8)
それからも毎日、そんな感じで電話とメールがきて。
日に日にひどくなってる気がするそれに、どうしようもなく城ケ崎さんにイラつかされる日が続いて……。
その度に、心のどこかに、おもりが堪っていくような気がしてた。
……そして、とうとう、その時はやってきた。
土曜日の今日。城ケ崎さんとは会えそうになかったし、今は会いたくない気持ちもあったから、暁をご飯に誘った。
そこで暁に少し愚痴っちゃおうかなって思ってたんだけど、ちょうどそこに居合わせた井上君が『いいなぁ』って言い出したもんだから、元宮君とあと2人、実習生の女の子を誘って、結局、皆で飲みに行くことになってしまった。
まぁ、結果として、楽しい面子がそろった飲み会はかなりの盛り上がりを見せて、いい気晴らしになったんだけど。
途中で城ケ崎さんからまた『何してる』メールが入って、うんざりした気持ちのまま、これみよがしに『実習生の子達と飲んでます』って返してやった。
その矢先に、女の子たちが、
「彼氏ですかぁ?」
とかって聞くから、
「ううん。ただの友達」
って、笑顔で否定してやったわよ。
その後に井上君が、お酒のせいか緊張のせいかわからない真っ赤な顔で愛の告白してきたのにも、『ごめんなさい』したけど。
飲み屋の後、女の子達の希望でカラオケへ行くことになって、そこでもメールがきたから、おもいっきり楽しんでるぞっていう感じのを送っておいた。
……大分、自分を装えなくなってるなって、思ってた。
「さっきの先生、マジでかっこよかった〜!」
カラオケから出たら、実習生の阿部さんが、暁の腕に捕まって、目を輝かせて言った。
それというのも、さっき女の子たちが、化粧室から出てきたところで酔っ払いに絡まれたのを、暁が、ひと睨みで蹴散らしちゃったからで。
「でも先生、ああいう時は、僕たちの出番でしょう?」
「そうそう。俺たちの立場は!?みたいな……」
元宮君と井上君に、ジトッと恨みがましい視線を向けられた暁が、苦笑気味に『ごめんごめん』と謝ってる。
そんな彼女は、まったくもっていつも通りなんだけど……。
「この後、どうします?あたしは、まだまだ大丈夫ですけど」
あたしと同じくらい酒豪かもしれない香田さんが、そう言って皆を見回す。
あたしもまだまだ全然大丈夫だけどねぇ……。
チラッと暁を見上げると、いつもとほんのすこ〜しだけ違うその顔と目があった。
……酔ってるね、完全に。
腕時計に目をやれば、わかってたけど、もうとっくに日付が変わってる。
「もうこんな時間だし、あたし達は帰るよ。いいでしょ?暁」
「ん」
同意を求めると、暁がコクッとうなずいた。
「「え〜」」
赤い顔をした阿部さんと井上君の二人から抗議の声があがったけど、『ごめんね』って笑みを浮かべて、近くにいるタクシーへ歩こうとした時、だった。
軽いクラクションの音が聞こえて、何気なくそっちへ視線を移したら、そこに見覚えのある高級車が止まってて。
……忙しいんじゃなかったわけ?
「どうした?」
「ん……。知り合い。ごめん、ちょっと行ってくるね」
無視することもできなくて、暁にそれだけ言うと、車に近づいた。
助手席側の窓が開いて、少しイラついた顔の城ケ崎さんがこっちを向く。
「どうしたんですか?お仕事で帰れそうにないって……」
徹夜になるかもとか言ってなかったっけ?
