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エピローグ

 社長と副社長にさんざん言われてた呉羽さんという人は、城ケ崎さんの秘書の一人なんだそうで、あたしと城ケ崎さんが病院のロビーに現れると、涙目で開口一番、


「社長!遅いですよ!俺、彼女に一時間で戻るって言ってきたんですからね!?」

って、言った……。


 あたし達は、社長の怪我よりも何よりも、彼女との約束を心配する薄情な秘書の飛ばす車で、城ケ崎さんのマンションへ連れてこられた。


 そして、あたしが何を言う間もなく、城ケ崎さんと一緒にさっさと降ろされて、あっという間に、呉羽さんは去っていった。


 怪我人二人を置いて、彼女の元へ。


 堂本さんといい、呉羽さんといい、なんだかなぁ……。




 とりあえず城ケ崎さんを部屋まで送り届けるために、彼の薬とスーツの上着を持って、エレベーターに乗り込んだら、この前酔っ払った時と同じ様に、城ケ崎さんが、壁にもたれかかった。


 その顔に少し汗が浮かんでいるのに気づいて、ハッとする。


「痛い?大丈夫?」


 慌てて近寄れば、彼が痛みを堪えるように、小さく息を吐き出す。


「麻酔がきれてきたらしい。大丈夫だよ。痛み止めももらっているから……」


 あたしを気遣って微笑んで見せた城ケ崎さんに、胸がしめつけられた。


 エレベーターが止まって、彼を支えるように、ゆっくりと歩く。


 部屋の鍵をあけて灯りをつけて、この前より少し荒れたような気のするリビングへ、とりあえず連れて行った。


「薬……」


 城ケ崎さんにソファへ座ってもらって、急いで預かっていた薬の中から痛み止めを取り出す。それを彼に渡して、この前のように水を持って行けば、それを飲み干した彼が大きく息を吐き出した。


 でも、薬が効いて来るまで、まだ時間がかかる……。


「……麻由さん?」


「ごめん、なさい……。ごめんなさい……。あたし……」


 城ケ崎さんの前に膝をついたまま、うつむいて、震える手を握り締めた。


「あたし……。あたしのせいで……。ごめんなさい……っ!」


 一生懸命堪えたけど、今日一度壊れてしまった涙腺は言うことを聞いてくれなくて、ポロポロと涙が流れていく。


 堂本さんはああ言ってくれたけど、あたしは自分が許せない……。謝るしかできないけど、それで許されるとも思わないけど、でも……。


「君のせいじゃないよ。僕が勝手に……」


「あたしのせい、なの!あたしが……ストーカーに狙われてるの、気づいてたのに……外、出たりしたから……。暁にも気をつけろって言われてたのにっ……!」


 危機感がないって、暁にも言われてた。


 本性出して殴ってでもやれば、幻滅して逃げていくだろうなんて、簡単に思ってた……。


 ……バチが当たったんだ。


「麻由さん……」


 何か言おうとする城ケ崎さんを遮るように、首を振った。


 その拍子に首の傷が少し痛んだけど、こんな痛み、彼に比べれば軽すぎて嫌になる。


「違うの……。あたしが……ずっと、人を欺いてきたから……。あなたのことも……騙してたし……。いっぱい、嘘ついて……。だから、あんなのに……狙われたのも、あたしのせいだし……。あたしが悪いの……。なのに、あなたを……傷つけて……。ごめ……ごめんなさい……。本当に……ごめ……」


「麻由さん!」


 座り込んで謝り続けていたら、城ケ崎さんに腕を掴まれて、右手だけとは思えないほど強い力でグイッと持ち上げられた。


 そのまま片手だけで力強く抱きしめられて、思わず体が固まってしまう。


「……僕が、怖い?」


「あ……」


 すごく近くで聞こえてきた声の、言いたいことがわかって、ゆっくりと力を抜いた。


 軽く首を横に振る。


「大丈夫。城ヶ崎さん、だから……」


 確かに、男の人に対する恐怖が、ないわけじゃない。


 力では、まったく敵わないってこと、今日で嫌って程わかったし。


 でも。


 この腕は、あたしを守ってくれた腕だもの……。


 そっと背中に手を伸ばして、城ケ崎さんのぬくもりを感じた。


「よかった……」


 彼が、ホッと息を吐く。


「確かに、麻由さんがストーカーのことを知っていて出かけたのは、褒められたことじゃないと、僕も思う。でも、悪いのはあのストーカーで、麻由さんじゃない。僕の怪我だって、君のせいなんかじゃないし、気にすることなんて何もない」


