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7)

 あの日から2週間が経った。


 来週から教育実習生が来るということで、今年は一人受け持つことになったあたしは、暁と一緒に、それなりに忙しい時間を過ごしていた。


 城ケ崎さんも忙しいらしくて、時々電話で話したりメールしたりするくらいで、会えない日が続いてた。


 でも、そのおかげで、気持ちの整理がついた。


 城ケ崎さんを受け入れようって。


 だって、本当の自分を隠して、外見どおりのかわいい女を演じることを決めたのは、あたしだし。


 その結果として城ヶ崎さんっていう極上の男を捕まえることができたんだから、大収穫なわけで……。


 だから、予想外にあたしが彼を好きになってしまったからって、彼に本当のあたしごと受け入れて欲しいなんて、調子のいいこと望むのは、欲張り過ぎだもの……。




 そろそろ城ヶ崎さんに、ちゃんと返事をしなくちゃって思い始めた頃のことだった。


 ……なんだか、城ヶ崎さんの様子がおかしくなってきたのは。


≪今、何してる?≫


 初めは、そんなメール。


 今まで、城ケ崎さんから仕事中にそういうメールがくることはなかったけど、気にしてくれてるんだと思ったらうれしかったし、あたしは普通に返事をした。


 ……でも。


 それから毎日そんなメールが一日に何回か入るようになって、電話も頻繁にかかってきて。


 なんか、あまりに城ケ崎さんらしくないその様子に、あたしの中で、徐々に違和感が増していく。


 最近会えないから、さみしがってる、とか……?


 おかしいなって思いながらも、そのうちに教育実習が始まって、あたしのところにも、井上君という体育会系のさわやか青年がやってきて、あたしはまた少し忙しくなった。


 ……そのうえ。


「各務先生、今日の夜とか、時間ありますか?」


「いい飲み屋、知ってるんですよ。一緒に行きません?」


「お昼を一緒に……」


 ……うっとうしい。


 あんた達は一体ここへ何しに来てるのって、突っ込みたくなるくらい、入れ替わりに実習生の男の子達が自分を売り込みにやってくる。


 残念ながら、年下にも大学生にも興味はない。だから、もちろん、適当にかわしてるんだけど。


 あたしには、城ケ崎さんもいるんだし……。




「どうした、麻由?」


 いつものように自分の弁当を持って、暁のいる図書準備室へとやってきたあたしが、思わずホッとしてため息をつくと、自分の担当実習生と楽しげに話をしていた彼女が顔を上げて、一瞬表情を曇らせた。


