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4)

 “cocoon”での出逢いから一ヶ月。


 その間、あたしと城ケ崎さんは、お互いの仕事の合間をぬって、何度か一緒に出かけた。


 城ケ崎さんの車でドライブに行ったり、映画を見に行ったり、おいしい食事に連れて行ってもらったり、“cocoon”で飲んだり……。


 あぁ、一度、待ち合わせ先で暁にも会わせたっけ。『きれいな人だね』って、ちょっと見とれてたから、少し拗ねてあげたりもした。


 その間、彼についてわかったことは、携帯電話を仕事用とプライベート用の2台持っていて、デート中、仕事用の方は電源を切ってしまうこととか。


 意外に甘い物が好きだったりとか。


 たまに煙草を吸う姿が、かっこよかったりとか。


 どこへ行ってもあたしをさりげなく気遣ってくれることとか。


 …………。


 …………。


 …………なんか、ほんとにいい男っていうか。


 だって、仕事の都合で待ち合わせに遅れた時は必ず、小さなブーケを持って来たりするし。


 しかも、忙しい人だし、結構そういうことがあるもんから、あたしの家、ブーケを活けた花瓶が増殖中だったりするんだけど。


 う〜ん……。


 絶対にモテないわけないし、あんな声のかけ方してきた人だし?結構遊んでるのかなって思ったのに、まったくもって他に女の気配はなさそうだし。


 なのに、本気で口説いてるってわりには、アピール度が低いし……。たまに人の顔見て何か考え込んでたりするし……。




 城ケ崎さんって、謎。





「あ!か〜わいい〜……!」


 二人で映画を見た帰り道、ペットショップのウィンドウ越しに見えた小さなダックスフンドがかわいくて。


「ね!城ヶ崎さ……」


 そう言って振り返ったら、城ケ崎さんと目が合った。


 あ……。


 たぶん、ずっとあたしを見ていたらしい彼のその目が、すごく優しくて。


 ……トクンって、あたしのどこかが主張する。


「あぁ、本当だ。小さいなぁ……」


 そう言って並んだ横顔を、ジッと見つめた。


「…………」


「ん?麻由さん?どうかした?」


 視線に気づいて、こっちを向いた人に、ニッコリと笑う。


「なんでもないです」


「?」


 この人なら、もしかしたら……。


 そんな気持ちが、どんどん強くなって。


 ……だから、最近考えてしまうんだ。




「城ケ崎さんがオーナーをされてるお店って、ここの他にもあるんですか?」


 何度目かの“cocoon”でそう聞いたあたしに、城ケ崎さんはまた『僕じゃなくて会社が』って前置きしてから、3つの店の名前を教えてくれた。


 そのうち2つは、最近口コミで人気が出始めていると雑誌で読んだカフェと居酒屋。もう一つは聞いたことのないお店だったけど、城ケ崎さんの話では、どうやら最近オープンした定食屋らしい。


 あれ?バラバラ……。


「驚いた?」


「はい。みんな、バラバラなんですね?てっきり“cocoon”みたいなお店が他にもあるんだと思ってたから……」


 あたしの反応にクスリと笑いながら、城ケ崎さんが話してくれる。


「僕は、食べることが昔から人一倍好きで。実は、jo−doの飲食部門を作りたいと言い出したのは僕なんだ」


「え?そうなんですか?」


 あ、でも、そういえばこの人、おいしいものを食べてる時って、確かにすごく幸せそうな顔してるかも。その顔がまたかわいかったりするんだけど……。


 それを思い出して、ちょっと納得。


「でも、堂本に反対されて。『畑違いのところへ手を出して潰れた会社はたくさんある』ってね。それでもなんとか説得して、『儲からないことがわかったら、即中止』と念を押された上で、小規模に作った飲食部門のメンバーと一緒に僕は、人探しを始めて……」


「人探し、ですか?」


「そう。チェーン店を作る気はなかったからね。形としては、優秀な人材を探して、その人がお店を出す手伝いをjo−doがする。だから、バーだったり定食屋だったり人にあわせて店が違ってくるというわけ」