「でも……」


 口を開こうとしたら、城ケ崎さんの右手にさらに力がこもった。


「いいから……。僕は、麻由さんを最悪の事態から守ることができて、本当によかったって思ってる。これくらいの怪我、君を守れないことより、ずっといい……」


 城ケ崎さん……。


 胸が熱くなって、あたしも力を込めて彼を抱きしめ返した。


「今日、僕が暁さんのマンションに着いた時……。麻由さんが、ちょうどエレベーターに乗り込むのが見えたんだ」


 城ケ崎さんが、今日起こったことを話してくれる。


「でも、その時に、麻由さんと一緒に乗った男が、麻由さんを見てニヤっと笑ったのも見えて……」


 それを聞いて、背筋を冷たいものが流れる。


 あの時、あたしはあいつに背中を向けて乗ったから、気付かなかった……。


「その笑い方が、なんとなく嫌な感じだったし、その男に見覚えがあるような気がして……。あぁ、麻由さんは、僕が君の家まで会いに行ったという話を、暁さんから聞いた?」


「うん……」


「結局、麻由さんには会えなかったけれど……。その時に、なんとなく視線を感じて振り向いたら、知らない男がいたんだ。睨むような目を向けてくるから、留守の家の前で途方に暮れる僕が、不審者に見えるんだろうと思って、その場は去ったんだけど……違ったらしい。その男が、あのストーカーだったんだ」


 そういえば、あの男。あたしがいなくなって心配したとか言ってた……。


 暁の家にいる間も、見張ってたの……?


 なぜかあたしの名前を知ってたこととか、たぶん、学校も調べて、帰りをつけられていたんだろうこととか……。自分の知らないうちに何をされていたか、考えただけでゾッとするほど気持ち悪くて、体が震えてしまう。


「麻由さん……!?」


 城ケ崎さんが焦ったように背中をさすってくれて、ゆっくりと呼吸を繰り返したら、少しずつ震えが収まってくる。


「ごめんなさい。もう、大丈夫だから……」


「いや、僕こそごめん……。嫌なことを聞かせてしまって」


 そう言う彼に、もう一度『大丈夫』って、首を軽く振ったら、再び強く抱きしめられた。


「城ケ崎さん……?」


「……本当に、無事でよかった」


 耳元で呟かれた声は、絞り出すように小さくて……。


「目の前に麻由さんがいるのに、開かない扉がもどかしくて堪らなかった。『逃げろ』と叫ぶのに、全然届かなくて……。駆けつけて、麻由さんが襲われているのを見た時、体中の血が一気に逆流した気がした……」


 そう言った彼の声が、震えてる。


「こんな怪我くらいどうってことない。麻由さんが怖い思いをしたことに比べれば、全然、たいしたことなんてない。もっと早く助けてあげられていれば、傷つけられることもなかったのに……」


 彼の震える指が、あたしの首に巻かれた包帯を撫でた。


 そっと体を離して、その手を両手で包む。

 

 城ケ崎さんの、悔しそうな、心配そうな顔に、自然と微笑んだ。


「平気。こんな怪我、すぐに治るもの……」


 跡も残らないでしょうって、病院の先生も言ってた。


「確かに怖かったし、今でもやっぱりちょっと怖いけど……。でも、あれしきのことで壊れたりするほど、あたしは弱くないから。城ケ崎さんが守ってくれて、暁やゆっきーや、堂本さんまで、力づけてくれて……」


 こんなにも、暖かい人達に囲まれたあたしは、なんて幸せ者なんだろうって思うから……。


「しばらくは、一人になるのを怖く思ってしまうかもしれないけど、でも、きっとすぐに立ち直れる。あたしは、見た目よりずっとたくましいの。だから……」


 まだ、一番大切なことを伝えてなかった。


「助けてくれて、ありがとう。すごく、うれしかった……」


 城ケ崎さんが来てくれて。


 あたしのことを守ってくれて。


 そう伝えて、精一杯元気よく見えるように笑ってみる。


「麻由さん……!」


 掠れた声で名前を呼ばれたと思ったら、力強い腕に再び引き寄せられて、そのまま口づけられた。


 ……それは、強引なくせに、とても優しくて。


 どうしようもなく胸が高鳴る。


「……城ヶ崎、さん……」


「麻由さん」


 顔を離した城ケ崎さんに、あの、情熱のこもる目で、まっすぐに見つめられる。


「今度こそ……。僕の、恋人になってくれませんか?」


 それは、前ここに来た時に、あたしが言わせなかった言葉で……。


 うれしさや、罪悪感や、恐怖……色んな複雑な感情が浮かんで、胸が苦しくなる。


「……あたし、ひどいこと、たくさん言った」


 あの日、車の中で。


「それは、僕が君を怒らせたから……」


 確かに、そうだけど。


 でも。


「あたしは、城ケ崎さんを騙してたの……。城ケ崎さんが好きだって言ってくれたあたしは、本当のあたしじゃない。本当のあたしは、全然かわいくなんかないの……。それでも、それをわかってても、好きだって、言えるの?」


 言って、くれるの?