「あぁ、少し抜けてきたんだ。……ずいぶん楽しそうだね?」
嫌味な言い方……。
確かに楽しかったけど、その気分が冷めていく。
「もう帰るんだろう?送るから、乗って」
何も言わないでいたら、城ケ崎さんがそう言って、一方的に助手席のドアを開けようとする。
あたしは、慌ててそれを止めた。
「あ、でも、暁が酔っちゃってて……。一緒に帰らないといけないから……」
すっごくわかりにくい酔い方だし、あたし以外の誰も気づいてないけど、暁はすっかり酔っちゃってる。
普通の酔っ払いならタクシーにでも押し込んでしまえば問題ないかもしれないけど、暁の場合、酔うとある悪癖が出ちゃうもんだから、連れて帰ってあげないとまずいんだ。
今日酔っちゃってるのは、それを知ってるあたしがいるって安心してのことだってわかってるから、あたしが責任をもって暁を送っていってあげないといけないわけだけど……。
「暁さんなら、他の人に送ってもらえばいい。なんなら僕が送るけど?」
城ケ崎さんの申し出に、即座に首を振る。
……暁の悪癖が、城ケ崎さん相手に出たらどうするのよ、ねぇ。
結局、押し問答のすえ、まったく引いてくれない城ケ崎さんに諦めて、彼をちょっと待たせておいた。
「元宮君、ちょっといいかなぁ?」
あたしたちのことを興味津々見つめていた実習生たちから、元宮君だけをチョイチョイッと手招きする。
「なんですか……?」
なんで自分が呼ばれたんだろうっていう疑問が丸わかりな彼に、ニッコリと微笑んだ。
「元宮君、暁と家近かったよね、確か。暁のマンション、わかる?」
「え?はぁ……。知ってます、けど。あのでかいマンションですよね?僕のアパートから歩いて5分くらいだって、先生と話したことあるんで……」
「じゃあ、オッケー。悪いんだけど、あたし、あの人とちょっと話があって。……元宮君が、暁、送ってくれない?」
「え!?送るって……」
あたしの言葉に、元宮君が目を丸くして、少し顔を赤らめた。
フフフッ。
「うん。暁ね、全然そうは見えないと思うんだけど、あれ、かなり酔ってるんだ。本当はあたしが一緒に帰ってあげるつもりだったんだけど……。元宮君に任せていい?」
「え?酔ってる……?」
元宮君が不思議そうに、後方で女の子たちと談笑してる暁を振り返って首を傾げた。
うん、その気持ちはと〜ってもよくわかる。あたしだって、暁が酔ってるかどうか見極めるのにかなり時間かかったもん。
「お願いしてもいいかなぁ?」
「……わ、わかりました。僕がきちんと筑茂先生を送り届けます」
「ありがと!じゃあ、よろしくね〜。……あぁ、そうそう」
「?」
しっかりとうなずいてくれた元宮君にニコッと笑って、彼をジィッと見つめた。
「暁、本当の本当に酔ってるから。気をつけてね?……忠告はしておくわ」
そう言ったあたしに、元宮君はまた首を傾げてから、うなずいた。
「わかりました。大丈夫です」
絶対、意味わかってないんだろうなぁって、勘違いしてるなぁって、それわかってて彼に言ったあたしもあたしだけど。
ここ数日、彼を観察してて、元宮君になら暁を任せてもいいかもって、あたしはそう思ったから。
暁の悪癖が彼相手に出るなら、それはそれでいいのかもって。
あとは、暁次第。
「……がんばれ」
あたしは元宮君にそう言って、しきりに首をひねる彼にクスッと笑った。
そして、大きく深呼吸してから、城ケ崎さんの車へ乗り込んだ。
……あたしも、がんばらなくちゃ。
「……彼と何を話していたの?」
車が動き出してから、長い沈黙が続いた後。前を見つめたまま、こっちを見ようともせずに、城ケ崎さんが不機嫌そうな声で言った。
思わず、小さくため息を吐き出してしまう。
色々思うところはあっても、やっぱり久しぶりに会えたことをうれしく思っていた気持ちが、萎んでいく。
「……暁を送ってもらうように、頼んでたんです」
「へぇ。……それにしては、長かったけど」
「そうですか?」
「あぁ。……僕としては、あまり他の男と話さないで欲しいな」
……冗談でしょ?どこまで独占欲強けりゃ気が済むの?
そもそも城ケ崎さんが身勝手なことをするから、あたしが元宮君にお願いすることになったって、わかってる!?
「ほんとは、あたしが暁を送っていくはずだったんです。そう約束してたし……」
もう、イライラした態度を隠せなくなって、城ケ崎さんへの言葉にもトゲが混ざる。
なのに、城ケ崎さんはそれに気づいてないのか、さらにあたしの神経を逆なでするようなことを言う。
「君が送っていく?彼女を?……逆じゃなくて?」
……今、なんて言った?
