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1)

 各務麻由かがみまゆ25歳独身。職業英語教師。


 色白の肌にぱっちりの二重まぶたで、髪はふわふわウェーブのロングヘア。背はちっちゃめだけど、スタイルは悪くないと思う。


 男から声かけられること多数、この年になっても相も変わらずナンパは日常茶飯事。教え子の高校生達からは“麻由ちゃん先生”なんて愛称までもらっちゃって、親友からは“アイドル教師”なんて呼ばれてるあたしは、きっと。


 とっても‘かわいい女’に違いない。


 …………でも。



‘ギャップが許されない女’


 それが、あたし。




 初めて恋人と呼べる存在ができたのは、中学2年の夏だった。


 彼はクラスメイトで、学校の中でもかなり人気のあるかっこいい男の子だった。


 そして、あたしはあたしで、評判のかわいい女の子だったんだと思う。


 だから、あたし達が付き合うようになるのは、とっても自然なこととして誰からも受け入れられた。


 手をつなぐのも、キスをするのも彼が初めて。さすがにその先まではなかったけど、あのままずっと付き合ってれば、そうなってたのかもしれない。


 最初はお互いにドキドキし通しで、ろくな会話もできなくて。でも、彼氏彼女と呼べる存在がいることに、幸せを感じてた。


 ……だけど。


 あたし達は、半年で別れた。


 原因は男の浮気……って言っても、中学生のことだから、他の女の子と手をつないでたってだけだったんだけど。


 それでも、その年頃の、恋に恋しちゃってるようなあたし達にとっては、喧嘩するのに十分な理由で。


 今ではもう、顔だってろくに思い出せやしない相手だけど、あいつがあたしを振る時に言った言葉だけは忘れられない。


「麻由って……かわいいの、見た目だけだよな」

って。


 それを聞いた時。


 はぁ!?なにそれ?性格ブスってこと?そう言いたいわけ?


 ……むかつく!


 って、そう思ったあたしは。


 バッチ〜ンって、きっつい平手打ちして、仁王立ちして言ってやったの。


「あんたなんか優柔不断の浮気男のくせに!あんたみたいなヘタレ野郎がえらそうな口聞くなっ!」

ってね。


 …………まぁ〜、今になってみれば、あいつの気持ちもわからなくはないんだけど。


 浮気現場(?)を見ちゃったあたしは、『浮気者っ!』って、当然怒って怒って怒りまくったわけだけど。あいつとしては、あたしみたいな、はかない系かわいい子には、そんなんじゃなくて、『どうして?』って、か細く言いながら、涙を流して欲しかったんだろうし?


 実際にそうしてたら、別れることにはならなかったんだろうな、とも思う。


 でも。


 あたしはそんなんじゃないし。


 外見はとびきりかわいくて、守ってやりたくなるような、思いっきり甘えてくれそうな、そんな感じかもしれないけど。


 ……正直、一人で生きていけるくらいには強いと思うんだ、あたし。


 でも、中学生だったガキのあたしには、そんなことわかるはずもなく。


 きっと次の王子様はあたしを本気で好きになってくれるんだって、そんな淡い期待を抱いて、暴れるだけ暴れてから、涙をぬぐった。


 …………なのに。


 おかしいな、と思い始めたのは高校に入ってから。


「ごめん、俺には無理」


 何が?


「麻由って、結構きついよな」


 どういうこと?


「お前、俺いなくても大丈夫だよな」


 まぁね?


 で、その隣の子はあんたがいないと、ダメなわけ?


「麻由ちゃんってさ、強い子だったんだね」


 …………あぁ、うん。割とね。


「ごめん、思ってたのと違ったわ」


 ………………思ってたのって、どんなの?


「ギャップもありすぎると、ちょっと、な」


 ………………。


 ………………そうなんだ。


 ありすぎるギャップって、ダメなんだ?


 それでもって、‘きつい女の子が実はかわいかった’だったら許されても、‘かわいい女の子が実はきつかった’ってのはダメなわけだ?


 へぇ〜、そっかぁ………………って、なんだそれっ!?