 あぁ〜、なるほど。


 お店を作ってそこで働く人を探すんじゃなくて、人を探してからお店を作るってことね。


 でも、それって結構難しそう……。


「もちろんjo−doが出す条件はいくらか飲んでもらわないといけないし、経営はjo−doがしている形になっているけれど、お店自体はその人のものだから自由にしてもらってかまわないんだ。……ただし、こちらでダメだと判断したら、強制的に店を閉めるけどね」


 最後にきっぱりと言った城ケ崎さんは、いつもの優しい顔じゃなくて、厳しい経営者の顔をしていた。


 あたしは優しい顔しか見たことがないけど、意外と厳しい社長だったり?


 ……う〜ん、想像つかない。


「だから、そうならないためにも一番初めの人材選びが重要なんだ。さいわいに今のところ皆がんばってくれているから、飲食部門の売り上げは順調に伸びているけど。一番初めに作ったここも、辺鄙な場所に作った割には口コミで広まってくれているし……」


 そう言って城ケ崎さんが木島さんを見上げれば、彼がにこやかに『ありがとうございます』と言った。


「木島さんは、ここでお店を出す前はどこにいらっしゃったんですか?」


 あたしがどちらにともなく尋ねると、城ケ崎さんに手で促された木島さんが割と有名なバーの名前を言った。


 あたしも昔、男に連れて行ってもらったことがある。


 ……男の顔は覚えてないけど。


「あそこはたくさんのバーテンダーがいて、確かにそれぞれの腕はいいけれど、その中でも木島さんの腕は一番だったと僕は思ってる。にもかかわらず、木島さんはなんの肩書きも持っていなくてね。チーフと呼ばれているバーテンダーは木島さんよりも若くて、でもどう考えても腕も何もかも木島さんの方が上だったんだ。おかしいと思わない?」


 城ケ崎さんの問いにコクコクとうなずく。


 木島さんの作ってくれるカクテルはとてもおいしい。あたしがわがままにも『こういうのが飲みたい』と言えば、それにぴったりのを作ってくれる。


 でも、それだけじゃなくて、城ケ崎さんとここで待ち合わせして彼が中々来ない時なんかにも、さりげなく気を使って待ちくたびれないようにしてくれたり……。


 本人は照れを含んだ顔で謙遜してるけど、バーテンダーとして、木島さんは一流じゃないかな。


「店長に妬まれてたんですよ、木島さんは」


 あたし達の会話に、蒔田さんが突然乱入してきた。


 気づけば、そろそろ店じまいの店内には、あたし達しか残ってない。


「あれ?蒔田さんも、同じところにいらっしゃたんですか?」


 あたしが首を傾げれば、蒔田さんが大きくうなずいた。


「ええ。俺は下っ端でしたけどね。でも、木島さんはすごいって憧れてたんですよ。だからここにも押しかけちゃったんですけど……。でも、前の店長は木島さんの腕の良さを喜ぶどころか、妬んで嫌がらせしたりとか……」


