三日目
今日は家庭教師の先生が来る日だ。
もちろん女性。
明るくて博識なミス・ロイドが私は大好きだ。
「先生!」
私は玄関に迎えに行く。
「あら、だめよ。淑女がそんなに走っては」
ミス・ロイドはクスクス笑う。
と、後ろに誰かいるのに気づいた。
鳶色の髪にグリーンの瞳の少年だ。
「今日は弟を連れてきたの。子爵様から頼まれて」
(お父様も私の男性恐怖症を気にしてるのね)
私は申し訳ない気持ちになった。
「はじめまして、ハイネです。年は14歳です」
ハイネは礼儀正しくお辞儀する。
「はじめまして、アンネリーゼです」
私はなんとか笑顔を作り、ドレスをつまんで一礼した。
「今日は訓練だと思って、ハイネも一緒に勉強させてね」
ミス・ロイドが言う。
私は複雑な気持ちになりつつ、書斎に向かった。
不安は杞憂に終わった。
ハイネはおとなしく、自分の立場をよくわきまえており、私に自分から話しかけることはなかった。
むしろ、普段は学校にいっているというハイネの話が面白く、私からたくさん話をねだった。
私は昔は体が弱く、学校に行けなかったのだ。
「学校には生徒が200人もいるの?」
「はい、お昼の食堂は壮観ですよ」
「部活は何をしているの?」
「フェンシングです。騎士になりたくて」
私は話に熱が入り、アレクが来たことに気づかなかった。
「随分楽しそうね」
「アレク!」
アレクは私たちの側に来た。
「アレクサンダー・クルツよ。よろしく」
アレクの言葉にハイネは赤くなった。
「存じております、クルツ伯爵様のご次男で『殿下の剣』であらせられますから。私はハイネ・ロイドです。よろしくお願いいたします」
二人が握手する。
そう、アレクは第一王子殿下の覚えめでたい将来有望な騎士なのだ。
だから、男色趣味でも婚約希望があとをたたない。なぜか、一度も婚約したことはないようだが。
「アンネ」
私はアレクの声に顔をあげる。
「ダンスしましょうよ」
アレクが微笑む。
私は普段はミス・ロイドと踊っている。
男性とはアレク以外踊ったことはない。
「おそれながらアレクサンダー様、今日は子爵様からアンネリーゼ様はハイネと踊るように言われてまして」
ミス・ロイドが申し訳なさそうに言う。
私は青ざめた。
それを見てハイネが焦る。
「アンネリーゼ様のことは聞いています。まずは手袋ごしでいかがですか?」
ハイネは白い手袋をはめると私に手を差し出した。ニコニコしている。
私は思いきって手をとった。
吐き気がない!
蕁麻疹がでない!
私は驚きつつ、ハイネに近寄った。
腰に腕がまわる…、とともに私の意識は暗転した。
◇◇◇
目が覚めるとアレクがいた。
「起きた?何か飲む?」
私はうなずくとグラスの水をもらい、飲んだ。
「二人とも恐縮して謝ってたわ」
私は申し訳なく、消えたい気持ちになった。
「私…、治るのかしら。ハイネはあんなにいい子だったのにダメなんて」
ポロポロ涙がこぼれる。
「治るわ。私が治してあげるわ」
アレクが抱きしめてくる。
わたしの涙がかれるまで、アレクは黙って抱きしめてくれた。