 恋人同士になって、『やっぱり無理』って言われるのなんて、絶対にイヤ……。


「言える」


 城ケ崎さんがきっぱりと言い切って、うなずいた。


 ……本当に?本当に、あたしを全部、受け入れてくれるの?


「どう、して……?だって、城ケ崎さんは猫被ったあたしが好きだったんでしょ?」


 あの、かわいこぶったあたしを好きになったのなら、本当のあたしを受け入れるなんてこと、できるわけない……。


 自分で言うのもなんだけど、真逆だと思うし……。


 城ケ崎さんが、不安に揺れるあたしの手を取って、握り締めてくれる。


 安心させるように、優しく……。


「僕は、猫を被っていた君も、怒って感情むき出しにした君も、全部好きだ。だって…………知っていたから」


「え?」


 知ってた……?あたしを?


「麻由さんは、僕を騙していたというけど、僕は騙されていたことなんて一度もないんだ」


「それって……。一度もって……。まさか、“cocoon”で会う前から?」


 驚いてそう聞いたら、城ケ崎さんが、すまなそうに『うん』とうなずく。


 えぇ……!?

 

「あ!そういえば、堂本さんが初恋の君がどうのって……」


 病院で、彼女が言っていたことを思い出す。


 彼女の言うジョウは城ケ崎さんのことだったんだから、あたしが彼の初恋の君……?


 ……でも、あたし、城ケ崎さんのこと、まったく記憶にないんだけど。


「ちぃの奴……」


 城ケ崎さんがため息をついて、苦笑する。


「まぁ、今となっては、隠すつもりもないからいいけれど。僕が下手に隠したりしたから、ややこしくなったんだって、ちぃにも馬鹿にされたし……」


「じゃあ、じゃあ、本当に……?でも、あたし、全然心当たりが……。ごめんなさい」


 城ケ崎直人という名前にも、彼の力強い目にも、まったく覚えがない。


 なのに、申し訳なくて必死に思い出そうとしている横で、城ケ崎さんがクスクスと笑う。


「?」


「麻由さんが覚えてないのは、仕方がないと思うよ。僕が君と出会った時、すでに君は泥酔状態だったから」


 でいすい……泥酔っ!?


「え?うそ……!?でも、あたし、お酒にはかなり強いし、酔って記憶を失ったことなんて一度も……あ。一回だけ、あるけど……えぇ!?」


 その可能性に気づいて、驚く。


 だって、それは、あの中学生の時、初めてやけ酒したあの日のことで……。


「出会いは、人気のない橋の下。麻由さんは中学生で、僕は高校生だった。一升瓶抱えて目を据わらせた美少女を見て、さすがに目を疑ったっけ……」


 ぎゃあ〜っ!あれを知ってる人がいるなんてぇ……!


 しかも、そんなに懐かしむような顔、しないで〜……。


 あまりに恥ずかしすぎて、顔に熱が上がってく。


「も、もしかして、あの日あたしを運んでくれた通りすがりの優しい人って……」


 まさか……。


「あぁ、僕のことだと思う」


 ……お母さん、高校生だったなんて言わなかったじゃないの!


 なんでそんな特徴的なことすっとばすかな、あの人は!てっきりどこぞのおじさんのお世話になったんだと思ってたじゃない、今まで……。


 あぁっ、そうだ!お母さんといえば……。


「……その時、お母さんに、なんか言わなかった?」


「『がんばるって伝えてください』って、言ったかな、確か」


 あぁ、うん、そうそう!確かにそんなことは聞いた気がする。


 ……その伝言の意味は、さっぱりわかんなかったんだけど。


 二日酔いの気持ち悪さで唸ってる娘の背をさすりながら、お母さんが『説教上戸だったのねぇ。誰に似たのかしら?』とかなんとか、とぼけたこと言ってたのを覚えてる。


「あたし、何したの……?」


 ものすごく聞きたいような、聞きたくないような……。


 なんか、暁の気持ちが初めてわかった気がする……。


 すごく複雑な表情をしてたのかもしれない。城ケ崎さんが、あたしの顔を見て、小さく笑った。


「そんなに怖がらなくても……。僕にとってあれは、運命の出会いなのに。あの時、麻由さんに会っていなかったら、今の僕はいない。それくらい、麻由さんは僕に大きなものをくれたんだ」


