07-1.もうひとつの武器
大事なのは、お勉強ができることじゃない
探索最初の夜は、ハルと語り明かすことになった。
夕暮れに染まりだした村を横ぎり、テントに帰りつくと、ハルがたっぷりの夕食を準備していた。したくを手伝い、食事と配給されたミードをテーブルに並べ、それから、二人は時間を忘れて喋りづめになった。喋るあいまに食事をし、喋るあいまにミードを流し込むといったぐあい。
ウィルは森で見聞きしたことを、覚えているかぎりハルに伝えた。
緑のトンネル、巨木が立ち並ぶ暗い林、剥がれた幹の皮についた赤黒い液、地肌を覆う草むら、白いヒラヒラ虫。
サムのことを何度も考えたこと、赤い目印を見つけたこと。
そして、エヴィーがどんなふうに歩いたか、自分のホイッスルをわかってくれたか、迷った自分を森の出口へと案内してくれたか……。
自分が経験したことすべてを、話したかった。
ハルもまた、すべてを聞きたいようだった。言葉足らずになりがちなウィルに、矢継ぎばやに質問した。
「その虫、小さいってどれくらい?――虫なの? 鳥じゃなくて? 鳴かなかった?――ねえ、その手袋見せて、木の液が付いたヤツさ――おじさんの目印って、ひとつだけだった?」
ウィルも質問攻めが嬉しかった。
ハルと話していると、自分の頭の中も整理されていく。
初めてづくしの森の話は、尽きることがない。
ウィルもハルも、サムから森の話をほとんど聞いていなかった。サムが一年前、探索を行っていた十数日の間、二人はほとんど学校に預けられていたからだ。たまにテントに帰った時もサムはかなり疲労していて、それでいて眼だけが厳しく鋭く輝いていて、冒険話をねだれる雰囲気ではなかった。ただ一度だけ、「森って、どんなところ?」と尋ねたウィルに、サムはしばらく考えた後「一言では、言えないな。そういうところだ」と答えた。それが唯一の森の話だった――
どれだけ時間がたっただろう。油が切れかけたランプの炎が、弱くまたたいたので、二人はやっと話を打ち切った。
「ふう、喋りすぎた」
うんと伸びをしたウィルに、ハルがカップを片付けながら、言った。
「しかたないよ。初めての日なんだから」
「そうだけど。今日はもう寝よう……あ」
ランプに油を継ぎ足しているハルに、向き直った。
「ハルだって、初仕事だったんじゃないか。どうだった?」
「おもしろかったよ!」
ハルが勢いよく言った。
「今日は、小屋の掃除から教わったんだ。竜を一頭づつ小屋から出して、やるんだけどね。グレズリーさんのところの竜、みんないい子達だよ。僕のいうこと、よく聞いてくれそうだ。グレズリーさんが感心してた。自慢していいよね?」
本当に嬉しそうだ。ウィルはうなずいた。
「ハルは適任だよ。どんな竜でも、ハルには『いい子』になるんだもんな。あのロックダムでも」
エヴィーと並んでもう一頭のパルヴィス竜、ロックダムは、扱いが難しい竜だ。パルヴィス竜は気難しいという言葉そのままで、近づく子ども達に吼えかかり、尻尾で地面にたたき伏せたことも数知れない。まだ若い竜だからだと、サムは以前言っていたが。
「僕も、ロックは苦手だけどなあ」
ハルは言って、あくびをした。
「僕の話は今でなくていいよ。ウィル、明日も森に行くんだろう? ちゃんと寝ないと」
「そうだな」
二人は机を片付け、寝袋と毛布を引っ張り出した。
そろって寝袋にもぐりこむと、ハルが枕もとのランプを消し、言った。
「あ、忘れないうちに言っておくね。ネイシャンが明日来るって」
ネイシャンは若い女の先生だ。若いうえに気さくな性格なので、面と向かったとき以外はハルでも呼び捨てにしている。しかし、こと勉強に関しては、学校で一番厳しい人だ。
ウィルは眉をひそめた。
「えー? 何しに? 俺たち、卒業したのに・・・・・・」
「知らないけど、来てもらったほうがいいと思うよ」
「なぜさ」
むにゃむにゃした声で、ハルは小さく答えた。
「あのね、ウィル、方角を『右』とか『左』とか言ってる間は、卒業したって言えないんじゃないかなぁ……」