右手を挙げた。自分の周りで、拍手がいっそう大きくなる。
もういいだろうと降ろしかけた右手を、ネイシャンにつかまれた。驚き振り返ると、彼女は笑って、ウィルの手をぎゅっと握り、何度も振った。周囲から、同じように握手を求める手が次々と差し出された。アリータからも、ラタからも。
数えきれない握手がひと段落すると、ころあいを遠くから見計らっていたハヴェオが告げた。
「よし。では、もう一人の名を呼ぼう。ハルミ・ブラッサム!」
今度は向こうのほうで、ひときわ大きな拍手が上がった。
ハルの手は見えなかったが、ウィルにはわかった。きっと自分に負けないくらい照れて、それでいて嬉しくてたまらないだろう。ハルに届けとばかり、誰よりも大きく拍手を送り続けた。その隣で、ラタもまた、力いっぱい手を鳴らし拍手しているのが聞こえた。




