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2)

「じゃあ、本橋さんもダメだったのか?」


 そう言って、暖かいアールグレイを出してくれたのは、あたしの働く私立藤花学園の同僚で、親友でもある筑茂暁つくも あきら


 そう、あたしを“アイドル教師”なんて言った親友さま。


 毎日、昼休みになると暁のいる図書準備室へやってきて、一緒にお弁当を広げた後に、暁の入れてくれる紅茶で一息つくのが、あたし達の日課だったりする。


「そ。まぁ、あの男はこっちから願い下げだったけどね。もぉ、早かったよ?速攻で帰って行ったの。みんなで笑っちゃった」


「へぇ……。でも、なんでみんな勝也さんの店の良さがわからないんだろうな?料理だってすごくおいしいし、勝也さんはとても暖かい人なのに……」


 暁が、そう言って首を傾げた。


 ……やっぱり、暁はきれいだなぁ。


 思わず、その横顔に見とれそうになる。


 暁は、言葉使いは男っぽいけど、とっても美人な女の人だ。すらっと均整の取れた細身の体にパンツスーツをまとって颯爽と歩く姿は、宝塚のトップスターのようなかっこよさがある。


 ただ、男の人からは声をかけにくいタイプの美人らしくて、あたしと違って、男に声をかけられることなんて滅多にない。


 ……おかげで、本人にも自分が美人だという自覚もない。


「あたしが男だったら、絶対に暁を口説くのになぁ」


 こんなに美人で、そのくせかわいくて。あの店のよさもわかるなんて、言うことないもの。


「えぇ?それは私が男だったら、の間違いじゃないか?」


 暁がそう言って、苦笑気味に笑った。


 もうっ。ほんっとにわかってないんだよね、この人。


「間違ってないの!暁はかわいいもん。あたしが男だったら、絶対、ぜぇったいに暁を選ぶんだから」


 確かに、外見で言ったら暁が男であたしが女の方がいいのかもしれない。


 でも暁は、外見はかっこよくても、中身は、かわいいものが大好きで、ちょっと天然ボケ入っちゃってる、かわいい女の子って感じの人なんだ。


「……そっか。ありがとう」


 照れて、ふわって笑った暁を、やっぱりきれいだなぁって思いながら、彼女には幸せになって欲しいって、そう思う。


 暁は、あたしとまったく正反対のコンプレックスを持ってるから。


 あたし達は、似てるから……。


「……きっとあたし達、外と中、逆に入っちゃったんだよね。あたしが暁で、暁があたしだったら、きっとギャップなんてものに悩まされることなんてなかったかもしれないなぁって、思わない?」


 暁の外見であたしの性格なら、きっとそんなにきつく感じないだろうし、あたしの外見で暁の性格なら、何の迷いもなく、かわいいものをかわいいと叫べるもの。


「うん。そう思ったことも、確かにあるけど……」


「でしょ?」


「でも、私は麻由が麻由でよかったと思っているぞ?麻由は性格ブスなんかじゃない。確かにきついことを言われる時はあるけど、私はずいぶんそれに救われてきたし、麻由がいてよかったって思うから……」


 暁がそう言って、ニコッと笑う。


「暁って……」


 なんでこうも素直に恥ずかしいことが言えちゃうの……。


「ん?」


 こういう素直なとこ、ほんとに暁にはかなわない。


 あたし、いい友達持ったなって、心の中がほっこりと暖かくなる。


 男なんていなくても、暁がいればいいや、なぁんてちょっと思ったりするのは、やばいかなって思うけど。


「やっぱりあたし、暁にする!ねぇ、暁。あたし、幸せにするからさ、結婚しようよ〜」


 そう言って抱きついたら、暁にベリベリッとはがされる。


「……阿呆」


 ちょっと顔を赤くして、照れたような、呆れたような暁にそう言われて、楽しくなってしばらくクスクスと笑い続けた。

 





 ……今回もダメかな。


 本橋からは案の定あれ以来連絡はなく、4月も半ばを過ぎた今は、新たに知り合った某大手製薬会社の係長という28歳の男から果敢なアプローチを受けている最中だった。


 今夜もその係長に誘われて、高級寿司店でおいしいお寿司を食べて、途中で仕事のトラブル収拾に借り出されて行った彼と別れて、今は夜の街を散策中、なんだけど。


「はぁ〜……」


 つい大きくため息をついてしまう。


 ……係長は、一緒にいて疲れるんだよね。


 まぁ、若くて係長なんだから、できる人なんだろうし、自分の仕事に誇りを持つのも大事だとは思うけど。


 その上でストレスもたまるんだろうし、ついつい愚痴っちゃいたくなるのも、よぉっく、わかるんだけどっ!


 仕事の自慢、仕事の愚痴、自分の自慢、部下の愚痴、自慢、愚痴、自慢、愚痴……の繰り返しじゃ、聞いてるこっちは、疲れるってば!


 あ〜、もう!なんか、飲みたい気分っ!