 城ケ崎さんが大きくうなずいて、優しく微笑んだ。


 絶対、そんなの嘘だ。酔っ払ったあたしなんて、自分でもわからないけど、でも、絶対なんかしでかしてる気がする。


 ビクビクしてるあたしとは対照的に、城ケ崎さんが懐かしそうな顔で話してくれる。


「あの頃の僕は、今とは比べようもないくらいチビで、おまけに食べることが大好きだったから、すごく太っていて……。何をやっても人並みにできないし、学校ではいじめられるし、もう何もかもが嫌になっていたんだ。麻由さんに出会ったあの日、僕は…………死ぬつもりだった」


「えっ!?」


 コロコロしてた城ケ崎さんも想像付かないけど、自殺しようとしてたって……うそでしょ?


「信じられないかもしれないけど、本当にその時は死のうと思っていたんだ。麻由さんに会ったのも、僕が死に場所を探していた時だったしね」


 ……言われてみれば、あんな辺鄙な場所に人が通りかかるのも、変かも。


「完全に酔っ払い状態の君を見て驚いていた僕を、君は『一緒に飲もう』と誘った……というか、半ば強制的に誘われたって言った方がいいかな。初めは、君が恋人に振られた話を聞いたりしていたけど、一緒に飲んでいるうちに、僕もだんだん酔いが回ってきて、いつの間にか、死のうとしていることを君に話していた」


 かなり穏やかな言い方で話してくれてるけど、あたしのことだから、きっと無理やり飲ませて、愚痴を聞かせていたんだろうなぁ……。


 ……なんか、いたたまれない。


「それで、それを聞いた麻由さんは、なんて言ったと思う?」


 城ケ崎さんが、なぜか楽しそうにクスクスと笑う。


「……なんか、まともなことを言ったとは思えないんだけど」


 あたしだから。しかも酔っ払いだから。


「まともかどうかは別として、確かに、びっくりはした。……『じゃ、死ねば』って言われたから」


「…………」


 ……あ〜、言いそう。ものすっごく、言いそう。


「すごくあっさりと、さぁどうぞって感じで。……僕は、確かに死のうと思っていたし、君に会わなければ間違いなくそうしていたと思う。でも、なぜか、君にそう言われたら、突然死ぬのが怖くなったんだ。自分でも不思議だけど、あの時『死んだらダメ』と言われていたら、逆に死んでいたかもしれない」


 『天邪鬼あまのじゃくだよね』って城ケ崎さんが笑う。


「その後も、麻由さんが言うことはすごくもっともで……。僕には、君がすごく格好よく見えた。いつの間にか、死のうと思っていた気持ちもなくなって、眠ってしまった麻由さんをおぶって歩く頃には、がんばってみようと思えるようになっていたんだ。……あぁ、そういえば、まだお礼を言ってなかったな。あの時はありがとう、麻由さん」


「うっ……」


 城ケ崎さんに頭を下げられて、あたしの顔はさらに赤くなってたと思う。


 あたしが一体どんなことを言ったのかは知らないけど、覚えてないだけに、恥ずかしい。恥ずかしすぎる。


「そ、それが、初恋……?」


 それが本当なら、かなり物好きだよね……。


「う〜ん。初恋、なのかな。ちぃはそう言うけれど……。僕にとっては、麻由さんは命の恩人だし、初恋なんて簡単なものには納まらないくらい大きな存在だったから。麻由さんのおかげで、ダイエットする気にもなったし、いじめられなくもなったし、勉強もがんばるようになったし……。そう考えると、jo−doだって、麻由さんのおかげということに……」


 ……あたしって、実は、すごい人?