「ん〜、ここは落ち着くなぁと思って」


「?」


「あぁ……大変そうですもんね、各務先生」


 意味がわからずに首を傾げた暁に代わって、彼女の担当実習生の元宮幸紀もとみやゆき君が、そう言った。


 元宮幸紀、か……。


「…………」


「……な、なんですか?」


 突然じぃ〜っと見つめたあたしに、元宮君が身を引く。


 元宮君は、男にしておくのはもったいないって表現されるくらい、すっごくかわいい顔をしてる。


 そんな、女子高生達からも実習生ランキング堂々の第2位をちょうだいしちゃうくらい見目麗しい彼は。


 ……暁のことが、好きらしい。


 よく暁のこと見てるし、暁と話してる時は顔が輝いてるし。


「あ、あの〜……僕、お昼済ませてきますね?」


 今度はニコニコと微笑みかけたあたしから逃げるように、元宮君が暁にそう言って準備室を出ようとする。


「あぁ、うん。いってらっしゃい」


 まったく彼の気持ちに気づいてない暁が、ニッコリとそう言うと、その笑顔を向けられた元宮君の顔が締まりなく緩んだのを、あたしは見逃さなかった。


 お〜、お〜、べたぼれだねぇ。ムフフ。


「どうしたんだ?元宮君があまりにかわいくて、見とれたのか?」


 元宮君が扉を閉めて出て行った後、暁がお弁当を取り出しながら、ニコニコとあたしに聞く。


 あたしは呆れて、肩をすくめた。


「あのねぇ……。暁じゃあるまいし、そんなわけないでしょ」


 かわいいもの大好きな暁は、元宮君が内心大のお気に入りなんだよね。


 だから当然、彼のことを暁もよく見てるはず、なんだけど……。


「……何で気づかないの?」


 彼が、あれだけあからさまに好意を持って接してるのに。


「何が?」


 いつものように隣に並んで座ったあたしに、暁が首を傾げる。


 ……元宮ゆっきー。かわいそうに。


 暁のあまりな鈍さに、内心元宮君に同情しつつ、『なんでもない』ってごまかしとく。


 とりあえず、元宮君が暁を任せるに値する男かどうか、見極めなくっちゃ。


 叔父さんじゃないけど、あたしが認めた男でなきゃ、暁はあげないんだから。


「そういえば、最近疲れた顔をしているようだけど、大丈夫か?さっきもため息をついていたし……」


 お弁当を広げて、つい、またため息をついてしまったあたしの顔を、暁が心配そうに覗き込む。


 鈍い暁にまでわかるくらい疲れた顔してるんだ?あたし……。


「ん〜……。ちょっとね、実習生くんたちのラブ光線に攻撃されまくりでさ〜」


「へぇ〜!さすがアイドル教師だなぁ」


 本気で感心して目を丸くする暁に、適当に『まぁね』って笑っとく。


 ……違うんだ、ほんとは。あたしが疲れてるのは実習生達のせいもあるけど、それだけじゃなくて。


「あのね、暁……」


 暁に聞いてもらおうかなぁって、そうしたら少しは楽になれるかなって、そう思って口を開いた時。


 ポケットに入れてた携帯電話が、ブルブルと振動した。


 ……噂をすればってやつ?


 表示された着信名は、城ヶ崎直人。


「外へ出ていようか?」


 気を使って箸を置いて立とうとした暁を止めて、あたしは急いで部屋を出た。




「……もしもし?」


 誰もいないのを確認してから通話ボタンを押すと、廊下からベランダへ出る。


 小雨がぱらつく中、濡れないようにしゃがみこんだ。


 校内で携帯電話を使用するのは控えるように言われてるから、誰にも見つからないようにっていうのもあるんだけど。


<やぁ。今、お昼休みだよね?何してた?>


 あたしの大好きな心地よい低音が耳に響くのに、どうしても心が弾まない。それでも、出来るだけ明るく聞こえるように気をつけて言う。


「暁と、お弁当食べてました〜。城ケ崎さんは?お仕事大丈夫なんですか?こんな時間に……」


<あぁ、うん。少し時間ができたから、君の声が聞きたくなって……>


 ……その言葉はうれしいんだけど。うれしいはず、なんだけど。


 昨日も電話してるし、今日だって何回もメールしてるのに。


 思わず出そうになったため息を、必死で堪えた。


「こんな声で良かったら、いくらでも……」


<それに、また君が大学生に絡まれてるんじゃないかと思ったし>


 『どうぞ』って笑おうとしたのを遮って言われた、少し嫌味混じりの言葉に、口元が引きつった気がした。


 ……あぁ、やっぱり。そのことですか。


 それというのも、昨日のこと。


 城ヶ崎さんから電話があった時、ちょうどあたしのところに瀬古せこっていう実習生が口説きに来てて。


 あたしは、これみよがしに電話に出て、瀬古に『お呼びじゃないの』ってとこをみせたつもりだったんだけど、あの野郎、『じゃあ、先生。また後で』とか、わけわかんないことを、城ヶ崎さんにも聞こえるように言ってから出て行きやがった。


 ……確かに、顔だけはいい男だから、自分に自信があるのかもしんないけど!高校生からきゃーきゃー言われて、調子に乗ってんじゃないわよ!


 余計なことをしてくれちゃって、城ヶ崎さんの束縛が強くなっちゃったじゃない……。


 ……瀬古にも、城ケ崎さんにもイライラする。


「大丈夫ですよ?あれは、実習生の子がふざけただけだし……」


<そうかな?僕にはそうは思えなかったけど……>


 ……何が言いたいの?あたしと瀬古の間になんかあるとでも?


 城ヶ崎さんの言い方に、さらに胸の奥がむかついてきて、それでも必死にそれに耐えれば、電話の向こうから『社長、そろそろ……』っていう秘書か誰かの声が聞こえてきた。


 女の声が。


<わかった、今行く。……どうやら、タイムリミットらしいよ、麻由さん。また連絡する>


「あ……はい。がんばってくださいね」


<あぁ。……ごめん>


 プチって通話が切れて電話を耳から離したら、それを投げつけたくなる気持ちをぐっと押さえて、ただ握り締めた。


「なによ……!」


 ……自分だって、秘書だかなんだか知らないけど、女の人と一緒なんじゃないっ!なんであたしばっかり嫌味言われなくちゃならないわけ!?


 第一、あたし達、まだ、ちゃんと恋人にもなってないのに!なんでこんなに縛られなきゃならないの?キスしたくらいで、独占欲強すぎじゃない!?


 声に出して叫べない分、電話を握り締める手に力が入る。


「城ケ崎さんの、バカ……」


 この前までの優しい城ヶ崎さんはどこへ行っちゃったの?


 こっちが本当の城ケ崎さんなの?


「もう、わけわかんない……」


 ……完璧な男なんていない。城ケ崎さんの欠点が、独占欲の強さだというなら、受け入れなきゃいけないのかもしれない。


 だって、彼は“かっちゃん”を受け入れてくれたもの。


 ……でも。


 またひとつ、ため息がもれた。



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