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13)

 並んで立ち去る二人を見送ってから、まだ扉の開かない処置室へ目を向けた。


 またイスに腰を下ろすと同時に、小さく息を吐きだす。


「遅い、な……」


 ……大丈夫なのかな?一体、何針くらい縫うことになるんだろう?


 彼の腕から流れ出す血を思い出して、思わず震えた自分の体を抱きしめた。


 すごい量だった、よね……。


 ゆっきーは大丈夫って言ってたけど、でも、もし、腕が動かなくなっちゃったりしたら……。


「どうしよう……」


 あたし、なんてことしちゃったんだろう……。なんで出かけたりなんか……。


 どんどん不安になってきて、自分のしてしまったことに改めて落ち込んで、やっぱり暁にいてもらえばよかったなって、そう思ってうつむいていた時だった。


「もしかして、君が各務麻由さん?」


 斜め前から声が降ってきて、ハッとして顔を上げた。


 でも、てっきり看護士さんだろうと思ったのに、そこには、髪をベリーショートにした背の高い女の人が、あたしを見下ろしていて……。


「えっと……?そうです、けど……?」


 ……誰?


 そのいきなり現れた、きれいというか、かっこいいというか、不思議な魅力を発している女の人に、首を傾げる。


 言外に誰ですかって尋ねたつもりだったけど、それに対する答えはなくて。


 しかも、何を思ったのか、彼女は顔を上げたあたしに近づくと、見下ろした格好のまま、マジマジと見つめ始めた。


「あ、あの……?」


 ……なに?


「初恋の君、ねぇ。……なるほど。確かにこれは、ジョウの馬鹿が紹介したがらないわけだ」


 初恋の君……?ジョウ……?


「え!?あのっ……!?」


 なんで顎つかむの?顔、近いんだけどっ……!このままだと、キスしちゃいそうなんだけどっ!?


 え?何?あたし、どうしたらいいんだろう!?


「じゃあ、お大事に」


 そんな声が聞こえて、処置室の扉が開いた気配がする。


 城ケ崎さん出てきたっ?


 ……って、体を起こしたいんだけど、至近距離に迫った美人の顔に、それもできず。


「……ちぃ!?お前、何やってるんだ!」


 城ケ崎さんのものすごく嫌そうな声が聞こえたと思ったら、キスまであと一歩だった顔が急に遠ざかった。


 よ、よかった……。


 開けた視界に入ってきたのは、腕をつられた城ケ崎さんが、動く方の右手でさっきの女の人の、首根っこを掴んでる姿で……。


「よぉ、ジョウ」


 城ケ崎さんの手が離れて、ニヤッと笑ってかっこよく手を上げた彼女に、彼が大きくため息をつく。


 立ちあがったのはいいけど、なんだか城ヶ崎さんに声をかけるタイミングを、完全に逃しちゃったような……。


 でも、思ったより元気そうで、ホッとする。


「よぉ、じゃないだろ。まったく、油断も隙も……。麻由さん、大丈夫だった?」


 黒スーツの女の人に盛大なため息をついてから、そう聞いた城ヶ崎さんに、コクッとうなずく。


 ……ギリギリだったけど。


「で?なんでお前がここにいるんだ?」


「なんでって、お前に何かあれば、私のところに連絡が来るのは当たり前だろーが」


 城ヶ崎さんが改めて女の人に問いかけると、彼女が片眉を上げて、そう言う。


「……まぁ、それもそうか」


 ……んん?


 城ケ崎さんの身に何かあれば連絡が行く人って……。家族?でも、城ケ崎さんの姉妹にしては、全然、まったく、似てないし。


 ……誰。


 思わず、じぃっと2人を見つめていたら、女の人の方がそれに気づいて、プッと噴き出した。


「おい、ジョウ!お前の大事な大事な麻由ちゃんが、なんか盛大な誤解をしそうな勢いだぞ?どうせお前のことだから、私のことをまったく話してなかったんだろ?」


 その言葉に、ちょっと恥ずかしくなってうつむいたら、暁以上に男らしい仕草で、また笑われる。


 ……もう、何よ。しかも、いきなり麻由ちゃんって!


