05.出会い編3
「神官長!!助けに参りました!!」
路地裏でもふもふとした小動物に囲まれて動けなくなっている普通の市民の格好をしている男性。
神官長に私は声をかけた。
「レ、レイナ……」
もふもふとした小動物たちに舐め回されたのか体中ベタベタで情けない顔をした神官長がよかったと言わんばかりの表情で私を見上げた。
私ならこの小動物を殺すのは簡単ですが……さすがに私も犬やネコなどのモフモフを殺すほどの無慈悲さは持ち合わせていません。
キッと殺気を放ってひと睨みしてやれば、小動物たち達はワンニャンと情けない鳴き声をあげて蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。
「大丈夫ですか?神官長?」
私が手を差し出せば
「はい。ありがとうございます。
おかげで助かりました」
と、ニコニコ顔で立ち上がる。
……いつも思うのですが、この人はもう少し年上というか上司としての威厳を持つべきだと思うのですが。
どうしてこう無邪気に微笑む事ができるのか不思議でなりません。
本来なら下々の者が見ることすら叶わぬ立場にいるお方のはずなのにまったくといっていいほど威厳がない。
それにしてもである。
「何故このような事に?」
大事そうに箱を抱きかかえながら起き上がる神官長に私は尋ねた。
そう、全ての神殿を総べる神官長がよりによって護衛もつけず平民の格好で出歩いていたのだ。
本来ならありえない事である。このような格好で神官長が一人で歩いているとは誰も思わないだろう。
私が何故気づいたのかといえば、たまたま非番で、街を歩いていたその時、神官長が犬と猫に連れ去られる所を目撃したからだ。
大量の犬とネコが神官長を担いでそのまま路地裏に消える様に一瞬目を疑い、反応が遅れてしまいましたが。
確かに連れ去られ体質だとは思っていましたが……まさか街中の犬やネコなどといった小動物にまで誘拐されるとは思いもよりませんでした。
神官長も本気をだせば振り払えたのでしょうが、あまりの数と可愛い見かけに手を出すことができなかったのでしょう。
結果、路地裏でモフモフ達に舐め回される陵辱プレイをされる事になったのでしょうが……。
「そ、その。少し買い物に……」
バツが悪そうに言う神官長に私は大きくため息をついた。
このお方は本当に自分の身分をわかっているのだろうか。
護衛もつけずこんな所で出歩いていていい立場ではないはずなのですが。
「買い物など、護衛のモノにでも言いつければいいでしょう?
私に言ってくだされば、すぐに買ってきます」
と、私が言えば、神官長はぶんぶんっと首を横に振り
「自分で買わねば意味がありません」
と、珍しく反論してきました。
そういえば、何か抱きかかえていますが、それほど大事な物だったのでしょうか?
外の包み紙は動物たちにもみくちゃにされたせいかボロボロで、中身もきっとぐちゃぐちゃになってしまっているでしょう。
あれですか。平民にまで扮して自分で買いたかったものとは女性には言えない買い物とかそういう類なのでしょうか?
ああ、そうですね。
神殿連中は護衛のシモネタすら、顔を染めて拒否するほどの潔癖ぶりですから、なかなか買ってきてとは言いずらいものもあるのでしょう。
「大丈夫です、神官長。
私は神官長がどのような趣味を持っていたとしても神殿の方々よりも寛容ですから。
いかがわしい店くらいどうということはありません」
と、私がにっこり言えば
「えっと、その……。何か勘違いしてると思います」
顔を真っ赤にして神官長が否定する。
おや、違いましたか。
身分を隠してまで行きたい場所というのはそれくらいしか思いつかないのですが。
「……あれですか?では娼館でしょうか?」
私が首を傾げれば
「レイナはどうしてそちら方面に話をもっていくのでしょう」
と、顔を真っ赤にして情けない顔で神官長がこちらを見やる。
「それくらいしか、わざわざ神官長が身分を偽ってまで街に繰り出す理由が思い当たりません」
と、私は正直に答えた。
田舎暮らしの教養のない小娘に貴族の吟味などわかるはずもなく、理由らしい理由など思いつくはずもないじゃないですか。
どうせ下賎の身ですよ、すみません。
私が言えば、神官長ははーっとため息をついて
「そのような誤解だけは受けたくありませんので、その……」
言って大事そうにもっていた包をこちらに差し出す。
「本来ならこれを貴方に差し上げたかったのですが、流石にこれでは渡せませんね」
と、包がボロボロになってしまったそれを見やれば、中には綺麗な模様のかかれた缶が入っていた。
確かこれは――お菓子の有名店のファンラーンのチョコクッキー!?
