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5)

 ……あぁ〜もおっ!最悪!!


 城ケ崎さんとの約束の日。あたしにとっては決戦の日、の今日。


 ちょっと緊張しながらも、暁に『がんばれ』と背中を押してもらって(何をどうがんばるのかわかんないけど)、出かけた待ち合わせ場所で。


「ねぇ、マジで俺らと遊びに行こうよ〜」


 ……ナンパされてます。


 チャラチャラしたっていう表現がぴったりの、あたしよりも2つ3つ若そうな男2人に目の前を塞がれて、茶髪くんの方がグイッと身を乗り出して顔を近づけてくる。


 ひょいっと軽く、その香水くっさい顔をよけて、あたしは困ったような顔を作った。


「でも、人を待ってるから……」


 っていうか、待ち合わせじゃなくてもあんたたちみたいなのに興味はないけどね。


「さっきからずっと来ないじゃん?すっぽかされたんじゃないの?」


 あいにくと、あんたたちと違って、城ケ崎さんはそんなことしません。


「少し遅れるって連絡あったし……」


 例によって例のごとく、お仕事が長引いてるらしい。


 またブーケ持ってくるんだろうなぁ、あの人。今日はどんなのだろ?


 そんなことを考えてたら、もう一人の金髪くんに腕を取られてしまって、思わず顔をしかめた。


 ……気安く触んないでくれる?


 思った以上に強引な行動に、どうやって腕を外そうか考えてると、金髪くんが、近くにあるカフェを指差す。


「じゃあ、その人が来るまでさ、そこでお話でもしない?」


 しません。


「お、それいいじゃん。立ち話もなんだしさ、行こうよ?」


 行きません。


 さぁさぁと、人の腕を痛いほど掴む男たちに、ふつふつと怒りが込み上げてくる。


 ……あぁ、もう。ほんっと、ぶんなぐってやりたいっ!


「あの、ほんとに困るっ……!」


 周りの目もあるし、いつなんどきも油断大敵!な、あたしとしては、こいつらを殴るわけにもいかないし、とりあえず、目を潤ませてみた。


 どう?本気で嫌がってるでしょ?わかるよね?


「え〜、ちょっとくらいいいっしょ?ね?」


 チッ、ダメか。


 あ〜、もう、それなら……。


「やっ……!お願いっ、離して……!」


 ちょっと大きな声を出してみました。


 ほら、周りの視線一気に集中よ?どぉ?


 さすがにこれは効いたみたいで、一瞬相手がひるんだ隙に、あたしが手を振り解こうとした、その時。


「連れを困らせないでくれるかな」


 ひんやりとした低音の声とともに、あたしの肩がグイッとつかまれた。


 聞きなれたその声にホッとするのと同時に、すっぽりとその人の腕の中に収まって、素敵!って見上げる。


 そこには、城ケ崎さんのかっこいい顔…が……。


 ………………。


 ………………こわっ!


 城ケ崎さん、目が、目が怖い〜っ!


「あ……えっと……」


 明らかに自分たちよりも、背もレベルも高い男の、しかも背筋も凍りそうなほどきつい睨みに、さすがのナンパ男たちも顔が青ざめてる。


 そして、互いに顔を見合わせると、今までのしつこさはどこへやら、彼らはそそくさとその場を後にした。


「麻由さん、大丈夫?」


 男たちの後ろ姿を見送ってから、今度はおそるおそる顔を上げたあたしに、腕を下ろした城ケ崎さんが、さっきとは打って変わった優しいまなざしを向けてくれた。


 その見慣れた視線にホッとする。


「はい、大丈夫です!早かったんですね?」


「うん、まぁ……。でも、遅刻は遅刻だから。芸がないけど、これお詫び……」


 にっこりと、うれしさをにじませるように微笑んだら、城ケ崎さんが、そう言ってブーケを差し出した。


 今日のはオレンジ。


「ありがとうございます!今日のもかわいい〜!」


 気にしなくていいのにって思うけど、これが城ケ崎さんなりの誠意なんだって思うから、いつも素直に受け取ることにしてる。


 そういうまじめなとこ、嫌いじゃないし……。


 まぁ、また花瓶が増えちゃうけど、お母さんも喜ぶし、いっか。


「それより、麻由さん。さっきのようなことは、よくあるの?」


 城ケ崎さんがそう言って、顔をしかめた。


 あたしも、困ったように小さく笑う。


「たまに……」


 嘘です。しょっちゅうです。


「あ、でも、ついて行ったりなんてしませんよ?」


「それは僕も、麻由さんはそんなことしないと思っているけど……」


 城ケ崎さんに即答されて、ちょっとうれしくなる。


「でも、ああいうやからには、もっとちゃんと拒絶した方がいい。今は僕が間に合ったからよかったけど、誰も助けてくれなかったら、どこへ連れて行かれるかわからないから……」