「え〜!ひどいっ……」


 口に手を当てて顔をしかめたあたしに、蒔田さんが身を乗り出す。


「でしょう?そいつがまた……」


「こらこら、蒔田くん。おしゃべりしていないで、お二人に新しいカクテルをお作りして。せっかく練習台になって下さっているのだから……」


 さらに昔の店長の悪口を言い募ろうとした蒔田さんを、木島さんが変わらぬ笑みで制した。


 蒔田さんが叱られた子供のような顔をして、姿勢を正す。


「はい、すみません。えぇっと……コホン。では、ご注文を」


 木島さんへ素直に謝った後、蒔田さんは、城ケ崎さんとあたしに少し緊張した面持ちで問いかけた。


 っていうのも、木島さんの言ったように、あたし達が彼の練習台になっているからで……。


 城ケ崎さんが『お先にどうぞ』と目で、あたしを促す。


「えっとぉ、じゃあ……あっさりしたのを。アルコールは少なめで、少し甘めがいいです」


「……かしこまりました」


 少し考えてからお願いしたあたしに、蒔田さんがホッとしたような顔をした。


 蒔田さんの練習になるように、カクテルの名前はあげずに大まかな希望を出すことになってる。でも、蒔田さんの様子を見る限り、そう難しい注文ではなかったみたい。


 ほんとはいつもの焼酎が飲みたいけどさ、ここはそういうお店じゃないし、そういうお店だったとしても、“かっちゃん”以外では頼まないようにしてるし、ね……。


「オーナーは?」


 あたしの注文で気をよくした蒔田さんが今度は城ヶ崎さんへ聞くと、ピクッと彼の片眉が上がった。


「だから、オーナーはやめてくれと……。あぁ、じゃあ僕は」


 城ケ崎さんが蒔田さんへニヤッと笑う。


 一瞬、蒔田さんから『げっ』という声が聞こえた。


「僕の、今の気分にぴったりのものを頼む」


 あ、やっぱり。言うと思った。


「うぅ……。か、かしこまりましたぁ……」


 オーナーと呼んでしまったことを後悔していることが丸わかりな蒔田さんに、クスクスと笑う。


 城ケ崎さんは、時々木島さんにこれと同じ注文をして、そして、木島さんが作ったカクテルを満足げに味わうんだ。


 でも、それは木島さんという人が、客の気分を見分ける技を身につけてるからできることで、蒔田さんみたいに、まだ若い人には難しい注文らしい。


 実はあたしも、おもしろ半分に木島さんに同じ注文をしたことがあるんだけど……。


 チラッと彼を窺う。


「木島さんって、すごい人ですよね〜。見る目があるっていうか……」


 それは、ここに来る度に思うこと。


 温和な笑顔に柔らかい物腰。一見すれば優男が年取ったって感じだけど、この人の、人を見る目は確かだ。


 ……だって、あたしの性格、バレてる気がするもん。


 蒔田さんもたぶんそうだけど、あたしの好みそうなお酒って、甘いのっていうイメージがあるんだと思う。あたしだって、イメージに合わせて、多少なりとも甘いお酒を頼むようにしてるし。


 ……なのに。


 木島さんにあたし好みを作ってもらうと、本当にあたし好みの、甘みなんてほとんどないようなあっさりとしたカクテルが出てくる。


 ほんと、あなどれない人なんだよね……。


「そんなことはございませんよ。私よりもずっと素晴らしいバーテンダーはたくさんいますし、蒔田くんも、きっと私を越えてくれると思います。それに……」


 木島さんが、煙草を口にくわえた城ケ崎さんをチラッと見てから、あたしへニッコリと微笑む。


「今の私があるのは、城ケ崎様のおかげですから。人を見る目があるのは、私よりも城ケ崎様の方ですよ」


 ……やっぱり、木島さんにはバレてる。


 あたしは、ひとつ息を吐いてから、木島さんにだけわかるように小さくうなずいた。


「また木島さんがそんなことを……」


 隣で照れてる城ケ崎さんの方へ、心の中で『よしっ』と気合を入れてから、いつものようにかわいい笑顔を心がけつつ、振り向く。


「あの〜……」


「ん?」


「あたし、城ケ崎さんにおすすめのお店があるんですけど……」


 いつもみたいに優しい笑顔で見つめ返してくれた城ケ崎さんを、あたしは久しぶりにドキドキしながら……“かっちゃん”へ誘った。




 最近ずっと考えてた。


 城ケ崎さんは今までの男と違ったから。もしかしたらって……。


 でも、期待して裏切られるのは嫌だったから、なかなか言い出せなくて。


 ……だけど、試してみたくて。


 でも、木島さんのおかげで決心がついた。



 ねぇ、もし、もしよ?城ケ崎さんが逃げ出さなかったら……。


 あたし……。


 あたし、は……。


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