「……“cocoon”で会った時、あたしだって、すぐにわかった?」


「入ってきた時に、もしかして、とは思った。でも、名前が聞こえてくるまでは、確信が持てなくて。君が本当にあの時の麻由さんだとわかった時は、『運命だ!』って、ガラにもないことを叫びそうだったけれど」


 城ケ崎さんが照れくさそうに笑う。


「あたしが覚えてなくて、がっかりしなかったの?」


「覚えているとは思ってなかったからね。僕もすっかり変わってしまっているだろうし、もし君が覚えていたとしても、気づかれない自信があった。あの橋の下にいた僕は、ものすごく格好悪かったから、君が覚えてないなら、その方がいいとも思っていたし。あんな恥ずかしいことをしたり、歳を聞いたりしてあくまで初対面を装って……」


 “cocoon”で初めて会った時のことを、思い出す。


 『あちらのお客さまからです』っていうのがおもしろそうって、乗っかったんだっけ……。


 まさか、そんな事情があったなんて……。


「でも、結果として、隠していたせいで君を傷つけることになってしまって、今では後悔してる。まさか君が車を飛び出してしまうなんて思わなくて、ああなるはずじゃなかったんだけど……。あの時は、ごめん。暁さんのことも……。その前の鬱陶しい電話とかメールも……ごめん。ずっと、謝りたかった」


 じゃあ、やっぱり、あの、独占欲が強くて自己チユーだった城ケ崎さんは、嘘ってこと?


 でも、なんのために、そんなことを……?


 もしかして、あたしを怒らせるため?


 だとしたら、なんで……?


「どういう、こと……?」


 城ケ崎さんが、下げていた頭を、ゆっくりと上げた。


 そこには、ものすごく申し訳なさそうな顔があって……。


「再会した麻由さんは、僕の知っている格好いい君とは違っていて、とてもかわいらしい人になっていたよね。麻由さんはそれを、猫を被っていたと言うけれど、僕には、君が変わってしまったように見えて、それが……少し、ショックだったんだ」


「…………」


「でも初めは、遠慮しているんだろうと思った。だけど、どれだけ親しくなっても麻由さんは、かわいい人のままで……。いや、それが嫌だったわけじゃないんだ。もしかしたら、性格が変わるような出来事が起きたのかもしれないと思ったし。僕にとって、麻由さんと出会ったことがそうだったように、人にはそういう転機が訪れることがあるから……。でも、君にどんどん惹かれていったのは確かだから」


 ……今、気づいた。


 城ケ崎さんが時々戸惑ったような、考え込むような仕草をしていたのは、あたしが特にかわいさを装った時だったんだ。


 元のあたしを知ってれば、そりゃあ、戸惑いもする……。


「でも、あの日。しつこいナンパにも自分を崩さなかった君が、連れて行ってくれた店が“かっちゃん”で……。確かにあの店はいい店だけれど、大将が身内だっていうのを抜きにしても、再会してからの君にはそぐわない雰囲気だと思った。どちらかというと、昔の君を思い出させる店だな、と……。しかも君は、どこの店にいる時よりも楽しそうにしていたよね?」


 城ケ崎さんの問いに、コクッとうなずく。


 そりゃあもう、楽しかったもの。城ケ崎さんが“かっちゃん”を気に入ってくれたから……。


「だから、もしかしたら麻由さんは自分を偽っているんじゃないかと、そう思った。でも、僕にはその理由がどうしてもわからなくて……。ただ、君の全部が好きだと、そう伝えるしかななかった」


 う、そ……。


 あれは……あの日の告白は……本当に、そのままの意味だったっていうの……?


「あたし……。中学の時もそうだったみたいに、ずっとあれからも外見と中身のギャップで好きな人に振られ続けてきたの。それが、辛くて……。中身を外見に合うように作ってやろうって……」


「うん」


「あの日、城ケ崎さんが、あたしの全部を好きだって言ってくれた時も、本当は、すごくうれしかった。でも、あなたの知ってるあたしは、作り物のあたしだから……そう思ったら、急に悲しくなって、逃げ出しちゃった……」


 もしかして、城ケ崎さんは……。


 城ケ崎さんの態度が急に変わったのは……。


 あたしを怒らせたのが、わざとだったなら……。


 彼のやりたかったことに思い当たって、涙が零れ落ちた。


「麻由さんがひどく悲しそうな顔で帰って行った後、僕も、もしかしたら……って、そのことに気づいた。初めて会った時のことも、あったし。でも、確信は持てなくて……」


 城ケ崎さんが、あたしの零れた涙を、暖かい手で拭ってくれる。


「だから、どうやったらそれを確かめられて、そのうえ、君の全てを好きなことが伝えられるだろうと考えた。それで、怒らせたらいいんじゃないかと……。怒って、君が本当の自分をさらけだすことができた時に、好きだと伝えられたら。そう、思ったんだ。……失敗したけど」


 ごめんって、城ケ崎さんが、苦笑気味に謝る。


 車を降りたあたしに、城ケ崎さんは何かを必死で叫んでた。


 電話も、メールも、そのことを伝えたかったから……?