 まぁ、最悪な事態になりそうだったら、大声出すし、殴ってやれば逃げてくとは思うんだけど。


 でも、そんなこと言えないから、心配そうに見つめてくれる城ヶ崎さんへ、ちょっとだけ困ったように微笑んでから、うなずいた。


「がんばって、みます」


 でも、そう言ったあたしに、城ヶ崎さんは何か考え込むように黙ってしまう。


 ……まただ。


 最近、城ヶ崎さん、こういうことがよくあるんだよね……。


 あたしが何か変なことを言ったのかなって考えるんだけど、思い当たらないし、すぐにいつもの笑顔に戻るから、気のせいかもって思うんだけど……。


「城ヶ崎さん?どうかし……え!?」


 気になって城ヶ崎さんの顔を覗きこんだら、突然さっき金髪くんに掴まれていた方の手がギュッとつながれて、驚く。


 つながれた手を見て、もう一度城ヶ崎さんを見上げれば、そこには少し照れて赤くなった顔があって。


「麻由さんが、誰かに連れ去られないように……」


 ……城ヶ崎さんと一緒にいるのに、連れ去られたりしないし。


 心の中で突っ込むのとは裏腹に、彼につられるようにあたしの頬も熱を持つ。


 手、つないだだけじゃない。落ち着け、あたし!


「じゃ、行こうか?」


「……はい」


 結局、あたしたちは“かっちゃん”に着くまでずっと、つないだ手を離さなかった……。




「ここ?」


 『かっちゃん』へ案内して、とうとう破れてしまったのれんの前へ立った時に城ヶ崎さんが言った言葉は、他のどの男とも同じだった。


 でも、おそるおそる見上げた先にあったのは、ひきつった笑みではなく、ちょっと驚いたって感じの顔で。


 ……ドキドキが、大きくなっていく。


「ちょっと小汚く見えますけど、いいお店なんですよ〜」


 できるだけ明るく言って、店の戸を開けた。


「こんばんはぁ〜」


「おっ!麻由ちゃん!」


 店に入ると、常連のおじさん達がいて、それぞれにあたしに声をかけてくれて、あたしもそれに笑顔で答えた。


 木村のおじさん達の視線が城ケ崎さんに集まって、ニヤニヤと笑う。


 ……でも、今日はちょっと違うのよ。


「らぁっしゃい!……今日はお連れさんが一緒かい?」


 叔父さんが威勢のいい声をあげて、いつもみたいにニヤッて共犯者の笑みを送ってきたけど、今日はそれにあいまいに笑みを返しておく。


 どうやら、それだけでなんとなく察しはついたみたいだけど、叔父さんはあたしと一緒に入ってきた城ヶ崎さんをいつものようにギロッと睨んで迎え入れた。


 ……どういう状況であれ、睨んでおくのね?


「こんばんは」


 だけど、城ヶ崎さんはそんな叔父さんの睨みに、まったく動じることなく笑みを返し、あたしがすすめたテーブル席に腰掛けた。


 当たり前よね。


 ……城ケ崎さんの睨みの方が、絶対怖いもの。


 そんなことは知らない叔父さんが『おっ?』と意外そうな顔をするのが見えた。常連さん達も興味深そうにこっちをチラチラと窺っている。


 そんな中で、城ヶ崎さんは、妙にまじめな顔で店内を見まわしていた。


 ……やっぱり、ダメかな?この店、イヤ?


「ふぅん……なるほど」


 へ?