一度神殿で頂いた事があったのですが、外はサクサク、中はしっとりでとても美味しかった記憶があります。
私も一度買いにいったのですが、なんでも貴族で紹介がないと買えないとかで手に入らなかったお菓子です。
確かに一度このお菓子を神殿でもらって美味しいと話した事はありましたが、それを覚えていたということでしょうか?
「わざわざ、私のためにですか?」
「その、いつも助けていただいてますから、お礼をと」
「仕事なのだから当然でしょう?
そんなことの為に、平民の格好で一人で出歩くなんて、本当に貴方と言う人は。
呆れて物が言えません」
本当にこの人は。
自分の立場がわかってない。
この人が死ねば世の中に悪霊がはびこり、また恐慌時代に陥ってしまうというのに、たかが平民出の護衛騎士のためにフラフラ平民姿で出歩くとは頭がおかしいんじゃないでしょうか?
ええ、本当に頭が弱い人だとは思っていましたがここまでとは。
そして何より、それを嬉しいと感じてしまった一番自分が解せません。
なんですか。どうしてこの人はこう人の心をかき乱すのでしょうか。
人類皆兄弟、全ての人に慈愛をとか言い出しそうなこういうタイプは本来一番嫌いなタイプのはずなのですが。
「はい、すみません。浅はかでした」
実際誘拐されてしまった手前何も反論できないのか神官長はシュンと頭をたれた。
………。
なんでしょう。三十路の男性が怒られた小動物状態になるとか物凄く胸が痛むのですけれど。
あああ、もう本当にこの人に関わるとイライラする。
「ですが。買ってくれたのでしたら、有難くいただきます」
私が受け取ろうとすると
「い、いえ、こんな動物達に舐め回されたものを貴方に渡すわけには」
「缶に入ってるのだから大丈夫でしょう?
密閉されていた缶に衛生もないにありません。
平民出の騎士ですから気にはしませんよ」
「ですが、衛生的にも!買い直してきます!」
と、慌てて買いに行こうとする神官長を私が止める。
「どうせ神殿には無断で来ているのでしょう?
もうすぐ自室で休憩の時間は終わります。
そろそろ戻らないとバレて大騒ぎになりますよ?」
私の言葉に神官長はうっとした表情になる。
「……昔はもう少し上手にお忍びができていたのですが」
と、シュンとする神官長。
って昔からお忍びで遊びに出かけていたのですか。
真面目一辺倒というわけではないらしい。
私は神官長から缶をとりあげると、そのまま密閉されてた蓋をあけ、クッキーを一つほおばった。
はい。やっぱり美味しいですねここのクッキーは。
「美味しいです。ありがとうございます」
私が言えば、神官長は一瞬唖然とした後、嬉しそうに微笑んだ。
「ですが二度とこのような危険なことはしないでくださいね」
と、睨めば神官長は小さくなって
「今度はちゃんと護衛の人に頼みます」
と、力なく微笑んだ。
本当にこの人はわけがわからない。
たかが平民の小娘相手に、なぜここまでしてくれるのか。
かすかに心が読めるため、この人が本当に私を喜ばせたい一心で神殿を抜け出した事はわかります。
でも、何故そこまで私のためにしてくれるのでしょう?
実の親でさえ、私に対しては義務で育てていたようなものだったのに。
「そうしてください」
と、私が言えば、神官長ははいと笑って頷くのだった。
その笑顔になぜか―私はますますイライラを募らせる。
なぜこんなに胸がざわつくのか。
その意味がわかるのはわりと近い未来でのことだった。