 とりあえず、告白されて合格点なら付き合ってみよう、なんてことを繰り返してたあたしは、その男ども皆に、3ヶ月と経たずに、似たような理由で振られた。


 ……そして、高校2年の冬、悟ったんだ。


 あたしはどうやら、ギャップが許されない女らしい、と。


 外見通りのかわいい女でなければならないんだ、と。


 …………。


 …………だったら。


 そんなに騙されたいなら、騙してあげようじゃないのって、思った。



 それからといえば、自分の外見にみあう性格っていうやつを研究して、初めこそボロがでて失敗もしたけど、だんだん振られることもなくなって……。


 成人した頃には、今のあたしが出来上がってた。


 外見も中身もかわいいと思われる女が。




 ま、外面そとづら限定なんだけど。






「………………ここ?」


「はい!」


 あたしが連れてきた店の前で、本橋の笑顔がさっそくひきつった。


 目の前にある居酒屋の、破れかけたのれんには“かっちゃん”の文字。


 ちょっと小汚い雰囲気に、入るのをためらいそうになるその小さな店に、不釣合いな外見のあたしは、少し悲しげに本橋を見上げてみる。


「もしかして、こういうお店……ダメ、でした?」


「え!?う……い、いや?良さそうなお店だね……」


 あははって、空笑いがむなしいよ?お坊ちゃま。


「よかったぁ!本橋さんならきっとそう言って下さるって思ったんです!さ、入りましょ?」


 本橋の高級スーツの袖を軽くつかんで、その店の引き戸を開ける。


 カラカラッと意外にも軽い音で戸が開くと、


「ら゛ぁっしゃい!」

って、ちょっとドスの効いた声がして、こわもての大将が、ギロッと客を睨む。


「ひっ……」


 後ろから小さく、情けない悲鳴が聞こえた。


 見なくてもわかる。絶対、今、彼の顔は青ざめてる。


 ……あ〜あ、かわいそうに。もっと愛想良くすればって、いっつも言ってるんだけどね、ごめんね?


「こんばんはぁ〜、大将」


「おぅ、らっしゃい。……今日はまた、えらいべっぴんを連れてるじゃねぇか」


 意識してかわいらしくした挨拶に、大将が全てを察してニヤッと笑う。


 あたしも、本橋には見えないように、同じ笑みを大将に返した。


 それから、まだ早い時間で空いている店内の、小さなテーブルに腰を下ろす。


「やぁっだ〜、大将ったら、もぉ。男の人にべっぴんだなんて、失礼だよ?」


「おぅ、そうか。……そいつは、すまねぇなっ」


 大将がおしぼりとお冷、あとお通しのふろふき大根をあたしたちのテーブルにドンッと置いて、本橋をギロッと睨んで謝った。


「い……いえ……滅相も……」


「おう!大将っ!熱燗だ熱燗!いやぁ、春先だってのに、こう寒くっちゃ、熱燗でもなきゃやってらんねぇや!……おぉっとぉ、麻由ちゃんじゃねぇかっ!」


 『ございません』と、小声で答えようとした本橋をさえぎるように、勢いよく扉が開いて、ぞろぞろっと3人ほどこの店の常連客が賑やかに入ってきた。


 ……しかもまた、ガラの悪そうなのが。


 本橋が、更に顔を引きつらせるのがわかる。


「あ!木村のおじさん!久しぶり〜!」


「おぅおぅ、ここんとこ麻由ちゃんに会えなかったから、おっちゃん、さみしかったぞぉ」


 常連客と普通に会話して、しかも頭まで撫でられてるあたしに、本橋がさらに固まった。


 本当の本当に、あたしがこの店を行きつけにしてるってことがわかったんだろう。


 きっと今ごろ、あたしに抱いていたイメージが、ガラガラって音を立てて崩れていってるんだろうなぁ。


 ……さて、と。そろそろ助けてあげないとかわいそうかも?


「あれ?本橋さん、大丈夫ですか?なんか顔色が……」


 今気づいたって感じで、心配そうに顔を覗き込んだら、彼がハッとして、額の汗を拭きながら、さも具合が悪いかのように、突然コホンと咳払いしてみたりする。


「あ、うん……。ちょっと、朝から風邪気味だったから……」


 へぇ〜、風邪気味。


 さっきまで、ものすっごく元気だった気がするけど?