「確かに古い建物だし、のれんも破れていたし、小汚く見えがち……。でも、中はきれいに掃除が行き届いているし、マスターも顔はこわいけど、清潔感があるし……」


 …………。


 …………。


「えっと……城ヶ崎さん?」


 キョロキョロと視線を動かしながら小さくつぶやく城ヶ崎さんを、思わずポカンと見つめてしまってから、小さく名前を呼ぶと、彼がハタと我に返る。


 そして、店内全ての視線が自分に集まっていることに気づいて、『しまったな』と苦笑した。


「ごめん。つい、新しい店に入ると、癖で……」


 あたしに向かって小声で謝りながら困ったように顔を撫でる城ヶ崎さんは、まったくいつもの城ヶ崎さんで……。


 あたしは、口元が緩んでしまうのを止められなくて、クスクスと笑ってしまう。


 どうしよう。


 ……すごくうれしい。


「はいよ!」


 叔父さんが威勢のいい声と共に、お冷とお通しのレンコンの炒め物、おしぼりを渡してくれる。それらを受け取って、生ビールと梅酒を注文したら、叔父さんが去り際にあたしにだけ、意味ありげなニヤニヤ笑いを残していった。


 もうっ……!


 なんとなく照れくさくて、叔父さんを軽く睨む。


「麻由さんは、よくここへ?」


 おしぼりで手を拭きながら、城ケ崎さんにいつもと変わらない笑みで聞かれて、あたしがうなずこうとした瞬間……。


「おぅよ!麻由ちゃんはこの店のアイドルなんでぇ!」


 ……柿田のおじさん。もう、酔ってるね?


 人の会話に勝手に割り込んできた常連さんに、城ケ崎さんの目が驚きで大きくなる。


 さらに何か言おうと常連さん達が口を開く寸前、あたしは彼らにとびきりの笑顔を送った。


「やぁだ、柿田のおじさんったら、もう……」


 余計なことは言うなよ?わかってるよねぇ?


 とりあえず、かわいこぶりながらも、目で常連さん達に訴えておく。


 あたしが求めるのは、この店から逃げない男であって、あたしの本性までバラす必要なないんだからね?


 彼らがその視線の意味に気づいて一瞬固まり、そして各々、城ケ崎さんにわからないように、こっそりと親指を立てて、『了解』とうなずいた。


 よし。


「驚かせてごめんなさい、城ヶ崎さん。おじさん達はこのお店の常連さんで、あたしのこと、かわいがってくれてて……。ちょっと怖そうですけど、とってもいい人たちなんですよ?」


 城ヶ崎さんへ常連さん達を紹介してから、ニッコリと説明しておく。


 彼らを紹介したのは、城ヶ崎さんで2人目だ。


 1人目は、紹介した時すでに逃げ腰だったけど、城ヶ崎さんは、叔父さんに対したときとかわらない笑みでもって、『城ヶ崎です』と、さわやかに自己紹介をやってのけた。


 さすが……。


「ほらよ!生と梅酒!」


 叔父さんがテーブルへ、頼んでおいたビールと梅酒をドンっと置く。


 相変わらず、愛想のかけらもないったら……。


「あ、そうだ。城ヶ崎さんって嫌いなものは特になかったですよね?」


「あぁ、うん。なんでも好きだよ。おいしいものであれば」


 『任せるよ』とうなずかれて、あたしは叔父さんを見上げた。


「じゃあ、お任せコースで」


 叔父さんがフッと笑ってから、『はいはい』って、客に対する返事とは思えないものを返して、キッチンへと帰っていく。


 お任せコースなんてものはないんだけど、叔父さんの好みでその日のおいしいものを出してもらうんだ。


「……ん!」


 軽く乾杯をした後、お通しの炒め物を口にした城ヶ崎さんから小さく声が漏れた。


 顔を上げれば、おいしいものを食べている時に彼が見せる、幸せそうな顔がそこにあった。


 うんうん。おいしいでしょ?叔父さんの料理って。


 城ヶ崎さんの笑顔に、こっちまでうれしくなってしまう。


「串盛りと、五目煮」


 今日城ケ崎さんが遅れた理由なんかを聞きながらチビチビ飲んでると、叔父さんがさらに料理を運んできてくれた。


「……さて、と」


 目の前にさらに並べられた料理に城ヶ崎さんが一瞬目を輝かせて、そして、なぜかおもむろにスーツの上着を脱ぎ出す。


「じ、城ヶ崎さん?あの……」


 何する気?