 城ケ崎さんが、困ったように顔を撫でる。


「あー……麻由さん。不本意ながら紹介するよ。彼女は、堂本千寿どうもと ちず。うちの……副社長なんだ」


 …………。


 …………はい?


 確かに、副社長は堂本さんって人で、その名前くらいは聞いたことあったけど……女の人だったの?


「不本意ながら紹介されました、堂本です。改めて初めまして、麻由ちゃん。お噂はかねがね、そこの馬鹿から聞いてるよ」


 噂って、どんな……?


 っていうか、不本意だの馬鹿だのって、仲悪いの?


「えっと……各務です」


 握手を求めて差し出された手を掴んで、とりあえず自己紹介を返したあたしに、堂本さんがニコッて笑う。


「あぁ、それから。変な誤解してるみたいだから、言っておくけど。男に興味ない・・・・・・から、私」


 …………あ〜、そぉなんですか。


 えっと、もしかしてあたし、狙われてたり……?


 手、離してもらえないんだけど。


「ちぃ。いつまで握ってる気だ、お前」


 城ケ崎さんの低音に、ようやく堂本さんの手が離れてくれた。


 ……ものすごく、しぶしぶだったけど。


「ケチくさいこと言うなよ。こんなに私好みの子をずっと紹介せずにいやがって」


「当たり前だ。そう言うとわかっている奴にわざわざ紹介するわけがないだろ」


 ……あの〜、たとえ紹介されても、堂本さんになびいたりしないと思うんだけどな、あたし。


「かっわいくな〜。人がせっかくお前のために車を用意してやったってのに」


「ほぉ〜、珍しいこともあるもんだ。お前が送ってくれるのか?」


 堂本さんの発言に、城ケ崎さんがとても意外そうに言う。


 でも。


「そんなわけないだろ?」


 すごく当たり前にそんな答えが返ってきた。


 城ケ崎さんが、やっぱりって顔をする。


「どうせ呉羽くれはあたりを呼び出したんだろ?」


「当たり。かわいそうに、呉羽の奴、久しぶりのデートだったんだぞ?」


「……お前、それ知ってて呼びつけたな?」


「さぁ?ま、でも、これで彼女に振られたら、いい女紹介してやれよな、お前が」


「なんで僕が。僕は別に頼んでないし。お前が責任とってやれよ」


「嫌だね。あいつに紹介するくらいなら、私がものにする」


 ……呉羽さんとかいう人、振られること決定?


 口を挟むことができないくらいポンポンと軽快に進む会話に、2人の付き合いの長さを感じさせられた。


 でも、堂本さんとやりあってる城ヶ崎さん、なんか新鮮かも……。


「まぁ、呉羽のことはどうでもいいや」


 どうでもいいんだ……。


「それよりも、私はこれからやらなきゃいけないことがあるし。な?」


「っと……!」


「きゃっ!?」


 ニヤって笑った堂本さんに、突然怪我した腕を掴まれそうになって、城ケ崎さんが慌ててそれを避けた。


 び、びっくりした!


 何する気ですかぁ……!


「チッ。避けるのがうまくなりやがって」


「お前のおかげでな」


 ……一体どんな生活してるのよ〜。


「ふん。つまんねぇの。で、何針縫ったって?」


「……7針」


 堂本さんの問いに、城ケ崎さんが、あたしを気にするように一瞬チラッと見てから、小さく答えた。


 7針……。


 7針ってどのくらいかわからないけど、結構深く切った人が3針とか言ってたのを聞いたことあるから、あれよりもっとひどいってことだよね……。


「大丈夫。きれいに切れていたおかげで、完全に元通りになるそうだから」


 あたしが何か言う前に、城ヶ崎さんがそう言って、優しく微笑む。


 その言葉に、少しホッとして、でも、改めて布でつられた腕を見て、胸の奥がキュウッて痛くなった。


「あの、あたし……」


「7針ねぇ。……じゃ、10針くらいにしとくか」


 …………は?


 城ヶ崎さんへ『ごめんなさい』って、謝ろうとした矢先に聞こえてきた、堂本さんの意味のわからない発言に、思わずそっちへ間抜け面をさらしてしまう。


 10針にしとく???


