一日目
朝、新聞を読みながらローズティーを飲んでいるとアレクが来た。
「おっはよー」
ひらひらと手を振っている。
「おはよう。早いわね、どうしたの?」
私はアレクに椅子をすすめる。
「デートのお誘いに来たのよ」
アレクは一輪の薔薇を私に差し出した。
私は令嬢の例にもれず、美しいものが好きなのでありがたく受けとる。
「綺麗。ありがとう」
私は微笑んだ。
「あん、その顔!最高級の薔薇もアンネには負けちゃうわね」
食べちゃいたい、とアレクが抱きつく。
唇が頬をかする。
!?
「アレク!?」
私は頬を押さえて赤くなる。
「恋人でしょー。いいじゃない」
アレクはカラカラと笑う。
「いいけど…」
私がうつむくと
「いいんだ…?」
とアレクの低いささやきが聞こえた気がした。
「何か言った?」
「別に。さ、今日はオペラ鑑賞に行くわよ。キルカスからチケットもらったの。」
アレクが見せてきたチケットは今王都で大流行している悲恋物だった。
なかなか手に入らないプラチナチケットである。
「これ見たかったの!」
私ははしゃいでしまう。
「良かったわ。ささ、早く行きましょう」
「ちょっと待って!着替えるから!」
私はあわてて部屋に行く。
と、アレクもついてくる。
「待ってていいのよ?」
「せっかくだから手伝ってあげる」
アレクは言うと侍女を下がらせた。
「ドレスはブルーがいいわ。」
アレクはあれよ、あれよという間に私を飾り立てる。
「お化粧してあげる。さあ、目を閉じて…」
きゅっと目をつむるとアレクがクスッと笑った。
「楽にしてて」
やさしく顔を触られる。
思わずうっすら目を開けると、間近にアレクの美麗な顔があった。
(やはり綺麗だわ)
私はうっとりしながらまた目を閉じた。
(こんなに素敵なのに男性しか愛せないなんて神様は罪ね)
「口紅塗るから口少し開けて…、はい、できたわ」
鏡の前には我ながら美しいと思える少女がいた。
「最高のレディよ」
アレクは私の手をとった。
あたたかくて大きな手は、自分を女性だと意識させられる。
「みんな、お芝居でなくてあなたを見るんじゃない?アンネ」
ウインク。
「ない。ない」
私は笑う。
「でも本当に別人みたい。綺麗にしてくれてありがとう」
「どういたしまして」
アレクは満足気に紳士の礼をした。
◇◇◇
私たちはそれから劇場についた。
スタッフに案内された席はカップルシートだった。二人がちょうど座れるスペースの椅子があり、劇が見える前方以外はしきりがある。
隣では先に来ていたらしきカップルのいちゃつく声がうっすら聞こえる。
「な、なんだか場違いじゃない?」
私が焦るとアレクは
「恋人のデートはこんなものよ」
と言った。
席につく。
と、同時に指を握られる。
「アレク!?」
「こ、い、び、と」
アレクは私の手を握りながら手のひらを指でなぞった。
「ン…」
思わず声が出る。
「アンネは敏感ね」
アレクはふふっと笑った。
劇が始まる。
内容は王子と花売り娘の身分違いの恋だった。
最後は花売り娘が身を引いて終わる。
私は涙腺が崩壊した。
「えぐ、えぐっ」
ハンカチが足りないくらい泣いているとアレクに頭をなでられた。
「子供扱いしないで。同じ年でしょ。えぐぐ」
「かわいいアンネ。今日は特別に私の胸を貸したげる」
アレクに抱きしめられる。
嫌な気持ちどころか心地よい。
私はすぐに泣き止んだ。
「アレクはお父様みたいだわ」
私の言葉にアレクは見たこともない変な顔をした。
こうして一日目は終わった。