「どういう意味、ですか……?」
かぁって、頭に血がのぼる。
押さえた声が、いつもより低くなってるのは、わかってた。
「……どういうって、そのままの意味だけど。どう見たって、彼女が君を送る方がしっくりくるじゃないか」
「!」
……暁が、男らしく見えるから?あたしの方が、女らしく見えるから?
あたしが暁を送るのは、おかしいって、そう言うの!?
「…………」
……何にも、知らないくせにっ!!
暁のことも、あたしのことも、何にも知らないくせにっ!!
あたしの中で、何かが弾ける音が聞こえた気がした。
「大体、暁、暁って、麻由さんの話には彼女がよく出てくるよね。まるで恋人みたいに……。一体、彼女は君の何なんだ?」
「…………」
「麻由さん?聞いてる?」
「…………にしてよ」
「え?」
「いい加減にしろっつったのよっ!」
本当は殴りつけてやりたかったけど、震えるこぶしを握り締めて、城ケ崎さんをきつく睨みつけた。
「麻由、さん……」
ちょうど信号待ちで車が止まって、驚き顔の城ケ崎さんが、あたしを見つめ返す。
……限界、だった。
ずっと我慢してた。城ヶ崎さんは仕事で疲れてるんだとか、それほどあたしのことを大事に思ってくれてるんだとか、一生懸命理由を考えて、自分の気持ちをごまかして。
“かっちゃん”を受け入れてくれたこと、うれしかった。あたしも、城ケ崎さんを受け入れたかった。
……でも、もう限界!
「……人がおとなしく言うこと聞いてりゃ、調子に乗ってんじゃないわよ!他の男だけじゃなく、暁とまで口聞くなって言うつもり!?」
「あ……」
「暁があたしの何か?じゃあ、聞くけど、あたしはあんたの何なわけ?言っとくけど、あたし、あんたみたく独占欲の強い自己チユー男はお断りだから。付き合うなんて言った覚えもないのに、恋人面しないでよ!しかも、暁のこと何にも知らないくせに、バカにして!暁はあたしにとって、あんたみたいにクソつまんない男よりも、何倍も何千倍も大事な人なのよ!あんたと暁なんて天秤にかける必要もないくらい、暁の方が重いの!わかる!?」
「あの……」
「悪いけど!」
何か言いかける城ヶ崎さんへビシッと指を突き出して、何も言えないようにさらにきつく睨む。
「あたしはあんたのお人形にはなれないから。そういう相手が欲しいなら、他をあたって。あたしはもう、うんざり。今までおっきな猫かぶって、かわいい女やってあげてたし、これからもそのつもりだったけど、もう限界。こっちが本当のあたしだから……」
かわいいのは、外見だけ。気も強いし、口も悪い。
それが、本当のあたしだから……。
「あんたの好きになったあたしは、作り物なの。騙されてたとも知らないで、全部好きだなんて、ほんと笑っちゃうわ。……どう?幻滅した?」
フッて、おかしくもないのに笑ってしまう。
ふざけんなって、こんな女、冗談じゃないって、思ってるでしょ?
「……でも、幻滅したのはお互い様だもの。あたしも、城ケ崎さんがこんなに器のちっちゃいつまんない男だなんて思ってなかったんだから。これでおあいこよね?」
最後にニッコリと、できるだけ今まで見せてたのと同じ笑みを浮かべて、助手席のドアを開けた。
「え!?ちょっ……!」
城ケ崎さんが掴もうとした手を払いのけて、外に出る。
「はぁ〜、スッキリした!じゃ、もう二度と会いたくないし、会うこともないと思うけど、せいぜい元気でね。……バイバ〜イ!」
「麻由さ……!」
城ケ崎さんが何か言う前に、勢いよくドアを閉めた。
ちょうど信号が青に変わって、後ろの車がクラクションを鳴らす。
狭い道だし、車を置いて追いかけるなんて無理だろうから、後ろでなんか叫んでるのが聞こえたけど、あたしはそれを無視して、彼の車から急いで遠ざかった。
クラクションがひどくなって、そのうち、城ケ崎さんの車が走り出した気配を感じて。
……一瞬、振り向きかけた体を、無理やり堪えた。
自分でしたことなのに、叫びだしたくなるほど苦しくて、握り締めた手の震えが、止まらなかった。