 首を傾げたら、彼女が城ヶ崎さんの怪我をピシッと指差す。


「『jo−do社長、ストーカーから恋人守り、名誉の負傷!』ってな。明日の朝刊に載せてもらわなきゃならないからな。7針じゃ、すごいのかすごくないのかいまいちピンと来ないけど、10針ならすげぇーって、なんとなく思うだろ?」


 …………。


 …………。


「お、お前なぁ……」


 さも当たり前という風にニヤッと笑った堂本さんに、城ケ崎さんの顔が引きつった。


 堂本さんが、その彼の肩をポンッと叩く。


「いやぁ〜、よく守ったな!お前、右利きだから、左腕なら仕事にもさほど支障はないし、怪我の具合もちょうどいい。会社のイメージアップに大貢献だ。それでこそ、うちの社長!」


 ……わ〜。


 なんか、いろんな意味ですごい人だ、この堂本さんって。


 たぶん、城ケ崎さんのこと、心配して駆けつけたには違いないんだろうけど、っていうかそう思いたいけど、転んでもただでは起きないタイプっていうか……。


「というわけだから、麻由ちゃん」


「へ?」


 突然名前を呼ばれて、間の抜けた声を出してしまう。


 暁よりも背の高い堂本さんが目の前に立って、あたしが少し見上げれば、彼女がニッコリと、魅力的に笑った。


「ジョウの怪我は、仕事に支障をきたすどころか会社に貢献する。会社の連中もカッコイイ社長の姿に士気が上がるだろうし、取り引き先の奴らもこいつにさらに一目置くかもしれない。だから……君は何も気にせずに、こいつに『守られてやった』って胸を張ってればいいからね」


「あ……」


 もしかして、あたしのこと、気遣って……?


 かっこいい仕草でウインクした堂本さんに、それを確信して、彼女の優しさに頭を下げる。


「ごめんなさい。……ありがとうございます」


「別に、謝られることも礼を言われることも何一つしてないけどね。でも、そうだな……」


 頭を上げたら、そう言った堂本さんに、いきなり顎をつかまれた。


「ひゃ!?」


 すばやい動きで口の端ギリギリにチュッと音を立ててキスをされて、そこに手をあてて目を丸くすれば、今度は横からグイッと腕を引っ張られる。


「ちぃっ!」


 あたしを引っ張った城ケ崎さんの怒りを含んだ声に、堂本さんが肩をすくめた。


「病院ではお静かにってね。せっかく感謝されてるみたいだから、礼をもらっただけだぞ、私は」


「お〜ま〜え〜……」


 堂本さんがフフンッて笑う。


「あんまり独占欲が強いと、また・・嫌われるぞ?ジョウ」


「ぐっ……」


 『また』を強調した堂本さんの言葉に、城ケ崎さんが言い返せずに悔しそうにつまった。


 あの時のこと、かな?堂本さん、知ってるんだ……?


「さて、と。そういうわけで、私はこれから美人記者さんとデートしてくるかな」


 腕時計をチラッと見てそう言った彼女に、城ケ崎さんが大きなため息を吐く。


「あぁ、ジョウ。記事の嘘は針の数だけでいいからな。しっかりやれよ?」


「……ああ、わかってる」


 記事の嘘?


「じゃ、麻由ちゃん。そこの馬鹿をよろしく。また会おうね」


 堂本さんがそう言って、首を傾げていたあたしに向って軽く手を上げてみせる。


 その仕草は、すごく様になってて、かっこよくて……。


「あ、はい!……本当に、ありがとうございました」


 またペコッと頭を下げたら、彼女はやわらかく微笑んで、颯爽と去っていった。


 ……なんか、嵐のような人。


 だけど……。


「麻由さん……?」


 城ケ崎さんが、堂本さんの後ろ姿が見えなくなってもぼぉっとその後を見つめていたあたしに、戸惑いがちに声をかけてくる。


「堂本さんって……。なんか、かっこいいね……」


 その辺の男よりよっぽど男らしくて、仕草も表情も人を惹きつける力を持ってて。


 ……前言撤回。あたし、彼女になら、なびくかも。


 キスされても全然嫌じゃなかったもん……。


 そう思って、キスされたところに手を触れたら、城ケ崎さんから深い深いため息が聞こえた。


「だから、会わせたくなかったんだ……」


 ……あ、うん。納得。



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