「あの後、仕事が忙しくなって、なんとか会いに行きたかったけど、それすら時間がなくて……。電話もメールも反応がないし、途方に暮れていたんだ。ようやく訪ねる時間ができた時には、君はいなかったし……。自分がしでかした失敗の大きさに、今更気づかされて、後悔した。早く謝りたくて……。正直、つらかった」


 そう言って、また苦笑した城ヶ崎さんの胸を、トンッと叩く。


 ……信じらんない。


 あたし達、すっごい遠回りしてた……。


 うれしいのとホッとしたのと呆れたのとで、ボロボロと涙が零れた。


 すっごくひどい顔になってることは、わかってたけど、止まらない……。


「もぉ……城ケ崎さんのばかぁ……!」


 力の入らない手で、何度も彼の胸を叩く。


「うん、ごめん」


「わかりにくいしっ……」


「うん、そうだよね……。ごめん」


「言ってくれればっ……よかったのに……初めっから……」


「今ではそう思ってる。ごめん」


「絶対っ…嫌われたって……思ったんだからねっ……」


「嫌いになんてならない。好きだよ、本当に。自分でもどうしようもないくらい、好きなんだ。麻由さんの全てが……」


 再び繰り返されたその言葉に、涙の量が倍増する。


 城ケ崎さんが、動かせる右手で拭ってくれるけど、それでも涙は次から次へとあふれ出す。


 ……あたしの、気持ちみたいに。


「……ずっと、ずぅっと……忘れられなくてっ……」


「ごめ……ん?え?」


 流れでまた謝ろうとした城ケ崎さんが、あれ?って、聞き返す。


「忘れようって……お酒、飲むのに……城ケ崎さん……消えてくれなくて……」


「麻由さん……」


 やけ酒が、効かなくて。


 暁と一緒に涙を流しても、それでも忘れることができなかった。


 涙を拭う途中で止まっていた彼の手を、両手でそっと握り締めた。


「会いたくて……。でも、怖くて……。だけど、やっぱり……会いた、くて……」


 ……その人が、今目の前にいることが、こんなにもうれしいの。


「好き」


 本当の自分でこの言葉が言える日が来るなんて、もう二度とないと思ってた。


「大好きなの……。あたしを……城ケ崎さんの、恋人にしてくれる……?」


 うれしそうに笑顔を浮かべた城ケ崎さんの腕が伸びてきて、それに引き寄せられるようにあたしも彼を抱きしめた。


 何度も、キスを繰り返して。


 その度に、クスクスと笑いあって。




「これで、ちぃに馬鹿にされないかな」


 そう言って、ニンマリと笑った城ケ崎さんに聞いたら、記事の嘘がどうとかっていうのは、見出しの『恋人守って』っていう部分のことだったらしくて。


 あんな風に、あたしのことを好みだとかなんとか言ってたのに、あたし達のこと、彼女なりに心配してくれてたのかなって思うと、やっぱりいい人だなぁって思う。


「また会いたいなぁ、堂本さ……」


「却下」


 仲良くなれそうな気がするって、そう思っただけなのに、人のセリフさえぎってまで、即効で否定された。


 『え〜』って、城ケ崎さんを見たら、ものすっごく苦い顔をしてて、笑ってしまう。


「やきもち?」


 意地悪くそう聞いてあげたら、彼が難しい顔して唸った。


「…………悪い?」


 はぁ〜って、大きなため息をついて、少し不安そうにそう言うから。


「悪くない」


 笑って、もう一度キスをした。








 おまけ。




 快気祝いで訪れた“cocoon”で、木島さんがこっそり教えてくれた。


「この店の名付け親は、オーナーなんですよ」

って。


 それは……もしかして……。


 …………。


 …………。


 …………恥ずかしい真似をっ!


 思わず顔を赤くしてしまったあたしに、


「どうした?」


 なんて、とぼけた顔で聞くもんだから。

 



 思わず、叩いちゃった……。






 ― END ―




これにて『恋愛事情2 〜麻由の場合』完結です。

ここまでお付き合い下さいました皆様、本当に、ありがとうございます。


近いうちに、番外編を載せる予定です。

その後、『暁の場合』の方でも、少し載せられたらなと思っています。

よろしければ、お付き合い下さいね。


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