 ……って、言っても、今日は“かっちゃん”閉まってるし。


 仕方ない。家に帰って飲も……。




「……ん?」


 鬱陶しいナンパを適当に笑顔でかわしつつ、タクシーを捕まえようと大通りへ向かって歩き始めた時、そのひっそりとしたお店の名前に目が止まった。


 “cocoonコクーン


 木のシンプルな看板に、黒字で印刷されている名前、それは“まゆ”を表す英語。


 こんなお店、あったんだ?


 …………。


 ……入って見ようかな。


 名前に惹かれて木の扉をゆっくりと開けて入ると、まだ出来てそんなに経っていないらしく、思った以上にきれいな店内に、ボリュームを絞って、ゆったりとクラシックが流れていた。


 おぉっ、結構、素敵かも……!


 小ぶりなテーブルが3席とカウンターがあるだけの、そんなに広いバーじゃないけど、ほのかに灯されたライトや最小限にとどめられた装飾が、とても落ち着いた雰囲気を出してて……。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの一番右端に腰掛けると、2人いるうちの若い方、20代後半くらいに見えるバーテンさんが、柔和な笑みで迎えてくれた。


「こんばんは。初めて来たんですけど、とっても素敵なお店ですね!」


「ありがとうございます。何になさいますか?」


 なんだかうれしくなって、にこやかに言うと、バーテンさんも営業用ではないうれしげな笑みを浮かべてくれた。


「じゃあ……モスコミュールを」


「かしこまりました」


 バーテンさんが、一礼して去っていってから、チラッと店内を見まわす。


 テーブル席は2つ埋まっていて、1つはカップルが、残りの1つは女性の2人連れが、それぞれにここのお店の雰囲気を壊さない程度に、静かに談笑している。あとはあたしとは反対側の端に、スーツの男の人が50歳前後と見えるもう一人のバーテンさん(店長かな?)と話していた。


 繭をイメージしてだろうけど、全体的に白を基調とした店内は、不思議と寒々とした印象はなくて、暖かい気持ちにさせてくれる。


「お待たせ致しました。モスコミュールです」


 さっきのバーテンさんが、あたしの前に、ナッツを乗せた小さなお皿と、グラスを置いてくれる。


 モスコミュールを一口飲むと、その甘さが口中に広がった。


「おいしい……。こんなお店があったなんて、まったく知りませんでした。いつオープンしたんですか?」


「去年の秋です。こんなわかりにくい場所ですので、お客様のように、通りかかって入ってきて下さる方はとても珍しいんですよ」


 バーテンさんが、グラスをきれいに磨きながら答えてくれる。


 確かに、メインの通りから少し入ったところにあるもんねぇ。


「あたしも、普段は一人でこういうお店に入るのって勇気がなくてダメなんですけど、偶然このお店の看板が目に入って、ここの名前に惹かれちゃって……」


「名前?cocoon、ですか?」


 バーテンさんの、グラスを磨く手が一瞬止まって、首を傾げる。


「あたしの名前、まゆっていうんです。字は違うんですけど、同じ名前だから」


「あぁ、そうなんですか!それはそれは……」


 そう言ったバーテンさんの細い目が、少しだけ丸くなった。


 テーブル席の方から、『すみません』と彼を呼ぶ声が聞こえる。


「はい。――では、偶然が招いた今宵のひとときを、ゆったりと楽しんでくださいね」


 若いバーテンさんは、そう言って人懐っこい笑みを浮かべると、テーブル席の方へ注文を聞きに行った。


 うんうん。なかなか感じのいい人だ。ほんとにいいお店を見つけたかも。今度、暁も誘ってこようかな。


 バーテンさんにはああ言ったけど、あたしは割と、新しいお店に入ってみるのは好きだ。もちろん当たりハズレはあるけど、今日みたいにいい出会いをすると、すごく得した気分になるし。


 別にバーテンさん相手に、そんな嘘をつくこともないんだけど、あたしって、見た目そういうのできなそうっていうイメージらしいから、そういうことにしてる。


 化けの皮という奴は、一度被ったら、よっぽど気を許した相手以外の前では剥がさない方がいいし。ここ一番って時に些細なことから剥がれちゃったりするから。


 モスコミュールを飲みながら、ナッツを一つ口に入れた。


「ふぅ……」


 それにしても……。


 今日の係長はいつにも増して最悪だったなぁ。


 最近トラブルが続いてるのか、愚痴りまくり、こっちの話なんて初めから聞く気なし。せっかくのおいし〜いお寿司が台無しだった。


 ……やっぱ、あの人も今度“かっちゃん”へ連れて行こ。


 そこで合格点をクリアできなければ、もういいや。


 今言い寄ってきてる男は、係長意外にあと2人。その人達とも食事に行ったりしてるけど、どうもピンとこない。


 う〜ん……。彼らは“かっちゃん”に連れて行くまでもないかな。


 はぁ〜……。どこかにコレって人、いないもんかな……。


 そんなことをつらつらと考えて、小さなため息を繰り返していた時だった。


 2杯目は何を飲もうかなって、メニューを手にしたら、突然あたしの前に、きれいなオレンジ色の液体の入った新しいグラスが置かれた。


「え?」


 驚いて顔を上げると、さっきの人じゃなくて、スーツの客と話をしていた方の中年のバーテンさんが、にこやかに笑みを浮かべていた。


「あちらのお客様からです」


 …………は?



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