 さらにネクタイも緩めて、すっかり居酒屋のサラリーマンみたいな格好になった彼が、あたしへニコッと笑う。


「こういうくつろいだ雰囲気のお店には、堅苦しいスーツは必要ないから。場の雰囲気にあわせるのも料理を楽しむコツだよ」


 そう言ってビールを飲む城ケ崎さんを、ポカンと見つめてしまう。


「くつろいだ店……」


 あたしが連れてきた男の中で、この店のことをそう言った人は、もちろんこの人が初めて。


 ……しかも、本当にくつろいじゃってるし。


 あたしが箸を持ったまま、ボケッと城ケ崎さんを見てる間、彼は串焼きを一本食べるたびに、『ん!』だの『ん〜!!』だの本当においしそうに声を上げていた。


「はいよ!刺身盛り合わせ。……うまいか?」


 新しい皿を持ってきた叔父さんが、おもしろそうに城ケ崎さんを見下ろすと、城ケ崎さんがパッと顔をあげる。


 そして、目を輝かせながら大きくうなずいた。


「ええ!おいしいですね、実に。串焼きはタレが甘味といい辛味といい絶妙で、クセになります。こんなおいしいタレは初めてですよ。あと、つくねは軟骨のコリコリ感がたまりませんね。大葉も香りがいいし。五目煮も見た目良し、味良し。文句の付け所がありません。マスターは本当に腕がいい!それから……」


 叔父さんの料理を次から次へと真剣に絶賛していく城ケ崎さんに、叔父さんの目が驚きで丸くなる。


 そして、あたしと顔を見合わせてから、再び城ケ崎さんに目を向けた叔父さんは。


「ククッ……わぁっはっはっは!」


 ……盛大に噴き出した。


 突然笑い出した叔父さんに、呆気に取られたのは城ケ崎さんだけで、いつの間にやら常連さんも一緒になって笑ってるし、あたしはあたしで口元が緩むのを止められずにいた。


「いやぁ〜、気に入った!うん、麻由!俺は気に入ったぞ!」


「へ?」


 まったく状況が飲み込めてない城ケ崎さんが、彼には珍しい間の抜けた声を出す。


 も、もう、叔父さんってば……。


 あたしと叔父さんを交互に見つめては首を傾げる城ケ崎さんに、常連さん達がビール瓶片手にやってきて、勝手に彼のジョッキにそれを注ぎだす。


 あぁ〜……。


「あんた、いい男だねぇ。うんうん。まぁ、飲め飲め」


「え?は、はぁ……ありがとうございます……?」


 とりあえず注がれたビールに口をつけた城ケ崎さんに、あたしは叔父さんを手で示してから、ニッコリと微笑んだ。


「びっくりさせちゃってごめんなさい。この人、あたしの叔父なんです」


「叔父さん……?」


「はい。各務勝也っていいます。マスターなんて洒落た名前似合わないから、大将って呼んであげて下さいね?」


「こら。似合わないとは何だ、似合わないとは」


 あたしを小突いた叔父さんに、へへっとかわいく笑えば、いつもと違うその反応に叔父さんの片眉があがった。


 つきあえよ。と目で訴えれば、叔父さんがあたしの頭をポンポンと撫でる。


 それでいいのよ、それで。


「なるほど。どおりで仲が良さそうだと……」


 そう言ってうなずいた城ケ崎さんに、また木村のおじさんがビールを注ぎ足す。


「この、かっちゃんがなぁ、姪バカってやつでよぉ〜。麻由ちゃんの男は俺の認めた奴じゃなきゃいか〜ん、言うてよぉ〜……」


「うるっせぇな。余計なこと言ってんじゃねぇぞ、親父さん」


 木村のおじさんがニヤニヤと酔っ払った顔で言うのを、叔父さんが顔を赤くして睨んだ。


 でも、木村のおじさんはそれをまったく気にした様子もなく、城ケ崎さんの肩をバシバシと勢いよく叩いて、笑う。


 ……城ケ崎さん、痛そうなんだけど。


「ひゃっひゃっひゃ!今日はいい日だなぁ〜、かっちゃんよぉ!……よぉっし、酒だ酒ぇ!飲んで飲んで飲もうやっ!」


「「お〜!」」


 木村のおじさんの掛け声に、柿田のおじさんと山川のおじさんも声を上げて、まだよく状況を飲み込めていない城ケ崎さんを巻き込んだどんちゃん騒ぎが、幕をあけた……。


 ……あ〜あ……知らないからね、もう……。


 叔父さんが持ってきた酒を見て呆れつつも、あたしの心の中は、ほっこりと暖かくて。


 ずっと、顔が緩みっぱなしだった。




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