「えぇ!?大丈夫ですか?」


「う、うん。ちょっと熱が出てきたかなぁって……。だから、あの、申し訳ないけど……今日はこれで……」


 ゆっくりと立ち上がった本橋に、あたしも立ち上がって表情を少し曇らせてみせる。


 心底心配そうに見えるはずのあたしの視線から、本橋がスゥ〜ッと目を逸らした。


 一応、後ろめたい気持ちはあるらしい。


「そう、ですか……。でも、ほんとに大丈夫ですか?あたし、送りま……」


「や、いいから!」


 人の言葉をさえぎった本橋が、だんだん戸の方へ後退していく。


「え、でも……」


「うん、君は気にしないで!ほんっとに、ごめんね。あ……ごちそうさまでした。それじゃ!」


「あ……」


 カラカラッ、ピシャンッ


 ………………。


 ………………はやっ。


「クックックッ……わぁっはっは!」


「今日のはまた、早いお帰りだったなぁ」


「肝の小せぇ野郎だこと!」


 本橋が脱兎のごとく帰って行って、しばらくの沈黙の後、木村のおじさんの笑い声を筆頭に、柿田のおじさんと山川のおじさんの爆笑が店内に響いた。


 あたしも一緒になって軽く笑いながら、カウンターの中に移動して、勝手にビールを入れる。


 すると、大将にコツンッと頭を小突かれた。


「いたっ……!」


「ったぁく、お前は。男を振るのに俺の店を使うなっていっつも言ってるだろうが」


「……違うもん。男を振るの・・・にじゃなくて、男に振られる・・・・のに使ってんの」


「似たようなもんだろうが……」


「全然違うって。大体、使われたくなかったら、もっと愛想良く接客すればいいでしょ。っていうか、叔父さんだって、結構ノリノリじゃない?」


 大将こと、叔父の勝也へベェッと舌を出してから、立ったまま、冷たいビールを一気にあおる。


 この店“かっちゃん”は、あたしの正真正銘の叔父、勝也叔父さんのお店なのだ。


 ぷはぁ〜っと息を吐けば、すとんっと肩の力が抜けた。


「ばぁっか。俺はただ、お前の相手にふさわしい野郎かどうか、見極めてやろうと……」


「出たよ!かっちゃんの姪バカ」


 叔父さんの言い分に、すかさず山川のおじさんから野次が飛ぶ。


「うるさい!かわいい姪っ子をかわいいって言って、何が悪いっ!」


 客相手に怒鳴る叔父さんに、クスッと笑ってしまってから、もう一杯ビールを注いで、カウンターへと腰掛けた。


 ……たぶん、あのエリートくんから連絡が来ることは、もうない。


 そう思って、うまくいったと喜ぶ気持ち半分、やっぱり嘘で固めたあたししかダメなんだなっていう悲しい気持ち、半分。


 今までも何度かここへ彼氏候補を連れてきたことがあった。


 その結果は……見事惨敗。っていうか、あたしの全勝?


 小汚いと思われがちな店構え。こわもての大将に、ガラの悪い常連客。


 本当はとっても暖かいこの雰囲気を、この人達を、その見た目だけで判断して、しかもあたしがここを贔屓ひいきにしてると知って、引いていく男達……。


 本当のあたしを好きになる男は、きっと現れない。


 ……でも、本当のあたしを好きになってくれる男じゃなきゃ、あたしもきっと愛せない。


 自分を偽り続けて、それに気づいた時。


 それなら、みんながうらやむような相手を探してやろうって思った。


 お金持ちで頭も良くて、できれば顔もよくて、そういういわゆる条件のいい・・・・・男を選ぼうって。


 だって、どうせ愛することも愛されることもできないなら、できるだけ条件のいい男がいいに決まってるじゃない?


「叔父さん、いつものちょうだい」


「はいはい……っと。ちゃんと腹に入れてから飲まねぇと、胃に穴があくぞ?」


 2杯目のビールを空にしたあたしに、叔父さんが焼き鳥数本と揚げ出し豆腐を出してくれる。


 ありがたくそれを口に入れれば、心の中から暖かくなるような、そんな気がする。


「おいしぃ〜!」


 絶対、高級イタリアンなんかより、こっちの方がおいしいよ。


「ほらよ」


 おじさんがあたしに“いつもの”をくれる。


 焼酎のお湯割り、梅干し入りのやつ。


「さんきゅ」


 そのグラスを受け取って、一口目はそのまま頂いて、その後、割り箸で梅干しをしっかりほぐしてから二口目。


 似合わないとか、親父くさいとか言われようがなんだろうが、あたしはこれが一番大好きだ。


「ん〜、幸せ」


「……焼酎飲んで幸せ感じるお前もかわいいけどよ。お前も25だろ?そろそろ本腰入れて相手探した方がいいんじゃねぇか?兄貴も心配してたぞ?」


 焼酎とつくねに幸せを感じてたあたしに、叔父さんが余計なことを言ってくれる。


「おぉ〜きなお世話。別に、今の世の中結婚なんてしなくても生きていけるし。……第一、あたしは、このお店の良さがわからない男なんて、真っ平ご・め・ん!」


「そうだ、そうだ!かっちゃんの店の良さがわからねぇやつなんて、男じゃねぇよぉ!」


 あたしの後を、すでに酔っ払い始めた木村のおじさんが続けて、2人で『ね〜』ってうなずきあう。


「……ったぁく。うれしいこと言ってくれるねぇ」


 やっぱり姪バカな叔父さんが、グスッと鼻をすすりあげた。


 もう、泣き虫なんだから……。


 その姿に笑ってから、こっそりと、小さくため息をついた。


 ……あたしだって、本腰入れて探してないわけじゃないし。


 条件のいい男を選ぶにあたって、あたしの中で絶対にゆずれないことが1つだけあって。


 それが、この店。


 いくら愛し愛される関係をあきらめるって言っても、さすがに少しも好きになれない人を恋人とは呼べないし、呼びたくもない。


 だからとりあえず、この店を好きだと、せめて、この店を好きなあたしに引かない男なら、あたしも少しは好きになれるんじゃないかなって、そう思ったんだけど。


 ……これが、思った以上に難しかったんだよねぇ。


 あたしの好きな店=おしゃれなカフェ、みたいなイメージ持っちゃってる彼らには、どうにもこの店が受け入れられないらしくって。


 今日みたいに途中で帰っちゃうのは当たり前。最後までねばった人もいたけど、やっぱりその後から様子がおかしくなって、ダメになっちゃったし。


 おかげで最近じゃあ、どうでもいい男を振るのにも(格好だけは、振られてるんだけど)使っちゃってる始末だ。


「はぁ〜〜……」


 特大のため息を吐いて、行儀悪く頬杖をつく。




 一人で生きていける。それは本当。


 でも、でもね?そんなの。


 ……やっぱり、さみしい。


 そう思うあたしは、我がままなのかな?



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